「…まだ眠っているのだろうか…」
「それなら、お邪魔しては申し訳無いですね…」
【どうぞ、お気遣いなく。もう目覚めていますから】
案内された場所では長と気高き狼が寄り添い、丸まっていた。眠っているのなら出直そうかと話していると、気高き狼が顔を上げ、優しい笑みを浮かべる。
【いつまでもこうしていたいですけれど…。そう言う訳にはいきませんので…】
気高き狼はまだ丸まっている長を愛しげに包み込みながら、俺達に声を掛ける。
【約束通りに、安全な場所へのご案内をしたいと思います。ですが…】
気高き狼は詳しい説明をしてくれた。
追手が及ばない場所は、人が容易く立ち入れない程に険しい道を進んだ先にあるらしい。当然と言えば、当然だ。誰でも往き来可能な場所では追手に見つかる危険性が高い。
野生の狼にしか分からない道を通り、険しい山道を進む。具体的に聞かされると、躊躇いが生じる。俺は兎も角、美しき方の体力が心配だ。言葉にしなくても考えは伝わるのか。美しき方は俺を見返し、頼もしく笑う。
「ご心配には及びませんよ?ユノ様」
「だが…」
「何度も言っておりますが…幼き頃には野山を駆けまわっていたのですから」
「そうは言っても…」
「それに傍にはユノ様が居て下さいます…。いざとなれば、手を引いて下さいと…お願いしますので」
「…けれど」
呻るばかりの俺に、気高き狼の言葉が届く。
【そのように心配ばかりされなくても。貴方様のお相手は…それ程に柔ではないのではありませんか?】
「ええ、その通りです」
気高き狼も似たような経験があると言いたげだ。美しき方に同調し、俺を諫める。
【お二人が常に行動を共にされるなら…問題はないかと思います】
「はい。わたくしもそう思います」
二対一では敵わない。俺は渋々、狼の道案内を受ける事に同意した。
【…お元気で】
「貴方様も…」
夜明けと共に、別れの時はやって来た。長達も先を行かねばならない。俺達も悠長にしていられない。
気高き狼と抱き合う美しき方は名残惜しいと表情を曇らせる。
それでもこれは悲しい別れではない。再会を約束して、互いの健闘を祈った。
長達に見送られて、案内役を買って出た狼の後をついて行く。
道と呼べない茂みを進み、岩山を登る。
時に、手を引き…手を引かれ、険しい道を進むのは中々に厳しい旅だ。
道と呼べない茂みを進み、岩山を登る。
時に、手を引き…手を引かれ、険しい道を進むのは中々に厳しい旅だ。
けれど、美しき方は楽しいと笑う。狭い世界に閉じ込められ…苦しさを抱えて生きて来た時間を思えば、今が幸せだと繰り返す。
「ユノ様。こんな幸せを与えて下さって…本当に感謝いたします…」
「何を仰る。感謝するのは俺の方…。一人では知り得なかった多くの事を感じさせてくれたのは貴方です…」
顔を見合わせる度に、似たような言葉を口にしてしまう。先を行く狼が呆れた様子を見せても、俺も美しき方も自分の想いを止められない。
これから先、何が待ち受けているのかは分からない。
それでも確実に分かっているのは、俺は間違いなく幸せだと言う事だ。
愛しき人の手を取り、進み行く道は平坦でなくとも楽しく幸せに満ちている。
優しい風に乗せ…歌声を響かせながら、俺達は寄り添い…これから先も進み続ける。
終わり。