常住坐臥

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老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
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ねじまき鳥クロニクル

2018年01月16日 | 読書


村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』読了。クロニクルというのは年代記という意味である。そもそもねじまき鳥というは、架空の鳥だ。主人公の岡田亨だけがその鳴き声を聞いている。ギ、ギイ、ギイ、ギイーとゼンマイのネジを巻くような鳴き声だから、その鳥にこの名を与えられている。しかし鳥は木の葉の繁みに身をかくし、岡田自身その姿を見たことはないのだ。岡田の住まいの近くにある閉じられた小路にある空き家の庭で、ねじまき鳥は鳴いている。終戦間もない満州新京の動物園で、また廃墟になった動物園が処刑場としている現場で、人間の残酷な歴史を、ネジを巻いて動かしていく装置として、この鳥の鳴き声が使われる。そういう時間的経過のなかでこの鳥が登場するために、クロニクル(年代記)が小説の名に加えられている。

村上春樹の小説には、現実世界のこちら側と別世界のあちら側、現在と過去などの世界が重層的に語られる。妻のクミコが失踪して住む世界はあちら側である。その入口となっているのは、空き地のかれた井戸である。入口から別世界へと入っていくには、睡眠や自分では意識しない動作や道具が使われる。その壁を通り抜けると、顔に痣ができ、その痣が現実の人たちの癒しになって大金を手にするというおとぎ話のような仕掛けになっている。その別世界で岡田亨は、妻の兄と思われる男を、バットで殴り倒す。すると、現実の世界では妻の兄は、脳溢血で倒れて意識不明になる。

夫婦には本田さんという知り合いがいた。旧軍人で占いを生活の糧している人で、夫婦はその人を訪ね、色々な相談ごとをしていた。本田さんが亡くなると、彼の戦友であった間宮中尉を名のる人が岡田を訪ね、本田さんの思い出、つまり戦争の思い出を語る。この小説を重厚なものにしているのは、彼の語る戦争における残虐な恐怖体験である。ソ連の手先になったモンゴル人の処刑の方法に人間の皮剥ぎという残虐な方法があった。中尉は目の前で、仲間が皮を剥がれる場面を目撃している。

「生きたまま皮を剥がれるとものすごく痛い。想像もできないくらいに痛い。そして死ぬのにものすごく時間がかかる」

こんな説明のあと仲間は、モンゴルの専門のナイフを使って皮を剥がれる。作業が進むと仲間は悲鳴をあげ始める。それはこの世のものとは思われない悲鳴でしたと語る。後に中尉は、ソ連の捕虜となってシベリヤの炭鉱に送られる。そこで中尉はこの皮剥ぎの処刑したあの皮剥ぎボリスと再会することになる。中尉が送ってきた手紙には、日本人捕虜たちが体験した、おぞましい悲惨な実態が綴られている。

正月の退屈な時間を過ごすには、余りに刺激的な村上春樹の小説世界であった。昨年発表された『騎士団殺し』は、まだ読んでいない。今年はこの本を読むことも楽しみである。
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