世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ポーラースター・システム・26

2017-04-02 04:13:48 | ポーラースター・システム


八月己亥、趙高、乱を為さんと欲し、群臣の聴かざるを恐る。乃ち先づ験を設け、鹿を持して二世に献じて曰く、馬なり、と。二世笑ひて曰く、丞相誤れるか。鹿を謂ひて馬と為す、と。左右に問ふ。左右或ひは黙し、或ひは馬と言ひ、以て趙高に阿ねり順がふ。或ひは鹿と言ふ、高因りて諸の鹿と言ひし者を法を以て陰かに中つ。後、群臣皆な高を畏る。


史記・秦始皇本紀



  ☆


有名な、馬鹿の始まりである。秦始皇帝の息子、二世皇帝胡亥に趙高という佞臣がいた。彼は始皇帝に寵愛され、胡亥のお守り役を拝命したことを元に二世皇帝の信をも得て権勢を誇ったが、ある時数々の失策がばれるのを恐れて胡亥を暗殺しようと企てた。そして群臣が自分に従うかどうかを試すために、胡亥の前に鹿を連れて来て、これは珍しい馬だと言ったのである。これ以上説明の必要はあるまい。

始皇帝は知謀に優れ、天与の美貌もあって、多くの人間を回りに集め、権力者になり、中国を統一した。そして秦の繁栄が永遠に続くことを願って、始皇帝と名乗った。その治世には貨幣の統一や交通規則の制定など、国家の形態の骨組みを作ったが、その権力を用いて人民に過重な苦役を課し、万里の長城や阿房宮や始皇帝陵などの巨大な建造物を造らせた。

人民の苦など屁とも思わず、ただ自分一人のために、多大な数の人間を厳しく働かせたのである。

人間が思い描く、権力というものの幻想の、最たるものであろう。馬鹿でも強大な権力さえあれば、なんでも願いがかなうという、思い上がった人間の究極の姿である。

始皇帝は人間を信じなかった。金と権力を与えれば思いのままにできる馬鹿だと思っていた。ゆえに周りに、賢くやってうまく取り入れば何とかなるという馬鹿が集まった。

二世皇帝胡亥の周囲に佞臣の謀略が繁茂するのも当然のことだった。

始皇帝の夢はその死の前からすでに崩れていたのである。圧政に反抗する勢力や佞臣の謀略の前に、秦は自らの繁栄が幻となっていることを見抜けず、すぐに滅び去った。

秦の始皇帝は名を政と言い、秦王子楚の子であったというが、実はそれは疑わしいという伝説が残っている。それは政の若いころからささやかれていた。正当な王子ではないという不安は当時から彼の心中に巣くっていたと思われる。

真実をここでいう必要はない。ただ、この世界で最も強大な独裁権力を誇った王が、先王の実子ではなかったという伝説が残っているのは興味深い。

あれは、本当の王ではなかったのだという、まことしやかな噂は、今でもどこかでささやかれているだろう。馬鹿という言葉は、この王の経歴から生まれてきたのだ。それは図らずも、始皇帝は王ではない、馬鹿が化けている偽物の王にほかならないという、神の隠喩にもなるのである

始皇帝という存在の系譜に、ヒトラーがいるということを、押さえておこう。






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