世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

2012-11-08 06:11:02 | 月の世の物語・後の歌

わたしは今、真っ暗な宇宙空間に、ひとり漂っています。ここが、地球からどれだけ離れているか、それはわかりません。ただ、炎のように光る渦巻き星雲が二つ、ぶつかり合って燃えているのが、遠くに見えます。その形は見ようによれば、右側が少し小さいハートの形に見えます。美しい金の炎の、愛の紋章だ。だがわたしは、あの星雲にゆくことはできない。あまりにも、遠すぎて。

なぜ、なぜ行くことができないのでしょう? わたしにはできないことなどないはずなのに。ああそう、わたしの名を、申し上げておきましょう。わたしの名は「エロヒム」。唯一絶対にして、全知全能の神と申します。この名は、もう何千年と昔になりますか、いやもう、時を数えることさえ、むなしいところへとわたしはやってきているのですが、神よりたまわったものです。

全知全能の神、エロヒム。それがわたしの名前。それを聞いた時、わたしは喜んだというより、茫然として驚いたものでした。全知全能、全てのことを知り、全てのことができる神、誰も自分を負かすことはできない。あらゆるものに勝利できる神。それはひとつの、男の見果てぬ夢というものです。わたしはエロヒム、決して誰にも負けはしない。全ては自分のもの。そういうものに、なったのだ。

なぜそんな名になったのかと、お聞きになりますか? はい、語りましょう。なぜなら、わたしは、人類に真実の幸福をもたらすためにきた、貴い人を侮辱し、そのために、地球人類の進化の道を歪めてしまったからなのです。はは、そのときは気付きませんでしたが、今のわたしにはわかります。わたしは、当然、敬い、大切にしなければその人を、侮辱した、それだけで、人類を滅びの道に導いたことになったのです。ただ、その人に「おまえはただの馬鹿だ」と言っただけで。それゆえにその人は、地球上で、正しく人類を導くことができなくなり、人類はその人に背を向けて、神への感謝も忘れ、全ての貴い霊への感謝も忘れ、好き放題のことをやり始めて、地球を荒らし始めたのでした。

地球上には時々、人類を導くために、高い世界から、高い使命を持った貴い霊が人間となって生まれてくることがあります。けれども、人類はその人たちを妬み、ほとんどの人を、殺してきました。なんとも惨い方法で。妬ましかったからです。その人たちが美しく、ものしりで、とても賢かったことが。自分たちと、ちがいすぎていたことが。

あのころのわたしは、膿んでいた。自分が、大嫌いでした。なぜならわたしは、人の目を盗んで、金や銀や玉などの様々な宝や、美女を、それはたくさん自分のものにしていたからです。その自分のものにする方法というのが、ほ、いかにも、汚かった。時には人の妻をも盗んだ。権力というのは、おもしろいほど使える、良い武器でした。言う通りにしなければ殺すと言えば、どんな美女も、わたしの寝所に身を投げたものでした。

馬鹿らしい。今思えば、なんと馬鹿なことをしたのか。わたしの欲したものの、虚しくも汚く、霞のようにはかないものであったことが、今ではわかります。ああ、かつて持っていた、金の宝剣と王冠。あれよりも、道端に咲いていた小さな白い野薔薇の方が、ずっと美しく、確かだった。なぜならば、野薔薇は、正しかったからです。わたしは、間違っていたからです。

さても、わたしはエロヒム。万物創造の神でもあります。そこで私は、その名の通り、万物を創造せねばなりません。その課題を、神から授かっています。わたしは愚かな人間ではありますが、この長い年月をずっと、何もしないでいたわけではありません。それなりのことを、しております。一人の力では、まあこれくらいしかできないだろうというだけのことは、してきました。なので、いまのわたしの目の前には、小さな岩の星があります。行ける範囲のところから、できるだけ物質をかき集め、それを固めて、丸めて、長い年月をかけて、重力を持つ、小さな星をひとつ、創りました。灰色の星です。所々に、紅色をした不思議な結晶があります。かつて、地球というところで生きていたとき、見たことのある宝石の類に、似ていますが、その光沢はまるでガラスのようだ。美しいが、どこか安っぽい。偽物の色がにおうのは、わたしのしていることが、まことに、拙いからでありましょう。

長い長い年月をかけて創った、小さな星は、創造主ひとりしかいない世界。わたしはときどき、この自分が創った星の上に座り、遠くに見える、金の銀河を見つめます。はるか遠い光。あそこに、だれか、いるでしょうか。ああ、地球という星は、わたしの、かつての故郷は、あそこにあるでしょうか。人類はまだ、生きているでしょうか。生きていてほしい。生きていてくれたなら、わたしはいつでも、飛んで行って、人間すべてのために、愛していると叫びたい。

はるか遠く、あまりに遠く、来てしまった。神の愛を侮り、真実の人を汚し、人々を侮辱して、自らのみを貴きとしてきた。それは、あの美しい愛の世界から、どんどん遠く離れて行くと言う意味でありました。今ならば全てが分かる。わたしは、傲慢に生きながら、愛の世界から、神の胸の故郷から、どんどん遠くへと走り去っていたのです。そしてとうとう、ここまで来てしまったのだ。ただひとり。

わたしの創った星は、何も言わず、ただ虚空に浮かんでいます。歌を歌いもせず、どこかに飛んでゆくこともなく、引力で何かと結びつこうとすることもない。わたしは、無音の世界に住んでいる。ときに自分で声を出さなければ、耳がなくなってしまったのかと思います。静寂は板のように凍りついてわたしを取り囲んでいる。なので、ここには今、何の音もするはずはないのですが。

「まあ、なんて汚いのでしょう。ここは」

後ろから声が聞こえます。女の声です。わたしはまるで、心臓が石になって音を立てて腹の底に落ちたかのように、驚きました。振り向くのが怖い。けれどもわたしはわたしの心を無視して、振りむいてしまう。何かの予感を感じながら。ああ。

これはたぶん、夢でしょう。いいえ、かつて、わたした地球で聞いたことのある小さな伝説を借りて、勝手に創りだした妄想でしょう。

「ああ、いやだわ。なんて寒いのでしょう」

そこに、わたしの創った、小さな星の上に、赤い薔薇が一輪、咲いているのです。わたしは驚き、震えながら、ゆっくりとその薔薇に近寄っていきました。ああ、もう知っています。この薔薇は美しいけれど、たいそう、謙遜ではないのです。高飛車で、とんちんかんで、いばりんぼで、みえっぱりで、そして、かわいいのです。

「なんでこんなところにきたのでしょう。わたしは、こんなにも美しいのに」
薔薇は冷たく言います。わたしは、涙を流しました。震えて、声が出ませんでした。何もいうことが、できないのです。なぜならわたしは神。小さな薔薇の相手など、するはずもないからです。

「ここ、いやだわ。寒い。だれかなんとかしてちょうだい」
薔薇は言います。わたしは何も言わず、神としての慈愛の元、彼女のために、おおいを創ってやります。おおいを、どうやって創ったか。それは、本当の神がわたしにくださった、白い着物を脱いで、創りました。わたしは裸で、一層寒くなりましたが、それでもよかった。薔薇が温かくなるのなら、それでもよかった。

「ああ、少しはましになった。それにしてもなんてさみしいところかしら。だれもいないのかしら」
薔薇は言います。どうやら薔薇には、わたしの姿は見えないらしい。わたしは少しさみしく感じましたが、それでもいいと思いました。薔薇は美しかった。わたしが愛するに、十分な心を持っていた。愛していると、わたしは、薔薇に何度も言いました。本当に、何度も何度も、雨のように愛のことばを浴びせました。薔薇は何も気づかず、小さな星にひとりで咲き続けることに、文句ばかりを言い、悲しんでばかりいました。

「わたしはこんなにきれいなのに、なぜこんなところで咲かなければならないのかしら」

わたしは裸で寒かった。けれど胸は温かかった。どこから迷い込んできたのか。小さな薔薇よ。すべてを、すべてを、おまえのためにやってやろう。わたしは、神のようにそう思ったのでした。そして、少しでも、薔薇がさびしくないように、聞こえぬ声ではありますが、美しい歌を歌ってやりました。薔薇は聞こえないようでも、わたしが歌うと、ほんの少し胸が安らぐようでした。

けれども、愛の日々はつかの間でありました。寒い星は、薔薇にとってとても酷な環境でありました。わたしは、できる限りのことをしましたが、薔薇の命ははかなく、いつしか、闇に溶けるようにその美しい花弁を散らし、よろよろと萎えて枯れて行ったのです。

薔薇が死んだ時、その命が、心が、この星から去っていったと知った時、わたしは、全身が二つに割れるほどの叫びを、虚空に上げておりました。世界が、割れるかと、思うほどの。

愛している、行かないでおくれ!

行かないでおくれ!

ああ!

全知全能の神にして、唯一なる、エロヒムよ。おまえにできることは、何なのだ。

時が流れました。風が吹きます。何かが、変わったようだ。ああ、わかっている。薔薇よ、おまえは、わたしのために、神が寄せて下さった、愛の手紙だったのだ。神よ。わたしは、間違っていました。罪を償います。孤独です。けれども神は、わたしを、忘れずにいてくださるのですね。小さな薔薇に託して、わたしを、愛して下さったのですね。

わたしの灰色の星には、ところどころ、ガラスのような、紅い小さな結晶がありました。わたしは、その結晶を集めて、何とか薔薇に見えるように、星の上に並べてみました。そうすると、遠くに見える、金色の渦巻星雲の光を反射して、薔薇は鮮やかな紅色につやめいて、まるで生きているように見えました。

わたしは時々、その薔薇を見つめます。そして微笑んで、胸に手を当てつつ、心から、優しい声を落とすのです。

あなたを、愛していますと。まるで、赤子を抱く母のように。

愛しています。ああ、皆さま。

わたしはエロヒム。永遠に孤独なる神と、申します。


 (月の世の物語・後の詩)


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1 コメント

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解説 (てんこ)
2012-11-08 08:11:40
このエロヒムさんは、あのエロヒムさんとは別人です。
どうやら、エロヒムは、たくさんいるらしいです。
唯一神なのにね。

この作品、実は「去」編より先に書いていたものなのですが、筆が先に進まず、おいておいたものでした。それで、同じアイデアを「去」編で書いたので、これは処理しようと思ったのですが、読んでいると捨てるにしのびず、先を描いて終わらせたものです。
なかなかにすてきになったと思います。これ以上カテゴリを増やすのもしんどかったので、「薔薇のオルゴール」に入れました。で、お話の中に薔薇が出て来るのはそのせいだったりします。

今後、「後の歌」た増えるとは思ってはいないのですが、未来のことはわからないので、もしかしたらまた何か、できるかもしれません。もし何かができたら、もうすべてこの「薔薇のオルゴール」にぶち込むことにします。その時のサインは、いつものとおり、漢字一文字のタイトルです。

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