MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

” 視野狭窄 ” の代償

2020-01-31 11:28:56 | 健康・病気

 

2020年最初のメディカル・ミステリーです。

 

1月26日付 Washington Post 電子版

 

The cause of this man’s suffering was hiding in plain sight

この男性の不調の原因は目立たない症状の中に隠れていた

 

By Sandra G. Boodman,

 

 2017年12月の会合が終わりに近づいていたとき、Albuquerque(ニューメキシコ州アルバカーキ)の神経内科医 David R. SmithⅢ(デイビッド・R・スミスⅢ)氏は声をかけてみようと考えた。というのも彼の弁護士 Cid Lopez(シド・ロペス)さんが数ヶ月前よりもはるかに悪そうに見えたからである。彼の皮膚は癌患者にみられるように灰色がかった蒼白で、眼の下には隈がみられ、著明に体重が減少し頬がこけていた。Smith 氏はそっと尋ねた。どこか悪いのかと。

 脳脊髄液漏の可能性があるため、つらい高額な修復治療を受けカリフォルニアから最近戻ってきたところだと Lopez さんは答えた。彼の生活を悲惨なものとしてきた疾患の診断を求めてきた7年間の最終章なのだと彼は Smith 氏に説明した。

 Lopez さんは国内で最も評判の良い何ヶ所かの病院で多くの専門医を受診、その結果、数え切れないほどの血液検査や画像検査を受けた。ともに医師である彼の継父と義父も途方に暮れていた。ある胃腸専門医は Lopez さんに、看護師である彼の妻が彼に毒を盛っている可能性があるとまで言った。

 彼は胆嚢を摘出されたがそれは永続的な合併症を起こしただけの必要のない手術だった。3回行われる予定だった脊髄の治療の初回は、彼に以前にも増して不快な感じをもたらしていた。

 

昨年撮影された Cid Lopez さんとその家族:12歳の Cidneyさん、妻の Lorena さん、5歳の Ean 君、そして14歳のLeiaさん

 

 Smith 氏は2、3 質問をしたあと、Lopez さんのカルテを見直したいと申し出た。この弁護士は最初断ったが、Smith氏が彼に強く求めたので、折れて申し出を受け入れた。

 それはこれまでに下した最善の決断だったと彼は言う。

 Smith氏の鋭い洞察力の調査によって、何年間も見逃されていた決定的な手がかかりが見つかり、それまでに Lopez さんを治療した15人の医師が全く考慮しなかったとみられる診断についにたどりついた。

 「最初私は David(Smith) の見解を信じませんでした。私は何度も傷つけられてきましたので」現在44歳になる Lopez さんはそう思い起こす。

 

A nefarious suggestion 悪意に満ちた示唆

 

 2010年の12月、Lopez さんはセスナを所有する彼の雇用主と飛行機の格納庫を訪れていた。Lopez さんが飛行機の周りを歩いていたとき、夕方の太陽のまぶしい光に目がくらみ、低い位置にあった翼に前額部を激しくぶつけた。

 「私は地面に倒れましたが意識を失うことはありませんでした」そう彼は思い起こす。Lopez さんは立ち上がり、大丈夫だと強調した。「何よりも恥ずかしい気持ちが先でした」

 一週間後、彼は“気分の悪さ”を感じるようになった。ある日、Lopez さんは日課の5マイル走から戻ると身体が震え初め、脱力感が強かったため浴室の床に横にならなくてはならなかった。妻は彼にオレンジジュースを持ってきた。その日は数分以内に彼は回復したようだった。

 しかし2、3週間後、Lopez さんに突然めまいが起こり、ビールを飲んでいるときに強い吐き気を催した。彼はアルコールの摂取をやめたが気分不良は持続し、頭痛、身体の震え、嘔吐、さらには下痢もみられた。

 Lopez さんによると、その時、彼の家庭医は真剣に取り合ってくれることはなく、彼が“心配性”で“仕事のしすぎ”だと告げた。その説明はその先も他の医師たちから何度も聞かされることになる。

 それから6ヶ月の間に、Lopez さんは Albuquerque の耳鼻咽喉科専門医を受診、めまいや吐き気の原因となる内耳の感染症 labyrinthitis(内耳炎)は除外された。ロサンゼルスの耳鼻咽喉科専門医は、彼は chronic fatigue syndrome(慢性疲労症候群)かもしれないと言った。

 内科医である継父の勧めで Lopez さんは脳MRI検査を受けた。神経内科医は Lopez さんに、それまで彼には良性の脳腫瘍である acoustic neuroma(神経鞘腫)があると告げていたが、唐突に考えを変え、検査では何も認められなかったと言った。

 胃腸専門医へも受診したが何も成果はなかった。ニューメキシコのある専門医は、いまだにその理由は不明のままだが、Lopez さんの妻が意図的に彼に毒を飲ませている可能性をほのめかした。しかし毒物検査まで行わなかった。

 Lopez さんはその憶測にあきれ返ったことを覚えている。彼の妻 Lorena(ロリーナ)さんはあらゆる点で間違いなく支えてくれていたからである。

 Lopez さんが“自分の大きな医学的支え”と呼んでいた継父も愕然としていた。

 『ばかげている、そんな人間は信用できない』彼がそう話したことを Lopez さんは覚えている。

 

Unnecessary surgery 不必要な手術

 

 2014年、3人目の胃腸専門医は、Lopez さんの45ポンド(約20kg)の体重減少に加え、胆汁排泄が障害される疾患である biliary dyskinesia(胆道ジスキネジア)が示唆される画像所見が認められたことから胆嚢の摘出を勧めた。しかしその手術は不成功に終わり、気分不良が悪化しただけだった。

 4人目の胃腸専門医は postcholecystectomy syndrome(胆嚢摘出後症候群)と診断した。これは重篤な吐き気や下痢をもたらす胆嚢手術の合併症である。その医師は、包括的な消化管精査のために著名な州外の医療センターに彼を紹介した。

 2015年、Lopez さんはそこで一週間過ごした。医師らは原因を明らかにできなかったが、特定の食物に対して異常に敏感なようであると彼に告げた。Lopez さんによると、塩分が欲しかったが、ポップコーンなど塩気のある食べ物を食べたあと激しく調子が悪くなったという。医師らは過敏性腸症候群にしばしば推奨されている食餌と、消化を緩徐にする薬物を処方した。しかしいずれも有用ではなかった。

 2016年、Lopez さんは当面医師を受診することをやめることにした。思いつくことのできる選択肢を選び尽くしていたからである。体調が悪く子供たちの学校行事に参加することも、ほぼ毎晩、家族と食事をすることもできず、仕事から帰るとそのままベッドに倒れ込む毎日だった。

 「事務所をやめなければならないだろうと考えたこともありました。しかし仕事を失うことはとどめを刺されることになっていたでしょう」と彼は思い起こす。

 2017年7月、Lopez さんと妻がカリフォルニアにある大きなティーチング・ホスピタルを訪れたとき、有望と思われる新たな説明が持ち上がった。

 脊髄MRIなどのいくつかの検査で、脳や脊髄を取り囲む外側の膜である硬膜から脳脊髄液が慢性的に漏れている可能性が示唆された。専門医らは、その漏れが2010年のセスナ機への打撲の結果であると考えられると Lopez さんに告げたが、その漏れの部位を特定はできなかった。彼らは epidural blood patches(硬膜外血液パッチ)を何回か行ってみることを勧めた。この治療は、漏れの部位を塞ぐために脊椎の硬膜外腔に少量の血液を注入するものである。

 Lopez さんによると、10月にこの治療が行われて数日後、ホテルの部屋で “仰向けに寝て、妻にシリアルを食べさせてもらいながら”回復を待っていたことをありありと覚えているという。脳脊髄液の産生を増加させるためにカフェインと塩分の摂取を一時的に増やすよう言われていた。しかしその後数週間、彼はひどく体調が悪化した。

 「私はひどく落ち込みました」と Lopez さんは思い起こす。自殺を思いつくことは決してなかったが、妻との情緒不安定な会話の中で、自身の現在の状態でどのようにして生活を続けていけるのかわからないと打ち明けた。

 そして、冒頭の Smith 氏との出会いがあったのはその2、3週間後のことだった。

 

A meticulous analysis 詳細な解析

 

 Lopez さんのカルテに目を通した Smith 氏は横になっているときにはその痛みが改善する positional headache(体位性頭痛)がないことに驚いた。この頭痛は脳脊髄液漏で最もよく見られる症状の一つである。そして彼は MRI を見たが、この神経内科医には漏れは確認できなかった。

 Lopez さんはこれまで受診した医師らに行ってきたように、自身の症状は頭部を打撲したあとに始まったと Smith 氏に説明した。「そのときまで元気だったと彼は言いました。私にはそこから始まったという話は理にかなっているように思われました」と Smith 氏は言う。

 Lopez さんは、毎晩排尿のために6回以上起きていることを最近かかりつけの内科医に話したことを口にした。その原因は、そういった症状の最も多い原因である前立腺ではなく、むしろ電解質異常に基づく脱水(多尿)ではないかとSmith 氏は考えた。

 Smith 氏は彼の血液検査を再検証し、事故後数年の間にナトリウムの濃度が軽度だが持続的に高いことに気づいた。彼は Lopez さんの血清浸透圧を測定した。これは血液中のナトリウムイオンや他の物質の濃度を測定して得られる数値である。この特殊な検査はしばしば電解質不均衡に対する解析で行われるが、彼には一度も施行されていなかった。Smith 氏の計算では、この数値も上昇していることがわかった。

 Lopezさんの頭部への衝撃が彼の脳下垂体を損傷した可能性があると Smith 氏は考えた。脳下垂体は脳の底部にあるエンドウ豆大の分泌腺で、体内代謝コントロールの中枢の役割を果たしている。外傷性の脳損傷で ホルモン欠乏によって正常の機能が損なわれる hypopituitarism(脳下垂体機能低下症)が引き起こされる可能性がある。脳下垂体から分泌されるホルモンの一つに体液バランスを調整する antidiuretic hormone(ADH、抗利尿ホルモン=バソプレシン)がある。

 この神経内科医は、Lopez さんの脳下垂体の損傷が central diabetes insipidus(中枢性尿崩症、CDI)をもたらしたと理論立てた。これは腎臓から大量の水分が排泄される稀な疾患である。(この疾患は、これよりはるかに頻度の高い血糖が上昇するdiabetes mellitus[糖尿病]とは関係はない)。

 Lopez さんは最初は懐疑的だった。

 「脳脊髄液漏ではないから、再度パッチ治療を受けるべきではないと David が言ったときちょっとイライラした気分になったことを覚えています。すでにこれまで何度も行き詰まりを経験していましたので」と彼は言う。

 しかし Lopez さんはやけくそになっていた。「こう考えたのを覚えています。『よくなるかどうかはもうどうでもいい、ただ正解を知りたいだけだ』と」

 家庭医に頼んで浸透圧と尿検査をしてもらうよう Smith 氏は Lopez さんに促した。Lopez さんによると、彼の新たな内科医は尻込みをし、彼にこう言ったという。「あなたは尿崩症ではない、それは非常にまれですよ」。しかし、Lopez さんがしつこく食い下がったのでその内科医は検査を依頼してくれた。そして第2ラウンドが始まった。結果、すべてが異常だったのだが、その医師はいまだに確信していなかった。

 Lopezさんは内分泌専門医への紹介を強く求めた。その医師もまた懐疑的だったが、再度検査を行ったところ同じ結果が得られ、同時に画像検査で脳下垂体腫瘍は除外された。

 もはや疑いはなかった。Smith氏の詳細な解析が、目立たない症状の中に隠れていた尿崩症の診断につながったのである。

 Lopez さんは補充ホルモンである vasopressin(バソプレシン)製剤の内服を始めた。彼には生涯これが必要となる。ゆっくりとだが確実に彼は回復し始めた。内服を開始すると彼の夜間の排尿は消失した。

 「私は 80~90%良くなったと感じています」最近の Lopez さんは言う。ナトリウムの過負荷を予防するために塩分摂取量を注意深く管理し、体温の異常上昇を回避しなければならない、このため彼はもはや走ることはできない。そしてアルコールやカフェインの摂取ができない。これらは脱水作用が強いからである。さらに彼は必要なかった胆嚢手術の後遺症を治療するために高価な薬剤を内服している。

 

'A lot of tunnel vision' 多くの視野狭窄

 

 Lopez さんは、現在、5歳、12歳、14歳の子供たちとの失われた数年間の生活を取り戻そうとしている。彼の力になろうと骨を折ってくれた継父がこの結果を最後まで見届けられなかったことを彼は実に残念に思っている。2015年に継父は死去したのである。

 医療過誤の弁護士としての彼の仕事が「実際に私を立ち直られてくれた」と Lopez さんは考えている。「あまりに多くのシェフが調理場にいたのです」と彼は言う。「私に多くのコネがあったという事実、それが私を間違った方向に向かわせたのだと思います」

 「さらにこうも思います。私がこの仕事をしていなかったら、この病気を診断してくれた人と出会えることはなかっただろうと」そう彼は付け加える。病気になりながら支援や財力に恵まれない人たちのことを気に掛けているという。「常にそんな人たちの代弁者として行動しています」と言い添えた。

 一方、開業して18年になる Smith 氏は違う見方をしている。

 「多くの tunnel vision(視野狭窄)があると感じました」と彼は言い、時間的制約が関わっていた可能性があると考えている。「工場の組み立てラインのように流れていく多くの業務があるのです」

 神経内科医の立場から言えば、最も問題となる間違いは、診断プロセスの拠り所となる丁寧で十分な病歴をとらなかったことと、そして Lopez さんが訴えていたことに注意深く耳を傾けなかったことだったのかもしれません。

 医学に精通している患者である Lopez さんが、疑わしい尿崩症の診断を追求していたときに直面した医師からの抵抗には未だに驚きの気持ちがあると Smith 氏は言う。

 「一部の傲慢な医師たち」は外部の医師からの忠告に腹を立てることがあると Smith 氏は言う。「自尊心が傷つけられるのです」

 

 

中枢性尿崩症(Central Diabetes Insipidus, CDI)の

詳細については下記サイトをご参照いただきたい。

 

中枢性尿崩症(CDI)の会

 

MSDマニュアル

 

尿崩症とは体内の水分が大量の尿となって出て行く病気である。

脳の底にぶら下がっている脳下垂体の後葉から分泌されるホルモンの

一つに抗利尿ホルモン(ADH、またはバソプレシン)がある。

このホルモンは、腎臓内で水の再吸収を促す作用があるため、

このホルモンが不足すると腎臓で尿の濃縮が行えず、

体内の水分が腎臓から持続的に排泄され大量の尿が出る。

原因不明のケース(特発性)や遺伝性もあるがまれであり、

脳腫瘍、感染症、外傷などで脳下垂体、あるいはその近傍が

損傷されて発症する続発性 CDI が全体の約80%を占める。

特徴的な症状は、多飲および多尿である。

比重、浸透圧の低い極めて薄い尿が

大量にみられ(一日3リットル以上)、夜間頻尿もほぼ必発する。

鑑別すべき疾患に心因性多飲症と、

腎臓がバソプレシンに対して抵抗性を示す疾患である腎性尿崩症が

ある。

 

診断には血中バソプレシン濃度を測定し低下があることを確認する。

また高張食塩水負荷や水制限を行っても血中バソプレシン濃度の

上昇が認められず、尿浸透圧の上昇もみられない。

(正常では尿浸透圧が血漿浸透圧を上回る)

なお、腎性尿崩症でも水制限で尿浸透圧の上昇がみられないが、

この疾患では CDIと異なり、バソプレシンを投与しても

尿浸透圧の上昇がないことで鑑別される。

 

治療は合成バソプレシンアナログであるデスモプレシンが

鼻腔内へのスプレーあるいは経口薬として投与される。

バソプレシンの分泌がほとんどみられないケースでは

生涯にわたって薬物治療を続ける必要がある。

 

本記事の男性は結局、外傷に続発した中枢性尿崩症だった。

大概なら多飲・多尿の症状で診断がつきそうなものだが…

部分型中枢性尿崩症では診断が難しいのかもしれない。

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