世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

魂を売る店

2013-12-07 05:22:19 | 月夜の考古学・本館

 それは、ある日の夕暮のことでした。
 ポムくんは、裏庭の松の木の根元に、干からびたじゃが芋のようなものを、こそこそと埋めました。
 それは歪んで、とても醜い、ポムくんの魂なのでした。自分の魂が、こんなに醜くて貧しいのだなんて、ポムくんはだれにも知られたくなかったのです。それに今では、カッコよくて、ぴかぴかで、すてきな魂が、お金さえ払えばいくらでも手に入るのですから。
 次の日、銀行でとらの子の預金を下ろすと、ポムくんは街の大きなデパートに向かいました。目当ての店は、地下の二階にあります。店の入り口をおずおずとくぐると、騒々しいトランペットのような店員の声が、はやばやとポムくんをつかまえました。
「いらっしゃいませ。どんな魂をお望みで?」
 そこは狭くて細長い箱のような部屋でした。スチールの棚がところせましとならんでいて、いろいろな魂が売られていました。木製のもの、陶製のもの、金銀サンゴやらでん細工、中にはメノウや象牙でできたものもあり、特に店の一番奥の高棚に飾られてある翡翠の魂は、一筋の傷も歪みもなく、形も色も完璧にしあげられ、見ているだけでため息がでそうでした。一体どんな人が、あんな魂を買うのでしょうか?
 店には、女のお客が先にきていて、きれいに結いあげた頭のてっぺんには、宝石つきのみごとな魂を、これみよがしにつけています。
「そろそろこれにもあきてきたから、違うのがほしいの。ダイヤじゃなくて、もっと品のいいのがいいわ」
 すると店員は棚の奥から見るからに上等そうなエメラルドの魂をもってきました。女性客はまるで櫛を取り替えるように軽々と魂をつけかえると、急にがらりと雰囲気が変わって、アイドル歌手のようにひらひら腰をゆらしていたのが、背筋をきりりとのばして、女博士のようにきびきびと歩き始めました。どちらにしろ最後までポムくんには一瞥もくれず、レジでお金をはらうと、つかつかと店を出ていきました。
「そ、それ、見せてください……」
 ポムくんは、その人がいなくなるのを待ちかねたように、ふるえた指で棚をさしました。ポムくんが選んだのは、小さなガラスの魂でした。本物の水晶なんて、高くてとても買えないからです。店員はにこにこと笑いながらその魂を棚からおろし、ポムくんに持たせてくれました。それは梅の実ほどの小さなクリスタルガラスで、光にすかして見ると、中には不思議な波もようが浮かんでいて、金や銀の小さな魚が泳いでいるのが見えます。
「お目が高い。なかなかのものですよ。こんな風に魚を泳がせるのは難しいんです」
 店員はとうとうと商品の説明をしましたが、半分以上ポムくんは聞いていませんでした。ポムくんの心は今、甘い夢の中を泳いでいたのです。
(こんなきれいな魂がぼくのものになったら、ぼくはどんなに得意なことだろう。みんなきっと、ぼくがどんなに美しい心の持ち主か、うわさするに違いない)
 その値段は、ポムくんがもってきたお金よりほんの少し高かったけれど、店員は今回だけ特別だと言って値引きをしてくれました。
「いいですか。魂を入れる時、ほんの少し苦しみますが、そこを耐えると後は夢のように楽になります。魂が体になじむまでは、とにかく耐えることですよ。苦しいのは最初だけですから」
 店を出る時、店員は念をおすようにポムくんに言いました。

 魂の包みを大事にかかえ、ポムくんは街の通りをうきうきと家に向かいました。とちゅう横断歩道の前で立ち止まった時、ポムくんは、ふと周囲の街を見回しました。するとポムくんには、魂を買った人と、魂の買えない人との違いが、明らかにわかったのです。買った魂の人は、まるで二百ワットの電球のように顔を輝かせ、流行の服に身を包み、ダンスをしてるみたいに軽やかに歩いています。でも魂の買えない人は、暗い顔でうつむいて、道のすみっこを自分が生きていることを恥じるかのように、ちょこちょこみっともなく歩いていました。
 ポムくんは、そんな暗くて貧乏なやつらのことを、心底から軽蔑しました。自分も昨日までは、あんなやつらの仲間だったんだと思うと、ほんとうにいやになりました。だけど、今日からはちがいます。ポムくんは生まれ変わるのです。おしゃれで、明るくて、個性的で、完璧な、新しい自分に!
 ポムくんは家に帰ると、さっそく包みをあけました。そして左側の耳にそっと手をやりました。魂の出し入れは、左耳の穴から、特別な道具をつかってやります。ポムくんは、その道具を、ひと月前に通信販売で買ったのです。それは小さなマニピュレーターのついた電動ドライバーのような道具で、最初はちょっとこわかったけれど、使ってみるとたいして痛くもなく、簡単に魂をとりだすことができました。はじめて自分の魂を見た時は、それはショックでしたが。
「あんなでこぼこな魂なんて、ぼくの魂じゃない」
 ポムくんは、機械を調整しながら、自分に言い聞かせました。そして、新しい魂を機械にとりつけると、目を閉じてそっと耳の穴におしつけました。スイッチを入れると、ぶーんと機械の音が近づいてきました。少し押しもどされるような感じがしましたが、かまわずに押しこみました。頭の奥で、かちりという音がしました。
 やがて、耳元でラジオの雑音のような、ざわざわという音が聞こえてきました。ポムくんは、わくわくしました。さあいよいよです。新しい自分の見る、新しい世界は、一体どんなでしょうか?
 けれど次の瞬間、ポムくんに訪れたのは、夢のような心地ではなく、とてつもない吐き気でした。背骨の辺りで、突然ばちばちと何かが破裂したような気がしました。次に、エンジンが爆発した車のように、体中ががくがくとゆれはじめました。
(く、苦しいのは、最初だけ、最初だけ……)
 ポムくんは、店員のことばを思い出しながら、くちびるをかみしめて耐えようとしました。はじめは、すぐにでも楽になると思っていたのですが、苦しみはおさまるどころか、かえって激しくなってきます。もう少しの辛抱だ、もう少しで、魂が体になじんでくると、どんなに自分に言い訳しようとしても、ポムくんの中で、何かが邪魔をして、どうしても新しい魂を受け入れることができないのです。
 ポムくんは、だんだん何かが違うような気がしてきました。生まれ変わって、人生を楽しくするために、魂を買ったのに、このすさまじい苦しみはなんなのでしょうか。肉も骨も内臓も、いいえ、まるごとの自分のすべてを、みんな吐いてしまいそうです。一体何が、ポムくんの中からポムくんを吐き出そうとしているのでしょうか?
(だめだ、こんなの、耐えられない! だれか、たすけて!)
 うすれていく意識のなかで、ポムくんは思わず叫んでいました。

 気がついた時、ポムくんの手の中には、血まみれの機械がありました。ガラスの魂は、半分欠けて部屋のすみに転がっています。苦しんでいるうちに、夢中で頭からぬきとったのでしょう。けがをした左耳はじんじん痛みましたが、もう吐き気はなく、気分は落ちついていました。
 静かな時が過ぎました。ポムくんは、しばし呆然と座り込んでいましたが、やがてのっそりと立ち上がり、とぼとぼと裏庭の松の木に向かいました。
 ポムくんは、松の木の根元をほりはじめました。干からびた芋のようにみにくい、でこぼこな魂は、まだそこにありました。
「やあ、げんきだった?」
 ポムくんは気まずそうに魂によびかけました。でも魂はじっとだまったまま、何も答えてはくれません。ポムくんは、部屋にもどると、炊事場で、魂をていねいに洗いました。そしてふたたび、自分の頭の中に埋めました。魂はきっちりと頭の中におさまりました。でも、胸の中では、ずきんと、重い痛みが灯りました。ポムくんは悲しくなりました。さみしくて、恥ずかしくて、みじめな気持になりました。でも、あんな苦しい思いをもうしないでいいのかと思うと、少し安らかな気持ちにもなりました。
「これがぼく。傷と、歪みだらけのぼく。でも、ぼくは、ぼく以外の、だれにもなれないんだね……」
 ポムくんはため息をついてつぶやきました。窓の外の空を見ながら、涙があふれました。
 と、その時です。不意に、海の底から、沈んだ船がいっぺんに浮き上がるように。何かがポムくんの中で大きく盛り上がってきたのです。まだ形もわからない、熱いものが、自分の中から、つんと生まれて、不思議な力が、体じゅうに満ちてきたような気がしたのです。
 ポムくんは、また魂を取り出してみました。すると、魂の一部が少しむけて、まるで種のように、さっきまでなかった小さな薄緑の芽が、中から突き出してきていたのです。
「ああ……」
 懐かしさが、潮のように吹き出して、気がつくとポムくんは、魂を抱いて、声をあげて泣いていました。
「ごめん、ごめんよ、気がつかなかったんだよ……」
 ポムくんは、部屋中が池になるかと思うほど、いつまでも、いつまでも、泣き続けました。そして、ふとふり返ったとき、部屋のすみに転がっているガラス玉は、もうただのこわれたゴミにしか、見えませんでした。

(おわり)



(2000年、ちこり19号所収。種野しづか名で発表。)




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