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一応、秘密の…ホミンのお話置き場です。

星月夜 10

2018-01-13 | 星月夜





「…じゃあ、あの声は…悪魔の声だったの?」
「ええ…。恐らくは…」


侍女が語ってくれたのは、この国に残されている歴史書の一部と重なる、今でも語り継がれている遠い過去の出来事だった。


この国を統べてきた王族は、それぞれ不思議な力を産まれながらに持っている。

生涯で一度だけ、自ら選ぶ相手。一目で分かる運命の相手にも、同等の秘められた特殊な力が眠っているそうだ。

惹かれ合う両人が想いを通わせ、心を繋げた時、それぞれの能力が開花する。合わせて完璧になる、お互いの力を持って、国の安定を図り、皆に平穏を約束してきたそうだ。



けれど、それを良しとしない存在もいる。それが…悪魔。

王族に直接、手が出せない悪魔は…選ばれし相手に近付き、秘められた力を先に奪おうとする。

もし、その相手が悪魔の誘いに乗り、負けてしまえば、秘められし力は徐々に失われ…国は乱れ…傾く。

実際、長い歴史の中には…悪魔に相手を奪われ、国が荒れ果てる時代もあったそうだ。

何代か前の王の頃から時間を掛け、国を立て直し、漸く平穏が訪れたのは…祖父の代。

僕の父様も…母様と結ばれる前に苦難な試練を乗り越えたと、初めて知った。

いつの時代も悪魔は隙を狙っている。

父様に負けたその瞬間から、悪魔は…次のチャンスを窺っていた。


成人の儀を兼ねていた宴を終えるまで、未熟な僕より先にユノを見つけ、少しずつ…追い詰めていた。

…僕とユノが結ばれる前に。ユノを諦めへと導き、ユノが秘める力を手中に収めるのが目的だろうと侍女が言った。





「それを止める術はないの!?」
「…幾つかの方法はあります」
「僕はどうすれば良いの?」

焦りを抑えられず、詰め寄る僕に、侍女は変わらず穏やかな口調で話を続ける。


「…何があろうと…信じ抜く事です」
「え…」
「…決して、後ろを振り返ってはいけません」
「……」
「チャンミン様が選んだお相手なら、間違いなく、素晴らしい方です」
「……」
「…二人で共に歩く未来を信じ、疑わない事です…」

「……うん」



侍女からの言葉に深く頷く。

何も分からなくても、ユノを信じ抜く事なら、不可能じゃないと…確信出来たから。

それから、侍女は更に具体的な話を聞かせてくれた。









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星月夜 9

2018-01-13 | 星月夜






「ユノっ!!」


出せなくて、苦しくて。やっと響いた声は僕のもの。身体を起こし、叫んだのも僕。だけど、目の前にあるのはそれまでとは違い…見慣れた光景。ゆらゆらと風に揺れる細かな刺繍が施された幕布は、ここが僕の部屋だと知らせている。



「ユノは何処?」

僕は寝台から転がり落ち、躓きながら窓辺に駆け寄る。まだ辺りは暗い。大きく鳴る鼓動だけが煩いだけで、周りは静寂か支配している。


…さっきのは、夢だった?


僕は恋しさの余り、ユノの夢を見ただけ?

朧気な記憶を懸命に手繰り寄せる。でも、僕は感じた気がする。また、あの喜びを。ユノの腕に抱かれる感触に包まれた気がする。自身の肩に手を延ばし、込み上がる焦燥感を抑えようと試みる。




「…チャンミン様?いかがなされました?」
「ねえ!!ユノは何処!?」

異変に気付いてくれたのか。夜着のままの侍女が傍まで来てくれた。僕は侍女にしがみつき、震えた声を絞り出す。



「今、僕はユノに会えたんだ!でも、もういなくなってしまった…」
「…チャンミン様…」
「ユノが言っていたのは、何の話!?契約って?記憶を無くすって何?」


続け様に問い掛ける僕を見つめる侍女の眼差しは優しい。背中をさすりながら、穏やかな声を聞かせてくれる。




「…やはり…こうなるのですね…」


侍女は説明の足りない僕の叫びを…僕の胸中を知っていたかのように…落ち着いた話し方をする。



「ねえ、どう言う事!?」
「…チャンミン様の選ばれた方は…とてもお優しい方なのです」
「…え?」
「野心など、微塵も持たず…地道な努力をされる…とても謙虚な方です…」
「……」
「…ただ…ご自身の事を過小評価されている…」
「…お前、ユノの事、知ってるの?」
「直接には存じませんが…こうなった事がそれを示しています」
「…どう言う事…?」
「これも…定められた試練。…逃れる事は出来ないのですね…」



侍女は僕を見つめて、微笑む。不安や寂しさで一杯の僕を宥めながら…この先に待つ筈の出来事を教えてくれた。












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星月夜 8

2018-01-13 | 星月夜





「…あ…」


聞こえた吐息が信じられない。目を疑う。

僕は自身の身に起った出来事が信じられなかった。


宴を境に運命は変わり、それまでに抱えていた未来への不安は終わると期待していた。

なのに、変わらず悩みは尽きない。寝付けずに、いつまでも夜空を眺めていて、侍女に咎められたのは…ついさっきの事の筈。

仕方なく、窓辺から離れ、寝具に身を沈めたと思ったのは…気のせいだった?

まさか。そんな。

無意識にも疲れ果てていた?一瞬で眠りに落ち、今は…夢の世界にいるのだろうか。
 
だって、目の前にいるのは…僕が恋焦がれているユノ。愛しい人の腕の中だったのだから。






「…まさか…そんな…」


僕を見下ろすユノの声に驚きと戸惑いが混じっている。これが夢でも構わない。

僕はユノの名前を呼ぼうとした。だけど、何故だろう…。何かに縫い付けられているように、口を動かせず、声は音にならない。

それでも、身体は動いた。ユノに手を延ばし、しがみつく。





【…どうだ?本物の感触は…。想像とは違うだろ?温もりも…柔らかさも…甘い香りも…】



この地を這うような低く響くのは誰の声?
視線を向けて確かめる必要があるのかも知れない。けれど、僕は初めて見る、美しいユノの素顔から目を離せない。








【…オレと契約を交わせば…そうだな。一晩だけ、自由な時間をやろう】


何の話をしている?誰かの声が聞こえるのに、僕はユノの表情しか見えない。


【…たった一晩でも…手に入れられるなら…本望だと、お前が口にしたんだよな?】



誰かの声が響く度に、ユノは苦しげな顔をする。…何が苦しい?それを聞きたいのに、声は出せずに想いは届かない。




「…一晩、経てば…俺はどうなる…」

【…そうだな。この世界から離れて…オレの世界に来て貰おうか…】
「…この人は…どうなる?」
【…どうなる…とは?】
「…俺との事は…記憶からなくなるのか?」
【…お前はどうしたい?記憶に刻んでおきたいなら、そうしてやろうか】
「いや、俺の記憶は消してくれ」
【…それがお前の望みなら、そうしてやろう】




一体、何の話をしているんだ?

僕の記憶を無くす?一晩だけの時間?契約って、何?

次々に浮かぶ疑問はどれも不安を煽る。僕はユノを見つめ、事情を聞かせて欲しいと訴える。

けれど、ユノに僕の想いは伝わらない。もどかしさで涙が込み上がった。今にも溢れそうな雫を…ユノが拭い去ってくれる。




「…勝手な事をして…驚かせて…申し訳ない…」
「……」
「…もう少しだけ…愚かな私に時間を下さい…」
「……」


低く穏やかな囁きと…慈しみに満ちた微笑みが心を掴む。改めて自覚する愛しさがジワッと心の至る部分に広がり行くのを感じながら、僕はそこから、意識を失っていた。