今日のうた

思いつくままに書いています

引き算しながら 追記2~5

2024-02-21 08:57:05 | ①核と人間は共存できない
長くなってしまったので、追記2以降を分けます。

追記2
連合に気兼ねして「脱原発」を打ち出せない政党を
私は野党とは認めないし、投票するつもりもありません。
立憲民主党は泉代表を替えて、しっかりした政策を
今こそ打ち出す時ではないですか。
でないと支持者がまた一人いなくなりますよ。

最近とみに再生可能エネルギーに舵を切る企業が増えてきました。
一番遅れているのが政治の世界だ。
これからの選挙で、前近代的な政治家を選ばないという選択肢が
私たちにはある。

追記3
中日新聞によると、数は少ないが避難所に「インスタントハウス」が
設置されているという。
     ↓
https://www.chunichi.co.jp/article/833358

https://www.chunichi.co.jp/article/844912

https://www.youtube.com/watch?v=xxjNPRyjjYo

国はこうしたことに私たちの税金を使って欲しい!

追記4
2023年3月に公開された河村光庸(みつのぶ)企画、
内山雄人(たけと)監督、古賀茂明企画プロデューサー
妖怪の孫』を観る。
録画したのを観たので、観ていて辛くなり何度も止めた。
観終えるのに何日もかかってしまった。
観終わった後には、心にずしりと何かが残った。
そして、この監督は命がけでこの映画を撮ったのだと思った。

今の日本がどのようにして変貌していったのかがよく解る。
子や孫、親戚の子ども、近所の子どもが可愛いなら、
若い人には自分のこれからが不安なら、是非観て欲しいと思った。
今観るのが辛かったら、いつか観て欲しいです。
(2024年2月14日 記)

追記5
2月17、18日に電話で実施された朝日新聞の世論調査の結果が、
2月20日の朝刊に載っていた。
中でも一番驚いたのは、
「今停止している原子力発電所の運転を再開することに、賛成ですか。」
という質問の回答だ。
賛成50 反対35
福島第一原発事故が起きた2年後の2013年6月の朝日新聞の世論調査では
賛成28 反対58だった。
その後、2021年までは賛成28~32、反対58~53だった。
それが2022年以降、賛成38~50、反対47~35となっている。
この短い期間に何が起きたのだろう。

これをどう解釈したらよいのだろう。
1月1日に能登半島地震が起きたばかりだ。
地震の怖さ、それによって起こるかもしれない原発事故の恐ろしさを
痛感した人は多かったはずだ。それなのに・・・
2011年3月11日に起きた地震により発生した福島第一原発事故。
最高レベル7の深刻な原発事故を起こしたことを
忘れてしまったのだろうか。
(レベル7はチェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故だけだ)
多くの人が健忘症になってしまったのだろうか。
それとも自分で考えるのを止めてしまったのだろうか。
あるいは「安心・安全神話」の信者になってしまったのだろうか。
まさかとは思うが、昨今の光熱費の高騰が原発を再稼働させないことに
よるものとでも思っているのだろうか。
世論調査の結果に愕然とするばかりだ。
(2024年2月21日 記)

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引き算しながら

2024-02-02 09:50:40 | ①核と人間は共存できない
昨年はブログをお読みくださりありがとうございます。
2024年1月1日、年が明けて早々マグニチュード7・6の
能登半島地震が起きました。
被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。

日本はいつどこで地震が起きてもおかしくない地震大国だという
ことを痛感しました。
だが明日は我が身かもしれないということが分かっているのに、
なぜいつも備えが十分でないのでしょう。
避難所になっている体育館の床に直に寝る映像を
これまで何度観てきたことでしょう。
防衛費43兆円の数十分の1の税金を使うだけで、日本中の避難所に
指定されている場所に、簡易ベッドや寝具、段ボールの間仕切り、水、
当座の食料品、災害用のトイレ、生活必需品などを
日頃から常備することができるのに。
税金は国民の生活や命を守ることに使って欲しいです。

1975年に珠洲(すず)市が原発建設予定地であったということを、
今回初めて知りました。
住民の反対で計画は頓挫したそうですが、建設されていたら
どうなっていたでしょう。想像するだけで怖ろしいです。
地震大国、災害大国である日本で原発を稼働させることに、私は反対です。

追記1
1月31日の「news23」の録画を観ていたら、このことを特集していた。
珠洲市の高屋(たかや)地区に関西電力が、寺家(じけ)地区に中部電力が
原発を建設する予定だったそうです。
当時のパンフレットが残っていました。
地震がきたって大丈夫
反対運動は30年に及び、2003年に計画が凍結されたそうです。
建設予定地だったこの地は今回の地震の震源に近く、震度7の地震のほか
津波、そして隆起も起きていました。
人間は活断層のことをどれだけ理解しているのでしょう。
想定外のことが起きるのが自然災害です。(追記はここまで)

私のお正月は病院で迎えました。
気管支喘息を33年患い、強い薬も使ってきたので、気管支の一部に
大きな黒い穴が開いてしまったそうです。(CTにくっきり写っています)
そこに人間なら誰でも持っているなんでもない細菌が付着するだけで
肺炎を起こし、入院になってしまうとのこと。
このことは以前から主治医に言われていたのですが、
娘たちとクリスマスパーティをするという誘惑にかられ、
年末年始に救急外来を2往復し、1月5日に入院となった次第です。

病院から見る朝焼け、夕焼けはこの世のものとは思えないくらい
美しかったです。
田んぼの中に建てられた病院なので、360度見渡せます。
そして地平線がゆるやかな曲線を描いているのが分かります。

これからは子どもや孫たち、妹や友だちと会うことはないでしょう。
夫以外の人とは極力会わず、病院と買い物、そしてあたたかい季節には
畑道への散歩、それ以外は引きこもる。
GAOの曲ではないけれど、「これが人生、これが運命!」

気力、体力、脳力の衰えは甚だしく、夫の力を借りて生活しています。
夫に料理の助手をしてもらうのが新鮮です。
そして毎日少しずつ身の回りのものを処分しています。
これまでせっせせっせと溜めてきたものを、せっせせっせと処分する。
足し算人生が引き算人生になった気分です。
「私が死んだら捨てるもの」と書いた小さなダンボールの中に、
卒業証書を入れた時はグッときました。

これまでやりたいことはしてきたので、個人的にやり残しはないです。
それでも「脱原発」は私のライフワークなので、これからも署名と
ささやかな寄付だけは続けていこうと思っています。

年明け早々失礼しました。
このブログも細々と続けていくつもりですので
よろしくお願いします。

コメント (2)
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