「…何がそんなに…悲しいのですか…」
「……」
指先を頬へ延ばし、なぞりながら、囁き尋ねてみる。
けれど、返事はない。目蓋は閉じられ、噛み締められている唇は小さく震えていた。
こうして、触れる事も嫌ならと…躊躇いがちに距離を作ろうとした、その瞬間。離れる事は望まないと、愛しい人は自ら懐へと深く埋まってきた。
拒まれている訳ではないのだろう…と、また引き寄せた。
残されている時間は長くない。それは分かっている。
想いを遂げたいとあれだけ望んでいたのに、何故だろうか。今は…やけに落ちついている。
このまま、何も言わず、…言葉を交わす事もなく…夜明けを待つのも良いかも知れない。
一瞬のような永遠を感じたまま。愛しさをこの腕の中へ閉じ込めていようか。
震える肩に手を延ばし、目を閉じる。
ああ、でも、それは勿体ないか。期を逃したと、後悔するよりは…。全身で温もりを受け止めながら、徐に口を開いた。
「…あの夜の事は…今でもはっきりと…心の深い部分に…焼きついています…」
僕は未だ滲む涙でユノの胸元を濡らしている。
ユノに抱かれ、鼓動を聞き…感じるのは…これまでに知らなかった安らぎ。このまま時が止まってしまえば良いのにと願う。
でも、それは僕だけの望みなのか…。ユノは静かな口調で、語り出した。
僕を初めて見た夜の事。
ユノに言われて、分かった。数年前の出来事に心当たりがあった。
僕の我が儘で市中へ行った事がある。
あの夜はずっと憧れていた演舞を観覧出来て、気分が良かった。王宮での暮らしに嫌気がさしたとまでは思わない。だけど、解放感に気が緩み、ほんの一瞬だけと言い聞かせ、自由な振る舞いをした。
夜風を感じたくて、窓辺に立った。あの夜、ユノは僕を見つけていた。ユノは僕を以前から想っていてくれた。…それを…僕は…知らずにいた。
侍女が言っていた通りだった。
僕より先に…悪魔がユノに気付いていた。それが悔しくて、また涙が込み上がる。
時々、身動ぎすると、ユノは心配そうに声を掛けてくれる。でも僕は涙を止められないから、顔を上げられない。
だけど、もっとユノの事を知りたくて、続きをせがむように強くしがみついていた。
.