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一応、秘密の…ホミンのお話置き場です。

とある二人の話。73

2018-04-30 | 財団関係者

 

 

ここまで来たら、遠慮は必要ない。思いの丈を全てぶちまけてしまおう。その瞬間まで、あとどの位なのか。時計を見遣ると、その瞬間。MAXの上擦った声が響く。



「ま、まだ寝るつもりはないからな!」
「え?そうなのか?」
「ま、まだ…眠くないからな…」
「そうか。なら、映画でも見るか?ああ、でもここにある作品はどれも恋愛映画ばかりだと言ってたな」
「そ、そんなものに興味はない!」
「なら…読書でもするか?ここにある本は管理員の趣味趣向が反映されていて、特殊な物しかないみたいだけどな。あ、でも俺は黙ってられる自信はない。一人で静かな時間を過ごしたいと思っても、それは無理だからな」
「……」


MAXが何を言おうと、引き下がる気なんてない。次々に言葉を投げ掛けていると、MAXは苦々しい顔をして、拭いた皿を棚へと戻した。この次はどんな動きをするのだろう。瞬時に対応出来るよう、意識を向けていると…MAXは鍋に何かを注ぎ、温め始めた。

 
何をしているのだろう。疑問を浮かべ、凝視していると、大きなマグカップが並べられ、鍋の中身が注がれる。無駄のない動きで鍋は洗われ、片方のマグカップを突き付けられた。

 
「これは…」
「要らないなら、返せ」
「要らない訳ないだろ?」
「ふん!」


視線を合わせてくれないMAXは先に廊下へと突き進む。遅れを取らないように急いで後を追う。

MAXは寝室とは違う部屋に入り、窓際に置かれた一人がけソファーに腰を降ろす。流石に割り込むスペースはないか。ムッとしながら、直ぐに行動を起こす。離れた位置に置かれた同じソファーを運び、MAXの隣を陣取った。


俺の行動に気を留めないMAXはマグカップの中身を味わいながら、暗い窓の外を眺めている。

よく見れば、雨は上がっていた。雨脚の激しさが嘘だったかのように、夜空には綺麗な着きが浮かんでいる。マグカップからは甘い香りがした。

 


「…これを飲むと…心が安らぎ…落ち着く…」


これは甘めのミルクティーか?一口飲むと、確かに心地良さが広がった。



「前言撤回する。月を眺めるなら静かな方が良いな。…明かりを消そうか」

 
心配しなくても夜は長い。今更、焦るなと言われたようで、少し落ち着こうと部屋の明かりを暗くした。

 

 

 

 

 

部屋の明かりがなくなれば、外の景色が見やすくなった。と言っても、月以外にはっきり認識出来るものはない。普段の生活とはかけ離れた場所に居ると実感し、不思議な感覚に襲われる。

 
…そうだよな。まさか、こんな場所で彼と二人きりになるなんて、誰が想像した?

誰にも予測なんて出来ないだろ。それに…思いの外、冷静なのも…不思議だ。

 

「これ、旨いな」
「…そうか」
「適度な甘さが丁度良い。何だか落ち着くな…」
「……」


ここで落ち着いてしまっては…身を守る事は出来ない気がする。…そう思うのに、穏やかに放たれる月の光のせいなのか…僕は反論もせず、黙って月を見上げ続ける。

 

「いつも就寝前はこんな風に過ごしているのか?」
「……」
「リラックス方法を教えてくれて、ありがとうな」
「…別に…教えているつもりは…」
「本当に…癒やされる」


いつもなら、横から声はしない。独り言を呟いて、飲み干して…何事もなかったように…眠るだけだった。

それに、毎夜、月を見上げている訳じゃない。ここ最近は疲れ切ってそんな余裕を持てない事が多かった気がする。

 


「…月を見ていたのは…もっと前の話だ…」
「そうなのか?」
「…これを作ってくれたのは…養母のあの人で…」
「ああ、あの人か」
「…優しくしてくれたのに。…何故、僕は…心を開かなかったんだろうな…」
「…MAX」


口にしてみて、気付いた。どうしてだろう。今になって、疑問が浮かぶのは…。余計な事だと思うのに…言葉が口から洩れていく。

 

 


「…何も知らないだろ…」
「え?」
「…僕の事。何も知らないのに…どうして…」

ここにいるのか。彼に尋ねようと思ったのに。声を出せなくなる。

 


「俺は…何も知らないとは思わない。勿論、全てを知っている訳じゃない。でも、俺は…MAXが… いや、チャンミンが好きだ。どうしてと聞かれても…どうしてもと言うしかない」
「……」
「俺は…チャンミンが好きなんだ…」
「……」



月だけを見つめているから、平気なのだろうか。名前を呼ばれ、心が震える。…息が止りそうになりながらも…僕は意識を保っていられた。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 


とある二人の話。72

2018-04-29 | 財団関係者



 

 

「旨いっ!やっぱり、MAXの料理は最高だ!!」
「……」
「ああ、これだと言葉が足りない気がするな。チャンミンの料理は最高だ!」
「っ!!」
「礼を言いたかっただけだから、今のはノーカウントにして貰えるか?」
「そ、そんな勝手な事…」
「MAXも早く食べた方が良い」
「い、言われなくても…」



目の前に並んだ豪勢な料理を頰張ると、湧き上がった感動を伝えたくなった。名前を呼ぶなと言われたけど、どうしても名を口にして感謝を伝えたくなり、制御不能になった。言い付けを守らないと、MAXの機嫌を損なうと分かっていても、想いと行動に時差はない。行動を起こしてから、様子を窺う。

大丈夫だ。心配は不要らしい。MAXはそれ以上、怒る気配もなく、皿に視線を落としていた。



「こうして、手料理を味わえる時間が…当たり前になれば良いのにな」
「……」
「あっ、でも、MAXに負担を強いるつもりはないからな。後片付けくらいは練習して頑張るつもりだ」
「……」
「後片付けなら、時間が掛かっても…怒らないよな?」
「……」
「でも、完璧に熟す自信はないから、指摘はしてくれ」
「だ、黙って食べろ!」
「黙って味わうのも良いけど、会話も楽しまないか?その方がより旨くなるだろ?」
「そ、そんな事はない!」
「そうか?」
「…楽しい食事の時間なんて …それ程、記憶にはない」
「…そうなのか?」

 沈んだ口調と逸らされたままの視線が気になる。



「だったら、余計に黙っていたくない」
「は?」
「俺は話しを続ける。MAXは返事をしなくても構わないからな」
「何故だ」
「俺の楽しさが伝わって…少しでも楽しいと思って貰えるなら、それで良い。そうしてみたいんだ」
「……」
「俺はかなり自分勝手みたいだからな。不本意かも知れないけど、静かに出来そうにない」
「……」
「こんな一面があると、俺も知らなかったんだ」
「……」
「いや、昔、猪突猛進だと言われた事はあったか」


 

MAXは顔を上げてくれない。それでも、独り言を遮るような言葉は飛んでこない。

流れていた涙の理由や、本当の名前の事。MAXが抱えている何かを知りたいと思いながら、無理に聞き出したくない俺は、他愛ない話を繰り返して、笑顔を引き出そうと努力していた。

 

 

 
 

 

「ああ、旨かった!」
「…もう…良いのか」
「ああ。俺は満足だ。MAXはまだ食べられるのか?だったら、俺に遠慮せず、好きなだけ食べてくれよ?」
「遠慮なんてするか!」
「俺は喜んで付き合うからな」
「よ、喜ぶな!!」


前に箸を置いた彼はまた明るい笑顔を浮かべる。直視しないように視線を逸らし、無視を決め込んだつもりでも…彼のペースに巻き込まれそうになる。影響されて堪るか。そう思った筈なのに…また意思に反して、言葉が口から出た。

 

「…デザート」
「デザートもあるのか!?」
「た、大した物じゃない!」
「そんな事はない。MAXが用意してくれたなら、俺に取っては最高でしかない」
「な、何を…」



視線を落とし、笑顔を避けているのに…喜々とした反応はビシビシと伝わってくる。そこまで喜ぶなんて、おかしい。そう思っても、ほんの少しだけ…僕も嬉しくなってしまった。

 

そこから、暫く相変わらずの時間が流れた。

独り言を続ける彼は、呆れる程にずっと元気だった。時計を見ると、思ったより時間が経っていて驚く。あっと言う間に過ぎてしまった時間の先に、何が待つのか。考えないようにしていた問題が脳裏を過ぎった瞬間。彼の声がした。

 

 

「片付けをしたら、寝るだけだよな?」
「は、は?」
「漸く、その時が来るんだな」
「…な、何を言う」
「ベッドの上で告白しても良いのか?それとも…」
「お、同じベッドでなんて、寝ないからな!!」
「はあ?今更、そんな事、言わないでくれ」
「僕は床で寝る!」
「そんな事、させられない」
「何処で寝ようが、僕の勝手だろ!!」
「だったら、俺も床で寝る」
「は、はあ?」
「床でも何処でもMAXの隣で寝るからな」
「ふ、ふざけるな!!」
「ふざけていない。俺は本気だ」
 

声を詰まらせ、動揺しているのは僕だけだ。彼は至って真顔で、固い決意表明をしているようだ。



ちょっと待て。この先には…何が待っている?具体的な想像をしたくないのは…現実逃避と言えるのか?

 

「MAX。俺は…」
「ま、まだ、その時じゃないだろ!!」
「そうだな。後少しの我慢だな…」

 

彼は苦笑いして、小さく息を吐いた。その吐息に切なさが混じっているように感じ…僕の胸がギュッと締め付けられた。

 

 

 


とある二人の話。71

2018-04-28 | 財団関係者


 

 浴室を出ると直ぐ、バスタオルが投げつけられた。顔面で受け止めた俺は礼を言う。

 
「あの…」
「良いか!さっきの僕は…どうかしていたんだ。僕の許可無しで…勝手に…名前を呼ぶなよ!!」
「正直に言うと…言い付けを守る自信がない」
「な、何だと?」
「あんなに可愛いMAXを…いや、チャンミンをもっと見てみたいと思うからな」
「っ…は」

 
名を口にすると、バスローブに身を包むMAXはバランスを崩し、廊下に崩れ落ちる。慌てて手を貸しに行こうとして、鋭い叫びに制された。



MAXの弱点を知り、有効活用したいと思う。でも、意地悪がしたい訳じゃない。勿論、他人には絶対に知られたくない重要事項だ。多用すると耐性がつき、弱みでなくなるかも知れない。だとしたら、もっと考えて呼ばないと。慣れない計算をしてみたけど、考えても無意味だ。実際に試してみたくなった。



「なあ、チャンミン」
「っ!」
「視界に入るなって、言った事。ナシにしてくれないか?」
「は、はあ!?」
「就寝まで時間はまだかなりあるだろ?それまで顔も見られないなんて、辛過ぎる。名前を呼ばない代わりに、条件を取り消してくれ」
「……」
「じゃないと、言う事は聞けない」
「…わ、分かった」

 
MAXから欲しい答えを引き出せた!返事を聞き、顔面が崩壊する。


「ありがとう、チャンミン!!」
「なっ…!」


大声で礼を言うと、立ち上がっていたMAXはまた膝を折り、床に突っ伏しそうになっていた。多様は厳禁だと今、思ったばかりじゃないか。これ以上は止めておこう。

そう思ったのと同時に、突き刺さる視線を感じた。



「…言うことを聞かないなら…」
「告白の時までは口にしない。だから、そんな恐い顔をしないでくれ。せっかくの可愛い顔が…」
「か、可愛いなんて言うなっ!!」
「可愛いも駄目なのか?なら、綺麗な顔が…」
「良いから黙れ!!」


食い下がる俺には返されるのは、容赦ない言葉ばかりだ。それも嬉しいだけの俺は、ずっとニヤニヤしっ放しだった。









 

 

「俺も何か、手伝おうか?」
「料理が出来ないなら、手伝いにならないだろ!大人しくしていろ!」
「そうか?何かの役には立てると思うけど」 
「邪魔だ!近寄るな!」
「なら、ここで見ているな」
「なっ…」 


ニコリと笑った彼は向かい合うカウンター座り、頬杖をついた。見るな!と言い掛けて、押し黙ったのは…何故だろう。

彼は既に言う事を聞いたから、これ以上は…と思ったからか?…傍に居て欲しい…だなんて、思う訳ないだろ!!

内なる叫びを察したように、彼は口を開く。



「ん?どうかしたか?」
「な、何を言ってる…」
「ああ、それはテクニックか!同じ食材でも切り方を変えるのか。なるほどな…」
「はあ?」

 
彼の指摘にハッとして、まな板の上の変化に気付く。
何だよ、これは。いつの間にか厚みがバラバラの人参を隠したい。急いで鍋に投入しようとして、盛大にぶちまけてしまい…苛立ちが募った。 

しゃがみ込み、不揃いな人参を拾いながら思った。雨の中、逃げ出したのに…こうしているのが不思議だ。

何事もなかったように…夕食作りをして、こんな風に動揺し…不細工な人参を拾い上げているなんて。

少し先の未来は想像もつかない時がある。起こり得る事象を予想し、適切な手順を推察し、的確な判断と行動をしていく。いつもしている事が…今は出来ていない。それに不安を抱かずに…受け入れても良いと思えるのは…彼のお陰だろうか。



いつのまにか、彼のペースに巻き込まれ…僕は変ってしまったのだろうか。

 
…恐れている変化を…悪くないと思えるのは…やっぱり、彼の…

 

 

「人参拾いなら、俺にも出来る」
「は、入ってくるな!」

 
背後から声が聞こえ、急いで身構える。一気にバクバクと暴れる心臓に驚いたせいか、折角拾った人参を放り投げてしまった。

彼は笑い声を響かせて、ふざけた事を言う。

 

「人参はこうすると旨くなるのか?」
「そ、そんな訳ないだろ!!」
「そうなのか?でも、これも楽しい作業だな」
「はあ?」



彼が言うと、そう思える。それはとても…危険な事だと感じながら…悪くないと思ってしまった。

 

 

 






 


とある二人の話。70

2018-04-27 | 財団関係者



 

 

「…大丈夫だからな…」


服を来たまま、シャワーを浴びるだなんて…有り得ないだろって、いつもの口調で言いたかった。でも、そんな言葉は出て来ない。小さな子供のようにしゃくり上げる僕の背中を…大きな手の平が…行き来している。
 

何が大丈夫なんだよ…。

何を根拠に…大丈夫だと言うんだ。

声にならない想いを察したかのように、彼はまた…優しい言葉を投げ掛ける。



「何を言ってるんだって思ってるか?ハッキリとした根拠は提示出来ないけど…俺はMAXの…いや、チャンミンの為に何かしたいって、ずっと思ってる」
「……」
「俺の気持ちは変らない。そこだけは何があっても変われないから。遠慮なくぶつかってくれたら良いからな…」
「……」
「不謹慎だけど…泣き顔も可愛いな…」
「…っ」
「チャンミンが見せてくれるなら…どんな部分でも嬉しいだけだから…」
「……」
「もし、変化が起るとしても…俺の気持ちは変らないからな。そこだけは信じてくれ」
「……」


何を言っているんだと、突き放したいと思った…。

いや、違う。そんな事…微塵も思っていない。

 
本当は…もっと深く埋まりたいと思った。包み込む温かさが有り難い。心地良い感覚にもっと浸っていたいと思う…。


僕はいつから、本音と行動を一致させないようにしてきた?寂しさを隠して、強固な殻を纏い…閉じ籠もって来た?

寂しさに飲み込まれたくなかった。過去の出来事は僕のせいじゃない。でも、誰かのせいにもしたくなかった。だから、本心は心の奥に追いやって、見ない事にしたんだ。油断すると、簡単に出て来ようとするから…必死に抵抗して…なかった事にしようと思ったんだ。

…でも、本当は言いたかった。誰かに聞いて欲しかった。

僕は…ずっと、寂しかったって。ずっと、ずっと…。こうして包み込まれる温かさに憧れていたって…。

弱みを見せると、負けると思った。一人で生きて行く為には、誰にも負けない強さが必要だと思った。



でも、彼になら…。

…弱くて、強がりな自分を…。情けなくて、直視したくなかった部分を…見せても構わない気がした。

 




「…僕の名前…」

「…チャンミン…だよな?」

「…もっと、呼んで欲しい…」

「…チャンミン」
 

彼は頭を撫でながら、繰り返し、僕の名前を呼んだ。

その度に溢れる涙は降り注ぐ温かさと交じり…心の奥底まで染み込んでいた。

 

 

 

 


 

 

「…チャンミン…」

「…ん」

 
何度も繰り返し、名前を呼んでいると、次第に震えは治まっていった。


深く吐き出される息は…溜息じゃないよな?そうであれと願いながら、もう一度、名前を呼ぼうとした。それなのにまた…身体は勝手な動きをして、チャンミンの額に唇を押し当ててしまった。



「…あ?」


無反応でいて欲しいと願ったけど、チャンミンは目を見開き、顔を上げる。びしょ濡れでも、チャンミンの顔はとても綺麗だ。至近距離で目にすると、強く思う。心を奪われ見とれていると、チャンミンの顔がクッと歪む。


「い、今っ、何をした!!」
「何って…これは…」
 

言い方を間違えれば、この幸せな時間が終わってしまう。出来れば、それはまだ避けたい。でも、何と言うべきだ

咄嗟の判断と言えば良いのか。俺は笑顔で名前を呼んだ。



「チャンミン」
「っつ!」
「今のはだな…」
「な、名前を呼ぶなっ!!」
「え?何故だ?」
「い、いつまでもこうして服を着たままシャワーを浴びるなんて、おかしいだろ!さっさと出ろ!!」
「どうした、いきなり…」
「さ、先に出ないなら、僕が…」
「待ってくれよ、チャンミン… 俺はまだ…」
「っつ!!な、名前を呼ぶなっ!!」


涙が止まったから、いつもの口調に戻ったのか?刺々しさが満載の叫びが突き刺さる。でも、慣れている俺には通用しない。

…いや、何かが違うな。これまでとは明らかに違う部分がある。

「呼べと言ったのはチャンミンだろう?」
「も、もう良い!呼ぶなって言ってるだろ!!」
「いきなり方向転換されても、直ぐには対応出来ないな。チャンミン」
「っ!!」


名前を呼ぶ度、チャンミンの肩が跳ね、顔が赤らみ…目が泳ぐ。分かり易い動揺を目にして、可愛いと思うから止められない。

 

「なあ、チャンミン」
「だからっ!!」
「服が邪魔なら、ここで脱がそうか?」

 

バチン!!


「いい加減にしろっ!」



余計な一言のせいで、可愛いチャンミンはMAXに戻ってしまったらしい。ビンタを食らい、たじろぐ俺を残し、MAXは浴室を出て行った。ジンジンと痛む頬を撫でながら、苦笑いする。



MAXが泣き止んでくれた。それだけで、俺は嬉しくて堪らなかった。

 

 




 


 


とある二人の話。69

2018-04-27 | 財団関係者

 

 

「待ってくれ!MAX!!」


 

彼の声が響いても止らない。階段を駆け降りる。雨が降っていようと関係ない。ここから兎に角、逃げ出したい一心で玄関を飛び出した。

  


どうして、彼は僕の名を呼んだ…?誰にも教えていないのに。誰にも知られたくなかったのに…。何故、彼は…僕の名を…。

 

激しさはなくても、雨は降り続いている。跳ね上げるせいで濡れた部分から冷たさも感じる。けど、涙を誤魔化してくれる雨に感謝したいと思った。


どうして、涙が溢れたのか、分からない。…チーターが嫁を呼ぶ時、肩が跳ねた。それとは全く違う反応を示した理由が分からない。分からないけど、何かを感じ…逃げ出したくて堪らなかった。

 


遭難しても構わない。雨が流れる悪路を当てもなく駆けていると、後方から声が響く。



追い掛けるなと言えば良かった。そうすれば、彼は追って来なかったかも知れない。絶対に捕まりたくないと思い、懸命に駆けた。けど、彼はまたしても…僕の名を叫ぶ。

 


「チャンミン!!頼む、止ってくれっ!!」


 

彼の声が耳に届いた途端、身体から力が抜ける。足がもつれ…バランスを崩した。何とか踏み留まり、逃走を再開させる。

身体中が激しく脈打つ。持久力には自信がない。いつまでも全力疾走は出来ない。どうして、僕は逃げているんだ…。何から逃げているんだ…?勝手に浮かんでくる疑問を払いたくて、頭を振った。

 

それは間違った選択だったのだろう。ぬかるみに足を取られ、またバランスを崩す。このままだと、危険な方向へ滑り落ち、斜面を転がる。瞬時に最悪の結果を想像しても、対応策まで取る猶予はない。本当に遭難してしまっても…それは運命だと受け入れよう。

諦めが埋め尽くした瞬間。僕の身体は宙に浮き…逞しい腕に絡め取られる。

 

「チャンミン!!大丈夫かっ!?」

「…っ」

 

こんな至近距離で…名前を呼ばれると、抵抗する力は出て来ない。代わりに涙が溢れて来て…僕は意図せず…号泣していた。

 

 

 

 

 

間一髪で、身体を捕まえられた。ギリギリで間に合った。後少し遅ければ、MAXは斜面に落ちていただろう。


事なきを得たと、安堵したのは俺よりMAXの方なのだろう。抱き上げたMAXは手で顔を覆い、泣き声を上げる。

雨に流されていくけど、こぼれ落ちる涙は少なくない。 


もしかして、俺が追い詰めたのか…?勝手な事をしたせいで?

申し訳ない気持ちは湧き上がった。でも、それよりも早く、建物内へ連れ帰ろう。幼い子供のように泣くMAXを抱きかかえ、来た道を戻った。

 




頭のてっぺんから足の爪先まで、残すところなく、びしょ濡れだ。冷たくなった身体を温める、手っ取り早い方法が他に浮かばない。濡れた靴を玄関に放り投げ、廊下に雫を落としながら、そのままバスルームへ向かった。

 

本来なら、服を脱がしてから浴室内へ運びたいが…その時間と手間が惜しいと思う。どうせ、濡れているんだから、構わないだろう。泣くMAXを温めたくて、そのままの格好でシャワーのコックを捻った。



 

「…っ?」

 

状況を把握していないMAXはビクッと肩を跳ねさせ、驚く。

 


「湯で温まれば…泣かずにすむかと思って…」

「……」

「泣かせようと思った訳じゃない…」

「……」

「その涙は…俺のせいか?」

「……」

「逃げ出したのは…俺の…」

 

弱々しい声しか出せないでいると…小さな声が聞こえた。

 

「…怖い」

「怖い?何が怖い?」

「…今までと…変ってしまうのが…」

 


耳に届く声は今までに聞いた事のない弱さを含んでいる。俺が気弱になっている場合じゃない。大きく深く深呼吸をして、MAXの身体を引き寄せる。



 

「怖いなら…俺がこうして抱き締める…」

「……」

「変化は…恐いものじゃない…」

「……」

「俺はどんなMAXでも… いや… どんなチャンミンでも…しっかり受け止めるからな」

「…っ」

 

名前を呼ぶと、チャンミンは痛いくらいにしがみついてきた。濡れた服が張り付く感触は心地良いとは言えない。でも、チャンミンと抱き合うこの瞬間は、何物にも代えがたい…特別なものだと感じた。