2022年6月のメディカル・ミステリーです。
6月18日付 Washington Post 電子版
She was ambushed by searing leg pain that struck without warning
Searching for relief, a fashion executive grew desperate about the absence of an explanation
彼女は何の前触れもなく焼けつくような足の痛みに襲われた
安心を求めていたファッション会社の幹部は説明が得られないことに自暴自棄になっていった
By Sandra G. Boodman,
(Cam Cottrill For The Washington Post)
生活が一変することになるまでの数時間、Megan Freedman(メーガン・フリードマン)さんは、カリフォルニア州サンタモニカにある太平洋を見渡せる人気のレストランで大切な仕事仲間に囲まれての素敵な仕事上の夕食会に参加していた。
「私たちは最高に楽しんでいました」ニューヨーク市のファッションショールームのオーナーである Freedman さんはそう思い起こす。彼女は 2019年10月、国内の小売業者のために彼女のデザイナーや仕入れ業者と会う目的でロサンゼルスに来ていた。食事の後、レストランの外の囲いに座って、Freedman さんは友人たちと車を待ちながら談笑していた。しかし、彼女が立ち上がった時、左足の力が突然抜けて転倒した。「私は酔ってはいませんでした。私はドスンと倒れ込み、誰かに助け起こしてもらう必要がありました」と彼女は言う。
翌朝、Freedman さんが目覚めると、足は部分的にしびれており、刺すような痛みを感じた。「私は100%椎間板ヘルニアだと確信していました」と彼女は思い起こす。Freedman さんはそれまでの数日間、会合に向けて「大量の箱を持ち上げたり、衣料サンプルが詰め込まれた重いスーツケースを持ち歩いたり」していたという。数年前、彼女は頸椎の2箇所の椎間板ヘルニアが原因で左腕に同様の痛みを経験していた。
「私は sciatica(坐骨神経痛)だと思いました」しばしば骨棘や椎間板が坐骨神経を圧迫して生ずる足に放散する痛みのことを持ち出して彼女は言う。
Freedman さんはそれからの8週間、“ridiculous(とんでもない)”痛みと自身が表現する症状のために、いくつかの診療所と、ロサンゼルスやマンハッタンの緊急室の間を言ったり来たりすることになる。彼女の足はしばしばひどく力が入らなくなり、両手で足を持ち上げなければならないこともあった。
2019年12月、ニューヨークの病院に9日間入院したが、退院の数時間前になって、実は深刻な疾患がそれまで一見前触れなく進行してきていたことを Freedman さんは知ることになる。
「私の家系は心疾患や癌だらけです。でもこの病気を考えたことはありませんでした」現在54歳になる Freedman さんは言う。
Crying on the plane 機上で泣きながら
Freedman さんと一緒に滞在していた友人は彼女の強い痛みと歩行が困難だったことに危機感を募らせ、彼女をロサンゼルスのティーチングホスピタルの緊急室に車で連れて行った。そこの医師らも坐骨神経痛を疑い、彼女に麻薬性鎮痛薬の Dilaudid(ディラウディッド)を処方した。3日以内に改善がみられなければ再診した方が良いと彼らは助言した。
Freedman さんは症状が良くなることはなく数回転倒した。彼女はそのERを再受診し、下位脊椎の MRI 検査を受けたが懸念される病変は何も見つからなかった。医師らはさらに強いオピオイドを処方したが、彼女によるとそれらもほとんど痛みに影響を与えなかったという。2日後彼女は飛行機でニューヨークに戻った。「私は機上で泣きながらただ座っていたのです」と Freedman さんは思い起こす。
彼女はかつて頸のことで診てもらったことのあるマンハッタンの整形外科医を受診した。彼は MRI を見直しレントゲン撮影を行った。しかし原因を特定できなかったため彼は Freedman さんを脊椎専門医に紹介した。その専門医と、さらに2人目の脊椎整形外科医も当惑した。後者は彼女の腰に硬膜外ステロイド注入を2回行った;しかし、いずれも痛みを緩和できなかったため彼女に神経内科を受診するよう助言した。
Freedman さんは、自身の間断ない痛みと、その原因が分からないことで絶望感に打ちひしがれつつあったことを覚えている。
Megan Freedman さんと娘の Phoebe Freedman(フィービ・フリードマン)さん(Neil Freedman[ニール・フリードマン]さん撮影)
その神経内科医は Freedman さんの足の神経と筋肉の機能を調べるため、筋電図検査と神経伝導検査を依頼した。その結果、痛みが彼女の脊椎ではなく、骨盤の前側から生じていることが示唆された。彼女に血栓があるか、あるいはプラークが形成されることで血管が狭窄し血流が障害される末梢動脈疾患があることが懸念されたため、その医師は、彼女の足の付け根まで下肢全体の超音波検査と、血管に異常がないかを調べる CTA(CT 血管撮影)を行った。
しかし、それらの検査が予定された数日前の日曜日の朝、Freedman さんはその神経内科医が提携しているマンハッタンのティーチングホスピタルの ER に向かった。
「私はその痛みにもはや耐えられなかったのです」と彼女は思い起こす。数時間待ったあと、彼女は検査室に連れて行かれ、そこで若い医師から、「ER スタッフには “bigger fish to fry”(他のもっと大事な仕事)がある」と言われ、自宅に戻ることを勧められたという。Freedmanさんには何で彼がそのように言ったのか分からなかったが、彼女は坐骨神経痛なのだから安静が必要だと思い込んでいたようだと言う。
Humiliating encounter 屈辱的な対面
「あのときが最悪の瞬間でした」と彼女は言い、思い出して涙を流す。「実際、あなたには悪いところは何もないから、家に帰るべきだと言われたのです。私は屈辱を覚えました」
それからほどなく、Freedman さんは Mount Sinai(マウントサイナイ病院)の ER に行った。そこは彼女が慢性の片頭痛治療で数年間神経内科医を受診していたティーチングホスピタルである。
そこでの対応は異なっていた。医師らは彼女を入院させ、腫瘍専門医、神経内科医、内分泌専門医、さらにはリウマチ専門医など様々な専門家が Freedman さんの症状の原因を究明するために検査を行った。そこでは彼女にニックネームがつけられた:“the weird leg lady(奇妙な足のご婦人)”である。
最初、医師らは彼女の卵巣の腫瘍に注目し、それを “concerning(憂慮される)” と表現した;しかしそれは最終的には良性とみられた。“強く疑われた”甲状腺の結節も同様に退けられた。医師らは、Freedman さんの下肢の筋力がステロイドの投与後に改善し歩行可能となることに気付いたが、彼女の痛みは続いており強いものだった。坐骨神経痛は再び除外された;画像検査で軽度の脊椎の変性が見られたに過ぎなかったからである。
しかし Freedman さんの筋電図と神経伝導検査は異常であり、MRI 検査では彼女の左大腿神経に炎症がみられた。この神経は足の最も太い神経の一つであり、足の運動を制御し痛みを伝達する。
医師らは彼女の甲状腺機能障害の病歴とステロイドによる症状の改善から、身体が誤って自分自身を攻撃する自己免疫疾患が示唆されるのではないかと考えた;彼らはその可能性を突き止めることに取りかかった。正常な白血球を誤って攻撃するたんぱくである antineutrophil cytoplasmic antibodies(ANCA; 抗好中球細胞質抗体)を検出する、PR3(proteinase 3)をターゲットとする血液検査が陽性であったことで、その可能性がかなり絞り込まれることとなった。
Freedman さんが退院する日、リウマチ専門医のチームが彼女の部屋にやってきて、彼女が、かつては Wegener’s disease(Wegener〔ウェゲナー〕肉芽腫症)と呼ばれていた granulomatosis with polyangitis(GPA; 多発血管炎性肉芽腫症)であると考えていることを告げた。GPA は血管炎(血管の炎症)の一型であり臓器に障害を及ぼし得る疾患である。本疾患はしばしば腎臓、肺臓、および副鼻腔に病変を来す。
GPA は感染症に似ているが、突然に発症し、数週間から数ヶ月で進行する。重症度や症状は冒される臓器に依存する。治療として高用量の副腎皮質ステロイドが用いられるが、通常、免疫系を抑制する他の強力な薬剤も用いられる。早期に治療されれば完全回復も可能だが、治療されなければ GPA は致死的となることもある。
An ‘atypical presentation’ ‘非定型的な発現形式’
National Institute of Allery and Infectious Disease(米国国立アレルギー・感染症研究所)のベテランの所長である Anthony S. Fauci(アンソニー・S・ファウチ)氏は、彼のキャリアが始まって間もない1970年代の初め、同僚らとともに、当時ほとんどの患者が2年以内に死亡していた本疾患の機序を解明した。Fauci 氏はさらに、95%の有効性がある GPA の薬物治療の考案に寄与した。
Freedman さんのケースでは、本疾患が彼女の大腿神経を攻撃していたのである。「それはいささか非定型的な発現形式です」そう言うのは、Freedman さんの診断後、ほどなくしてこれまで彼女を治療してきた Mount Sinai のリウマチ専門医である Weiwei(Wendy) Chi(ウェイウェイ〔ウェンディ〕・チー)氏である。Freedman さんには副鼻腔炎や鼻出血の既往歴もあり、それらは GPA の早期の徴候である可能性がある。
彼女には直ちに高用量のステロイドが開始された。これにより彼女の足の運動機能は改善したものの、疼痛の緩和には効果はなかった;彼女の大腿神経への障害は永続的となっている可能性がある。彼女の疼痛の治療に一般的に用いられる薬剤はどれも無効だったため、Chi 氏は「当面彼女には麻薬が投与されています」と言う。
「彼女のケースで最も混乱を招いた症状は持続性の痛みです」と Chi 氏は話すその痛みは依然として激しく、軽減しないままである。「長期的に麻薬を投与したくありませんが、試してきたそれ以外の多くの治療はどれも有効ではなかったのです」
Freedman さんの診断からの2年半は過酷なものだった。彼女は、しばしば胆石から引き起こされる痛みを伴う重篤な膵臓の炎症である急性膵炎で数回入院した。その入院中、同室の人からコロナウイルスに感染した。2021年5月、Freedman さんは胆嚢を摘出する手術を受けた。
また20年続けてきた彼女のビジネスはパンデミックの結果頓挫した。ショールームの閉鎖と、5人の従業員の解雇を余儀なくされたと Freedman さんは言う;彼女は現在、自宅で仕事をしている。
彼女の生活は免疫系を抑制する薬剤の処方に依存しているため、コロナウイルス感染は高い危険性を孕んでいる。彼女の身体が抗体を作れないことから、最初の2回分のワクチンでは実質的に感染予防効果がもたらされなかった。
2021年の後半、オミクロン株による流行がニューヨーク市を席巻したとき、Freedman さんは、高校生の息子を含めた家族とそこで一緒に生活するという危険を冒すことはできないと考えた。彼女の兄の家に近いカリフォルニア州の Coachella Valley(コーアチェラ・バレー)にある小さな町に避難し、2ヶ月前にニューヨークに戻った。(しかし結局彼女は1月に covid-19 に感染した)
カリフォルニアで、彼女は免疫障害を持つ人を対象に認可された開発研究中の薬剤である Evusheld(エブシェルド)(MrK註:新型コロナウイルスに感染した患者により提供された B細胞に由来する2種類の長時間作用型の抗体薬)の注射を受けた。医師らは、彼女がニューヨークに戻ったあと4月に行われた異なるコロナウイルスワクチンを一回受けたことによって抗体ができていることに期待している。
GPA になる前は彼女の健康状態は良好だった。「この病気は恐ろしいです。私はひどく叩きのめされました」と彼女は言う。「多くの人にこの病気は知られていませんが、この病気を持つ多くの人たちは非常に重度のケースなのです」
「Freedman さんはこの3年間比較的安定した状態にあります」彼女の疾病の重症度を中等症とみなしている Chi 氏はそう説明する。「彼女には急速に進行する腎不全のような生命を脅かす臓器病変はありません」
「最も重症型の患者では、全く健康な日があったかと思うと翌日には ICU ということが起こり得ます。これはそれほど予測不能な疾病であるということです」とこのリウマチ専門医は付け加える。
多発血管炎性肉芽腫症(GPA:granulomatosis with polyangitis)についての
詳細は以下のサイトを参照いただきたい。
厚生労働省科学研究費補助金・難治性疾患政策研究事業 難治性血管炎の医療水準・患者QOL向上に資する研究
GPA は血管に炎症が起る『血管炎症候群』に属する病気で、
その中でも全身の細い血管に炎症がおこる代表的な病気の一つである。
『気道に起こる炎症性肉芽腫かつ小~中血管に起こる壊死性血管炎』と
定義されている。
2012年の新しい国際分類でかつての Wegener(ウェゲナー)肉芽腫症
という病名から変更されている。
上気道の細菌感染を誘因として発症することや、細菌感染により
再発がみられることから、スーパー抗原の関与も推定されているが、
真の原因は不明であり遺伝性も確認されていない。
抗好中球細胞質抗体(antineutrophil cytoplasmic antibodies, ANCA)と
炎症性サイトカインの存在下に好中球が活性化され、血管壁に固着した
好中球より活性酸素やたんぱく分解酵素が放出されて血管炎や
肉芽腫性炎症を起こすと考えられている。
40~60歳の中高年齢に多い。
男女差はみられないが男性でやや若年傾向にある。
前述のように GPA は未だ原因が解明されていない難病であるため、
国の『特定疾患』に指定されている。
平成26年度末での特定疾患医療受給者証所持者数は2,430人と、
稀な疾患である。
GPA は以下の3つを特徴とする。
1)鼻から肺にいたる臓器の炎症(上気道・下気道病変)
2)腎臓の炎症(腎炎)
3)全身の血管の炎症
症状
気道の炎症により、鼻出血、鼻汁、鼻梁のへこみ(鞍鼻)、眼痛、
中耳炎による難聴、口内炎、嗄声、咳嗽、血痰などがみられる。
腎炎の進行により、浮腫、高血圧、たんぱく尿、血尿、乏尿がみられる。
急速進行性糸球体腎炎を起こすと腎機能低下が週単位から月単位で急速に
進行する。
全身の血管の炎症による症状では、発熱、体重減少、易疲労感、多発関節痛、
紫斑がみられるほか、神経に炎症が生ずるとその領域にしびれが出現する。
臓器への血行障害により心筋梗塞、消化管出血、胸膜炎などが
みられることもある。
診断
GPAは症状や血液、尿、画像診断などから総合的に診断する。
血液検査では炎症反応の上昇(CRP 高値、白血球数増加、赤沈亢進)が
みられる。
除外診断が重要となるため、全身の CT 検査、MRI 検査、
ガリウムシンチグラフィーなどのアイソトープを用いた検査などが
行われる。
また病気の起こっている部分から組織を一部採取(生検)して
病理診断を行う場合もある(気管支鏡生検、腎生検など)。
一部の患者では前述の ANCA が検出されることが知られている。
ANCAには、PR3(protease 3)型とMPO(myeloperoxidase)型などの
種類があり、欧米では PR3-ANCA が高率に検出される。
本邦の症例では欧米に比し MPO-ANCA 陽性率が高く約半数を占める。
以上の症状や検査結果を考慮した診断基準が策定されている。
鑑別疾患として、サルコイドーシスなど肉芽腫病変を来す他の疾患、
他の血管炎症候群(顕微鏡的多発血管炎、
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症、結節性多発動脈炎など)が挙げられる。
治療
元来生命予後は極めて不良であったが、発症早期に免疫抑制療法を
開始すると高率に寛解導入できるようになっている。
まず病気の勢いを抑える寛解導入療法と、
病気の勢いの落ち着いた状態を保つ寛解維持療法が行われる。
使用する治療薬剤は全身の炎症の程度や、腎炎の有無・重症度によって
異なる。
炎症を抑える作用のある副腎皮質ステロイド薬のほか、
免疫抑制薬として、シクロフォスファミド、メソトレキサート、
ミコフェノール酸モフェチル、アザチオプリン、
さらには生物学的製剤として抗CD20モノクローナル抗体である
リツキシマブが用いられる。
ステロイド、免疫抑制薬の副作用に注意し、感染症に対する予防策を
徹底することが重要となる。また疾病の再発にも留意する必要がある。
記事中にあるように、
米国のコロナ対策の顔としてテレビでよくお目にかかる
バイデン大統領の首席医療顧問を務めるファウチ氏が、
本疾患の診断、治療成績の向上に大いに貢献されたようである。
しかしそのファウチ氏も、最近(2022/6/15)新型コロナに感染したとのこと。
まだまだ油断は禁物である。