常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

紅葉の月山へ

2021年09月30日 | 登山
最上川が山形県のなかだけを貫流する川とすれば、他県に跨らずすっぽりと県内に屹立する山は月山(1984m)である。その裾野に住む人々は、渓谷を流れ下る水で田畑を潤し、様々な山の恵みによって暮らしを賄ってきた。同時に四季によって変わる山の表情によって、癒され、励まされ、暮らしの指針をも得ていた。山に登る者には、季節ごとにその多彩な素晴らしさを満喫させてくれる。日本海を吹き渡る風は、多量の水蒸気を含む雲となり、冬はこの山に10mを越える積雪をもたらす。志津温泉から上は除雪も行われず、スキーの始まる4月末まで雪に閉ざされる。この厳冬に下から登山を試みた人が、力尽きて雪に埋もれて死んだのは10年ほど前のことであったろうか。

登山を始めてから月山に登ったのは10度ほどであろうか。雪の消えていく山肌を彩る高山の花の美しさが、最初の見つけたこの山の魅力である。7月、姥ケ山のお花畑には数え切れないほどの種類の花々が一斉に咲く。ある年、5月の連休にリフトに乗って残雪の月山に登った。重畳と連なる朝日連峰の山々の雪景色は、忘れることのできない景観であった。そして、間もなく初雪が来る紅葉の季節。全山を染め上げる草紅葉と灌木の紅葉は、今回見つけた月山のもう一つの魅力である。

「9月下旬には山頂付近で紅葉が始まり、10月上旬には中腹のブナ林の紅葉期を迎える。秋の森を歩くと甘酸っぱい臭いが漂ってくることがあるが、これは葉がこうようするときに発生する臭いである。(中略)秋の移り変わりは早急である。葉は一雨毎に色を増し、鮮やかな彩りが一週間ほど続いたのち、徐々にいろあせてゆく。」

平日であるが、紅葉の最盛期とあって入山している人の姿が多い。ここでも若い人たちの姿が目立つ。絨毯を敷きつめたような草紅葉に、「家に床に敷きたい」と言う女性がいた。「背負って持っていけば」というと、「重すぎるわね」と返ってきた。こんな他愛のない話が弾む錦秋の景観である。目を遠くにやれば、先月縦走した朝日の山々がガスのなかにシルエットを描いている。あれが以東、尖ったのが障子ヶ岳、その向うに寒江山、中岳。縦走の楽しさの記憶を引き出してくれる。牛首から石の道を1時間半、ゆっくりと歩いて頂上に着く。頂上の手前で風が吹いて汗を蒸発してくれる。「あれSさん」と思わず声をかける。会社づつめで、版下の仕事をしてくれていたSさん夫妻だ。偶然に十数年ぶりの再会である。しばし、昔の知人に話が及ぶ。再会のため電話番号を交換して別れる。

帰路は牛首から姥ケ山を巻くした道を行く。トレラン姿の若者が3名、半袖の軽装でどんどんと早く下っていく。本日の参加者9名。内男性4名。

岩道のこごしき道をくだらむと
 遠山河も見ることもなし 斎藤茂吉


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秋、三つ

2021年09月28日 | 日記
夕方、近所のお店に買い物にでかけると、虫の音が澄んで大きく聞こえて来た。冷気に負けまいとするかのようなけなげな声だ。先日まで、草むらから聞こえていたのはくぐもったコウロギであったが、昨日はキリギリスが主役の座を奪った感じする。

電線に数百メートルに止まるムクドリの群。ガチャガチャとけたたましい鳴き声を上げながら、自分の止まる場所を探している一羽。その上を群をなして飛ぶのもまた同じムクドリ。こちらは大きな木の枝へ飛んでいく。こんな群れが見ているうちに次々と現れる。ムクドリは漂鳥である。東北地方で繁殖して、秋にむれとなって暖かい地方へ南下する。こんなムクドリの生態に触れるのも秋のシンボルといえる。

そして高く伸びた紫苑。枝分かれした先の薄紫の花が美しい。姫紫苑というのもあって、こちらは小さくて可憐だが、これだけ背丈が高いと可憐とは言い難い。キク科ではあるが、がっしりした草本は、風に強く台風がきても倒伏することはないらしい。

きのう過ぎけふも紫苑にうするる日 水原秋桜子
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白萩

2021年09月27日 | 日記
寒い日の次は30℃近い蒸し暑さ。この秋は、気温の変化が大きい。高山では、秋が深まり紅葉の話題もしきりに聞こえてくる。富士山の初冠雪もきのう 報じられた。そう言えば太宰治の『富嶽百景』の甲州御坂峠から見た富士の雪景色のシーンが印象的だ。

 「お客さん!起きて見よ!」かん高い声である朝、茶店の外で、娘さんが
 絶叫したので、私はしぶしぶ起きて、廊下へ出て見た。娘さんは興奮して
 顔をまっかにしていた。だまって空を指さした。見ると雪。はっと思った。
 富士に雪が降ったのだ。山頂がまっしろに、光りかがやいていた。御坂の
 富士もばかにできないぞと思った。

寒暖をくり返しながら秋は深まっていく。ひともとの白萩が咲いた。紅い萩が咲き競っているなかで、白萩は珍しい。その上ひときは気品に富んでいる。ふと山の初冠雪を連想した。

白萩の波に紅さす一枝あり 永井東門居
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曼珠沙華

2021年09月23日 | 日記

曼珠沙華はヒガンバナとも言われるが、中国大陸からの帰化植物である。根が鱗茎でユリのようにデンプンを蓄えているが毒性である。分布しているのは、人が住む畑や田のまわり、荒地などだ。江戸時代に中国から鱗茎で持ち帰ったと考えられている。作家の富士正晴の証言がある。富士の曾祖母は昭和9年に80歳を超える年齢で亡くなっているが、曼殊沙華の鱗茎のことを覚えていて、度々語ったという。鱗茎の澱粉をよく水にさらして作った餅を、知人に貰って食べたという。なかにさらし方の足りない餅を食べて、ぎゃっと叫んで血を吐いたという話を聞いたということだ。江戸時代には、日本の各地で天候の異変のよる大飢饉に襲われている。この飢饉のさいに役立たないないか、と持ち帰ったものらしい。農業の技術が進んで、曼殊沙華の根の餅を食べずともいいようになって、その利用法は後世まで伝わらなかった。彼岸のころに咲く、赤い花として鑑賞される存在になっていった。
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吾亦紅

2021年09月22日 | 登山
散歩で通るお宅の庭の片隅にひっそりと頭を垂れる吾亦紅が目につくようになった。地味な花なのに何故か人気がある。源氏物語にも見える草で、古くから愛されてきた。平安の時代に秋の花としてもてはやされたのは女郎花や萩。一方、菊や藤袴、地味な吾亦紅まで香りを持つ花に執着する人もいた。香合せなど香りに風流を求める人たちだ。源氏物語を見ると吾亦紅は吾亦香と香が名に入れられている。

路岐れして何れが是なるわれもこう 漱石

山道のわかれ目に、枝を縦横に伸ばす吾亦紅が咲いていたのであろうか。漱石ならずとも、複雑に枝ゆえに方角が分からなくなることは請け合いだ。葉から伸びてくる枝に秋の淋しさが漂う。昔の人がこの香を袖に炊きしめたということを知れば、平安好み花であることは納得できる。生きている内は匂いがなく枯れるにつれて芳香を放ついう解説があった。
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