「…ん」
違和感に襲われ、目を開ける。視界に入る光景に、一瞬、戸惑う。
僕はサンタの橇に乗っていた筈だ。なのに、ここは部屋の中。暗闇でクリスマスツリーの電飾だけが点滅している…リビングだ。
なら、今までのは夢か?ハッとして、立ち上がろうとする。
「…チャンミン?」
僕の身体に巻き付いていた彼の腕が動きを遮る。
「子虎は…」
「帰っただろ」
「だって、今のは…夢だろ!?」
「……」
認めたくなくて、彼の腕を振り払い、辺りを見回す。
「チャンミン」
彼は首を振り、僕を強く引き寄せた。
「…竜が起きる。静かに朝を待とう」
「…もう…子虎に会えないのか…」
「そんな事はないだろう。大丈夫だ」
「…何を…根拠に…」
覚悟していても、辛いものは辛い。あっと言う間に訪れてしまった子虎との別れを受け止めたくなくて、僕は涙を止められなかった。
涙を落とすチャンミンを抱き寄せ、背中をさすり続けた。
その間ずっと、大丈夫だと繰り返した。
根拠は…と、問われても答えはない。いや、違うか。竜も同じ事言葉を繰り返していた。だから、俺は何も疑わなかった。
泣き疲れたチャンミンを抱き締めたまま、知らぬ間に朝を迎える。浅い部分を彷徨っていた意識を引き戻したのは、竜の叫び声だ。
「ママ!みてー!!」
ドタドタと足音を響かせて、竜が突撃してくる。
「…なんだ?」
「これ!!」
「…あ」
竜が差し出す小さなものは…子虎かと思った。けど、よく見るとそれは違う。子虎によく似た…白虎の縫いぐるみだ。
「これは…」
「サンタのユノとまっ白トナカイがくれたの!くりすますぷれぜんとだって!」
「…そうなのか?」
「白とらちゃんみたいで、かわいいでしょ!」
「…ああ」
縫いぐるみは動かない。子虎の可愛い仕草を思い出すのか、腫れた目に、チャンミンはまた涙を浮かべる。
「…だいじょうぶだよ、ママ」
優しく微笑む竜が穏やかに囁いたのと同時に、電話がけたたましく鳴り響いた。
「は?何だって?」
受話器を手にした彼は、突飛な声を上げる。こんな時間帯から連絡してくるのは…財団関係者しかいない。
緊急事態に付き合わされるのだろうか。それなら…彼に頼もう。こんな顔をして、外出は出来ない。したくない。
竜を抱き寄せて、温もりに浸っていたいと目を閉じる。
「チャンミン、今すぐに出掛けよう!」
「…断る」
力無く答え、背を向ける。力を入れ過ぎたのか、竜は藻搔いている。
「っあ!ママ、くるしい!」
「…悪いな。でも…離せないんだ」
竜が居てくれて良かった。頼りなくても…構わない。ぽっかりと抜け落ちた穴を埋めるには…時間が必要なんだ。キ
ャアキャアと声を上げる竜をしっかり抱き締めたまま、転がっていると、彼が焦ったように叫ぶ。
「財団で急遽、保護した虎がいるそうだ!」
「…そうか。だから何だ…。僕達に…関係ないだろう…」
「その虎はつがいで、片割れは身籠もっている!」
「…そうか」
「今、産気づいて、もうじき産まれると…」
「…へえ」
「その虎は…白虎なんだ!!」
「……」
彼の叫びに動きが止まる。固まる僕に向けられる…竜の眼差しは煌めいている。
「ママ!白とらちゃんに会いに行こ!!」
「…は?」
「はやくしないと、まにあわないよ?」
「お…お前、知っていたのか…?」
ニンマリ笑う竜は僕の腕からサッと抜け出て、直ぐ傍まで来ていた保護者に飛び付く。
「ママ!ぼく、さきに行ってるからね!ユノっ!!行こ!」
「…ああ」
「ちょっと待て!どういう事だ!説明しろ!!」
「チャンミン、俺達も早く向かおう!!」
窓から飛び立つ保護者に叫んでも意味はない。
沢山の楽しさを噛み締め、沢山の涙を流した僕達のクリスマスは…まだもう少し、賑やかな続きがあった。
おしまい。
お付き合い、ありがとうございました!
白虎のお話…。
そのうちに(^-^)