今日のうた

思いつくままに書いています

母影(おもかげ)

2021-03-05 10:00:35 | ③好きな歌と句と詩とことばと
尾崎世界観著『母影(おもかげ)』を読む。
ロックバンドのヴォーカル・ギタリストであり、この作品が
芥川賞候補にもなり・・・ということで、図書館から借りた。

変態マッサージ店で働く母と、小学校の低学年と思われる
少女の日常を描いている。
学校が終わると少女は、母が働くお店に行き、カーテンで仕切られた
隣のベッドで母を待つ。
カーテン越しに母の影が映り、声が聞こえる。

家でも学校でも店でも、鍵穴から覗くようにして
徹底して少女の目線で描かれている。
世間的には異常なシチュエーションでも、少女の目を通すと
それが至極当たり前に見えてくる。
その描き方は見事だ。そして
レジ袋の可燃ごみの中に縫い針が1本入っているような、
いつ針がレジ袋を突き破って指を刺すのか、読者は
はらはらしながら読み進める。

お母さんはお客さんのこわれたところを直している、と
少女は聞かされている。
少女はカーテン越しに起きていることが気になる。
たとえばお客が「あるんでしょ?」と聞く言葉もその一つだ。

終わりに近づくにつれて、同じクラスの男の子や
そのお母さんやお爺さんが出てくると、物語は一気に
フツーの小説になってしまう。
「あるんでしょ?」という言葉の意味を、少女に探らせるために
必要だったのだろうか。
物語のつじつまを合わせるために、必要だったのだろうか。
私としては少女の目線のまま、物語を進めて欲しかった。

少女はやっとお母さんに「あるんでしょ?」と聞くことができた。
お母さんは「あるよ」と答える。
「あるんでしょ?」が意味するものは推測できるが、この会話の
少女とお母さんのやり取りがよく理解できなかった。

心に残った言葉を引用させて頂きます。

元気よくはーいって答えて、コンビニに向かった。もらった
百円を落とさないように、強くにぎって歩いた。外は小さい
雨がふってて、風がなまぬるい。
水のにおいをすいながら、あったかい雨が体にくっつくのが
楽しかった。

コンビニに入ってすぐ左がアイス売り場だ。・・・
こうやってあたりのアイスを探すときはすごくおもしろかった。
ずっとさわってたせいで痛くなって、私はアイスから手をはなした。
手が元にもどるまでのあいだ、こごえそうな冬の中に頭を
つっこんで、つめたい空気をぱくぱく食べた。

やっと決めた一つを持って、レジでお会計をした。帰り道は、
おつりといっしょにもらったレシートをぬれたほっぺたに
くっつけて歩いた。あったかくてくすぐったくて、
私はちょっと笑った。

外はもうまっ暗になってた。ただ立ってるだけで、体が黒く
汚れてしまいそうな夜だった。まだ熱い私の体を、風がふいて
ふーふーさました。それは何かが私を食べようとしてるみたいで、
私はまっ暗な夜の中にいる何かをきょろきょろ探した。
お母さんの手はすべすべしてて、にぎってもにぎっても私の手から出て
いこうとした。私はやっと両手でつかんで、もうお母さんの
手をはなさないように歩いた。

外に出るともうまっ暗で、お母さんのツメの赤はもうほとんど
見えなかった。道も自転車も水たまりも、色をなくして
元気がなかった。なまぬるい風がふくたび、私は口をしめた。
それでも心ぱいだったから、口に夜が入ってきて歯が黒く
ならないように手でかくした。      (引用ここまで)

電柱に貼ってある「いけやまよしひろ」の選挙ポスターが
物語の中で効いている。少女の目線で見ると、大人が見るのとは
違って見えるのだろうなと思った。

追記1
3月7日の「情熱大陸」に尾崎世界観が出ていた。初めて見たが、
ゆで卵みたいに顔の皮膚がつるんとしていて、真っ直ぐな印象を持った。
書き記していなかったので間違いがあるかもしれません。
以前、目つきが悪いと言われたとかで、そのせいかは知らないが
前髪が目に入るくらいに伸ばしていた。
BUMP OF CHICKENの藤原基央も以前、お父さんにそう言われたとかで、
前髪を伸ばしている。

お風呂に入らない時は、寝室に入らないと言っていた。
リビングでもなるべく寝室から遠いラグに坐る、と。
彼が憧れている柳美里に会った時に、次のように彼を語っていた。
「人が気づかないことに気づくのが、作家の才能だと思う。
 人よりいっぱい傷ついて、いっぱい吸収して成長する人だ」

彼のような繊細な神経で世界を見ると、いろいろなものが
見えてくるのだろう。
時に、見たくないものまで見えてくることもあるだろう。

この番組を観終わってからなぜか、55年前の記憶が蘇ってきた。
高校2年生の時に、入院しているクラスメートを女子全員で見舞った。
その時に何の犯罪かは忘れたが、ある犯罪者の話になった。
殺人を犯した人は、周りにはおとなしい人で通っていたと言うのだ。
武家屋敷跡に住み、田舎の高校にしてはめずらしく、周りには
お嬢様と一目置かれている人がいた。その彼女が、
「おとなしい人の方が犯罪をおかすのよね。〇〇さんなんか、一番
 危ないわよね」、と笑いながら私のことを言ったのだ。
周りの人たちは笑っていた。
高校時代の私は、人とコミュニケーションを取るのが苦手で無口だった。

彼女は次の日には言ったことさえ忘れているだろう。
だが言われた方は55年経っても、思い出す度に怒りを覚える。
「〇〇さん、あなたの予測は今のところ間違っているわよ。
 私はいまだに犯罪を犯していないのだから」と言えたら
どんなにスカッとするだろう。

自分もどれだけ多くの人を知らず知らずに傷つけてきたのだろう。
言葉は刃だ、と思った。             (敬称略)
(2021年3月8日 記)






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