世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

2012-04-03 06:41:17 | 月の世の物語・上部編

星空であった。銀河の腕は、白い一筋の雲のように鉄紺の空を横切っていた。大地は黒曜石でできており、空よりも闇深く、暗かった。ただところどころ、アイオライトの小さな虫が、薄紫の光を放ってうごめいていた。それは一種の上昇性ウイルスであり、上部人はよく、このウイルスに感染し、自らの段階を一時少し高めるために、ここを訪れた。

今、その黒曜石の平原に、三人の上部人が現れた。一人は白い服を着ており、一人は黄色い服を、もう一人は緑の服を着ていた。三人はそれぞれに、アイオライトの虫に手を触れると、ぴりり、とそれに感染し、全身から薄紫の光を放ち始めた。
「おぅろ」と彼らはそれぞれに言った。それは「痛いが、これでひととき、段階を一つ上がり、語ることができる」という意味であった。三人は、天の銀河を見上げ、とぅるぅい、と祈りをささげると、薄紫の光を衣のように揺らしながら、それぞれ、黒曜石の平原の上に、互いに顔を向け合って座った。

「る、たた、みに、つるい、のな」と、白い服の上部人が言った。彼は、雄弁な演説をしたのであった。それに対し、黄色い服の上部人は、「い」と言い、緑の服の上部人は「ね」と言った。「い」とは、「得たり」という意味であり、「ね」とは「非なり」という意味であった。彼らの会話は、こういうことである。

「わたしは、ひとつの創造を試みてみようと思う。知っての通り、人類は地上に原子の火を焚いた。それは彼らが永遠に背負わねばならない罪だ。君たちにも分かっているように、現段階の神の御計画においても、彼らがその罪の浄化をやっていけないことはない。人類には、我々にはない新しい可能性もある。しかし、今ここで、このひとつの創造を行うことによって、多く人類を助けることができるのではないかと、わたしは考えている。つまりわたしはこのような、小さなひとつの星を、創造しようと思う」「得たり。それはいいことだ。確かに、原子の罪は重い。未来の人類は、永遠に近い長い時をかけてそれを浄化してゆく。それはできぬことではないが、その荷を少しでも軽くし、浄化の期間を短くしてやれることができるのなら、それは試みてみた方がよい」「非なり。わたしは反対だ。小さいと言えど、星を創造することは容易ではない。しかも、創造したからといって、神がそれを採用して下さるかどうかはわからない。星々の運行は神のお仕事である。君の考案する星は、確かに刺激的な影響を人類に与えるだろうが、それが神の御心にかなうものであるかどうか、わたしには判断ができない」

「つ」「をみ」「ほ、る」「もいぇ」「ね」「よな」「ふ」議論が続いたが、それは数分で終わった。結局、白い服の上部人は、星の創造を、試みてみることにし、他の二人も、それを手伝うことになった。

彼らは、薄紫の光をまといつつ、風に乗って空を飛び、鉛の光を放つ広い海に向かった。海は、たあ…、という声をあげ、レースの縁取りのように細やかな白い波で、灰色の砂の岸を静かになでていた。風にはかすかに星の匂いがした。「ふうる」と白い服の上部人が言った。「はあぅ」と緑の服の上部人が言った。黄色い服の上部人は、「る、とぅい」と言った。それは次のような意味である。

「海が泣いている。もうこれから起こることを知っているのだ」「創造の痛みを分かち合うことは、幸福だが、苦痛でもある」「そのとおり。だが、わたしたちは拒否されてはいない。神はもうご存じであろう」
青藍の空には石英のごとき白い月があった。月光は海に落ちて一筋の白い光の道を作っていた。だが海は水でできているのではなかった。それは、星々の憂いのたまった蒼い涙の海であった。ゆくあてのない悲哀の涙を、神はその清き御心によってこの海にかき集めた。それゆえに今も海は、たあ…と泣きながら、波騒ぐのである。それは、「あなたを愛している、だが」という意味であった。

白い服の上部人は、つ、と言うと、右腕を振り、手中に杖を取った。そして海風に立ち向かい、空に飛び出した。あとの二人もそれに続いた。彼らは月が海に落とす白いまっすぐな道を進み、やがてよほど沖合に出ると、突然、大きな海を割る谷間に出会った。谷間は海の巨大な亀裂であった。海は、滝のように谷を滑り、はるか下の奈落の闇に落ちていた。滝の音は、ああああ…、と聴こえた。嘆きの声であった。滝の落ちる奈落の底は、果てもない暗闇であったが、ただときどき、星から溶けた光より生まれた、小さな青い蛍が、星屑のように闇の中にうごめき揺れていた。
とぅい…、誰かが言った。ころの、もう一人が言った。とぇり、と最後のひとりが言った。
「神よ、導きを」「わたしたちは、やります。自らの意志によって」「すべては、御心のままに」と彼らは言ったのであった。

三人は海の谷風の上に立ち、杖を天に突き出すと、同じ呪文を声を合わせて歌い始めた。
「ああ、銀河をめぐる、清き水晶の笛よ。正しく我らの言を神に伝えよ。全ての愛のために我らは自らの愛を捧げる。我々は自らの創造主である。ゆえに創造する。この創造が、よきものであるために、はるかなるものよりの愛の声を請う。わが愛のために、祈りを分かつ者全てに祝福を与えたまえ。この幸福が、永久のものであることを知る者は我々のみではないことの、喜びの、なんとすばらしいことかと、我らは叫ぶ」
呪文は、こういう意味であった。その歌は、繰り返し流れてゆくに従い、光を強め、彼らを、不思議な魂の融合へ、何か、とてつもなく大きな、熱い歓喜の炉の中へと導く、強い流れの中に引き込み始めた。彼らの感じる歓喜は、瞬間、身を割るほどのものであった。彼らは、ああ、と声をあげ、胸震え、涙したが、すぐ、ぷぉう、と鳴き、自らを、歓喜に酔いしれる官能の調べからちぎり取った。

やがて、熱い呪文の唱和の中で、奈落の底から、きしるような叫びが生じた。かん、と白い服の上部人が叫んだ。それと同時に、奈落の底に光が生じた。つ、と黄色い服の上部人が続いた。するとその光が白いつぶてのように、こちらに向かって上って来始めた。「う」と緑の服の上部人が言った。するとその光は鳥のように彼らが囲む空域に現れて止まった。最初それは、姿のない光の煙のようなものであった。彼らはそれに杖を一斉に向け、また違う呪文を唱え始めた。
「よきものよ。生まれ来よ。使命を帯びし光となり、痛き灯りの悲哀を清めるために、その命を神の胸に預けんとせよ。ありしもの、あるべきもの、ありてあるもの、すべて、あなたの誕生を祝福する。あなたは愛である。ゆえに、存在する」
呪文はそういう意味であった。

三人の杖が光った。アイオライトの光の衣が、翻った。かすかに、鉄の匂いがした。光の煙は、薄紫にそまり、ぐるぐると回った。回っていくうちに、その中央から、銀のように光る、叫びによく似た風の裂け目が、次元の向こうからよじりだされた。白い服の上部人は、く、と叫び、杖をその光に向け、ほう、と声をあげて、その次元の裂け目を無理やりこじ開けた。そして一旦杖を消すと、まるで産道に手をつっこむ産婆のように、腕をその隙間に突っ込んだ。そして彼は、手の中に、必死にもがき暴れる鳥のような激しい熱の塊を捕まえ、無理やりこの世界にかき出した。彼は、い!と叫んだ。それは、「得たり!」という意味であった。

ずどん、という音がして、一筋の重い海の塊が滝に落ちた。突然、光が眩しくあたりを埋め尽くした。三人は同時に、光に全身を刺され、総身を矢で射られたような痛みに耐えねばならなかった。もちろん、耐えられぬ彼らではなかった。白い服の上部人は、ぬ、と言った。「やめよ」という意味であった。すると、光は一瞬にしておさまり、いつしか彼の手の中に、かすかに白い煙を放つ、小さな銀の星が一つ、つかまれていた。白い服の上部人の手は、次元の冷熱に焼かれて黒く焦げていた。彼は火傷にひりひりと痛む指を震えさせながら、ゆっくりと星を離した。小さな星は、三人が囲む風の空域の中に浮かび、ちらちらと虹色に光る透明な大気を身にまとい、もの言いたげな赤ん坊のように、くるくると回った。

白い服の上部人は、疲れ果てた。ずるりと足元がくずれたかと思うと、一気に奈落に落ちて行った。他の二人は、あわてて彼を追い、彼を捕まえた。生まれたばかりの星は、ただくるくると回るだけで、何も言わなかった。

んく、と白い服の上部人が悔しげにささやいた。「失敗か」という意味であった。ほかの二人は彼の体を抱き上げ、彼を滝の上まで連れ出した。星は在ったが、ただ回るだけで、何も歌わず、何もしようとはしなかった。風が沈黙した。海が苦悩した。何もかもは無駄だったかと、彼らがそう思った、そのときであった。

ふと、空の月が雲もないのに隠れ、青藍の空に透明な顔が現れた。おおう、という声が、どこからか響き渡った。くらん、と空が鳴った。白い服の上部人は、二人に体を支えられながら、目を見開いてそれを見た。ああ……

上部の空を突き抜けて、彼方より来るものがあった。それは、炎の衣をまとい、蒼い大きな風の翼を空に広げた、一人の光る天使であった。天使は雪のように白く燃える髪をなびかせ、瑠璃色の大きな瞳の中に、清らかにも熱い星の光を燃やしていた。天使はその痛いまなざしと指で、まっすぐに星を差し、「い」と言った。それは「すべてよし」という意味であった。すると星は割れるように驚き、慌てて振動を始めると、小さくも確かなリズムで歌を歌い始めた。それを見ていた、あらゆるものが、驚いた。真の天使は、まことに大きかった。三人の上部人たちも、その真の姿を見るのは初めてであった。

星は、天使の瞳に吸い込まれるように、天高くまっすぐに飛んでいき、あっという間に天使の胸に抱かれ、そのまま上部の空の彼方につれて行かれた。天使の姿は天の向こうに消え、青藍の空に月が戻ってきた。
「あい…」という声がどこからかかすかに聞こえた。それで上部人たちにはすべてがわかった。

星には、すでに神の空にその座標と軌道が準備されていた。運行もすぐに始まった。新たな音楽が世界に流れ始めた。それは三人の上部人たちの耳にも聞こえた。人類の未来の運命に、新しい色と光が混じった。それが、どういうことに導かれてゆくのかは、神のみぞ知ることであろう。やるべきことをやった彼らは、しばし静かに海風に浮かびながら、だれともなく、「い」と言った。
「終わった。これでよかったのだろう」という意味だった。白い服の上部人は涙を流した。それは星のように彼の目からすべり、海の奈落の底へ落ちて行った。

両手の黒く焼けた上部人を、他の二人の上部人が抱え、彼らは海の上を飛んで元の岸に戻ってきた。いつしか三人全員が泣いていた。「てぃと」…あれが、天使か、と誰かが言った。「くむ、ろん」…あのような人が、いるのだ。なんと、世界は、大きいのか。我々はまだ、なんと、小さいのか。

「ろぅ」白い服の上部人は、岸辺に身を横たえながら、言った。「はるかなり」と言う意味であった。薄紫の光の衣が、風に溶けて消えていった。

三人による星の創造は、こうして終わった。その星は、人類の運命に言を語りかけ、彼らの原子の罪にわずかながら善き影響を及ぼすはずであった。「とぅい」、と緑の服の上部人が言った。すべては、神の御心のままに行われた、という意味であった。


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
«  | トップ |  »
最新の画像もっと見る

月の世の物語・上部編」カテゴリの最新記事