「ねえ、チャンミンお兄ちゃん!おうた、うたって?」
「…ええ」
「えっとね。ぼくは好きなうたは…」
「知っていますから。どうぞ、ここへ…」
大量にあった料理が粗方なくなった頃。少年は甘えた声で訴えた。それはいつものやり取りなのだろうか。手招きした美しき方の膝に、少年が飛び乗る。
「カッコいいお兄ちゃんも!もっと近くによって!!」
「あ? ああ」
「ユノ!おこっちゃダメだからね!!」
「……」
同じ名前を呼ばれると、どうにもくすぐったい。苦笑いを返しながらも、踏み込んではいけない距離を見定めて、僅かに距離を詰めた。
少年の掛け声と共に、美しい歌声が響き始める。
心を揺らす歌声は…この世の全てを震わすのか。穏やかな風に乗り、音に合わせ…木々や葉が揺れる。
集まってくる小鳥や小動物達も、聞き惚れているのが分かる。
少年は器用に調子を合わせ、頭を揺らせる。その度に揺れる髪が尻尾のように見える。
余り、見とれていると危険だ。鋭い目を感じ、急いで視線を移し、美しき方を見つめた。
様々な場所へ視線を送り、笑顔で歌声を放つ様子は…絵に描いたように美しい。昨夜の歌とは全てが異なる。楽しさに溢れる歌声に、自然と笑みが溢れていく。
「ぼくもいっしょにうたって良い?」
少年の問い掛けに、美しき方は頷く。
重なる歌声が共鳴する。こんなにも心が温かくなる歌を…俺は知らない。
「…あ!お兄ちゃん!?どうしたの?」
少年の声に歌声が止まってしまう。どうしたと問われ、不思議に思っていると、美しき方も驚き、俺を見る。
「…ユノ様?涙が…」
「え?」
指摘されるまで、気付かなかった。頬を濡らすものは自然と溢れていて、自覚は無い。悲しそうな顔をする美しき方を引き寄せ、急いで言葉を口にする。
「これは感動の涙です。こんなに心が震え…喜びを感じられる歌を聞かせて下さり、感謝致す…」
「…ユノ様」
安堵の溜息を吐いた細い肩を引き寄せ、唇を重ねようとした。けれど、突風が吹き抜けて、それは叶わなかった。
「いっしょにうたうと気持ちよかったね!」
「…ええ。本当に…」
「カッコいいお兄ちゃん、こんどはおどってね!」
「え?あ、ああ。出来るだけ…練習をしておく」
楽しげに笑っていた少年はすくっと立ち上がり、少しだけ寂しげな顔をする。
「もうちょっといっしょにいたいけど…ぼく、もう行かなくちゃ!」
「…そうなのですか?」
「うん!ママがしんぱいするし…まだまだほかにいっぱい、行かなくちゃいけないところがあるんだ~!」
「…そうですか」
別れは寂しいのだろう。少年だけでなく、美しき方も視線を落とし、表情を暗くする。
「でも、またあそびにくるから!!はなれていても、チャンミンお兄ちゃんの歌はちゃんときこえるからね!」
「…必ずですよ?」
「うん!こんどはおいしいおかしをもってくるね!カッコいいお兄ちゃん!!チャンミンお兄ちゃんは…ぼくとユノのだいじなシソンだから!!ずっとずっと、ニッコニコにしてね!!」
「ああ。任せてくれ…」
深く頷き、返事をすると、少年は険しい表情の人物へ飛び付く。
「ユノ!かえろう!」
「…ああ、そうだな」
そう返事をした人物の姿は…見る見るうちに変容していき、真っ白な毛を輝かせる大きな狼となる。
「…なんと美しい白狼なのでしょう…」
「…神々しい…」
俺達の言葉に興味を示さない白獣は少年を背に乗せると、天へと駆け上がっていった。
小さくなっていく姿を見つめながら、細い肩を引き寄せる。
「…あの方達は天から見守っていて下さるのでしょう…」
「…そうでしょうね。だから、寂しがる必要はないのかも知れませんね…」
そう言いながらも、寂しさは隠せないのだろう。今にも泣きそうな様子を目にすれば、放っておけない。
「あの子に負けない位に…貴方の心をお慰めしたい…」
「…ユノ様…」
もう邪魔は入らない。唇を合わせながら、ここまで導いてくれた方々に感謝した。
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