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一応、秘密の…ホミンのお話置き場です。

夢幻夜想 17

2019-08-31 | 夢幻


 

 

「ねえ、チャンミンお兄ちゃん!おうた、うたって?」
「…ええ」
「えっとね。ぼくは好きなうたは…」
「知っていますから。どうぞ、ここへ…」


大量にあった料理が粗方なくなった頃。少年は甘えた声で訴えた。それはいつものやり取りなのだろうか。手招きした美しき方の膝に、少年が飛び乗る。

 

「カッコいいお兄ちゃんも!もっと近くによって!!」
「あ? ああ」
「ユノ!おこっちゃダメだからね!!」
「……」

 
同じ名前を呼ばれると、どうにもくすぐったい。苦笑いを返しながらも、踏み込んではいけない距離を見定めて、僅かに距離を詰めた。

 




少年の掛け声と共に、美しい歌声が響き始める。

心を揺らす歌声は…この世の全てを震わすのか。穏やかな風に乗り、音に合わせ…木々や葉が揺れる。

集まってくる小鳥や小動物達も、聞き惚れているのが分かる。

 

少年は器用に調子を合わせ、頭を揺らせる。その度に揺れる髪が尻尾のように見える。

余り、見とれていると危険だ。鋭い目を感じ、急いで視線を移し、美しき方を見つめた。

 

様々な場所へ視線を送り、笑顔で歌声を放つ様子は…絵に描いたように美しい。昨夜の歌とは全てが異なる。楽しさに溢れる歌声に、自然と笑みが溢れていく。

 

「ぼくもいっしょにうたって良い?」

 

少年の問い掛けに、美しき方は頷く。

重なる歌声が共鳴する。こんなにも心が温かくなる歌を…俺は知らない。

 

「…あ!お兄ちゃん!?どうしたの?」

 

少年の声に歌声が止まってしまう。どうしたと問われ、不思議に思っていると、美しき方も驚き、俺を見る。

 

「…ユノ様?涙が…」

「え?」

 

指摘されるまで、気付かなかった。頬を濡らすものは自然と溢れていて、自覚は無い。悲しそうな顔をする美しき方を引き寄せ、急いで言葉を口にする。

 

「これは感動の涙です。こんなに心が震え…喜びを感じられる歌を聞かせて下さり、感謝致す…」

「…ユノ様」

 

安堵の溜息を吐いた細い肩を引き寄せ、唇を重ねようとした。けれど、突風が吹き抜けて、それは叶わなかった。

 

 
 





 

「いっしょにうたうと気持ちよかったね!」

「…ええ。本当に…」

「カッコいいお兄ちゃん、こんどはおどってね!」

「え?あ、ああ。出来るだけ…練習をしておく」

 

楽しげに笑っていた少年はすくっと立ち上がり、少しだけ寂しげな顔をする。

 

「もうちょっといっしょにいたいけど…ぼく、もう行かなくちゃ!」

「…そうなのですか?」

「うん!ママがしんぱいするし…まだまだほかにいっぱい、行かなくちゃいけないところがあるんだ~!」

「…そうですか」

 

別れは寂しいのだろう。少年だけでなく、美しき方も視線を落とし、表情を暗くする。

 

「でも、またあそびにくるから!!はなれていても、チャンミンお兄ちゃんの歌はちゃんときこえるからね!」

「…必ずですよ?」

「うん!こんどはおいしいおかしをもってくるね!カッコいいお兄ちゃん!!チャンミンお兄ちゃんは…ぼくとユノのだいじなシソンだから!!ずっとずっと、ニッコニコにしてね!!」

「ああ。任せてくれ…」

 

深く頷き、返事をすると、少年は険しい表情の人物へ飛び付く。

 

「ユノ!かえろう!」
「…ああ、そうだな」

 

そう返事をした人物の姿は…見る見るうちに変容していき、真っ白な毛を輝かせる大きな狼となる。

 

「…なんと美しい白狼なのでしょう…」

「…神々しい…」

 

俺達の言葉に興味を示さない白獣は少年を背に乗せると、天へと駆け上がっていった。

 

 

小さくなっていく姿を見つめながら、細い肩を引き寄せる。

 

 

「…あの方達は天から見守っていて下さるのでしょう…」

「…そうでしょうね。だから、寂しがる必要はないのかも知れませんね…」

 

そう言いながらも、寂しさは隠せないのだろう。今にも泣きそうな様子を目にすれば、放っておけない。

 

「あの子に負けない位に…貴方の心をお慰めしたい…」

「…ユノ様…」

 

もう邪魔は入らない。唇を合わせながら、ここまで導いてくれた方々に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 。


 

 


夢幻夜想 16

2019-08-30 | 夢幻
 

 

「おはよう!チャンミンお兄ちゃん!!」

「…ああ」

 
手を振る少年の元へ辿り着くと、少し休めと言われる。ここは町を抜け、少し離れた場所だとは言え、油断するには早いと答えれば、その心配は不要だと笑われる。


 

「だって、ユノがいるもんね!ほんとはね?ユノにお兄ちゃん達を連れてってって言ったんだよ?でも、それはかほごだって言うんだよね。ねえ、かほごってなに?」

「…チャンミン」

「ほら!ユノ!かくれていないで、ぼくをはやくギュッとして!!」

「…仕方ない」

 

少年に反応する声は聞こえた。けれど、他に誰の姿も見えない。不思議に思っていると、暖かな風が吹き抜け、いつの間に現れたのか、目の前には威圧感を放つ人物が睨み立っている。


 

「もう!ユノ!!こわいかおはダメだよ~!」
「…これが元々の俺の顔だ」
「え-!ユノはいつも、もっとやさしくニコニコしてるよ?」
「良いか、チャンミン。俺は幾ら子孫と言っても…」
「おなかすいた!!チャンミンお兄ちゃんもおなか、すいたよね?ユノ!!はやく、ごはん!!」
「…仕方ない」



少年は少しも怯むことなく、隣の人物へと飛び付く。その瞬間、顰め面が緩んだと思ったのは俺だけでは無い。背に乗る美しき方も同じように思ったのだろう。軽やかな笑い声が響く。



それに呼応したのか、少年も大声で笑う。少年を抱き上げ、ムッとした人物に着いていくと、良い匂いが漂ってくる。大きな木の元にはどうやって用意されたのか、想像も出来ない程の食事が並んでいた。

 

 

 


 

 

「…これは異国の料理では…?」

「これはね!!ママがつくったご飯だよ-!」

「まま?」

「えっとね!!ママはぼくのママ!」

「…別世界で母親と言う意味だ」

「そう!それ!!」

 

少年は不可思議な説明を続ける。見た事のない料理は盗んできたものではない。祝いの席を設けたから、遠慮無く食べろと言われ、俺も頷く。

 


「お兄ちゃん達、おなかいっぱいになってね?足りないなら、もっと運んでくるから!」

「…チャンミン、他人の心配ばかりせず、自分の空腹を満たせ」

「んじゃあ、ユノ、アーンして!」

「…仕方ない」

 

膝に乗る少年は険しい顔の人物に、とことん甘えている。それを許す様子を見れば、自然に笑みが溢れた。


促され、初めて口に為る料理達はそれぞれに変わった味をしているが…どれも美味い。俺と同じに舌鼓を打つ美しき方は、少年に向かい、微笑んだ。

 



「…貴方はいつも誰かと共にあるような気がしていたけれど…お相手の姿を見せて下さったのは初めてね…」

「ごめんね!ぼくのユノ!恥ずかしがりやさんなの!!」

「…まあ、そうなのですか?」

「ずっといっしょにいたんだけどね!まだダメだって隠れてたの!でも、もう良いんだって!」

「…そうなのですか?」

「チャンミンお兄ちゃんに、ちゃんとだいじな相手が見つかったから!ユノも安心だって!」

「…そちらの方も…心配して下さったのですね。お礼を申し上げます…」

「だってユノもゴセンゾさまだから!!」

「ああ、そうですか…」

「チャンミンお兄ちゃんがニコニコで、ぼくもユノもうれしいよ~!!」

「…感謝いたします」

 


 

俺と同じ名を持つ人物が…少年と美しき方の会話を見守る眼差しはとても穏やかで優しい。


そう思ったけれど、表情は瞬時に変化する。不意に俺へ向けられる眼差しには遠慮の無い鋭さが帯びていた。

 

 

 

 

 。


 

 

 


夢幻夜想 15

2019-08-29 | 夢幻
 

 

 

「…お前は…全てを投げ捨てる覚悟はあるのか…」


闇に響いた問い掛けは俺に向けられたものだ。相変わらず、身動ぎ出来ない。けれど、口元は動かせる。


「…ああ、勿論だ」

「…お前が築き上げてきたもの全てを手放しても。それでも、悔いはないのか…」


「…ああ。この方以外…俺は何も望まない…」

 
「…その言葉に、嘘偽りないか」

 
「…ああ」

 

姿は見えないが、声のする方へと向け、俺はそう言いきった。すると、溜息のようなものが聞こえ、それからほんの少し、空気が張り詰める。


 

「…ならば、夜明けと共に、ここを去れ」

「……」

「…人一人が消えたんだ。いつまでも、誤魔化しきれる訳などないからな…」

「……」

「…俺達もここに長居する気はない。お前が抱く者の願いが果たされたのなら、俺のチャンミンもそれ程、執着しないだろうからな…」

 
やはり、美しき方をここから連れ去るべきなのか…。方向性を示されて、前途に光明を見出した気持ちになる。

 

「…そうだな。お前は舞うか?美しい唄に合わせ…思うがままに…。そうすれば、日銭位は手に出来るだろう…」

「……」


舞を習った事など無い。けれど、見様見真似でそれらしき動きを楽しんでいた、幼い日々を思い出し…頷きたくなる。

 


「…ぼくも…かっこいいお兄ちゃんがおどるとこ、見たいな…」
「…大人しく見ていられるのか?」
「…わかんない…」
 

寝言なのか、それとも会話に交じったのだろうか。少年の声が響くと、それまで鋭かった口調に変化が起こる。

 


「…お前が抱く者の力は…これまでとは形を変えるだろう」

「……」

「…お前と交わった事により、より強大にも…より繊細にも成り得る」

「…そうなのか?」

「…本人の意思とは別に、お前の意思も影響を与えるだろう」

「……」

「…俺が先祖返りの話をしたせいで…あちこち飛び回る羽目になった。俺達は忙しい。偶には寄るかも知れないが…チャンミンと違い、俺は子孫に興味は…」

「ユノ!もっとぎゅっとして!」


少年の声が上がり、強制的に会話を終わらせてしまう。



先祖返りとは…何代も前の先祖がもっていた形質が、突然、子孫に現れる事だ。

少年の秘めたる力の一部を持つのが…我が…美しきチャンミンなのか…。

少年には時空を超え、空を飛び回る程の不思議力がある。だとすれば、あの歌声には確かに持て余す力があるのかも知れない。

そうだと知っても、不安を覚える事などない。寧ろ、楽しみに感じる位だ。


夜明けまで、あと僅か。

ほんの少しだけでも、休息を取ろう。


額に唇を寄せ、目蓋を閉じた。










***
 

 

「…ん」

「ああ、目覚められたか?」

「…ユノ様…?」

「起こすつもりは無かったのだが…」

「…あの…」

「説明は追って致す。兎に角、先を急ぐ故…」

 
そう声を掛けると、小さな溜息が耳に届く。

 

「…何が起こっているのか、分かりませんが… 目覚めた瞬間からユノ様の背中に揺られているなんて、何と言う幸せでございましょうね…」

「目立つのは得策でない。出来るだけ密着して頂けるか?」

「…喜んで」



返事と共に、素直な動きを感じる。じわりと広がる幸福感にかまけている場合ではない。廓の関係者に気付かれる前に、町を抜け出さなければならぬのだ。

 

夜明けが訪れた頃。声が聞こえた。先に目覚めた俺は隣で寄り添う方を抱き上げ、天幕を出た。

まだ誰も目覚めていない静かな世界を駆け抜けた。説明はしなくとも囲いの外へ出て、連れ去られている事を理解している筈だ。同意を得ていない事を思い出し、それだけはと、口を開こうとした。

 


「…そう言えば、ユノ様。昨夜、とても不思議な夢を見ました」

「…夢?」

「…わたくしの唄に合わせ、ユノ様が舞う夢を…」

「……」

「…とても素敵な舞でしたので…現実となれば嬉しいなんて…思ってしまいました…」

 
優しい囁きだけでなく、手の平が添えられる。

 

「…その夢を現実とする為…この先の道のりを共に歩んで貰えぬか?」

「…ユノ様?」

「片時も離れず、この先の全て。俺の傍に居て欲しい…」

「…こちらからも、お願い致します。もう…一時も離れていたくありません…」

 

しっかりと巻き付けられた手に、力がこもるのが分かる。

 


…ああ、何て事だ。


先を急がねばならぬと言うのに。今直ぐに背から降ろし、正面から抱き合いたい。そんな衝動に襲われていると、前方から元気な声が響いた。

 

 

 

 

 

 




夢幻夜想 14

2019-08-28 | 夢幻
 

 

「…ああ…ユノ様…」

「すまない、無理を強いたか?」

「…いえ。お気になさらず…もっと深くまで…どうぞ…愛でて下さいませ…」

 
思いの丈をぶつければ、華奢な身体を傷付けてしまうと危惧した。けれど、その配慮は無用だと。思いのまま、熱さを交したいのだと懇願される。

これ程、昂ぶった事はない。自身が求める相手から、同じように求められる事の幸せを…痛い程、感じている。

 


「…ユノ様、また…歌を聞いて下さいますか…?」

「ええ。勿論…」

「…想いを乗せて…心のままに…全身全霊をかけ、歌っても良いですか?」

「ああ。美しい歌声に乗せられる想いも全て…余すことなく、受け取りましょう…」

 

身体を震わせ、喜びを示しながらも…これまで抱えて来た想いを打ち消す事は容易くないのだろう。

同じような問い掛けを聞く度に、俺は深く頷いた。

何度も、細い身体を貫きながら…これまでの世界とは違う場所へとお連れする。そんな言葉を捧げ続けた。

 

掠れた声を心配しても、自身の動きを止められない。謝りながら、何度も欲を吐き出した。

 



 

無我夢中で熱を奪い合った後、訪れた静寂の中で…乱れた呼吸音が響く。

 

「…やはり…無理をさせてしまったのか…」


洩らした声に対する返事はない。その代わりに辛うじて延される指先が…俺の頬へと触れる。


「…これからは…多少、自制するように心掛ける…」

 

汗に濡れ、貼り付く前髪を払いながら囁くと、桜色に染まる笑みが返される。


「…そう思っても…自身を制御出来る自信がない…。不甲斐ない俺を…許してくれ…」

 

手のひらを握ると、微かに握り返される。何処までも嫋やかに…俺を迎え入れてくれるから。欲は幾らでも込み上がり…熱さは冷めることを知らなかった。

 

 


 

 

 

揺らめいていた蝋燭の火は消え、濃い静寂が支配する。

熱を吐き出し、何度も果てた。…暫く、身動ぎも出来ないだろう。

 

そう思っていても、腕を動かす事くらいは可能だ。意識を飛ばし、グッタリと力尽きた身体を引き寄せ、安堵感を胸一杯に吸い込んだ。

 

このまま眠りに落ちても良いのだろうか…。夜か明ける前に…ここを出るべきなのか?冷静に考えようとしても、それは難しい事だ。

僅かでも身体を動かし、俺の肌に擦り寄ってくれるから。全身で感じる温もりを離せそうにない。

 

ぼんやりと視線を宙へと彷徨わせていると、何処からか暖かな風が舞い込んでくる。 



 

「しー!お兄ちゃん、チャンミンお兄ちゃんが起きちゃうから、しずかにね!!」

「…お前、声を立てるなよ…」

 

聞こえた声の片方は少年のものだ。けれど、もう一方の低い声は聞き慣れない。誰のものだ?

瞬時に警戒し、身構えようとした。しかしながら、身体は動きを封じられたように、動かせない。


 

「もう、ユノ!いじわるしちゃ、ダメだよ?」
「…俺は何もしていない」
「ほんとかな~?」


少年の声に警戒心は微塵も無い。姿ははっきり見えないけれど、低い声の持ち主は、白獣だろうと想像した。

 

 

「んーとね!いろいろ、お話したいけど…」

「…チャンミンはもう休め。後は俺に任せろ」

「でも、ユノは…」

「…俺が意地悪だった事があったか?」

「ん~。ない!!」

「…なら、気遣いは不要だろう」

「んん。まあ、ユノがそう言うなら…そうして!んじゃあ、おやすみ…」

 


会話の内容は理解出来ない。直ぐに少年の寝息らしきものが響き始め、辺りの空気がよりいっそう、穏やかなものになった。

 

 

 

 。
 

 


夢幻夜想 13

2019-08-26 | 夢幻
 

 

 

 

 

自分の歌声には不思議な力がある。それを教えてくれたのは…たった一人の肉親である祖母だった。亡くなったと聞いた両親の顔は覚えていない。

幼い頃、いつも傍にいてくれたのは…優しい祖母だった。


 
祖母とは人里離れた場所で暮らしていた。

朝から晩まで野山を駆け回り、友は野生の動物達だった。歌を唄えば、皆は喜んでくれた。空も風も花も木も共鳴してくれた。

思うままに笑い、何処までも転がり。寂しさを覚えた事は無かった。


そんな幸せな毎日は何時までも続くと思っていたけれど、ある日、突然、壊れてしまった。

病に倒れた祖母を看病していた時、見知らぬ誰かがやって来た。

祖母を助けるには膨大な金銭が必要で、その代わりに…ついて来いと言われた。祖母は頑なに頷かなかった。治療は必要ないと言った。

でも、弱々しい姿を見るのは辛く、目の前で命が尽きる所を見たくなかった。話を受け入れると頷いた後。祖母は泣きながら、教えてくれた。


特別な力を持つ歌は身を守ってくれる。それから、孤独を教えてくれると…。想いを乗せれば、力は強くなる。けれど、その代わり…自身の心を削っていくと。



涙を堪え、祖母と笑顔で別れ…連れられ来たのがここだった。

鳥かごに押し込められた窮屈な生活は…それだけで心を蝕むようだった。


いつか、周りの子達と同じように…自身の身体を売るのかと思った。けれど、それは求められない。その代わりに求められたのは、歌う事だった。



歌う事は好きだった。でも、見世物になるのは嫌だった。何処かで不安を感じ、苦しさを覚えて唄う歌は…楽しいと思えなくなっていた。

生きている意味を見失っても…俯いてばかりは嫌だ。
周りにいた、心優しき子達に慰められ…何とか、日々を過ごした。


少しずつ、自分の歌が持つ力に気付いた。最初は分からなかったけれど、想いを乗せれば、人の心を捉える事が出来た。それから、人の意識を奪う事も…記憶を奪う事も。

それを利用され、歌を金儲けの道具にされた時。既に…心は痛まなかった…。

逃げ出す事は可能だった。でも、祖母の暮らしを保障するする為。ここから脱げ出す事は諦めた。

 


そんな中、いつしか、期待を抱くようになった。

この歌声に惑わされない誰かが…目の前に現われてくれるのではないかと。

周りの子達が口にする…淡い恋心と似たような憧れ。どれだけ、強く念じて歌っても…意識を無くすこともなく、受け止めてくれる人が現われてくれるのではないかと、思うようになった。



人の心を支配できたところで、そこになんの意味も見いだせない。空しさが残るだけ。

なんの意味も受け取らなくて良い。ただ、微笑み…歌を聞いてくれる人が現われたなら。悲鳴すら上げられない心が救われると思った。



けれど、ここにいても、そんな人は現われない。淡い期待を抱く度、打ち砕かれてきた。自ら探しに行きたいと思いながら、それは許されない日々の中で…自分を誤魔化し唄い続けていたからか。次第に削れていた心が崩れそうになった。


 

 

あれは…空を見上げ、いつものように…心のままに歌を唄っている時だった。



 誰も聞いていないなら、天まで届けと願った。

涙が流れ、呼吸も乱れ…苦しさに引き込まれながらも歌った。

懐かしい思い出と…勝手に過る思い出と。様々なものが激しく入り混じり…自身では歌声を制御出来なかった。

このまま…燃え尽きてしまいたい。声を枯らし、消え去りたい。そんな願いを込め、限界を超える高音を張り上げた。

その刹那…応えるような一筋の光が降りてきたと思った瞬間。温かな風が吹き抜けた。



 

「きれいな声だね!!それから、すっごくステキなうた!!」

 

突然、目の前に現われた少年はそれまで誰も見せなかった反応を示す。

 

「もっときかせて!」


驚きながら頷くと、少年は笑顔を浮かべ、言葉を続けた。

 

「えっとね!お兄ちゃんがまっている人はぼくじゃないよ?でも、もう少しだから!もう泣かないでいいよ?」

 

不思議な少年は穏やかな笑みを湛えたまま、懐に飛び込んできた。同じ名を持つ少年の言った事の意味が分かったのは…それから、直ぐの事だった。

 

 

 

 

 

 

 


***

 

 

「…ユノ様を初めて見た時、何処かで期待していたのです。もしかしたら…ユノ様がその人ではないかと…」

「本当ですか?」

「ユノ様のご友人と恋仲になった子は…他の子達よりも過ごした時間が長く…どうにか協力したいと思っておりました。けれど、逃げ出せたとしても、その先に待つ困難は計り知れない。もし、相手がユノ様のご友人でなければ、ここまで直接的な手助けをするつもりは…ありませんでした…」

 


美しき方は過去の出来事を話聞かせてくれた。

時折、声を沈ませて。抱えていた苦しさを伝えるように。

 

もどかしさを抑えられず、手に力が入ってしまいそうになる。その度に、耐えたのは…細い肩を壊してしまいそうだと思ったからだ。

 


 

「…でも、今回の計画に…ユノ様を巻き込む事は考えておりませんでした…」

「…そうなのですか?」

「あの子がユノ様を連れて来た事にも…意味があったのですね…」

「ああ、そうか…」

 

当てもなく、さまよい歩いていた所に声を掛けて来た少年が…俺をここへ導てくれた。もっと深く感謝しなければ。そう呟く俺に、美しき方はかれんな笑みを浮かべ、同意してくれる。

 



「…あの子はもしかして、ユノ様のご友人を見守りに行っているのかも知れませんね…」

「そうだとすれば、何をして返せば良いのでしょうか」

「…あの子はきっと、何も望みません…」

「ですが…」

「あの子が喜ぶのは…笑顔でございます…」

「笑顔?」

「貴方とわたくしの…心からの笑顔…。それを見せるため…もっと触れ合っても構いませんか?」

「…それを許されるなら…」

 



再び、唇を合わせると、もう…溢れる想いも衝動も…俺には止められなかった。