ここまで来たら、遠慮は必要ない。思いの丈を全てぶちまけてしまおう。その瞬間まで、あとどの位なのか。時計を見遣ると、その瞬間。MAXの上擦った声が響く。
「ま、まだ寝るつもりはないからな!」
「え?そうなのか?」
「ま、まだ…眠くないからな…」
「そうか。なら、映画でも見るか?ああ、でもここにある作品はどれも恋愛映画ばかりだと言ってたな」
「そ、そんなものに興味はない!」
「なら…読書でもするか?ここにある本は管理員の趣味趣向が反映されていて、特殊な物しかないみたいだけどな。あ、でも俺は黙ってられる自信はない。一人で静かな時間を過ごしたいと思っても、それは無理だからな」
「……」
MAXが何を言おうと、引き下がる気なんてない。次々に言葉を投げ掛けていると、MAXは苦々しい顔をして、拭いた皿を棚へと戻した。この次はどんな動きをするのだろう。瞬時に対応出来るよう、意識を向けていると…MAXは鍋に何かを注ぎ、温め始めた。
何をしているのだろう。疑問を浮かべ、凝視していると、大きなマグカップが並べられ、鍋の中身が注がれる。無駄のない動きで鍋は洗われ、片方のマグカップを突き付けられた。
「これは…」
「要らないなら、返せ」
「要らない訳ないだろ?」
「ふん!」
視線を合わせてくれないMAXは先に廊下へと突き進む。遅れを取らないように急いで後を追う。
MAXは寝室とは違う部屋に入り、窓際に置かれた一人がけソファーに腰を降ろす。流石に割り込むスペースはないか。ムッとしながら、直ぐに行動を起こす。離れた位置に置かれた同じソファーを運び、MAXの隣を陣取った。
俺の行動に気を留めないMAXはマグカップの中身を味わいながら、暗い窓の外を眺めている。
よく見れば、雨は上がっていた。雨脚の激しさが嘘だったかのように、夜空には綺麗な着きが浮かんでいる。マグカップからは甘い香りがした。
「…これを飲むと…心が安らぎ…落ち着く…」
これは甘めのミルクティーか?一口飲むと、確かに心地良さが広がった。
「前言撤回する。月を眺めるなら静かな方が良いな。…明かりを消そうか」
心配しなくても夜は長い。今更、焦るなと言われたようで、少し落ち着こうと部屋の明かりを暗くした。
部屋の明かりがなくなれば、外の景色が見やすくなった。と言っても、月以外にはっきり認識出来るものはない。普段の生活とはかけ離れた場所に居ると実感し、不思議な感覚に襲われる。
…そうだよな。まさか、こんな場所で彼と二人きりになるなんて、誰が想像した?
誰にも予測なんて出来ないだろ。それに…思いの外、冷静なのも…不思議だ。
「これ、旨いな」
「…そうか」
「適度な甘さが丁度良い。何だか落ち着くな…」
「……」
ここで落ち着いてしまっては…身を守る事は出来ない気がする。…そう思うのに、穏やかに放たれる月の光のせいなのか…僕は反論もせず、黙って月を見上げ続ける。
「いつも就寝前はこんな風に過ごしているのか?」
「……」
「リラックス方法を教えてくれて、ありがとうな」
「…別に…教えているつもりは…」
「本当に…癒やされる」
いつもなら、横から声はしない。独り言を呟いて、飲み干して…何事もなかったように…眠るだけだった。
それに、毎夜、月を見上げている訳じゃない。ここ最近は疲れ切ってそんな余裕を持てない事が多かった気がする。
「…月を見ていたのは…もっと前の話だ…」
「そうなのか?」
「…これを作ってくれたのは…養母のあの人で…」
「ああ、あの人か」
「…優しくしてくれたのに。…何故、僕は…心を開かなかったんだろうな…」
「…MAX」
口にしてみて、気付いた。どうしてだろう。今になって、疑問が浮かぶのは…。余計な事だと思うのに…言葉が口から洩れていく。
「…何も知らないだろ…」
「え?」
「…僕の事。何も知らないのに…どうして…」
ここにいるのか。彼に尋ねようと思ったのに。声を出せなくなる。
「俺は…何も知らないとは思わない。勿論、全てを知っている訳じゃない。でも、俺は…MAXが… いや、チャンミンが好きだ。どうしてと聞かれても…どうしてもと言うしかない」
「……」
「俺は…チャンミンが好きなんだ…」
「……」
月だけを見つめているから、平気なのだろうか。名前を呼ばれ、心が震える。…息が止りそうになりながらも…僕は意識を保っていられた。
。