MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

謎の腹痛、謎に包まれた原因

2020-10-30 20:55:19 | 健康・病気

10月のメディカル・ミステリーです。

 

10月24日付 Washington Post 電子版

 

Stomach pain was ruining her life. Then a scan provided a life-changing clue.

彼女の生活は腹痛で台無しにされていた。しかしある検査によって人生を変える手がかりが得られた。

 

By Sandra G. Boodman,

 悪化していく痛みと6年間闘ってきた Olivia I. Bland(オリビア・I・ブランド)さんは、病気で欠勤したり、運動教室を休んだり、友人たちとのディナーをドタキャンしたりする理由を人に説明することをやめた。

 「トイレに行きたいのだと人に話すことが恥ずかしく、うんざりしていたのです」現在37歳になる、Albuquerque(ニューメキシコ州アルバカーキ)の会計士は言う。2012年から2018年にかけて、彼女はかかりつけ医を受診し、ひどい腹痛のときには緊急ケア・センターや緊急室を8回訪れた。Bland さんはさらに、激しい倦怠感とともに、夕方には解熱する微熱に見舞われた。「私は午後9時30分に2杯のコーヒーを飲み干し、10時までにはぐっすりと寝付くことができたのですが」と彼女は思い起こすが、その10時間後、目を覚ますと再びぐったりとしていたという。

 彼女のかかりつけの内科医は“バランスの取れた食事をする”よう助言した。あるリウマチ専門医は何も問題を見出すことができないあげく、二度と彼女を診察したくないと彼女に告げた。

 

アルバカーキに住む 37歳の Olivia Bland さんは6年間、増悪する腹痛に苦しめられたが、その痛みには驚くべき原因が潜んでいた。彼女は2019年に手術を受け成功した。

 

 しかし2018年7月、Bland さんの最近行われたCT検査を見直したある放射線科医が、それまで見逃されていたとみられる2つの問題箇所に気づいた。しかし効果的な治療法への苦難の道はさらに一年ほど続く。

 「毎日目を覚ますと痛みのことを考えています」最近、Blandさんはそう語り、それが消失したことに驚きを隠さない。「今それがどれくらい前と違っているか、言葉では表現できません」

 

Doubled over 身体を捻じ曲げて

 

 Blandさんの消化器系は長らく繊細だった。18歳のとき、彼女は irritable bowel syndrome(過敏性腸症候群)と診断された。これは下痢や腹部膨満などの症状を含む包括的診断名である。しかし、最初の子が生まれて2年後の 2012年に始まった下腹部の痛みはそれまでとは違っていた。それは、鈍い痛みと、虫垂炎でないかと心配になるほどの鋭い痛みとの間で変化した。通常は彼女は痛みに対してあまり多く注意を払わなない人間だった:彼女は痛みの閾値が高く、鎮痛薬を使用することなく2度の出産ができたほどである。

 かかりつけの内科医は腹部CT検査を行ったが正常だった。そのうち腹痛は消失した。しかし2人目の子供が生まれて1年後の2014年までに、痛みが再び毎月起こるようになり、数日から一週間の範囲で持続した。市販の鎮痛薬を最大量内服しても効果はなく、Blandさんは緊急ケアセンターやERを受診したが、毎回医師らには原因がわからなかった。

 2017年3月、Blandさんはかかりつけの内科医を受診したが、その医師は素っ気なく「女性には皆、腹痛があるものよ」と言って胃酸逆流を治療する薬を処方したと、Bland さんは言う。Blandさんが、この痛みは逆流ではないと反論すると、その医師は彼女に、「バランスの良い食事をしなさい」と言い捨てて部屋を出て行ったという。

 次に彼女が相談したのは、最初の子供の分娩を担当した看護助産師だった。彼女は endometrial ablation(子宮内膜アブレーション)を勧めた。これは、通常、過多月経の治療に行われる手技で、その看護師によると、ひどい腹痛のある女性でこの治療が有効であった人がいたという。Blandさんはこの治療を予定したが、効果が得られない可能性があることを心配してキャンセルした。

 11月、かつて炎症や疼痛を引き起こす自己免疫疾患である lupus(ループス)の疑いで受診したことがあったリウマチ専門医を再度受診してみた。彼女は自身の疲れやすさを証明するために診察に夫の Jeff(ジェフ)を連れて行った。Blandさんはさらに、活動性の低下を起こしうる甲状腺機能低下が検査で明らかになるのではないかと強く思った;両親と妹が甲状腺疾患で治療を受けていたからである。

 Blandさんにはループスも甲状腺機能低下もないことをそのリウマチ専門医から告げられると彼女は泣き出した。

 「彼は私を見てこう言いました。『血液検査が正常だったから泣いているの?』」そう、彼女は思い起こす。「自分がどんなにおかしく見えたのかわかっていましたが、やはり検査が陰性だったという結果に対応できなかったのです」

 彼からの抗うつ薬の提案を断ったところ、経過に変化がない限りもはや彼女を診察しないとその医師は告げた。

 しかし、それらの症状はさらに頻回に起こり始めており、Blandさんの家庭生活に影響が及んでいた。「誕生日、母の日、そしてクリスマスごとに、夫は、私の欲しいものを聞いてくれていましたが、私は泣き崩れて『私はただ寝たいだけ、それだけ!24時間寝ていたいの!』と言いました」

 Charade のゲーム(ジェスチャー・ゲーム)のさなか、私の幼い息子は、小さな歩幅で前かがみになって歩くキャラクターを表現した。不正解の答えがひとしきり寄せられたあと、7歳のその子は興奮して口を滑らせてしまった。「ママ、です!」Blandさんは涙を必死でこらえていたのを思い出す。「私はまさに最悪の気分でした。私は子供たちからそんな風に見られていたということですから」

 2018年、別の協力的な内科医が大腸内視鏡検査を依頼し、celiac disease(セリアック病)の検査をオーダーした。この病気は、グルテンを摂取することによって引き起こされる、よくみられる自己免疫疾患である。さらに潰瘍を起こす細菌である H pylori(ヘリコバクターピロリ)の検査も行った。しかしすべて正常だった。Bland さんによると、そのころから自身の精神的健康に疑問を持ち始めたという。

 「私は他人からの注目を必要としていたの?実は私はいいかげんな人間だった?私は、他のみんなが考えているような人間なのではないかと思い始めていました。すなわち、自分の子供たちと遊ぼうとしない嫌な人間、心気症患者なのではないかと」

 2018年7月、痛みが背部に移動したため Bland さんは腎結石ではないかと考えた。彼女の内科医が尿検査を行うと尿中に血液が検出された。その医師は彼女の腹部と骨盤部のCT検査をオーダーした。Blandさんは過去に同じ検査を受けていたが、今回の検査は彼女の人生を変えるものとなる。

 

'Sign me up!' 「私を予定に入れて!」

 

 そのCT検査で、時に相互に関連することのある2つの病態が Blandさんに存在するように見えた:pelvic congestion syndrome(骨盤内うっ血症候群)と、さらにまれな nutcracker syndrome(ナットクラッカー症候群=くるみ割り症候群)である。Pelvic congestion syndrome症候群は、怒張した静脈が卵巣周囲に発生するもので、しばしば妊娠中あるいは妊娠後に発症する。これらの静脈は拡張し、血液がうっ滞し著しい痛みを生ずる。

 Pelvic congestion は nutcracker syndrome が存在する可能性を示唆する。この病態は左腎臓によって濾過された血液を運ぶ左腎静脈が圧迫され血流が障害される。Nutcracker syndrome は男性にもみられることがあるが、しばしば何ら症状を起こさないこともある。しかし、一部のケースでは、50年以上前に初めて記載されたあまりよくわかっていない loin pain hematuria syndrome(腰痛血尿症候群)と呼ばれる血尿とひどい腹痛を引き起こす病態に移行することがある。

 「『これはこれまでで最善のニュース』みたいな感じでした」と Bland さんは思い起こす。6年経って彼女はようやく答えを得たのである。彼女が狂っていたのではなかったのだ。

 彼女の内科医は婦人科医に紹介したがどのように治療すべきかわからなかった。そのため、この診断を下したインターベンショナル・ラジオロジスト(カテーテル治療放射線科医)を受診した。彼は塞栓術、すなわち、血液がうっ滞するのを防止するために卵巣静脈にコイルを留置する手技を含む治療法を提案した。しかし、この治療法では彼女の nutcracker syndrome の症状を悪化させる可能性があると彼は警告した。

 Blandさんは当初怯むことはなかった。「もし、ただちに自分の小指を切り落とす必要があり、それで痛みがなくなると言われたら、それをするでしょう!」彼にそう話したことを覚えている。「私を予定に入れてください!」

 しかし治療の予定を決めて間もなく彼女は二の足を踏んだ。彼女の家族の反対があった。さらにその放射線科医が脳での塞栓術しか行ったことがなかったのである。さらに nutcracker syndrome 患者の支援グループのウェブサイト上にあった明確な警告を目にした彼女はこの治療をキャンセルした。

 オンラインで彼女は nutcracker syndromeあるいは loin pain hematuia syndrome によって引き起こされた痛みを治療するために、自己腎移植手術を受けた女性を知った。大手術となる自己腎移植は、問題を起こしている腎臓と、腎臓から膀胱へ尿を運ぶ管である尿管を一旦摘除し、反対側にそれを移動させるものである。本手術では臓器拒絶反応のリスクはない。麻酔薬の注射など、より低侵襲な治療選択が使い尽くされた患者には適している。

 そんな時、ある名前が何度も思い浮かんだ:ウィスコンシン州 Madison にある the University of Wisconsin(UW, ウィスコンシン大学)の草分け的な移植外科医 Hans Sollinger(ハンス・ソリンジャー)氏である。

 2018年9月、Blandさんは Sollinger氏に連絡を取った。彼はその後引退し、現在は名誉教授となっている。UWの移植コーディネーターとの接見や、彼女の記録の検証が行われた後、Blandさんは prerequisite test(前もって必要なテスト)を受ける必要があると告げられた。この検査は、Sollinger 氏と彼の仲間たちが、どのような患者が移植によって利益を受けられるかを決定するために開発したものである。

 この検査には尿管への局所麻酔薬の注入が含まれる。これにより少なくとも12時間無痛状態が続く患者は移植手術の対象とみなされる。Sollinger氏のeメールによると、腰痛血尿症候群は繰り返す spasm(痙縮)によって痛みが生ずる、すなわち尿管に由来すると考えられており、その痛みを彼は『持続的に腎結石が通過しているような状態』と例えている。

 Blandさんはニューメキシコ州の3人の外科医に電話をかけたが、いずれもこの検査を行うことを拒んだ。しかも、彼女はさらに大きな障害に直面した:彼女の保険が州外での治療をカバーしなかったのだ。また、彼女を支える夫はフェイスブック上の根拠のない情報に基づいて手術に突き進む彼女を心配し反対した。

 一ヶ月後、この夫婦は Sollinger 氏の部下の一人だった移植外科医 Robert RedfieldⅢ(ロバート・レッドフィールドⅢ)と電話で話した。(Redfield 氏は最近 University of Pennsylvania [ペンシルベニア大学] の

 「私たちは彼に多くの質問をしました」と Bland さんは言う。「それから彼は夫と話したいと言いました。彼は『彼女をあきらめないでください、そしてあなたたちの結婚生活もあきらめないで。私たちは彼女の力になることができます』」

 「それは大きな形勢変化でした」と彼女は言う。数か月後、自由に保険申し込みできる期間となったため、Bland さんの夫は州外での治療をカバーするプランに彼らの保険を切り替えた。

 

Game change 形勢変化

 

 Redfield 氏によると、結婚生活やその他の人間関係がぎくしゃくする移植候補の患者の配偶者としばしば話をするという。「患者が、ずっと続いてきた症状のために、重大な心理的影響がもたらされるのはめずらしいことではありません」と彼は言う。Bland さんの痛みは「確かに彼女の quality of life(QOL:生活の質)に重大な影響を及ぼしていました」

 Redfield 氏によると、過去4年間で Wisconsin チームは200人の患者を診断し、約80例に自己腎移植を行ったという。「おそらく患者の80パーセントで痛みの完全に近い解消が得られています」と彼は言う。

 麻薬に頼っている人たちもいる。彼らの中には Dilaudid(ジラウジッド、一般名ヒドロモルフォン)の持続注射を受けている十代の若者もいた。移植術後、彼女の痛みは消失し、麻薬の必要もなくなったと Redfield 氏は言う。

 「問題となるのは、果たして移植手術で彼らのQOLを向上させることができるか?そしてリスク・ベネフィットの比率が手術を正当化できるのか?」そう彼は問いつつ、いまだ研究が十分でないことから腰痛血尿症候群については不確定要素にあふれている点を指摘する。「その病態生理学について学ばなければならないことがまだまだたくさんあります」

 2019年5月、Blandさんは術前検査を受けるため Madison に飛んだ。彼女の痛みは24時間以上消失した:次の日、彼女の36歳の誕生日に Redfield 氏から彼女が移植手術の対象者になると告げられた。

 「それはこれまでで最高の誕生日プレゼントでした」と彼女は思い起こす。彼女の保険会社は当初、この手術をカバーするのを拒否したが、UV Health からの要請によって方針を転換した。

 2019年7月に予定された Bland さんの手術までの2ヶ月間はほとんど耐えがたいものだった。80%の時間は動くことができず、「Redfield 医師が私に電話をかけてきて、やっぱり私は手術の対象者にはならないと考えていると言うのではないか」と不安だったという。

 Redfield氏によって行われた7時間の手術の後、6日間入院し、その後11日間は近隣の移植患者のための宿泊施設で過ごした。完全回復までは約9ヶ月を要した。その後 Bland さんの腹痛、極度の疲労、および発熱は消失し再発はみられていない。

 「Redfield 医師と彼のチームにどれほど感謝しているか言葉にすることができません。彼らが私を救ってくれたのです」そう Bland さんは言う。

 

 

今回の病気には複雑な病態が絡み合っているようなので

本文中に出てきた疾患について一つずつ簡単に解説する。

 

pelvic congestion syndrome(骨盤内うっ血症候群)

MSDマニュアルより

 

骨盤内うっ血症候群は慢性骨盤痛の一般的な原因である。

静脈瘤および静脈不全は卵巣静脈でよくみられるが、

しばしば無症候性である。

一部の女性で症状がみられるが、その機序は不明である。

妊娠後に骨盤痛が生じることが多い。

痛みはその後の妊娠のたびに悪化する傾向がある。

典型的には痛みは鈍痛だが,鋭い痛みやまたは拍動性のこともある。

1日の終わり(長時間座位または立位をとった後)に悪化し、

横になることで緩和する。

痛みは性交によっても悪化する。

腰痛や下肢の痛み、異常な月経出血を伴うことがしばしばある。

診断には痛みが6ヶ月を超えて存在することと

診察時の卵巣圧痛が重要。

超音波検査が行われるが臥位では静脈瘤が描出されないことがある。

骨盤内静脈瘤を確定するために静脈造影、CT、MRIが行われる。

骨盤痛が高度で,かつ原因が同定されない場合は,腹腔鏡検査を行う。

非ステロイド系抗炎症薬で対応するが、無効で痛みが強い場合には

塞栓術や硬化療法を考慮する。

 

 

nutcracker syndrome(ナットクラッカー症候群、くるみ割り症候群)

時事メディカルより

左側の腎臓からの血液は左腎静脈を介して下大静脈に合流するが、

この左腎静脈は腹部大動脈と上腸間膜動脈の間に挟まれるように

走行しているため、内臓脂肪が少ない人や血管の位置の個人差によって

圧迫を受け血液が流れにくくなることがある。

これにより腎臓側の静脈の圧が上昇し、左腎臓の細い血管が破れると

血尿となる。蛋白尿がみられたり腰の痛みが生ずることがある。

 

 

 

 

loin pain hematuria syndromeLHPS, 腰痛血尿症候群)

論文:Clin Kidney J. 2016 Feb; 9(1): 128–134 より

LHPSは1967年に初めて報告された稀な疼痛疾患で

いまだその病態は十分に解明されていない。

この症候群は、肉眼的あるいは顕微鏡的血尿を伴う

間欠的あるいは持続的な強い側腹部痛が一側あるいは両側に

みられるのが特徴である。

LPHSの発症頻度は約 0.012%ときわめてまれである。

患者の大半は若い女性であり、70%を占めるとの報告もある。

多くは30歳までに症状が出現する。

自然経過については十分な記載はないが自然寛解もあると

考えられている。

また LPHS自体が二次的な腎障害を起こしたり、

死亡率を上昇させたりすることはないことが知られている。

しかし繰り返す痛みは患者に深刻な不快を起こし、

日常生活活動に多くの制限をもたらしうる。

LHPSは基本的に除外診断で診断され、

これまでいくつかの診断基準が提唱されているものの、

いまだコンセンサスの得られた有効な診断基準はない。

LPHSの病態生理学に関していくつかの機序が提唱されているが、

実際に病因が特定されていない状況のため

治療は対症的なものとなっている。

LHPSに対する治療法は、消炎鎮痛薬による鎮痛、

麻薬による鎮痛、さらには自己腎移植など様々である。

その中でも自己腎移植は有望な結果をもたらしているようだが、

LPHSの治療としては保存的手段がまずは用いられるべきである。

本文中にあったように、

外科的治療のリスクとベネフィットは慎重に検討され、

保存的代替治療と厳格に比較されるべきであり、

それぞれの患者が個別に評価されなければならない。

この先、本症候群の確実な病態生理学、診断法、治療法を

決定するためには、より多くの基礎科学研究と

対照比較臨床研究が行われる必要がある。

 

 

いずれの疾患も、明確な原因が明らかになっていない謎の多い

病態のようである。

当然診断も難しくなるとみられるが、

患者の苦痛を少しでも早く取り除いてあげる治療が望まれる。

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体中に不気味に広がっていく痛み

2020-10-01 13:33:39 | 健康・病気

10月になりましたが、9月のメディカル・ミステリーです。

 

9月26日付 Washington Post 電子版

 

The pain gripped his left ankle. Within months, it ominously began to spread.

その痛みはまず彼の左の足首を襲った。その後数ヶ月のうちに不気味に広がり始めた。

 

By Sandra G. Boodman,

 Ram Gajavelli(ラム・ガジャヴェリ)さんは 42歳になったとき心に誓っていた:自身の健康にはもっと気を付けようと。

 しかし定期的な運動を始めて2、3か月後の 2017年8月、このソフトエンジニアの左足首に腫れと痛みがみられるようになったが、彼には足首を怪我した覚えはなかった。

 それから18ヶ月にわたって、その痛みは背中、両肩、および両足に広がった。その一方で、6ヶ月前までは正常とみられていた数本の歯が虫歯に侵された。

 Gajavelliさんを診た医師らには、内科医、リウマチ専門医、足治療医、神経内科医、そして整形外科医2人がいたが、諸検査でも根底にある原因を解明できなかったため誰もが当惑した。ある理学療法士は、問題は彼の頭の中にあるのではないかとも考えた。

フィラデルフィア地区でソフトウェアエンジニアをしている Ram Gajavelli さんはインドの専門医を受診し、正体不明の痛みを起こしている原因の解明に手を貸してもらった。

 

 追い詰められた Gajavelli さんは、フィラデルフィア近郊に住んでいたが、8,000マイル以上も離れた彼の故国インドの専門医を頼った。親戚に会うため一週間滞在していた間に彼は二人の専門医を受診したが、そのうちの一人が極めて重要となる検査をオーダーした。

 「早い段階から、彼の症状には何か普通でないところがありました」彼がインドから戻って数週後に診断を下した University of Pennsylvania(ペンシルベニア大学)の内分泌専門医 Mona Al Mukaddam(モナ・アル・ムカダム)氏は言う。「もし誰かが実際に彼の病歴を取り、(彼のケースにおける)すべての要素を見ていれば、それほど長くかかることはなかったでしょう」

 

A puzzling stress fracture 不可解なストレス骨折

 

 左足首の痛みは最初は軽度だった。Gajavelliさんによると、運動のために定期的に歩き続け、民間療法を試し、痛みを和らげるために、ストレッチや温熱療法も行ったという。しかし、10月に、息子とちょっとしたハイキングに行ったあと足首が腫れたため整形外科医を受診した。X線検査では何もみられなかったが、MRI検査でストレス骨折の可能性が指摘された。

 医師は Gajavelli さんに歩行用ブーツを履くように指示した。しかし 8週間後、彼の足首は依然として痛かった。そして2度目のX線検査でも変化はみられなかった。

 「なぜ私がストレス骨折に?」そう疑問に思ったことを Gajavelli さんは覚えている。「医師は私に、唯一のできることは悪くならないようにすることだと言いました」

 2ヶ月ほど様子をみたあと Gajavelli さんは足関節の専門医である2人目の整形外科医を受診した。「彼は何も診察せず、『おそらくあなたは治癒に時間がかかる人たちの一人にすぎません』と言った以外何も説明しませんでした」そう Gajavelli は思い出す。血液検査では骨を作るビタミンDの数値が正常だったため、彼に理学療法の指示が出された。

 一定の理学療法により彼の足首の痛みは和らいだが、一時的に過ぎなかった。5月までに、その痛みは右膝から腰背部に移動していた。一ヶ月後、彼の metatarsals(中足骨:バランスを保ち、体重を分散させる複数の足の骨)が痛み始めた。それから痛みは彼の両肩に移行した。肩の症状は、おそらく自宅での彼の階段の上り方によって引き起こされているのであろうと Gajavelli さんは考えた。痛む足首に体重をかけないよう、Gajavelli さんは手を前に差し出して手すりを掴み、身体を引き上げていたからである。

 やがて、横になったり、座位から立ち上がったりすると痛みを感じるようになった。

 かかりつけの内科医は Lyme disease(ライム病)を疑ったが検査は陰性だった。またリウマチ専門医からオーダーされた血液検査では問題はなかった。さらに神経内科医は electromyography(EMG:筋電図)を行った。これは神経筋疾患を同定する検査である。しかしこれもまた正常だった。

 Gajavelli さんが受診した足治療医は彼の足に異常を見つけることはできなかった。彼は Gajavelli さんに、詰め物の入った異なるブランドの靴を履くよう勧めたが、これも一時的な効果しかなかった。

 2018年11月までに、つま先で歩いたり、堅木張りの床の上に立つことが極度に辛くなっていた。右側の肋骨の痛みが強かったので Gajavelli さんはリクライニングチェアで寝るようにしていた。彼は処方用量の ibuprofen(イブプロフェン)を頼りに、日中を、そして夜間も、何とか乗り切っていた。

 かかりつけの歯科への12月の定期受診のとき、歯科医は2本の親知らずに著明な虫歯をみつけ驚いた:そのうち一本は文字通り崩壊していた。6ヶ月前には彼の歯は正常だったからである。抜歯目的で彼は Gajavelli さんを口腔外科医に紹介した。他の症状と同じように、彼の突然の歯牙の悪化の原因は不明だった。

 「私は苛立っていました」そう Gajavelli さんは思い出す。「しかし医師らが何も見つけることができなかったことで逆に私は安心していたのです」

 2019年1月、彼は足関節の専門医を再び受診した。彼によると、その整形外科医は変化がないことを見てさらなる理学療法が有効ではないかと提言したという。

 当時、Gajavelli さんはインド南部の親戚に会うため短い旅行を計画していた。ニュージャージー州 Atlantic City で医師をしているいとこに相談し、インド南部 Hyderabad(ハイデラバード)の病院のリウマチ専門医と整形外科医の受診予約を行った。ただし彼は自腹を切る必要があった ― 検査と治療の費用は総額約1,000ドルとなりそうだった ― しかし、彼らのうちのどちらか一人は原因を見つけ出してくれるかもしれないと期待していた。

 

A terrifying result 恐るべき結果

 

 その整形外科医は Gajavelli さんに症状について質問し、手始めに骨シンチなどいくつかの検査を行った。この核医学検査は少量の放射性トレーサーを用いるもので、骨の痛みの原因を特定するのに有用である。

 その結果は恐るべきものだった。Gajavelli さんの中足骨から始まり、彼の顎骨に至るまで多発性のストレス骨折が認められたのである。その整形外科医は Gajavelli さんに、彼には広く転移した癌があるか、ある種の代謝性骨疾患がある可能性が高いと説明した。彼は Gajavelliさんにフィラデルフィアに戻ったら内分泌専門医だけでなく腫瘍専門医を受診するよう助言した。

 「私はひどく動揺し話をすることができませんでした」と Gajavelliさんは思い起こす。

 フィラデルフィアに戻った彼は家庭医に電話をしたところ、受診予約まで4週間かかると言われた。「私は本当にパニック状態となっていました」と彼は言う。

 医師である彼のいとこは、彼ら二人と付き合いのあった専門医に電話をかけてみるよう勧めた:Penn’s Abramson Cancer Center(ペンシルベニア大学アブラムソン癌センター)の Cancer Therapeutics Program(癌治療プログラム)の責任者の一人 Ravi K. Amaravadi(ラビ・K・アマラーバティ)氏である。

 Amaravadi 氏は癌の画像検査とともに血液検査を行った:後者には骨と歯牙の形成に重要なミネラルであるリンの濃度を測定する項目が含まれていた。Gajavelli さんではその数値が低かったのである。これが原因究明の重要な手がかかりとなった。彼が受診した他の医師の誰一人としてリンの測定という単純な検査を行っていなかったのだ。というのも、この検査は血液検査の標準的項目に含まれていないからである。

 癌が除外されたあと、Amaravadi 氏は Gajavelli さんの診療記録を、Penn Bone Center(ペンシルベニア大学骨センター)を管理する臨床医学・整形外科学の准教授 Al Mukaddam 氏に送った。最も疑わしい原因がまれな骨疾患であるとみられたからである。

 驚いたことにそれはAl Mukaddam 氏が最近経験していた疾患だった。数週間前に、彼女は、自身の経験上初めての症例を診療していたのである。

 Al Mukaddam 氏は Gajavelli さんに、彼が tumor-induced osteomalacia(TIO:腫瘍性骨軟化症)に侵されていると考えていることを伝えた。これは、一つまたはそれ以上の、一般的に良性の緩徐に発育する腫瘍によってもたらされる骨脆弱性の疾患である。これらの腫瘍が fibroblast growth factor 23(FGF23:線維芽細胞増殖因子23)と呼ばれるタンパクを大量に産生し、これが腎のリン再吸収能を抑制する。Oncogenic osteomalacia(腫瘍原性骨軟化症)とも呼ばれる本疾患の最初の徴候は、骨折、骨痛、および筋力低下などである。Gajavelli さんにはこれら全ての症状がみられていた。

 TIO はほぼ確実に過小診断されている現状はあるが極めてまれである:これまでに世界中で1,000例以下が報告されている。

 「TIOに関連して最も求められる要素の一つはこの診断を思いつきリンを測定することです」と Al Mukaddam 氏は言う。それに続く検査で、Gajavelli さんの FGF23 の値が上昇しており、尿中にリンが失われていることが確かめられた。

 本疾患の診断は第一関門であるに過ぎない。医師らには続いて腫瘍を見つけることが求められる。しかしこれは骨の折れる作業である。なぜなら腫瘍はしばしば小さく、体内のどこにでも存在しうるからである。また2つ以上の腫瘍がある患者もいる。一般に腫瘍を切除する手術が望ましい治療である。なぜなら、それによって疾病を治癒せしめることができ、見られることの多い再発も予防できるからである。

 腫瘍を検出する核医学検査である高精度のガリウムシンチ検査を用いて、医師らは Gajavelli さんの左股関節の裏側に隠れていた豆粒大の腫瘍を発見した。整形外科医らにとって次の難題は、若い患者に対して股関節全置換術を行うことなくそれを全摘する最善の方法を見つけ出すことだった。

 手術前の3ヶ月間、Gajavelliさんは、リン濃度を上昇させ、筋力低下を改善させるためにサプリメントを摂取した。ほぼ短期間で「それらによってずいぶん気分がよくなりました」と彼は思い起こす。

 2019年8月、彼はペンシルベニア大学病院で Robert J. Wilson 氏によって高難度の9時間半の手術が行われた。この整形外科医は、Gajavelli さんの股関節を置換することなく腫瘍を丸ごと摘除することに成功した。

 手術翌日、Gajavelli さんの FGF23 は正常となった。一週間後、リン濃度も正常に復した。すべての回復には数ヶ月を要した。クリスマスには2年以上ぶりに痛みなしに1マイル歩くことができた。

 Al Mukaddam 氏によると、例の小さな腫瘍は恐らく数年前から存在していたとみられるが、Gajavelli さんの運動療法が症状の進行を速めていた可能性があるという。

 彼のケースは、医師らが「自分たちが的をはずしているかもしれない可能性を考えていながら、わかっている範囲で話を進めた」ことの重大さを強調するものだ、と彼女は言う。

 「もし、知っているかもしれない人に紹介しても答えがわからないのならばいいのです。しかし、医学の分野にいる私たちはみな謙虚な姿勢で新しいことを学ぶべきなのです」と彼女は言う。

 

 

骨軟化症については日本内分泌学会のサイトをご参照いだたきたい。

 

骨軟化症とは、骨や軟骨の石灰化障害により、骨が脆弱化する病気で、

骨成長後の成人に発症するものを「骨軟化症」という。

これに対して骨成長前の小児に発症するものは「くる病」と呼ばれる。

本邦におけるくる病・骨軟化症の原因として最も多い先天性疾患は

PHEX変異によるX染色体優性低リン血症性くる病・骨軟化症

(X-linked hypophosphatemic rickets/osteomalacia:XLHR)である。

 

全身性の代謝性骨疾患で、骨強度の低下により骨折や疼痛の原因となる

骨軟化症の病因には、低リン血症、ビタミンD代謝物作用障害、

石灰化を障害する薬剤(アルミニウム、エチドロネート等)による

薬剤性などがある。

低リン血症の病因には、ビタミンD代謝物作用障害、腎尿細管異常、

線維芽細胞増殖因子23(fibroblast growth factor 23:FGF23)作用過剰、

およびリン欠乏などがある。

FGF23は、腎尿細管リン再吸収と腸管リン吸収を抑制し、

血中リン濃度を低下させるホルモンである。

過剰なFGF23活性により低リン血症性骨軟化症をもたらす病態に、

腫瘍性骨軟化症(TIO)や含糖酸化鉄による低リン血症などがある。

TIO については後述する。

 

骨軟化症の症状では、骨痛を訴えることが最も多くみられる。

初期にははっきりした症状を訴えることは少なく、

腰背部痛、股関節・膝関節・足の漠然とした痛みや

骨盤・大腿骨・下腿骨などの痛みが出現する。

特に股関節の痛みが非常に多くみられる。

鈍い痛みは、股関節から腰、骨盤、脚、また肋骨まで

広がることがある。

また骨の脆弱化に伴い骨折を起こしやすくなる。

さらに発見が遅れ進行すると、

下肢筋や臀筋の筋力低下による歩行障害、

脊椎骨折による脊柱の変形などがみられる。

 

骨軟化症は、骨粗鬆症などの各種他疾患との鑑別が重要だが、

症状とともに、大部分の症例で低リン血症や

血中の骨型アルカリホスファターの上昇がみられる。

また、ビタミンD欠乏性骨軟化症の診断には

血中25-水酸化ビタミンD 濃度の測定が必須である。

 

特徴的な画像所見としては、

骨シンチグラフィーで多発性の取り込み、

単純X線写真では全身の骨にみられる小さなひびが見られる。

大腿骨頸部、骨盤、肋骨などの骨表面に垂直に走る

ルーサー帯と呼ばれる小さな骨折線が特徴的である。

 

骨軟化症の確定診断には骨生検が必要だが、

通常はX線検査と血液・尿検査のみで臨床的に診断される。

成人発症例で原因不明の疼痛や骨折を繰り返すケースでは

骨粗鬆症と診断する前に骨軟化症の可能性を考慮することが重要である。

 

骨軟化症の治療は病因により異なり、

それぞれの病因に即した治療を行う。

薬剤性の骨軟化症では原因薬剤を中止する。

ビタミンD欠乏における薬物療法としては活性型ビタミンD3製剤を

投与する。

また、XLHRでは活性型ビタミンD3製剤に加えてリン製剤の投与も行う。

腫瘍性骨軟化症の場合には原因腫瘍の完全除去により治癒が期待される。

 

最後に TIO について説明する。

詳細は 論文アブストラクト(邦文訳)参照いただきたい。

 

TIOは、腫瘍原性骨軟化症としても知られる稀な腫瘍随伴性障害で、

腫瘍組織から分泌される FGF23 が原因で発症すると考えられている。

FGF23はリン排泄とビタミンD合成の役割を担うため、

TIOでは、リンの腎尿細管再吸収の低下、低リン血症、

活性型ビタミンD濃度の低下などの特徴が認められる。

慢性低リン血症は、最終的に骨軟化症につながる。

通常、TIOは、骨の痛み、脆弱性骨折および筋力低下に伴って、

慢性的な血清リン濃度の低下が見られる場合に疑われる。

原因となる腫瘍は特定の組織型に限定されない。

良性では、Phosphaturic mesenchymal tumor

(mixed connective tissue variant)

[リン酸塩尿性間葉系腫瘍(混合性結合組織異型)]と呼ばれる

稀な間葉系腫瘍のほか、線維性骨異形成、血管腫、骨巨細胞腫

などが報告されているが、前立腺癌、肺がん、骨肉腫などの悪

性腫瘍が原因となるケースもある。

さらに、母斑や肉芽腫などの非腫瘍性病変の報告もある。

発生部位としては、大腿骨、副鼻腔、咽頭、下顎骨などが

挙げられているが、体内のどこにでも存在しうる。

一般には成長の遅い、非常に小型の病変が多く、

骨内に存在するものも多いことから、

原因となる腫瘍を発見することが困難な場合が多い。

原因腫瘍が発見できれば、その外科的除去が唯一の決定的治療法になる。

原因腫瘍が発見できない場合や完全切除不能例では、

リン製剤や活性型ビタミンD製剤による治療が必要となる。

現在注目を集めている抗FGF23モノクローナル抗体KRN23は、

TIOの原因となる切除不能な腫瘍を有する症例において

有望な治療法の1つになると期待されている。

また最近いくつかの腫瘍で、フィブロネクチンと

線維芽細胞増殖因子受容体1(FGFR1)との融合分子が、

FGF23 産生のドライバーとして働くことが発見されている。

発症機序の解明が今後の標的治療の開発につながることが

期待される。

 

ともあれ、原因が何であろうと、骨軟化症は早期に診断し、

治療を開始することが重要である。

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