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謎に包まれた新しい病気

2023-09-13 17:11:29 | 健康・病気

2023年9月のメディカル・ミステリーです。

 

9月9日付 Washington Post 電子版

 

 

Medical Mysteries: He’s lucky his Iceland vacation ended in a hospital

メディカル・ミステリー:彼は幸運にもアイスランドへの休暇旅行が病院につながった

 

By Sandra G. Boodman,

 

(Bianca Bagnarelli for The Washington Post)

 

 Randolph H. Pherson(ランドルフ・H・ファーソン)さんは自身の健康のこととなるとその不確実さには慣れている。この元CIA 解析官は、ひどく重症で数時間後に4本のバイパス術を受けなければならなかった冠動脈疾患と診断されるまで、10数人の医師の診察と緊急室への受診を経るなどで5年を要した。

 その経験の衝撃から Pherson さんは、機密情報収集の能力を医療に適応しようとし、2020年に『How to Get the Right Diagnosis: 16 Tips for Navigating the Medical System(正しい診断を得る方法:医療システムをうまく進むための16のヒント)』というタイトルの本を出版した。

 

「アイスランドへ行ったことで私の命は救われました」Randolph H. Pherson さんはほとんどキャンセルするところだった旅行についてそう話す。(Courtesy of Randolph Pherson)

 

 しかし、自身の人生においては、Phersonさんの努力は成功と失敗の繰り返しだった。2014年の心臓手術から2週間後、Pherson さんに痛みを伴う発疹、急な発熱、さらに血球数の異常など様々な不可解な最初の症状が出現した。それからの7年間、多くの専門医を受診し50の疾患が除外されたものの診断が得られることはなかった。

 Pherson さんが重篤となり(アイスランドの)Reykjavik(レイキャビク)の病院に運ばれたのは 2021年9月のことで、偶然に集中的に現れた症状から何年ものあいだ彼を苦しめてきた稀な疾患の発見につながることとなったのは休暇旅行中のできごとだった。Pherson さんは、そこの医療チームにかかっていなければ未だに答えを探し続けていただろうと考えている。彼らによる包括的な精査、協力的アプローチ、そして National Institutes of Health(NIH1、米国国立衛生研究所)とのやりとりが2022年2月の確定診断につながったのである。

「アイスランドへ行ったことが私の命を救いました」Randolph H. Pherson さんは直前にあやうくキャンセルするところだった旅行についてそう話す。

 現在74歳の Pherson さんは国家安全保障のコンサルタントとして頻回に海外への旅行を続けている。北バージニアの自宅近くの医師と NIH の医師が、彼の複雑で予測不可能な疾患の管理を支持している。

 

Missing the mark 的を外す

 

 2009年、熱心なランナーだった Pherson さんは、間欠的に息切れを感じるようになった。初めの頃、心臓への血流を評価するために放射性トレーサーを用いる核医学心筋負荷検査の結果も参考にされ、医師は彼の心臓は健康であると彼に断言した。そのため注意は彼の肺に向けられ、Pherson さんは喘息として治療された。数年間、彼にはほぼ10種類以上の薬が繰り返し用いられ、多くの医師を受診、その多くはアレルギー専門医だったが、彼の息切れは長引いていた。

 Pherson さんが1ブロックも歩くことがむずかしくなったため家庭医が ER を受診するよう助言し、はじめて冠動脈の4ヶ所に狭窄があることが発見された。緊急で4本のバイパス手術が行われたあと、Pherson さんは、複数の動脈が実質的に同じように血流が障害されたために負荷検査で偽陰性となりうる balanced ischemia(心筋全体が均等に虚血に陥る状態)と呼ばれる稀な状態であったことから、何年も前の時点で誤診されていたことを知った。Pherson さんは、各動脈が80~90%の狭窄を起こしていたと知らされた。

 バイパス手術の2週間後、Pherson さんは両側の下肢に強い痒みを伴う発疹が出現、数日続いたがその後消失した。何年間かその発疹は周期的に再発したが、みられたのは下肢のみだった。しかしその後、それは痛みを伴う50セント硬貨大の紅斑に変化、全身に広がり、数週間続くことも時々あった。

 2021年、Pherson さんは新たな症状に悩まされた:それは一日の後半に華氏101~102度(38.3~38.9℃)の周期的な発熱で、足、手首、あるいは肩など様々な関節の突然の疼痛に加えて悪寒がみられ、数日間続いた。折に触れ、医師らは、症状が Pherson さんの飲んでいる薬に対する反応、あるいは特定されていない疾患の徴候を反映しているか否かの究明に努めた。

 次第に血液検査ではただならぬ何らかの異常が示唆された。Pherson さんは貧血で、白血球数が増加しており、時には、正常の10倍に達しており、hypereosinophilia(好酸球増加症)と呼ばれる状態だった。そして彼の顔色は蒼白となっていた。

 

Randolph H. Pherson さんと彼の家族:Richie Pherson(リッチー・ファーソン)さん(左)、Kathy Pherson (キャシー・ファーソン)さん、Amanda Pherson(アマンダ・ファーソン)さん、そしてMichael Pederson さん(マイケル・ペダーソン)さん(Courtesy of Randolph Pherson)

 

 海外への旅行の合間、彼は、アレルギー専門医、皮膚科医、胃腸科医、耳咽喉科医、リウマチ専門医、腫瘍専門医、そして“wellness”practitioner(健康管理医)などの医師を受診した。検査で偶然膵嚢胞が見つかり、良性とみられたが、悪性の可能性に備えて定期的観察が必要とされた。

 Pherson さんが自身の著書で推奨していた戦略は、準備して来ること、メモをとること、質問をすること、医師との間に“active pertnerships(積極的相互関係)”を築くことだったが、いずれも彼をずっといい方向へ導いてくれることはなかったようである。

 彼の病状に対する総体的な見方より「何の薬を処方すべきかという点に注意が向けられていたようでした」と Pherson さんは言う。彼が受診した専門医たちは、それぞれの領域には通じていたが、しばしば他の専門領域の医師あるいは彼本人との間で十分意思疎通ができていなかった。

 いつものように仕事をすることが慰めになっていた。「私は大変予定が詰まっていました。常に進行中のタスクが20はありました」と Pherson さんは言う。

 2021年9月、彼と妻の Katherine(キャサリン)さん、そして8人の友人たち―その中には引退した手の外科医と看護師がいた―はアイスランドへ行く予定になっていた。その休暇旅行は新型コロナによる制限で2度延期となっていた。Phersonさんは100ヶ国目となるその旅行を特に楽しみにしていた。

 しかし出発の1週間前、増悪する息切れを心配した彼は二の足を踏み、彼を治療してきた2人の専門医を受診した。医師らは話し合って、彼が旅行に行くべきだと考えているかどうか知らせてくれるはずだった。しかし Pherson さん(よると彼らのどちらからも連絡はなかったという。「私は彼らを見限りました」そして私はこう言いました「アイスランドにも病院はある。行っちゃおう」と。

 

Meltdown in Iceland アイスランドでメルトダウン(崩壊)

 

 最初の5日間、Pherson さんは、発熱、右手の腫れと痛み、および息切れに苦しんだ。9月30日、火山の頂上までの登山中にほとんど意識を失いかけたためレイキャビクにある Landspitali University Hospital(ランズピタリ大学病院)のERに行った。そこで彼はリウマチ専門医と心臓専門医の診察を受け、ただちに入院した。

 Pherson さんの熱は104度(40℃)まで急上昇し、ひどい脱力を来たしたので腕を持ち上げることができなかった。医師らは疑われた肺炎に対して抗菌薬と経静脈的解熱薬によって治療した。

 しかし彼の呼吸状態と腎機能は増悪、検査により心臓を取り巻く組織の炎症である心膜炎に加えて、右心不全、肺の血栓、および慢性の貧血があり、後者に対しては輸血を受けることになった。有痛性のびらんが足首と手に出現した。18日間の入院中のある時点で Pherson さんは hypertensive crisis(高血圧性クリーゼ)となり、血圧が突然 207/112 まで上昇した。

 「私は崩壊しかけていました」と Pherson さんは思い起こす。彼は医師の一人から、もし治療を求めなかったら恐らく月末までに死んでいただろうと言われた。

 一人のリウマチ専門医は Pherson さんが vasculitis(血管炎)の一型ではないかと考えた。これは、血管の炎症を起こす稀な一群の疾患で、一般に50歳以上の人が罹患する。彼は高用量のステロイドの内服を開始した。反応は急速だった:Pherson さんの熱は下がり、手の腫れも劇的に改善した。

 時を同じくして、彼のバージニアの皮膚科医から、彼が旅行に出発する前に行われた皮膚生検で血管炎が示唆されるようだと報告があった。アイスランドで行われた動脈生検の結果に基づいて、医師らは giant cell arteritis(巨細胞性動脈炎)を疑った。これは頭部内外や頭皮に炎症を来す。しかし Pherson さんの他の症状は、しばしば頭部の痛みや失明を引き起こす同疾患に一致しないようだった。

 非常に幸運なことに、Pherson さんを診ていたレイキャビクの医療チームには、NIH の National Institute of Arteritis and Musculoskeletal and Skin Dieseases(国立関節炎および筋骨格および皮膚疾患研究所)の血管炎トランスレーショナル・リサーチ・プログラムの責任者である Peter Grayson(ピーター・グレイソン)氏の長年の友人であるリウマチ専門医 Gunnar Tomasson(グンナー・トマソン)氏がいた。二人はボストンの同じフェローシップ・プログラムでトレーニングを受けていた。

 Tomasson 氏は Pherson さんが D.C. 地区に住んでいるのを知り、彼が、新たに発見された稀な自己免疫疾患である VEXAS syndrome(VEXAS 症候群、ヴェクサス症候群)に罹患しているのではないかと考えた。本疾患は New England Journal of Medicine(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン)の2020年12月の論文に初めて記載されていた。Grayson 氏は VEXAS を発見した国際チームに関与しており、NIH は当時、本疾患を診断するの必要な遺伝子配列解析を行うことのできる米国で唯一の施設だった。Tomasson 氏は Grayson 氏に Eメールを送ったところ彼は Pherson さんのケースに興味を示した。というのも、Pherson さんのケースでは hypereoshinophilia(好酸球増多症)を含め、VEXAS の患者では普通みられないいくつかの特徴があったからである。

 疾患の臨床的特徴に基づいた頭字語である VEXAS(詳細は後述)は X 染色体に位置する UBA1 遺伝子の変異によって起こる:この遺伝子変異は遺伝によるものではなく後天的なもので、そのため子孫に伝えられることはない。何がこの変異を引き起こすのかはわかっていない。

 男性はX 染色体が一本しかないため、女性に比べはるかに高頻度に VEXAS を発症しやすく、同疾患は 50歳より前にみられることはまれである。血管炎が本疾患の最初に見られる症状の一つとなりうるが、皮膚の発疹や原因不明の発熱も特徴的である。患者はまた進行性の骨髄機能不全を起こし、輸血が必要となる。これまでに100人以上がこの炎症性疾患と診断されている。VEXAS は50歳以上の男性のおよそ4,000人に一人が罹患すると推定されている。

 「これはありふれた状況に潜む疾患であると考えています」と Grayson 氏は言う。「私たちはこれが生命にかかわる病気であることを知っています。症状の発現からの平均生存期間はおよそ10年です」。NIH では、骨髄移植が VEXAS の治療となりうるかどうかを決定する臨床研究を行っている。期待されるのは移植が疾患を起こしている遺伝子を不活化もしくは排除して免疫系をリセットできるかもしれないということである。ただしこの臨床試験は他の治療に反応しなかった患者に限定されている。

 

Coming home 自宅に戻る

 

 2021年10月19日、入院中より顕著に体力は回復したが、彼の血栓症や心臓の問題により民間航空を利用できないため Pherson さんはレイキャビクから Dulles International Airport(ダラス国際空港)まで救急輸送機を利用した。そこから彼は Inova Fairfax Hospital(イノバ・フェアファックス病院)まで移送されそこで一週間過ごした。その入院中に医師は血液を採取、検査のために NIH に送られた。

 2022年2月、Pherson さんは自身が VEXAS であることを知らされた。「それはいくらか不安の軽減になりました」と彼は思い起こす。ついに彼は7年間の混乱させられた症状の説明が得られたわけだが、彼の余命が短くなるかもしれないこと意味していたので「若干心配でした」と付け加えて言う。

 Pherson さんは、疾患をコントロールするためステロイドと他の免疫抑制薬を内服しているが、彼の病気は周期的に再発し、2021年以降も3回の入院を要した。しかし彼は仕事を続けており、頻回に旅行している。「私は70%から90%へと生産性が増えました」と Pherson さんは言う。「私は非常に冷静でいます…私はこれ以上できないというところまで、できることをただやり続けていきます」

 彼と Grayson 氏は、特に医師の間で本疾患の認知度を増したいと考えている。

 「VEXASについて聞いたことのある医師にはこれまで一度もお目にかかっていません」と Pherson さんは言う。彼はNIH での2つの臨床研究に登録されている。「私たちは情報を発信する必要があるのです」

 Grayson 氏も同意見である。「私がどこで医学症例検討会を開いても、必ず聴衆の中の医師の頭には閃くものがあるのです」と彼は言う。「もしあなたがリウマチ専門医、または皮膚科専門医、あるいは血液専門医で、VEXAS について聞いたことがなければ、いくらか学ぶことが求められます。このような患者があなたのクリニックにおられるのですから」

 

 

VEXAS症候群についての詳細は以下のサイトを

ご参照いただきたい。

マイナビ 2025

 

2020年、米国 New York University Grossman School of Medicine

(ニューヨーク大学グロスマン医学部)の生化学部・分子薬理学部の

David Beck氏らは新たな自己免疫疾患として VEXAS 症候群を

有名な医学雑誌、『Journal of the American Medical Association(JAMA)』に

報告した。

VEXAS症候群の名称は、

同疾患が特定された際に認められた患者の臨床的な特徴から取られ、

Vacuoles(空胞)、E1 enzyme(E1酵素)、X-linked(X連鎖性)、

Autoinflammatory(自己炎症性)、Somatic(体細胞性)の頭文字を

組み合わせたものである。

空胞とは骨髄細胞にみられる空胞変性のことである。

本症候群は多くは高齢男性に発症する自己炎症性疾患で,

炎症に起因する発熱や関節炎、軟骨炎、血管炎、皮膚病変、肺病変を

特徴とし、骨髄細胞の変性から血液検査の異常(血球減少)をみるなど

多彩な臨床像を呈する。

このため、結節性多発動脈炎、巨細胞性動脈炎、再発性多発軟骨炎、

Sweet症候群,骨髄異形成症候群(MDS)といった既存の疾患に

本症候群が隠れている可能性がある。

本人男性の再発性多発軟骨炎症例の 73%にUBA1 変異が

確認されたとする報告もあり、他疾患と診断されている症例の中に

本症候群が埋もれている可能性がある。

たとえば皮膚病変を伴う軟骨炎症例をみたら本症候群を疑い

骨髄検査を施行することが推奨されている。

 

米国におけるVEXAS症候群の推定罹患者数は15,000人以上に上り、

その有病率は、さまざまなタイプのリウマチ性疾患の有病率よりも

高いとみられている。

本症候群は、X染色体上のUBA1遺伝子に後天的に生じた変異により

引き起こされることが明らかにされている。

この遺伝子はたんぱく質の翻訳後修飾過程の一種であるユビキチン化を

開始させるユビキチン化活性酵素(E1酵素)をコードしている。

同遺伝子の変異は、50歳以上の男性の4,269人に1人、

50歳以上の女性の26,238人に1人にみられると推定されることから

推定罹患者数は男性約1万3,200人、女性約2,300人と算出された。

この結果に基づき、米国では、特に男性の間では本症候群は

決して稀な疾患ではないと考えられることとなっている。

また男性では本症候群による死亡率も高く、Beck 氏らによると

患者の半数は、診断から5年以内に死亡するという。

以上の事実から、彼らは持続的で原因不明の炎症や血球数減少が

認められる患者に出会った際には、鑑別診断に本症候群も

加える必要があると主張している。

なお、研究グループによると、本症候群の症状の治療においては、

高用量のステロイド、JAK阻害薬、骨髄移植が有用である

可能性があるという。

 

どうやら既存の疾患概念を覆すような新たな症候群のようである。

この先、本症候群の他にも、まだまだ埋もれた真の病態が掘り起こされる

可能性があるのかも知れない。

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