minga日記

minga、東京ミュージックシーンで活動する女サックス吹きの日記

キューバ音楽旅行記23 バテリスタたちの夢の競演

2017年01月06日 | ライブとミュージシャンたち
ようやくキューバ日記も最終回になりました。ここまでよくお付き合いくださりありがとうございます。

怒涛のジャズフェス4日間のうち、あと残り2日間。さあどれを聴きに行こうか、と迷うほどだったのですが、チューチョ・バルデスのコンサートの次に特筆すべき貴重なコンサートが3日目に!

その前に昼の11時から海外のアーティストたちとのコラボバンドが次々に出演する野外ステージに行きましたが、これもどのバンド(4バンド聴いたのですが)も素晴らしかった。フィンランドのサックス、コロンビアのボーカルを中心としたもの、単独で来てこちらのバンドとコラボレーションするものが多いようでしたが、どれも念入りなリハーサルをしていないはずなのに・・・素晴らしいアンサンブル。中にはFourやIn a sentimental moodがちゃんと弾けない大御所ベーシストもいましたが(苦笑)。

その中の一つのバンドの動画






そして、夜はドラム好きの私には本当にヨダレ物のライブが「Teatro Nacional」ホールで行われるというので、混雑するだろうから1時間前に到着。するとほとんど誰もいない。???会場と同時に入ってパスを見せると一番前から2列目に座れ、と指示される。あれ〜?こんなに良い席に座っていいのかな?喜んでいると「会えましたね。」と河野さんがやってきた。パーカッショニストだから聴きにくるのも当然ですね。今までのキューバ滞在を楽しいものにしてくださったのはこの河野さんのおかげ。たくさん積もる話やらお礼やらしたかったけれど、次々にミュージシャンたち(出演者)が通るたびに河野さんに挨拶していくので忙しそう。それでもびっくりしたことに、トシキの高校の一つ上の先輩であることが判明。なんて世間は狭いのだろう!!!

話をもどして、気がつけばあっという間に会場はお客様で埋め尽くされていました。会場が暗くなると・・・舞台から足音が聞こえてきた・・・・。

このコンサートはRuy Lopez Nussaというドラマーが主催しているもので、彼が総監督。音楽学校の教師たち、そして卒業生たちで構成されている。オープニングアクトはこの音楽学校の生徒たち(高校生)がみごとなボディパーカッションを披露。



2曲目からはキーボードがファルコン、シタール、トランペットと総監督のRuyのドラムでエルクンバンチェロ。



次はRuyの息子とRamses RodriguezのドラムDuo。ただのバトルではなく、緻密に譜面に書かれたものとソロを交互に行う感じ。

次にギターのエミリオとロドニーバレットdrが出てきて、高校生たちの選抜チーム5名と共演。エミリオはハードロックギターを弾かされていたw。



そして、最後に極め付け、お待ちかねの6人のドラマーとティンパニの饗宴。動画をお楽しみください。キューバNo.1(ロドニー)とNo.2(オリバー・バルデス)が並んで叩いています。Oliverの右隣がRamses Rodriguezですが、彼は翌日のフォンセカpのグループのドラマーでした(エミリオはこのドラマーが一番好きだそう)。



至福の饗宴動画


いやあ、凄すぎました。翌日のロベルト・フォンセカpのグループも素晴らしかったのですが、あまりにこのコンサートが強力すぎて霞んでしまいました(苦笑)。

本当にキューバのバテリスタたち、恐るべし。キューバの音楽学校ではクラシックしか教えないようです。

そして難しい試験を通ったものだけが音楽学校に入れ、さらに成績が優秀でないと卒業できない。そのあとは、合格したものだけが「国家公務員」となって国からお給料をもらえる(ほんのわずからしいけど)。セサル・ロペスクラスになれば、家も国が提供してくれるらしいけれど生活は大変です。(従って海外遠征で稼ぐ)

さらに河野さんから聴いた情報だと、驚いたことにこのキューバジャズフェスは国が主催しているので出演者には一切ギャラが発生しないんだそう。ひえ〜〜〜。

一つだけ変わったことといえば、プログラムや座席に「Blue Note」のロゴを見るようになった(スポンサーがついた?)ことだそうです。もしかすると、少しづつアメリカ資本のシステムが導入されていくのではないかしらん。良い意味でも悪い意味でも。ギリギリの変化する前のキューバが見れただけでも幸せでした。

ありがとう、キューバ。出会った全ての友人、そして素晴らしい音楽家たち。さらにさらにこの旅を企画し、チケットや宿の手配など面倒なことをいろいろと引き受けてくれたトシキ、通訳でいろいろと助けてくれた息子RIOに心から感謝です。
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キューバ音楽旅行記22 TReS@キューバジャズフェス

2017年01月06日 | 
キューバのジャズフェスティバル2日目。朝(11時ころ)から様々な場所で無料のライブが行われていた。

私たちは出番が10時すぎなので、昼間は十分時間がある。「テアトロ・ベルトルト・ブレヒト」という会場でエミリオ(セサル・ロペスのグループでギターを弾いていたマエストロ)のトリオ「 Natural Trio」を聴きに行く。





エミリオの才能はギターを弾くことだけでなく、曲作りにもある。すべて彼のオリジナルなのだがどの曲もポップで格好いいのだ。これをシンプルなパーカッションと歌うようなベースの3人で奏でる音楽はいつまでも聴いていたい気持ちの音楽だった。でも30分であっという間に終了。

この次に出てきたバンドは若手バンドで、昨夜のテレンスのようにサックスソロにエフェクターをかけまくっていた。めちゃくちゃ上手いサックスだったのにもったいないなあ。やはりこういう音楽は苦手だ。さっさと会場を出ると、出口でエミリオたちとばったり。

エミリオはこのあと、2本、セサルとのギグがあるそう。頑張ってね〜。と超売れっ子ギターリストのエミリオと別れる。「聴きにいけないけど、きみたちも素敵なライブを!」



いったん家に帰ってリハーサルをしてから10時にライブハウスのソーライクエルボへ向かう。すでに入り口に長蛇の列ができていて、そこをすりぬけて行くとWoldoさんがこっちにおいで、とPAのそばのテーブルに案内し「何飲みたい?」と飲み物まで用意してくれた。

1バンド目は結構大所帯でバタドラムを叩くおじいさんがリーダーのグループ。サックスが2人、トランペットと豪華なホーンセクション。だったがKiller Joeをチャチャで演奏したり、だらだらと続くソロ・・・あまり期待した音楽とは違った。バタドラムもほとんど叩かなかった。コンガのソロだけは秀逸だった。



いよいよ私たちの番がきた。もう11時を回っている。でもお客様はほとんど帰らないのでほっとするw。海外からの旅行者が大半だ。マイクはいらない、とアップライトベースにだけPAを使用し、サックスは生音で演奏開始。PAのお兄さんがこのステージ写真を撮ってくれました。ありがたい。






腕の包帯がきになるけれど、まあ、とりあえずリオとトシキが私をかばって演奏してくれたのでなんとか無事終了。お客様もヤンヤの喝采。これでもう少し手が動けば・・・・ないものねだりはよそう(苦笑)。

マネジャーやバーテンダーたちも私たちの演奏を食い入るように聞いていた。終わるとWoldoさんも大喜び。お客様はこのセットが終わると半分以上が帰って行ったけれど、もう一つバンドが出るんだよね〜。深夜までやるというのは本当にすごいなあ。と思っていたら、さきほどエミリオたちの後に演奏していた若手バンドだった。最初の出だしからさきほどのコンサートと全く同じだったので、さっさと帰宅することに・・・。


こうして長い長い1日が終了。もう演奏しなくていいので、残りの4日間、音楽聴きまくるぞ〜〜〜!!!









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キューバ音楽旅行記21 キューバ国際ジャズ祭開幕!

2017年01月05日 | 
32回目となるキューバ国際ジャズフェスティバルは毎年この時期(12月)に4日間、サンティアゴ・デ・クーバとハバナで同時開催される。

様々な会場で午前中から多くの海外アーティストたちも含め、無料コンサートや有料のライブがたくさん。その中でも初日のメインはなんといっても「チューチョ・バルデス」だった。

チューチョはイラケレという伝説のラテンバンドのリーダーでもあり、素晴らしいピアニスト。イラケレにはパキートデリベラsaxやアルトゥ-ロ・サンドバルtpがいて、彼らが亡命したあと、パキートの後釜に座ったサックス奏者がセサル・ロペス。

75歳を過ぎてもまだ現役として活躍しているだけでもすごいが、それを生で聞くことができるなんて!ピアノはどんな感じなんだろう?元気なのかしら?

11月に出会ったロドニーが「たぶん、チューチョのバンドで14日に出演するよ。」と言っていたのは、この大きなコンサートのことだったのだ。

今回の目玉として、NYからクリスチャン・マクブライドbとテレンス・ブランチャードtpがゲストに入る。ひえ〜、Blue Noteでみたら何万もする夢の饗宴だ!



会場のTeatro Mellaはものすごい人だかりだった。私たちは河野さんから頂いたミュージシャンパスを印籠のように見せてフリーパスで中に入れてもらった。一番音が良さそうなPA宅のすぐ横に陣取った。チケット発売と同時に完売してしまったそうだ。



チューチョがステージに上がるとソロで始まった。美しいサウンドに軽快なキレッキレのリズム。なんと素晴らしいんだろう。「まだ元気なのか?」なんて心配はどこかに吹っ飛んでしまう。端々に出てくるクラシック音楽。ソロの中でチャイコフスキーのピアノコンツエルトまで飛び出す。いや〜、こちらの音楽家たちの根底にはクラシックとラテンの血が流れているんだなあ。


chuchoのソロが圧巻です。(youtubeより)

こちらはトリオで1曲演奏した動画(ガストン・ホージャb)

途中でOMARA(ブエナビスタで一躍有名になった)歌手が2曲歌ったがこれも素晴らしかった。とにかく、1曲ごとにスタンディングオベーションの嵐。


Omaraのベサメムーチョ(ピアノはチューチョではありません)。これはアンコールでも歌って会場も大合唱になった。

たっぷりチューチョの世界に浸って満足していたら、いよいよマクブライドとテレンスが登場。いきなりジャズのセッションに早変わり。スタンダードを2曲だけ演奏したが、私としてはもう少しラテン音楽を聴いていたかったな・・・。

たっぷり2時間ほどのショーを堪能し、会場のお客様もみんな帰っていく。ところが・・・このあとからテレンスのNYから連れてきたグループのライブがあるというのだ。もう深夜11時をまわっているのに!!!

疲れたけれど、会場の半分以上が帰ってしまったので座席を前の方に陣取ってテレンスのバンドを聴くことに。若手の黒人が多かったが、テレンスは終始PCをいじりながらトランペットになにやら音響をかませてエレクトリックなサウンド作り。これが今のNYのジャズの主流なんだろうか?なんだかよくわからないが、マイルスがやっていたことの延長のような気がする。演奏はすごいのだろうが、音がエレクトリックすぎて私には伝わってこない。むむむ。

テレンスのライブ動画

会場も曲の途中でどんどんお客が帰りだす。私たちも3曲くらい聞いてもういいや、って会場をあとにした。チューチョのコンサートだけで十分満足だったなw。

さあ、明日は私たちも出演するんだ。高まる期待感にワクワクドキドキ。(つづく)



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キューバ音楽旅行記20 SINTESIS40周年記念ライブ

2017年01月04日 | 
ソーライクエルボのブッキングマネジャーWoldoさんに、出演を断りに行くつもりだったが痛みがだいぶ弱くなってきて「せっかくキューバジャズフェスに出演できるチャンスをゲットしたのに………」という気持ちも強くなり、RIOが「母ちゃんが演奏できないぶん、俺と父ちゃんでカバーするからやろうよ!」

出演時間の確認をするためにWoldoさんに会いに行き、Woldoさんは「ええ?そんな手で大丈夫か?」とずいぶん心配してくれましたが、「大丈夫。サックスは吹けるんです!」と無理に指を動かして見せた(苦笑)。

私たちの演奏はたったの30分間だけなのでなんとかなるだろう。本当はとっても不安だったけれど、翌日は痛みもまた減って少しだけ練習ができた。ただ、左手の小指を使うと激痛が走る。むかし、洋輔さんの著書で「今日はA(ラ)の音を使わずに演奏する」なんて荒技をやっていたのを思い出す。サックス奏者にしかわからないだろうが、最低音のBとBbが使えないのだ。私たちの演奏はフリージャズとは違うから演奏できる曲が限られてしまうが、みんなに我慢してもらうことになった。コンサートは3日後だ。

明日からキューバのジャズフェスが4日間行われる。町中の会場がジャズのコンサートで溢れる。今年で32回目になるが、今年はアメリカ国交回復第一弾としても注目を集めていた。12月1日からパンアメリカンやユナイテッッド航空が直行便を運行しだしたのもあって、町中が11月に比べて観光客(特にアメリカ人)が多くなり、英語も飛び交うようになっていた。

パーカッションの河野さんの情報で「今日の夜、SINTESISというこちらの人気バンドの40周年記念野外ライブがセントロの教会で無料で行われます。おすすめですからぜひ行ってみては?そのあとに私たちのところに来れますか?明日からのジャズフェスがフリーパスで入れるように手配しておきましたので。」

なんと素晴らしい!!!ありがたい提案にさっそくSINTESISのライブ会場へ1時間前に到着。予想どうりの人、人、人。ものすごい人気バンドなんだな。

40年も続くってすごいことだ。ヨルバ系のリズムを使った歌(コーラス)のグループでジャンルで言えばロックになるらしい。一曲目が始まった途端、鳥肌ものだった。そして、入れ替わり立ち替りゲストが入りながらどんどんとステージが進行していく。どの曲も素晴らしいのだ。わ〜、これはCDを買って帰らねば。感動していると、一曲だけサックスが登場した。あれれ?とよく見ればセサル・ロペスだった。さすが超売れっ子、セサル。でもPAがサックスの音をほとんど拾えずに、生音で演奏しているようだったのがちと残念だったが、SINTESISという素晴らしいグループのライブが聴けたことは本当にラッキーだった。



このあと、河野さんのいるコイーバホテルへ行くと、ミュージシャンパスを3枚、ちゃんと用意してくださっていた。

ああ、明日からジャズフェスが始まる。楽しみだあああああ。




Sintesisはyoutubeにたくさんあるようです。これもその中の一つ。ぜひごらんください。













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キューバ音楽旅行記19 キューバの医療制度

2017年01月04日 | 
ハバナに戻ってあと1週間、というところで転んで手首を痛めてしまったドジな私。前夜、痛くて眠れず、朝から移民局へVISAの申請に行き(1ヶ月以上の滞在は延長ビザが必要になる)、昼過ぎに宿のおじさんに病院の場所を教えてもらいトシキと行ってみることにした。

幸い、ハバナ大学のすぐ裏手に大きな病院があった。ただ、大きすぎて入り口や受付がどこにあるのかわからない。RIOがいないので、言葉がうまく伝わらず、約1時間ほど病院の敷地内をたらい回しに・・・汗。「仕方ないわね・・・」と言いながら女医さんが紙になにやら書いてくれた。それを持っていろんな人を訪ねて行くと・・・ようやく見つけ出した入り口(特に受付などない)でインターン(?)の青年がこのメモをみるとすぐに「着いておいで」と言って医師のいる部屋をノック。少しだけ待ってから入るように指示される。

医師が診察してくれたあと、また同じ青年が「こっちだよ。」とレントゲン室の前まで案内してくれる。診察中もずっとそばにいて、何から何まで面倒見てくれるなんて親切なシステムだな〜。順番待ちの人達もいるのにこんなにスムーズに診てもらえるなんて。旅行者だから特別扱いなのかもしれない。レントゲン室で自分の順番を待つ間も頭から血を流しているおじさん、生きているのがやっと、というおばあさん、などが次々にレントゲン室に入っては目の前を通り過ぎていく。ああ、私の手なんか軽いほうだ、こんなんでここにいてもいいのかしらん?と申し訳ない気持ちに。

レントゲンの結果、親指付け根あたりにひびが入っていることがわかった。そのままギブスを作って包帯で固定。「あの、指先だけは使えるように巻いてください。」とお願いしてみる。先生方は苦笑していた。



そのまま、診察してくれた医師がわら半紙のきれっぱしのような紙にちゃっちゃっと何やら書き込み私に渡してくれた。「安静にしていれば15日くらいで治ると思うよ。痛み止めの薬を帰りに薬局へ寄ってもらって行きなさい。いつ帰国?来週月曜?では日曜にもう一度きてください。」

そしてサポートの青年は出口まで見送ってくれ、この先の通りに薬局があるから、と親切に教えてくれたのでした。あれ?料金を払う所がなかった。そっか、医療はこちらは無料なんだ・・・・なんてありがたいシステムなんだろう。怪我のおかげで、こんなキューバ医療の一端を垣間見ることができたのは幸運だったかもしれない。ゲバラがもともと医学生だったからこういう素晴らしいシステムができあがったのだ。

痛み止めの処方された薬は一瓶(20錠)で40円くらいだった。

「リオ、すごく親切でイケメンのお医者さんだったのよ〜。」と戻って写真を見せると「え?どれが?このヒヨコ豆の方???」



ありがたい医師になんてことを!と思ったけれどもうこの先生の顔がヒヨコ豆にしか見えなくなってしまった(汗)。


ギブスで固定したおかげで少し痛みが治まった。でもサックスは吹けるかなあ・・・・・。やはり無理っぽいので夜になったらソーライクエルボに挨拶に行くことになっていたが、やはり出演できなくなりました。と謝りに行くしかないか。(つづく)






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キューバ音楽旅行記18 さよなら、サンティアゴ・デ・クーバ!

2017年01月03日 | 
サンティアゴといよいよお別れの日。2時に宿に午前中に見つけた大型タクシーが迎えにくることになっている。

午前中、2時間ほどかかって荷造りをし、再びAltecでエミリオたちに会いに行き、お別れのご挨拶。



そして、最後のランチだけは、と宿のおばさんに作ってもらうことに。これが涙がでるほど美味しかった。




チキンのトマトソース煮込み

ああ、なんで最初からここで食べなかったんだろう。ろくなレストランがなく、たくさん酷い味を体験してきた私たち(苦笑)。おばさんにそういうと、ニコニコ。本当に素晴らしい宿でした。ありがとうございます。



キューバに行く人は、民泊の食事を一度試してみることをお勧めします。

そのまま飛行場へ。行きのこともあったので、今回はアルトサックスもソプラノもぐるぐる巻きw。






荷物は重量オーバーを無視して載せてくれるし、最高のプロペラ機でした。




夕方の便でハバナには8時頃に到着。約束の宿へ行ってみると(3階)、今回は2階の部屋に泊まれ、と言われる。ベッドは一つしかないけれど、明日になったら簡易ベッドを入れにくるから我慢せよ、とのこと。なんだか汚いし狭いし、いろいろと文句言いたかったが言われる通りにするしかない。

とりあえず、お腹すいたから、いつものレストラン(Biky)へ行こう、とアパートを出た途端に、つるっと滑ってすってんころりん。左手をついてしまった。

なんで晴れているのに、地面が濡れているんだ?!おそらく、アパートの室外機の水が落ちてたまったものだろう。真っ暗な公園の片隅だったのでよく見えなかったから油断していた。私としたことが・・・痛みをこらえながらBikyへ行く。なんか、最悪な状態になってきたぞ(涙)・・・・(つづく)。

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キューバ音楽旅行記17 さよならSession & Party

2017年01月03日 | 
マイケルたちと別れて、そのままエミリオの家へ。手土産はいつものロン(ラム)とセルベッサ(ビール)。彼らは昼だろうが夜だろうが本当によくお酒を飲む。

私にとってエミリオの家がキューバで一番落ち着く場所だった。なぜかわからないが、この家にはいつもいろんなミュージシャンたちが立ち寄るのだ。可愛くて性格の良いエミリオの奥さんにも癒される。

家族のようになってしまった仲間たちがだんだん集まってきて自然にセッションが始まる。

セッションの動画、コンパイセグンドの「チャンチャン」






エミリートの息子(ミチェル)とAtzelおじさん。

エミリオが「これ、キューバ風のスシだから食べてみて。」



緑色の寿司???ライスとエビのボイルをしたものをレタスで巻いたものだった。「Que Rico!!!(おいしい)」持参した醤油をひとたらし。みんなが醤油を珍しそうに食べる。奥さんが気に入ったらしく「この醤油、置いていってくれない?」プレゼントすることに。

さらにエミリオが煮込んだ豚とパコの奥さんが作って持ってきてくれたコングリ(豆を一緒に炊いたごはん)にアボカドサラダ。



やはりキューバは家庭料理が一番美味しい。

遅くまで楽しい宴は続いたのであります。サンティアゴ・デ・クーバ万歳!!(つづく)






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キューバ音楽旅行記16 サンティアゴの音楽事情

2017年01月03日 | 
サンティアゴ・デ・クーバのサックス吹きマイケルと知り合いになったので、音楽事情をいろいろときいてみる。

ここの音楽家たちも小さいころにハバナの音楽学校を出ていたり、勉強したりした人が多いようだ。マイケルのバンドリーダーのピアニストもいつも小さなキーボードを弾いている。普通のピアノのような88鍵もない。おもちゃに近いエレピ。家にもピアノはないそうだ。それで一生懸命アレンジなどもやってオーケストラにも所属しているらしい。

マイケルも私のソプラノを少し吹かせてあげたが、とても嬉しそうに吹きまくった。かれも決してセサルのようなプレイヤーではないが、テクニックはそこそこある。ただ、ピッチが悪い。もうそれでやり慣れてしまっているから平気なのかもしれないが、どうしてもそこだけ気持ち悪かったw。「修理とかリードはどうしてるの?」「そんなの、ここでは何もないよ。」わずかなリードをずっと使いまわしているらしい。ピッチの悪いのも楽器のせいかもしれない。いやはや、大変な状況の中でみんな必死に演奏しているのだ。アルトサックスだったらリードをたくさんあげられたのに・・・。帰国してから送ってあげるからFBで住所とか教えてね。と約束する。

エミリオも自分でベースを制作している。トシキのイタリア製の「アルターエゴ」という会社のアップライトベースにもとても興味を持って、サイズを細かく測って写真を撮りまくっていた。「次に来るときはベース持ってこなくてもいいからねw。」きっともう一台新しいベースが完成しているだろう。


すっかり仲良くなった昨日のバーに再び向かう。昼過ぎ2時からすでにお客でいっぱいだった。オーナーがニコニコ出迎えてくれて「今日はなんでも好きなものを注文していいよ。」

じゃ、お言葉に甘えて「ピニャコラーダのアルコール抜きを。」と私がいうと、オーナーがバーテンダーの女性に耳打ち。彼女がさっと外へ飛び出した。5分くらいしてもどってくると、「材料を買いに行ったのよ。あなたのために特別に作るわ。」なんと、ココナッツとミルクを買いに行ってくれたのだった。
目の前で作るピニャコラーダ。最高においしかった。心のこもったおもてなしに涙がでそうになった。


生のココナッツ(凍らせたもの)を見せてくれるバーテンダー。

結局4時近くまで演奏し、オーナーが「次にきた時はぜひこの店で演奏してくれないか?ジャズフェスにもからめたいね。」嬉しい一言。





彼らとの3日間、とても濃厚で楽しい出会いでした。マイケル、ありがとう。音楽の神様ありがとう。
もっともっと早くこの店を知っていたらなあ・・・。もう一度訪れる日が来るだろうか。(つづく)







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キューバ音楽旅行記15 チャングイと雨とジャズバーライブ

2017年01月03日 | 
サンティアゴに滞在して2週間、ほとんど雨は降らず、降っても天気雨程度。ハバナもそうだったが、やはりキューバはこの季節が一番良い時期だそう。気温も日陰に入れば十分涼しい。もちろん、宿にはクーラーも完備されているがめったに使わない。

午前中にまたカサデラトローバの1階を通ると「チャングイ」というキューバの伝統音楽を演奏していた。この音楽ではベースを使わずにカホンに巨大なカリンバがついたものを叩く(マリンブラ)。ほとんどコード進行とかリズムに変化はないのだけれど面白かった。



チャングイの演奏動画

急遽TReSの参加はできなくなってしまった野外ライブの会場は、中心街から少し離れた場所だったのでエミリオたちがバスと歩きで一緒に連れて行ってくれることになった。

ここサンティアゴの街はほとんどメインのライブハウスなどは歩ける距離に密集していたので、ハバナでは毎日一万歩ほどは歩いていたのに、ここではほとんど歩かなくてすんでいた(ただし、坂道がきついけど)。

しかし今回は結構な距離を歩いたので、楽器持って歩かなくて助かった。エミリオは5メートル歩くごとに友人から声をかけられて立ち話。人柄の良い彼は本当に人気者だ。








野外ステージ


SONARTEのメンバーと。

みんなでワイワイとロン(ラム酒)を飲みつつ5時になるのを待つ。私は飲めないからジェラート。そうしているうちに一変にわかに掻き曇り・・・・。Sonarteがステージにあがって、いざ、音を出そうとした瞬間に・・・大粒の雨。あわてて楽器を片付けて雨の止むのを待つことになった。



1時間以上もこんな土砂降りの雨が降ったことなんてキューバに来て初めてだった。よりによって野外ライブの日に。結局Sonarteの演奏も中止。みんなは雨宿りをバーでしながら楽しそうにロンを飲み続けていた・・・。本当に楽器を持ってこなくて助かったなあ・・・・汗。

「じゃあ、明日のお別れパーティは4時くらいからおいでね。」エミリオがみんなを誘って私たちを招待してくれることになっている。明日はエミリオも料理を作るらしい。楽しみだ。

みんなとお別れし、雨上がりの道をてくてくと中心街まで歩いて戻った。

今度は夜の10時からマイケル(サックス奏者)たちに呼ばれてCasa Grandeのバーへ向かった。

バーカウンターの上がステージになっている。私たちが店をようやく探し当て、店内に入るや否や・・・・拍手が起こった。「待ってました〜!」
ステージで演奏しようとしていたマイケルたちも一旦やめて私たちを迎えてくれた。

「よく来たね。じゃあ、1曲演奏したらステージにあがってきてよ。」

ソロがまわってきたので吹き始めるとキャーキャーと 歓声が湧き上がった。めちゃくちゃノリの良い店だ。知っている曲になるとみんなが一緒に歌いだす。なんだ、なんだ?この店は???
1セット終わってステージを降りるとみんなが声をかけてくれる。ここのオーナーも大喜びでコーラやビールを差し入れてくれた。(こんなの今までなかった)。
さらに、2セットめはエレクトリックベースを借りてトシキと私たちTReSで何か演奏していいいよ、と言われたのでパーカッションと一緒にTicoTicoを演奏するとこれがまた大受け。

「あさって帰っちゃうの?明日の昼2時からもここで演奏するんだけれど来れないかな?」
「4時くらいにはお別れパーティに行かなくてはいけないけど、それまでならOKよ!」(つづく)




ノリノリのオーナーと。







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キューバ音楽旅行記14 激しいSONは禁止??

2017年01月02日 | ライブとミュージシャンたち
レコーディングを終えて、翌日もまたAltecに11時からSONARTEが演奏するので聞きに行った。

Atzel が私たちを見つけるとすぐにウィンク。でもなんだか様子が変だぞ??

演奏が終わって私たちのところにやってきたEmilioとAtzel。申し訳なさそうな顔をして「明日、一緒に演奏しよう、って約束していた仕事だけれど、フィデルの追悼期間(来年3月くらいまで?)は激しめのSONを演奏してはいけないというおふれがでたんだって。だから、申し訳ないけれど明日は野外で一緒に演奏できないんだ。でもコンサートにはくるよね?明日待ち合わせしよう。」

えええ〜、そりゃないよ〜(涙)。せっかく共演できるとはりきっていたのに・・・。確かに、このあとのグループやエミリートたちのSepteto de Trovaの演奏も聴きに行ったがほとんど静かめに演奏。激しい曲はせいぜい1曲くらいだった。



こうなったら、サンティアゴデクーバの残り3日間、いろいろな音楽を楽しむしかない。でも激しくないソンなんて、気の抜けたコーラみたいだった・・・。

Altecの帰り道にCasa De La Trovaがある。ここの一階と2階、両方でライブをやっている。下は通り道なのでまるみえ。かわいい男の子がお父さんのそばでギロを演奏していた。




エミリートの所属する「Septeto de la Trova」@Casa de la Trova2F



その夜、夕飯を食べに近所の店に入ると満員。どうしよう?と思っていたら若い男の子がこの地下はライブハウスだけど、そこでもここの食事ができるよ。来ませんか?というので、誘われるまま地下へ・・・・。一度ここのライブも聞いてみよう、と話をしていたところだったのだ。

薄暗い中で料理の注文をしていると、客引きだと思ったお兄ちゃんが話しかけてきた。
「これからライブなんです。観光ですか?」
「私たちも音楽家なの。」
「え?何の楽器?」
「サックスとベース。」
「えええ?僕もテナーサックスで、これからリハーサルやるんだよ。」

どこかで演奏したくてうずうずしていた私たちは「じゃあ、これから楽器とってくるから、飛び入りさせてくれる?でも大きい音だして大丈夫なの?」

「OK!!ちゃんと扉の閉まるライブハウスでは何の問題もないんだよ。」

そっか〜。エミリオたちは常に解放されたカフェでの演奏だった。こういうライブハウスでの演奏というのもあったのね〜w。

いそいそと楽器をとりに戻ると、ごはんもそこそこに楽器を取り出し、リハーサルに参加。







リーダーはキーボードの黒人だった。さっそくComo FueとSabor a miを演奏するとバンドのみんなが大喜び。パーカッションの黒人も「明日はこのバンドで(ボーカルなし)で夜からギグなんだけど、そこに来ない?」

話はどんどん面白い方向へ広がっていく。あとサンティアゴデクーバも3日になった。(つづく)




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