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一応、秘密の…ホミンのお話置き場です。

夢幻夜想 34

2020-02-26 | 夢幻


「…まだ眠っているのだろうか…」
「それなら、お邪魔しては申し訳無いですね…」

【どうぞ、お気遣いなく。もう目覚めていますから】

案内された場所では長と気高き狼が寄り添い、丸まっていた。眠っているのなら出直そうかと話していると、気高き狼が顔を上げ、優しい笑みを浮かべる。


【いつまでもこうしていたいですけれど…。そう言う訳にはいきませんので…】

気高き狼はまだ丸まっている長を愛しげに包み込みながら、俺達に声を掛ける。



【約束通りに、安全な場所へのご案内をしたいと思います。ですが…】


気高き狼は詳しい説明をしてくれた。

追手が及ばない場所は、人が容易く立ち入れない程に険しい道を進んだ先にあるらしい。当然と言えば、当然だ。誰でも往き来可能な場所では追手に見つかる危険性が高い。

野生の狼にしか分からない道を通り、険しい山道を進む。具体的に聞かされると、躊躇いが生じる。俺は兎も角、美しき方の体力が心配だ。言葉にしなくても考えは伝わるのか。美しき方は俺を見返し、頼もしく笑う。


「ご心配には及びませんよ?ユノ様」
「だが…」
「何度も言っておりますが…幼き頃には野山を駆けまわっていたのですから」
「そうは言っても…」
「それに傍にはユノ様が居て下さいます…。いざとなれば、手を引いて下さいと…お願いしますので」
「…けれど」

呻るばかりの俺に、気高き狼の言葉が届く。


【そのように心配ばかりされなくても。貴方様のお相手は…それ程に柔ではないのではありませんか?】
「ええ、その通りです」

気高き狼も似たような経験があると言いたげだ。美しき方に同調し、俺を諫める。

【お二人が常に行動を共にされるなら…問題はないかと思います】
「はい。わたくしもそう思います」

二対一では敵わない。俺は渋々、狼の道案内を受ける事に同意した。










【…お元気で】
「貴方様も…」


夜明けと共に、別れの時はやって来た。長達も先を行かねばならない。俺達も悠長にしていられない。

気高き狼と抱き合う美しき方は名残惜しいと表情を曇らせる。

それでもこれは悲しい別れではない。再会を約束して、互いの健闘を祈った。




長達に見送られて、案内役を買って出た狼の後をついて行く。

道と呼べない茂みを進み、岩山を登る。
時に、手を引き…手を引かれ、険しい道を進むのは中々に厳しい旅だ。


けれど、美しき方は楽しいと笑う。狭い世界に閉じ込められ…苦しさを抱えて生きて来た時間を思えば、今が幸せだと繰り返す。



「ユノ様。こんな幸せを与えて下さって…本当に感謝いたします…」
「何を仰る。感謝するのは俺の方…。一人では知り得なかった多くの事を感じさせてくれたのは貴方です…」


顔を見合わせる度に、似たような言葉を口にしてしまう。先を行く狼が呆れた様子を見せても、俺も美しき方も自分の想いを止められない。


これから先、何が待ち受けているのかは分からない。
それでも確実に分かっているのは、俺は間違いなく幸せだと言う事だ。


愛しき人の手を取り、進み行く道は平坦でなくとも楽しく幸せに満ちている。

優しい風に乗せ…歌声を響かせながら、俺達は寄り添い…これから先も進み続ける。








終わり。









夢幻夜想 33

2020-02-26 | 夢幻


いつの間にか俺も眼を閉じていた。耳から侵入してくる軽やかな歌声に意識を引き上げられ、重い目蓋を開けてみる。

先に目覚めていたのか。美しき方が歌っている。緊張感などを伴う命懸けの歌ではない。小鳥と会話をしているような…優しく心地良い歌だ。

邪魔をしたくない。もっと聞いていたい。その願いが叶わないのは…意図せず身動ぎしてしまったからだ。


「ああ、ユノ様。お目覚めですか?」
「…惜しい事をした。もっと心地良さに浸っていたいと願っていたのに…」

腕の中の温もりを引き寄せると、軽やかな笑い声が響く。

「心地良さなら…まだ継続中でございましょう?…ユノ様の腕の中は…本当に温かくて癒やされます。もう少し、このままで…」
「…ああ」

今はまだ、このままでいたい。共に同じ思いなら、それに従うだけだ。

まだ周りは明るい。眠っていた時間は然程、長くはなかったのだろうか。

体勢を変えないで、近くに置かれた果実に手を延し、美しき方の口元へ運ぶ。空腹だったと笑う美しき方は次々と頬張ってくれる。食料が無くなりかけると、狼達が気を利かせて運んでくれる。礼を言いつつ、厚意に甘えていた。






穏やかな時間を過ごしながら、それとなくこれからの事を口にしてみた。

長は安全な場所へ案内してくれると言った。そこがどんな場所なのか、分からない。未知の世界に飛び込む事は不安がある筈だけれど、何故だろうか…。思い悩む事は無い。


「…ユノ様と共に居られるなら、それだけで心満たされます。だから、不安が入り込む隙間がないのでしょう?」
「…そうだろうか」
「ユノ様の想いは…異なりますか?
「…いや、同じだ」

あっさり答えれば明るい笑声が響く。微笑み返すと、美しき方は胸元へ埋まりながら、声色を多少変えて呟いた。


「今回の事でもよく分かりました…。わたくしにはユノ様が必要です」
「…何?」
「…わたくしは時折、暴走してしまうでしょう?ユノ様に止めて頂かなければ…自らの意思では止まれない事もありますので…。これから先も…どうぞ宜しくお願い致します…」
「こちらこそ…。二人だからこそ、感じられる事があると身を以て知った。一人では物足りなさを感じそうだ。これからも…宜しく頼む…」



そんな会話を交していると、狼が申し訳無さそうに視線を向けてきた。
どうやら、長が呼んでいる。幸せな一時を邪魔しないで欲しい。そう訴えたかったが…狼に当るのは可哀想だ。互いに苦笑いしつつ、手を取り合い立ち上がり、長の居る場所まで歩み進めていった。










夢幻夜想 32

2020-02-25 | 夢幻



来た道を戻る途中で、長の仲間達と合流した。
無事に目的を果たせた事を喜んだ気高き狼は直ぐにこちらの様子に気付いてくれた。俺の背でぐったりとしている美しき方の身を案じ、仲間の狼達に指示を出していた。


長も完全に回復した訳ではない。近くにあった岩場の窪みに仲間達が藁を運び入れ、簡易的な寝床を作った。そのついでにと、俺達の周りにも柔らかな草木が敷き詰められている。それだけでなく、木の実や果実も用意され、もてなしを受けていた。


【…足りなければ、追加を用意しますので…遠慮なく言って下さいね】
「ああ、申し訳無い…」
【…まだお目覚めになりませんか?】
「寝息は規則正しい。こうして休んでいれば、体力も回復出来るでしょう。あの、長の様子は?」
【よく眠っています。今までになく…とても穏やかな寝顔で…】
「そうか…」

美しき方は俺の腕の中で眠っている。俺達の事を気に掛けてくれる事に感謝すると、気高き狼は首を横に振った。


【…礼を言うのはこちらの方です。力を貸して頂き…本当に感謝します】
「いや。役に立てたならそれだけで本望だ。それより、これからが大変だと…」


余計な事だと思いながらも、先の事を心配した。気高き狼は表情を和らげ、何事も長と共に乗り越えて行くだけだと頼もしく笑った。

仲間の狼が別の果物を運んで来てくれる。気高き狼が労っていると…奥から低い唸り声が響く。

「今のは…」
【僕が傍に居ない事を…不満に思っているみたいです】
「あ、ああ…」
【やはり、愛しき相手と寄り添う方が…心地良いですからね。貴方達のように。僕達も少し、休んで来ます…】


気高き狼はゆっくり立ち上がり、会釈はしてから長の傍へと向かう。

優しい風が吹き抜けていく中で…俺は美しき方の前髪を梳いていた。

柔らかな毛先の感覚を楽しみつつ…ぼんやりしていると、小さな声が聞こえる。


「…くすぐったいのですけど…」

目蓋は閉じられたまま、聞こえる声はきっと寝言だろう。そんな解釈をしたくなる俺は…返事をせず、指先を額に這わせる。


「…ユノ様?」
「…まだ眠っていて下され…」
「…何故ですか?」
「こうして…穏やかな気分を味わいたい。それから…心地良さも感じていたい…。それにまだ回復しきれていない筈だ…」
「…そうですか。そうですね…

小さな返事をくれる美しき方は俺の戯言を聞き入れてくれたのか。目を閉じたまま、微笑む。

今はまだ…柔らかな心地良さに浸っていたい。美しき方はそんな我が儘を優しく受け止めてくれた。










夢幻夜想 31

2020-02-25 | 夢幻


少しでも気を抜くと、吹き飛ばされてしまいそうだ。足元を掬われそうになる激しい暴風が容赦なく吹き荒れている。

あとどれ程、踏ん張れば良いのか。永遠に続くなら、耐えきれるのだろうかと、不安が滲み広がる。

それでも俺は踏ん張れている。時折、揺らぎそうになる心と身体を支えてくれるのは…美しき方の温もりだ。

一人なら、容易く折れてしまいそうだ。でも、俺は一人ではない。この人だけは守りたい。強い想いが支えになる。

永遠のように感じた時間にも、変化は訪れる。

周りを包んでいた冷たく鋭い風が和らぎ始め…そして、長の声が響いた。





【…其方達、怪我はないか?】

幾分、和らいだ風の中、閉ざしていた目を開け長を見る。

「…その傷は…!」
「なんと酷い…」

【…この程度の傷は…ただの掠り傷だ】

直ぐ傍へと降り立っていた長の身体には無数の傷があった。元々混じっていた赤毛とは違う。鮮血に染まった毛が痛々しい。赤い雫がぽたぽたと地面に落ちている。

放置出来ないと言い、俺の腕から抜け出た美し方が長へと駆け寄る。


【…気にするな】
「そんな訳にいきません!少しお待ち下さい」


美しき方は手を翳し、眼を閉じて歌い始める。
優しく穏やかな歌声には癒やしの力があるのだろう。淡い光が長を包み込み、徐々に傷を塞いでいった。

俺も癒やされるように、眼を閉じ…美しい歌声に聞き入る。次第に満たされていくものを感じ、感謝したいと思った時。長の声が響いた。


【…何をしている。早く止めろ!】
「…え?」

鋭い声がして我に返ると、美しき方の身に起こる変化に気付いた。

命を削って奏でる唄。力を使えば、自身が弱っていく。それを失念していた事に焦りを覚えた。

青ざめている美しき方を急いで止めようと、駆け寄る。声を掛けても反応がない。それならばと抱き寄せ唇を塞いだ。

身体を跳ねさせてから脱力し、意識を失った美しき方を抱えると…長が大きく息を吐いた。



「…これで全ては終わったのか?」
【…いや。これは始まりに過ぎない】
「……」
【…漸く、一歩を踏み出す事が出来る…。其方達の力添えに、感謝する…】

長と共に、視線を上げると…そこには澄んだ青空が広がっていた。

いつの間にか、風はおさまっていた。あの禍々しさは何処にもない。浄化される青空が何処までも広がっている。


【…一先ず、帰ろう】
「…ああ」

そう言った長は空を見上げたままだ。
これまでの事、これからの事を考えているのだろうか。

凜とした立ち姿には…様々な覚悟を背負う、孤高の美しさがあった。











夢幻夜想 30

2020-02-24 | 夢幻



なんと禍々しい渦だろうか。直視していると、引き寄せられてしまいそうな恐ろしさがある。知らぬ間に吸い込まれ…全てを闇に返されてしまいそうだ。

長の背負っているものや、これまでの事の細部までは知らない。それでも、あれ程のものと対峙している事実は、全てを物語っているだろう。長は想像を遙かに超える試練や苦しみを乗り越えてきたのだろうと、容易く思い至る。


俺は特別な力など持ち合わせていない。そう思う部分はあるけれど、何か出来る事があるなら…行動あるのみだ。

隣に立つ美しき方の手を取り、視線を合わせる。合図など必要としない。無理をせずとも声が重なり…音程を刻んでいく。

美しき方の高音を支えるように、低い音を発する。すると、長が言ったように上空には変化が起こり始めた。


時折、雷光を放ち蠢いていた渦の動きが次第に減速していく。ゆっくりゆっくりと。渦巻いていた禍々しさが奥へと広がって行くようにも見えた。

少しも怯まない長はどんどん近くへと駆け上っていく。

どうか、願いを果たせるように。それだけを強く念じなから、歌声を響かせ続けた。


小鳥や小動物達に聞かせていた歌声とは異なる。これは…命を削って奏でる唄。その意味が俺にも分かる。友の手助けをした時と同じ。強い力を持つ唄を…全身全霊を掛けて、美しき方は紡いでいる。

それと同等…とまでは言えない。けれど、俺も今までに知らずにいた感覚を抱えている。

余計な感情は無くなっていき…願いだけが強く濃くなっていく。それを吐き出さなければ、暴発してしまいそうな感覚。強大な力に翻弄されないように…必死で足の指に力を入れ、踏ん張っているような感覚もある。


唄い続けながら、美しき方を見つめる。いつもこのような感覚に襲われていたのだろうか。

これは…孤独感とも言える。世界と溶け合ってしまいそうに…自分の境界線が見えなくなる。自身の存在など小さなもので、容易く見失ってしまいそうな気すらする。

強く意思を持たなければ。足掻いて踏み止まらないと、全てを失ってしまいそうだ。

この言葉にし難い感覚は…あの禍々しさが影響しているのかも知れない、だとすれば余計に。強く心を持つべきだと、自らを奮い立たせる。



強く握り締めると、美しき方が俺を見返す。一瞬、見えた戸惑いは…俺と同じもの。けれど、直ぐに美しき方は頷く。俺の手を握り返した美しき方はまた視線を上げ…渦の中心目掛けて岩肌を蹴った長の姿を追った。



それは強力な結界と知らせるように、長の身体は跳ね返られる。しかし、長は諦めない。岩に身体を打ち付けても立ち上がり、再度、突入を試みる。


このままでは何かが足りない。そう悟った俺は美しき方を引き寄せる。

もっと正確に音を合わせれば…こちらの力が打ち勝つ。勝手な判断でも、他の術を知らない。俺の意図を汲み取る美しき方はしっかりと身を委ね、呼吸や鼓動全てを合わせようとする。
 

美しき方と触れ合えば、更に思うように声が出せる。溶け合うような感覚が指先までへも広がっていく。身体は別でありながら…一つの存在になれた不思議な感覚と共に漲るのは…力強い喜びだ。


負の力を打ち消してしまえ。過剰にもそう思う程、喜びは増幅して溢れ出てくる。心なしか、歌声も変化した。二人でなら、もっと高みへと進み行ける。そう言い切りたくなる程に…強い力を感じている。



また立ち上がった長が渦へと飛び込んだ。今度は弾かれないで、奥へと突き進んで様子が見える。

もう何も邪魔をするな。それだけを強く願うと、金属音が弾ける音が響き…渦が逆回転を始めた。それにより、放たれる凄まじい暴風に襲われ、吹き飛ばされそうになる。

これは命懸けの闘いだ。腕の中の…愛おしい方だけは必ず守り抜く。疲労感など振り切り、全力で踏ん張っていた。