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一応、秘密の…ホミンのお話置き場です。

とある二人の話。122

2018-07-25 | 財団関係者


 

 

早く、吸い付いてくれ。期待と願いを込めて祈った時。モニターから声が響く。


『ママ~!!』
「はっ!?」


チャンミンの耳を塞ぎたいと思ったけど、間に合わない。チャンミンは我に返り、竜の声に反応する。

『お腹空いたよ~!ママ、聞こえてるんでしょ?』


こちらが監視していると分かっている竜はキョロキョロしながら、チャンミンを呼ぶ。他の生徒達に不審がられる訳にいかない。それより何より竜を放っておけないのだろう。チャンミンはスクッと立ち上がり、部屋を飛び出していく。チャンスを逃し、悔しさを抱えたまま、俺も後を追った。

 


 

 

「あっ!!ママ!!」
「早くこっちに来い!!」


竜はチャンミンを目に為ると、大きく手を振る。チャンミンが竜を急かすのには意味がある。早く周りに集まる生徒達から離さないと、保護者が何をするか分からないからだ。

独占欲が強く、過保護な保護者が集まる子達を排除しようと呟いた時の恐ろしさを思い出しただけでも身震いする。

人的被害を出さない為にも、竜を保護するのは優先されるべき事だ。

それは分かっている。

…分かっているけど、不満は燻る。

 


避難場所である特別室へ向かうと、豪華な昼食の時間が始まる。

財団は他の誰よりも厚遇している。一流シェフの料理を用意した事もある。でも、竜が望むのはチャンミンの手料理だ。チャンミンの手料理をチャンミンに食べさせる事を要求するから…俺はいつだって、羨望の眼差しを向けるだけだ。



「ほら、口を開けろ」
「はい、ママ!あーん!」


無邪気な竜が…チャンミンの言う事を聞く。可愛さに溢れた光景だ。それは間違いない。

でも…我慢ばかり続くと…笑顔でいるのは難しくなってくる。ムスッとして、悶々としていると、竜が俺を手招く。



「ママのダーリンも、アーンして貰う?」
「おい、何を…」
「ああ!して貰う!!」


被せ気味に返事をして、駆け寄り、竜の隣へ腰を降ろす。チャンミンは分かり易い笑顔とは言えない…一見すると怒っているような表情を浮かべている。でも、そこは気にしない。俺は竜に負けないで口を大きく開く。乱雑に運び込まれた後、幸せを噛み締める。


「ママにアーンして貰うと、すっごく美味しいね!」
「ああ、そうだよな!」

激しく同意していると、竜は俺に要求をしてくる。

「今度はママのダーリンがママにアーンして!」
「ああ、分かった!!」


チャンミンは何を言うんだと、不服そうな顔をした。でも、竜のお強請りに逆らえる筈はない。頬を赤くして、口を開くから…俺も破顔するしかない。



「じゃあ、ぼく、今度はユノにして貰う!!」


竜の一言で、保護者は姿を現す。思いきり、深く懐へ飛び込む竜を見て、チャンミンの表情も変った気がした。

遠慮無く、俺の胸へ飛び込んでくれば良いと腕を広げてみせると、思い切り睨まれた。だけど、それだけじゃない。チャンミンはムスッとしながらも、飛び込んでくれる。



「こ、これは…仕方なくだからな!」
「ああ、分かってる」


まだまだ素直さはほんの少しだけ。それでも、前より見せてくれるから、幸せには間違いない。

 


竜のお陰で進展しているような…停滞しているようなチャンミンとの関係だけど、竜達よりは早く結ばれるように惜しまぬ努力しよう。そんな決意を固めていると、身体が勝手に動いていたらしい。


「ど、何処を触っている!」

【バチン!】


気紛れにお見舞いされるビンタにも幸せを感じる俺は、痛みにもめげず、ニヤニヤと盛大に笑っていた。





 

 

  

 

 

一旦、おしまい。

 

 

 

 

 


とある二人の話。121

2018-07-19 | 財団関係者


 

 

「…う、浮気って何の事だ」
「……」
「僕は浮気なんて、した覚えはない」
「…目撃情報がある」
「は?」
「…チャンミンが…俺じゃない誰かと寄り添って…楽しそうにしていたって…」
「それはいつ、何処での話だ!」
「…それは…」

 

気にしないでいようと思った筈なのに、少しも流せていない。余裕を見せられず、本人に直接聞いてしまうとは…作戦失敗のような気がした。

でも、言ってしまったのだから仕方ない。モヤモヤを隠さず、チャンミンにぶつけたくなる。

 

「具体的に言えないのか?」
「…ああ」
「だったら…   あ」
「あ? あ…って、何だ!」
「そう言えば、昨日…あいつに会ったな。まさか、その目撃情報ってのは…。同期から吹聴されたんじゃないだろうな!」
「……」

返事をしたくなくて、黙っていると、チャンミンは溜息をつく。



「はあ。勝手な思い込みしかしないあいつの言う事を真に受けたのか?」
「……」
「その時、隣に居たのは…ケーキ屋の店主だ」
「え?」
「竜のリクエストを叶える為に、クレープの作り方を聞きに行ったんだ。人の良い店主の厚意で、材料を仕入れにいった時、偶然にもあいつと鉢合わせしただけだ。店主の傍には店員もいた。嘘だと思うなら、聞けば良い」


説明をされても、不満は消えない。離れない俺をチラリと見るチャンミンは言葉を続けた。




「ほんの少し、同じ方向へ歩いただけだ。それを浮気だと言うんじゃないだろうな」
「…それは」
「兎に角、僕は潔白だ。もう良いだろ、離れろ」
「嫌だ」
「はあ?」
「竜の事ばかり気にしていないで…俺の事も気にしてくれ」
「…な」

 

こんな事、言うつもりじゃなかった。燻っていても、相手は無邪気な子だ。嫉妬するなんておかしい。どうかしている。そう思う。

でも、気に食わないのは本心で…チャンミンに巻き付いているせいか…強がれないし、余裕もないし、格好付けられない。自分でも、制御出来ない複雑な心境をチャンミンに受け止めて欲しかった。


情けなさに襲われながら、チャンミンの首筋に吸い付く。ここでビンタを食らって…正気に戻りたい。そう思って、勝手な動きを止めないでいた。

 

「…っ」
 

早く、頬をぶってくれ。そんな期待は中々、叶えられない。チャンミンは身体を震わせるだけで、抵抗しない。もう少しだけなら、許されるのか?窺うように攻めていっても、ビンタは飛んでこない。不思議に思いつつ、動きを止めないでいると、チャンミンの声が聞こえてきた。



 

 


 

 

「…竜の事ばかりを考えているのは…間違いない。…でも…」



自分は悪くないと、言い訳をしたかった。でも…彼の様子を目にすると、僕の態度や行動に問題があると思ってしまう。

竜は可愛い。無邪気に強請れると、何だって叶えてやりたくなる。その為の努力をする。そればかりに一生懸命になって、彼の事は後回しになっているのは事実だ。



竜も大事だけど…彼の事だって…。それは間違いない想いだけど、今、自覚するまで考えてもみなかった。


彼は何だかんだと言いながら、協力的だ。僕の意思を尊重し、竜の我が儘も聞き入れてくれる。一方的に甘えてばかりだと、彼にだって不満は溜まるだろう。僕の意思を優先させてばかりだから、彼はこんな風に拗ねているんだろう。


以前なら、突き放して終わりだった。でも、今は…そんな解決策を実行したくない。



「…何をすれば、機嫌が直るんだ」
「…え?」
「…片側だけに不満を溜めさせるのは…不本意だ」
「……」
「…して欲しい事があれば…」
「なら、キスをしてくれ!」
「は、はあ?」
「俺は待つから、思い切り濃いやつを!」
「な、何を言って…」
「してくれないと、俺は動かないからな」


聞いたのは僕だ。返って来た答えは、想像の範囲内だと思う。彼は早速、目を閉じて、僕の動きを待っている。

 
…もしかしたら、こうなるように…僕も願っていたのかも知れない。急にそう思った。


賑やかな生活は楽しい部分もある。でも…落ち着いた時間はないと言うか…彼との触れ合いが足りないと言うか…。僕の中にも欲求不満はあったのか。彼が突き出す唇に…早く吸い付きたいと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 



 


とある二人の話。120

2018-07-16 | 財団関係者


 

 

「ああ!チョン君、久しぶり!!」
「ん?」
「ねえねえ!チョン君、子持ちになったって本当?」
「は?」
「MAXの連れ子と仲良くやっているの?」
「まあな…」


研究部へ向かっている途中で、チャンミンの同期に声を掛けられた。秘密裏での対処としろと言われた竜の存在を何処から嗅ぎ付けたのだろうか。情報網の凄さを侮れないと思いながら、当たり障りのない返事をする。

 



竜とチャンミンの仲の良さは日に日に増している。ことある事にチャンミンの隣を奪われて、嫉妬をしないと言えば、嘘になる。それでも、常に同じ空間に居られる事で幸せを感じているせいか、問題はないと言いたい。

 

立ち止まる事無く、歩いていると、同期は気になる事を口走る。

 


「でも、MAXは浮気してるんだよね…」
「は?」
「チョン君とは違う人と寄り添って歩いているのを見たんだけど~」
「…何?」
「あ!忘れ物した!ヤバいヤバい!」
 

聞き捨てならない話を具体的に問い詰めようとした。同期は意味深な笑みを浮かべた上で気にするなと言い、違う階でエレベーターを降りてしまう。だから、余計に追い掛けたい気もした。時間も迫っている。仕事を優先すべきかと、一旦、後回しにしようと決め、目的地へと急いだ。

 

 

 

 

 

 





  

「あら、チョン君。遅かったわね」
「そんな事ないだろ!」

気になる事を全く後回しに出来ていない俺は、語気を強めてしまう。研究員の彼女は鋭い目で一瞥して、資料を手渡してくる。


「始祖竜はお元気?」
「ああ。恙無くお暮らしだ」
「白狼様は?」
「自由気ままにお暮らしだ」
「そう。何よりだわ」

報告書を差し出すと、彼女は一際、笑顔を輝かせる。

チャンミンの部屋に仕掛けた記録監視用カメラは白狼の力により、意味を成さない。だから、俺が記録伝達係を熟している。


チャンミンは竜の付き添いと監視役として、学園にいる。早く戻りたいと思いながら、気になる事を抱えておきたくない。彼女の情報収集力を頼りたいと口を開いた。




「あの、ちょっと聞きたい事が…」
「チョン君はMAX君を疑うの?」
「え?」
「まさか、そんな事はないわよね」
「あ、当たり前だ!」
「まあ、学園には…容姿の似た人物が大勢いるから、誤解を招き易いかも知れないわね」
「……」
「でも、その中には…惹かれる相手も居るかも知れないわね」
「何だって?」
「まあ…単なる冗談よ。気にしないで?」


何を何処までお見通しなのだろう。彼女は笑顔を終わらせて、席を立つ。冗談と受け流せない俺には、余裕がないのだろう。早くチャンミンの傍に戻らなければと、転がるように部屋を後にした。



 







***
 

「…はあ」

 

監視室には誰もいない。僕一人だから、遠慮せず、思い切り溜息を吐く。またこうやって監視室に居る事が本当に不思議だ。

ついでにと言われて、チーターの観察も継続している。相変わらず、睡眠中心の授業態度に苛立ちを覚える。父親になる自覚が足りないと叱責したかった。

 

でも、正直、そこに構っている余裕がないのが本音だ。一番、気になるのは竜の事だ。好奇心旺盛で、自由に生きていた竜が学園生活に馴染めるのか。それが心配で仕方ない。保護者の事を過保護だと思っていたけど、僕だって同じか。竜がいる教室の様子をハラハラしながら監視中だ。



問題があっても、見守る事しか出来ないなら…いっそ見ずにいようか。そう思っても、心は強く持てない。モニター上の竜の様子を凝視し続ける。

 

竜は利発な子だ。竜の世界で役立つとは思えない、現代の知識をどんどん吸収していく。血を分けた我が子じゃないけど、丸っきりの他人とは思えない。どの角度からも可愛らしい竜の笑顔を見る度に、何とも言えない感情が広がっていた。

 



集中していると、時間の流れが速い。急に声を掛けられ、彼が戻ってきていた事に気付く。

気配を感じても、敢えて視線を向けないでいると、いきなり腕が回された。


「な、何をする!!」
「何もしない」


彼はそう言って、首筋に顔を埋めてくる。くすぐったさに身悶えたけど、突き放す所まではいかない。竜の様子に気を取られていると、不満そうな声が聞こえた。

 


「…なあ、チャンミン」
「何だ」
「保護者はどうした…」
「あれを見ろ」
「…あれって?」


モニター上で、竜の髪飾りを指し示す。

「あ?あんな物、あったか?」
「あれが保護者だ」
「え?」
「保護者は僕より過保護だからな。片時も離れる事は不可能だと言って、今日からあそこにいる」



竜は伸びた髪を切りたくないと言った。狼の尻尾のように、一つに束ねて揺らせている。そこに巻き付けている髪留めは、保護者が姿を変えた物だ。竜の楽しげな様子は、安心感から生まれるもの、そう説明をすると、彼は視線を尖らせる。

 

 

「だったら、チャンミンは…誰と浮気したんだ」
「はあ?」
「俺の知らない所で、誰と寄り添っていたんだ!」
「何だよ、急に…」


彼の口走る事は意味不明だ。言い返してやろうと思ったけど、彼が寂しさを浮かべていたから…思わず黙ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 








とある二人の話。119

2018-07-15 | 財団関係者



 

泣きじゃくるチャンミンを抱き締め、何度も似たような言葉を投げ掛けた。

突然、現れた竜は、必ず突然また現れる。それは願いと言うより、確信のある予測だ。何を根拠にそう思うのか、自分でもよく分からない。でも、そうとしか思えないから、俺は同じ事を言い続けた。

暫くして、チャンミンが深呼吸をした。大きく吸い込んだ息を吐いたチャンミンは可愛く埋まってくる。


「…ママと呼ばれるのは…悪くない感覚だった…」
「そうか…」
「あいつらの寿命は途轍もなく長いんだよな…」
「ああ、そうだろうな…」
「…僕が…老いてしまう前に、会いに来てくれるだろうか」
「ああ…」
「どんな姿になっていても…変らず、ママと呼んでくれるか?」
「ああ。変らない無邪気な笑顔で、元気いっぱいに呼んでくれる筈だ」


穏やかな口調で返事をしていると、チャンミンは顔を上げる。泣き腫らした姿も愛しいだけだ。微笑み返し、素直な気持ちを口にする。

 

「俺も変らないからな」
「…何がだ」
「幾ら月日が流れようと、俺の気持ちは変らない」
「……」
「傍で変らない愛情を示し続けるからな」


潤む瞳を見返して、正直な想いを告げる。チャンミンは照れ隠しに唇を尖らせた後、表情を和らげて…目を閉じてくれる。

こんな分かり易い誘いなんて、今までに無かった事だ。竜達のお陰で、俺はかなりの時間短縮が出来た。次に会えた時には、もっと感謝を伝えよう。竜は誰よりもチャンミンの心配をしていた気がする。任せてくれと言えなかったけど、行動で示してやる。

そう思いながら、再び、唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日から、俺達は何をさせられるんだろうな」
「…あの様子だと、狼帝達の問題も解決したのだろうな」
「元の部署へ戻れたりしないだろうか」
「…僕は今のままで構わない」
「そうか?」
「…様々な奴らから、教わる事は多いからな…」
「チャンミンがそうしたいなら、俺もそうしよう」

夕暮れが迫る頃になって、漸く家路につく。チャンミンの手を引きながら、歩いていると…大事な事を思い出した。


「それよりも、新婚旅行は何処に行く?」
「は?」
「誰にも邪魔をされず、俺達だけの時間をゆっくり楽しみたいよな」
「な、何の話だ!それは!」
「保養所の場所がチャンミン好みとは限らないからな。もし、リクエストがあれば俺が何とかする」
「そもそも、新婚旅行って名称がおかしいだろ!」
「そうか?」

語気を強め、憤慨するチャンミンを引き寄せてしまうから、俺は想いを隠せない。


「プロポーズは後になっても良いか?」
「は、はあ?」
「指輪を用意して、チャンミンの要望を聞き入れて、きちんと準備をしたい。でも、先走る気持ちは抑えられない。俺はチャンミンと深く繋がりたい」
「な、何を…」
「その為の自由な時間を二人で楽しむんだ。どちらにしても、やることは変わらないよな?名称はまあ…気にしないでくれ」
「ぶ、ふざけた事を言うなっ!!」

チャンミンの盛大な照れ隠しが頬にぶち当たる気がした。見事に予見した俺は、紙一重でビンタを受け流す。


「竜が心配する」
「え…」
「素直になれって、言いそうじゃないか?」
「……」


チャンミンは思い切り、ふて腐れた顔をして…小さな呟きを漏らす。


「…行くとしても、それは…ただの旅行だ。…きちんと順序を踏み、段階を経て、その後で…新婚旅行に行けば…」



チャンミンが回りくどい返事をしかけた時。

玄関のドアが開き、何かが飛び出してくる。





「ママ!おかえりなさいっ!!」

「チャンミン、いきなり飛び出すな。危ないだろ…」


まさか、嘘だろ…?

帰った筈の竜と保護者の登場に、開いた口が閉じられない。





「ぼくね!どうしても、桃狼ちゃんに会いたくなったの!だから、ユノにお願いして、また来ちゃった!」
「…暫く、世話になる」

 
俺だけじゃなくて、チャンミンも全力で驚いている。

あれだけ流した涙を返せと、チャンミンは悔しそうに唸った。二人だけの時間はまたお預けかと思うだけで、俺も項垂れそうだ。



「ママっ!お肉が食べたい!お腹空いたから、いっぱい食べる!!」

それでも元気な竜の声に、苦笑いしか出来なかった。







 



*‥*
 

「ええ!転入の手続きは直ぐに致します!!新居も用意致しますから!!」
「…それは不要だ。チャンミンはここが気に入っているからな」
「なら、他に必要な物はございませんか?」
「毎食、欠かさず肉を用意しろ」
「ええ、勿論!!」
「…それから、甘い…」

「クレープだよ!ユノ!!」

「ああ、それを頼む」
「クレープ?ええ、今直ぐ、特注品を用意します!!」



「ちょ、ちょっと待て!!どうして、僕抜きで話が進む!ここは僕の家だぞ!?誰が同居を許可した!!」
「俺もまだ同意してない」
「そうだろう… って、そこは関係ないだろう!」
「何を言うんだ、チャンミン。俺の帰る場所はここだ。俺にも意見を言わせてくれ」
「ふ、ふざけるな!!」
 

竜達の到来を嗅ぎ付けた研究員の彼女は、手放しで歓迎を表明している。それを当たり前と受け止める保護者の態度を見ていると、黙っていられなかった。

彼の言葉に憤慨する僕に気付いた竜がピョコピョコと駆け寄ってくる。

 

「ママ!ぼく、学校へ行くんだって!!」
「は?」
「ママも一緒に行ってくれるんでしょ?あ、あとね、今日もぼく、ママと一緒に寝るから!!」
「ちょっと待て」
「明日のお昼ご飯はママの作ってくれるおべんとうなんでしょ?それって、何?美味しいの!?ぼく、今からワクワクしちゃうんだけど!!」
「お弁当なんて、誰から聞いた!」
「ん?誰って…誰だったかな…」
「に、肉ばかりだと栄養が偏るからな!食べ残すんじゃないぞ!!」
「うん!分かった!!」
 

喜々として飛び跳ねる竜が保護者の元へ駆けて行ってから、ハッとした。僕は突き放すどころか、弁当作りを約束してしまったじゃないか…。唖然とする横では彼が羨望の眼差しを向けてくる。



「俺もチャンミンの手作り弁当を食べたい…」
「何を言っている!」
「一つ作るのも、二つ作るのも変らないだろ?」
「何を言っている!手間が増えるだろ!!」
「俺も好き嫌いは言わない」
「だから、なんで…」
「俺は、渋々、添い寝を諦めるんだ。その見返りは必要だと思わないか?」
「ああ、そうだな…  って、おかしいだろ!!」

 

興奮して叫んでいると、上機嫌な研究員の彼女が声を掛けてくる。

 
「貴方達の新たな任務はお二人のお世話よ!!くれぐれも粗相のないように!細心の注意を払って、出来るだけここに長く滞在していただけるように、尽力して!!」


「それは構わないが…俺達の新婚旅行はどうなる?」


彼の質問に、思わず彼女に視線を向け、反応を待ってしまう。


「任務が終わってから、考えましょう」
「俺達の時間はお預けって事か?」
「本当の意味での新婚旅行になるように、準備かつ努力期間を与えられたと思えば良いわよ」
「ああ、そうか…」


「そうか…じゃ、ないだろ!!」


あっさりと納得する彼に、声を荒げてしまう。彼女の視線を感じ、慌てて取り繕うとしても、間に合わない。

 

「そうだよな!チャンミンも残念だよな!」
「だ、誰がだ!」
「俺も同じ気持ちだからな」
「勝手に近寄るなっ!!」



彼に抱き寄せられ、藻掻いていると竜が戻ってくる。


「ぼくも混じる!」
「おい、止めろ!」
「いや!やめない~!」


竜は元気に抱きついてくる。保護者の視線の尖り具合を見極めながら、僕は賑やかさに翻弄されていた。







 







とある二人の話。118

2018-07-14 | 財団関係者

 



竜は狼帝の赤毛を撫でながら、小さな声で呟く。


「…ぼくとユノがきちんと結ばれて、その先へ繋がる事が出来るかって…ちょっと心配だったから…。赤狼ちゃんに会えて、安心したよ…」

更に深く埋まりながら、竜は深呼吸を繰り返す。


「赤狼ちゃんもおよめさんと一緒にいられて、幸せなんだよね?」


狼帝は返事の代わりに、竜の頬を舐めた。隣にいた狼妃も同じように、竜の頬を舐める。竜は幸せを溢れさせ、くすぐったいと笑う。

その光景は心に温かさを伝えてくれる。心が震えると言えば良いのだろうか。貰い泣きしそうだ。

 

「ぼくが未来に行きたいって言った時、もっと先の未来に行こうかとも思ったの。でもね。この世界にいる赤狼ちゃんの事を聞いて、凄く会いたくなったんだ。そこには…色んな意味があったのかな…。赤狼ちゃんが一番、ぼくのユノに似てるから?それとも、弱っていた鱗に導かれたのかな…」


竜がまた赤狼に埋まった時。頭上から、低い声が降りてくる。

 


「チャンミン、その位にしろ…」
「あっ!ユノ!!」

颯爽と降りてきた保護者は人の姿になる。竜は条件反射のように、保護者へと飛び付いた。狼帝も狼妃も頭を下げ、保護者にも敬服する。

 

「ユノ!赤狼ちゃんに会えたよ!!」
「良かったな…」
「赤狼ちゃんね!およめさんがいるの!!ユノに似て綺麗な白狼なの!!」
「そうか…」



保護者は竜の報告を笑顔で受け止める。

それぞれの相手に寄り添う様子を見て、僕は違う寂しさを覚えた。


こんな時、彼の笑顔が浮かぶのは…当たり前の事だよな…。以前なら、本音を認めたくなくて否定しただろう。でも、今なら…素直に思う。隣に彼が居て欲しいと…。

そんな願いは天に届いたのだろうか。背後から何かが駆け寄る気配がした。


「チャンミン!!」
「…っ!」


名前を呼ばれ、肩を跳ねさせてから間を置かず、僕は強く抱き締められる。

「は、離せっ!」
 「それは無理だ!」


想いと行動が伴わない自分が情けない。だけど僕の照れ隠しを無視する彼の勝手な行動に感謝した。



 




未だ素直になれない、成長がみられない僕に、竜が声を上げる。

「ママ!!ママもチュウして!!」
「は!?」
「大好きな相手にチュウをして、みんなで幸せになろ!!」
「な、何を言って…」


竜が可愛くせがむと、保護者はそれに応える。狼帝も狼妃に鼻先をつけ、愛情を示している。


みんなですれば、怖くない。いや、恥ずかしくないと思えって?そこまで心配されているのかと、また情けなくなった。でも、竜の心遣いなら…遠慮せずに受け取りたい。そう思ったから、僕は彼に向き直る。
 

「…こんな場所で…キスなんて…」
「俺は何処でも構わない」
「…これは…今だけの…特別な対処で…」
「ああ。それで良いから…」
「…竜が言うから、仕方なく…」
「もう良いだろ?」


言い訳を断ち切り、彼が唇を塞いだ。熱さを受け止めると、手が勝手に巻き付いた。これで良いんだって、竜が笑う。見た目は幼くても、誰よりも心優しい竜との出会いで、僕は変われたのかも知れない。そんな事を思いながら、彼の柔らかさを貪っていた。

 

 




それはどれ位の時間だったのか。彼とのキスは数秒で終わらせるつもりだった。それなのに我を忘れて夢中になっていると、竜達の会話が聞こえてきた。

 

「ユノ、もう帰ろう…」
「…良いのか?」
「うん。ママにはダーリンがいるからね!ぼくは安心した!」


竜の言葉を聞き、彼を突き放そうと思う。でも、身体は行動を起こさない。彼も僕を離す気なんてないと知らせるように、腕の力を緩めない。

 


「ママ!また会いに来るからね!!」
「…世話になった」


どこからが現実で、どこからがそうじゃないのか、分からない。辺りを眩しさが駆け抜けた後。

僕達以外、誰も居なくなっていた。

 
慌てて振り向いても、竜の姿はない。

今のが別れの瞬間だったのか?余りにもあっけなくて、現実感がない。

だけど、涙が溢れてくる。ポロポロと大粒の涙は溢れ落ち、僕は身体を震わせてしまう。

 

「チャンミン…」


竜達が元の世界に帰ったと、彼も気付いたのだろう。泣きじゃくる僕を抱き寄せ、優しく背中をさすってくれる。

 

 

「また来ると言ったんだ。直ぐにひょっこり現れるさ…」


そうなら良いと思った。竜と共にした期間は短いのに、ここまで心を揺さぶられるとは思わなかった。二度と会えない訳じゃない。そう言い聞かせてみても、喪失感が押し寄せる。


「あの子の代わりは務まらないけど、チャンミンには俺がいるからな…」
「…っつ」
「俺も一緒に、あの子を待つ。今は思い切り、泣けば良い…」


彼の声色が何処までも優しくて。込み上がる涙を助長させる。

 

今は泣きたいだけ、泣こう…。

彼の胸元を濡しながら、僕は号泣した。