今日のうた

思いつくままに書いています

タクシー運転手 ~約束は海を超えて~

2020-05-30 10:17:00 | ④映画、テレビ、ラジオ、動画
※6月1日(月)13:00からBSプレミアムで、この映画を放送します。


「タクシー運転手 約束は海を超えて」を観る。
(原題は「タクシー運転手」 これでいいのでは、と思ったが
 マーティン・スコセッシ監督の「タクシー・ドライバー」を意識してのことか?)
光州事件を背景にしているが、私は詳しいことは知らなかった。
1980年の5月(ちょうど40年前)、民主化を求める人々のデモを
戒厳軍が弾圧する。
このことをドイツ人記者ピーターが取材しようとするが、戒厳令が出されていて
思うように動けない。
そこで10万ウォンを出し光州までの往復に、ソン・ガンホ演じる
タクシー運転手を雇うことになる。

至る所に検問があり、タクシー運転手はさっさと送り届けて残りの金を得ようとする。
この時の報道では、「スパイに扇動された学生が、5人の警察官を殺す」だった。
だが実際にタクシー運転手が目にしたのは、学生を含む民間人を情け容赦なく
殺傷する軍の姿だった。
実際の死者は、民間人(144人)、軍人(22人)、警察官(4人)。
(ウィキペディアによる)

現在、香港では「国家安全法」をめぐって、デモ隊を弾圧する警察官の姿が
連日報道されている。
このことを思い出させるような、あるいはそれ以上の虐待が、この映画では行われている。
仲間たちに命がけで助けられながら、タクシー運転手はドイツ人記者を何とかソウルに
送り届ける。

映画の最後の字幕には、次のように書かれている。

「ピーターが命がけで撮影した光州の真実は世界に報道され、
 軍部独裁の暴圧を知らしめるきっかけとなった」

タクシー運転手を演じるソン・ガンホ(「パラサイト 半地下の家族」に出ている)が
チャーミングで素晴らしい。
生身の彼にぐいぐい惹きつけられ、目が離せなかった。

歴史に対してごまかさずに直視する姿勢。
娯楽性を忘れずに大いに笑わせてくれる。
そして登場人物には、みな血が通っている。
こうした作品を作ることのできる韓国映画界とチャン・フン監督はすごい!




(画像はお借りしました)


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復活の日

2020-05-17 11:05:47 | ④映画、テレビ、ラジオ、動画
※5月19日の朝日新聞に、記者がフィッシングに遭ったという記事が載っていた。
これは少し前まで私に送りつけられてきたものと同じだった。
その日によって内容が少し違うが、アマゾンを騙ったもので、あなたの登録内容が違うので
下のURLからログインして契約内容を変更するよう求めるものだ。
そうしないとアカウントを削除します、と書かれているとあせってしまう。
すぐに正規のアマゾンに確認したところ、フィッシングであることが解った。
フィッシング(phishing)とは、電子メールやウェブサイトを装い、口座・暗証番号などを
不正に入手する詐欺手法をいう。(広辞苑より)

2日に1度メールが送られてきて、その都度、迷惑メールリストに登録し削除していたが、
あまりにも頻繁なのでセキュリティ会社に問い合わせた。
すると迷惑メール対策の受信レベルを【厳密】に変更した方がいいと言われた。
その後、全く入ってこなくなった。ウィルスはどんなウィルスも怖い!
詳しくは正規のアマゾンに載っています。
        ↓
https://www.amazon.co.jp/gp/help/customer/display.html?ie=UTF8&nodeId=201909120&ref_=hp_ss_qs_v2_phi


【厳密】にしてからはフィッシングメールがなかったが、昨日、上の文章をアップした後に
1通が送られていた。これではイタチごっこだ。
取り締まることは出来ないのだろうか。
メールの書き出しは、「親愛なるお客様」になっている。
こうした文体から、手掛かりが掴めそうな気がするが。


4月中旬に、「準備ができました」と図書館からメールがあった。
3月の中旬から図書館は閉鎖されていたが、予約した本だけは借りることができたのだ。
ところが後日取りに行ったところ、今日からすべて閉館になりましたとの張り紙があり、
6月30日まで借りることができなくなった。
石牟礼道子著『色のない虹』を楽しみにしていたのに・・・。
私は持病から古い本は読めない。
作家の方々には申し訳ないが、新刊を図書館から借りることにしている。
それが絶たれてしまうのはショックだ。
新聞に出ていたのだが、予約した本を配送してくれる自治体があるそうだ。
スマートレターなら1冊180円で送ることができる。
料金は自粛が解除された後ということで、希望者に送ってくれないだろうか。
せめて一人一冊だけでも・・・。どうぞよろしくお願いします。

追記
緊急事態宣言の解除を受けて、わが市の図書館で予約してある本は
受け取ることが出来るようになるという。有難いことだ。
(2020年5月27日 記)


そんなわけで映画ばかり観ている。
『山河ノスタルジア』では、離れて暮らす7歳の男の子と何年ぶりかで再会したお母さんの
次のセリフに胸を打たれた。シナリオが素晴らしい。

「なぜこの電車ゆっくりなの?」
「各駅停車だからよ」
「特急に乗ればいいのに」
「この方が長く一緒にいられるの」・・・

「電話が鳴った時はいつも緊張するの
 母さんに何かあったかと
   つらいものよ
 愛する人を心配するのは
   私思うの
 愛を知るためには
 痛みを感じるべきだと」        (引用ここまで)


『復活の日』を観る。
1964年に小松左京が書き下ろし、1980年に深作欣二監督で映画化されたものだ。
小松左京の作品は、以前、『日本沈没』を観たことがある。
観終わってから数年が経っても、居場所を失った日本人が難民となって
アジアを彷徨うシーンが脳裏に焼き付いて離れなかった。

この映画では、細菌兵器として開発された猛毒の新型ウィルスが盗まれる。
その後、飛行機事故でこのウィルスが世界中にまき散らされるのだ。
このウィルスは極低温下では生きられない。
その結果、南極にいた855人の男と8人の女が生き残る。
心に刻まれた言葉を引用させて頂きます。

「我々が見る最後の夕陽だろう
 ”もう少し時間があったら”
 マイヤー博士の最後の言葉だ
 人類はこの言葉を繰り返し
 そのたびに文明が滅びた
 歴史にはっきり記されている通りだ
 歴史を忘れた者だけが
 過誤(あやまち)をくり返す
」     (引用ここまで)

人間の驕りと愚かさが、これまで築き上げてきた世界を簡単に破壊してしまう。
今、観るべき映画だと思う。
この作品は、人間の愚かさと同時に生き延びる術を描いている。
だが1964年に書かれた小説とはいえ、強姦事件をきっかけにみんなで話し合って
決めたやり方に私は唖然とした。とうてい理解できるものではない。
これでは従軍慰安婦と同じではないか。
そしてそのことが、この映画を汚しているとすら思った。
これが人間の本性だと言いたかったのだろうか。

さらに引用させて頂きます。

「種の保存のために我々が問題にしているのは、人間の本能だ。
 人類滅亡の危機に際して、人間は種の繁栄を計ろうとする本能がある。
 855人対8人という不自然な環境では、1対1の男女関係は望み得ない。

 女性が人類の最も貴重な資源になったのです。
 1対1の関係は不可能だ。
 たとえ不本意でも1人以上の男性を引き受けなければならない。」 (引用ここまで)

そして次々と子どもが生まれる。






(画像はお借りしました)

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ドグラ・マグラ

2020-05-09 11:23:22 | ④映画、テレビ、ラジオ、動画
中野翠さんが、エッセイ 『あのころ、早稲田で』の中で、
夢野久作の小説『ドグラ・マグラ』を次のように書いている。
「それは私の人生を変えた一瞬となったーーと言っても過言ではないのだった」
彼女にこう言わせる小説は、と気になった。
1988年に松本俊夫監督で映画化されているので、DVDを借りて観ることにした。

松本俊夫監督は、1969年に新宿文化劇場(アートシアター新宿文化)で観た
『薔薇の葬列』の監督だ。
ピーター(池畑慎之介)のデビュー作で、大学に入りたての田舎娘には衝撃的だった。
記憶が曖昧だが、確か主人公が口紅をつけ、鏡の中の自分にキスをする場面を
うっすら覚えている。とても美しい映画だった。
当時、ATG(アートシアターギルド)は、他の映画会社とは一線を画し、非商業主義的な
芸術作品を制作・配給する映画会社だった。
新宿文化劇場で映画を観ることが、当時の私の憧れだったのだ。

松本監督は、70年代にこの『ドグラ・マグラ』を映画化しようと考えていたようだが、
会社が芸術から娯楽へと路線変更をし、「難しいのは無理」と映画化は叶わなかった。
そして1988年まで撮ることが出来なかったようだ。

この映画は、解る、解らない、売れる、売れないといったものを排し、
美のエッセンスだけで作られた映画だ。
松本監督は、映画の後のインタビューで、映画を作った動機を次のように語っている。
「大脳を優先するような、西洋的な価値観に対する疑問。
 大脳が機能不全に陥るような、
 知のシステムがぐらつく時に見えてくるものがある。
 合理的に融合しない世界、合理的な予測がことごとく裏切られる世界。」
と語っている。

私は論理的なことはよく解らないが、本物に身を委ねる心地よさがある。
『薔薇の葬列』がピーターなしには考えられなかったように、『ドグラ・マグラ』も
松田洋治なしには存在しない。

たっぷり芸術作品を味わい、観終わったあとが清々しかった。
それにしても当時は、映画『アポロンの地獄』といい、早稲田小劇場の白石加代子主演
『劇的なるものをめぐって』といい、いい作品があったとしみじみ思う。








(薔薇の葬列)



(劇的なるものをめぐって)



※演劇はその場で観られなかったら一生観られない、と思っていた。
 ところがケーブルテレビで「身毒丸(しんとくまる)」を観ることができた。
 1997年の作品で蜷川幸雄演出、白石加代子・藤原竜也主演。
 こんなラッキーなことはない。
 白石演じる継母との愛憎劇を演じた藤原は、この時15歳だったとは・・・。
 白石の狂気は健在で、藤原は男の色気を感じさせながら、
 それに十分に応えていた。 (2020年8月19日 記)


 


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