MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

“鍵のかかった部屋”へ

2022-02-16 14:51:34 | 健康・病気

2月のメディカル・ミステリーです。

 

2月12日付 Washington Post 電子版

 

She was headed to a locked psych ward. Then an ER doctor made a startling discovery.

A physician’s gut instinct about a young woman led to a diagnosis that had been overlooked for years

彼女は鍵のかかる精神科病棟に入れられようとしていた。その時、ERの医師が驚くべき発見をした。

~若い女性に対して一人の医師の本能的直感が何年も見逃されていた診断につながった~

 

By Sandra G. Boodman,

 救急医の Elizabeth Mitchell(エリザベス・ミッチェル)医師が3月17日の早朝にロサンゼルスの病院でその23才の女性患者を診察したのは、両手両足が車輪付き担架につながれた4点拘束された状態で彼女が警察車の後部に乗せられて到着したときのことだった。

 Chloe R. Kral(クロエ・R・クラール)さんは、自身や他者に危害を及ぼす危険があるとみなされた人を強制的に72時間収容できるというカリフォルニア州における精神医学的緊急措置のコード(暗号)である 5150(註:fifty-one-fiftyと発音)に基づいて拘束されていた。

 彼女はそれまでの6ヶ月間、民間の治療センターで双極性障害とうつ病の治療を受けていた。その後Chloe さんは改善し、暫定的在宅生活へ移行するところだったが、突然攻撃的となり、スタッフや彼女自身に危害を加える恐れがみられた。警察は彼女をまずは Cedars-Sinai Marina del Rey Hospital(シダーズ・シナイ・マリーナ・デル・レイ病院)に彼女を連れて行き、その後精神病院に搬送する予定となっていた。

 顔を合わせた時、Chloe さんは「Rosa Parks(ローザ・パークス)(註:アメリカ合衆国の公民権運動活動家)についてつぶやいていました」とMitchell 医師は思い起こす。彼女はドラッグやアルコールを摂取していないことを医師に何とか伝えることができたが、その他については支離滅裂だった。「私たちは多くの精神病患者を受け入れますが、一般に彼らは収容を待つだけなのです」と Mitchell 医師は言う。

 しかし、言葉で説明できない何か~Mitchell 医師はそれを、ほぼ20年近い実務により磨かれた“本能的直感のようなもの”と表現する~が、Chloeさんの精神状態をより的確に評価するために頭部CTを行う方向に彼女を突き動かした。

 Mitchell 医師は画像を目にすると思わず息をのんだ。「そのような画像を見たことがありませんでした」と彼女は言う。彼女は同僚たちを呼び集め、「全ERのすべてのスタッフにも見に来てもらいました」。

 「私は言葉を失っていました」と彼女は言う。「『どうして誰もこれを見つけられなかったの?』ということ以外考えられませんでした」

 その疑問は彼女が Chloe さんの母親と話した後、より深く心に響くこととなった。それは、Chloeさんとその家族に何年にも及ぶ無用の苦悩をもたらした驚くべき見落としのことを Mitchell 医師が知ったその時のことである。

 

Rocky college start 困難な大学生活の始まり

 

 ライフ・コーチをしている母親の Alison Houghton Kral(アリソン・ホートン・クラル)さんにとって、閉鎖病棟に娘を送り込むという計画は、これまでの6年間を経た上での絶望的な最終手段だった。

 Chloe さんは2015年8月に、カリフォルニア州 Palos Verdes(パロス・ベルデス)近くにある両親の家を出てニューヨーク州にある Fashion Institute of Technology(ファッション工科大学)での大学生活を始めた。彼女の一学期は困難だったが、それは大学新入生にはよくみられることだった。「私は四苦八苦していましたし、ひどいホームシックにかかっていました」Chloe さんはそう思い起こす。感謝祭の休みに彼女はセラピストを受診し抗うつ薬が処方されたが効果はないようだった。

 「彼女は復帰を2年生時まで待つことができませんでした」と母親は思い起こす。しかし2016年10月下旬、Alisonさんが故国のオーストラリアを訪れていたとき、Chloeさんが電話をかけてきた。「彼女はこう話したのです、『ママ、うまくいかないわ。家に帰りたい』と」

 Alison さんがニューヨークに飛ぶと、6週間ベッドから離れられない状態にあり、授業に行こうとすることもなく、奇妙なほど表情に乏しくなっていた Chloe さんを発見した。

 「彼女は『あの箱に荷物を詰められる?』というようなことが理解できなかったので、私はこう言わなければなりませんでした。『本を棚からおろす、そして箱にそれらを詰める、そして箱に封をする』と。彼女は完全に異常な精神状態でした」と Alison さんは言う。彼女はそのような挙動を重症のうつのせいであると考えていた。

 自宅に戻るとすぐに Chloe さんはセラピストを再受診した。「ひどく憂鬱に感じていましたが何について落ち込んでいたのかは覚えていません」と彼女は言う。診断につながるまでのこの数年間の彼女の記憶はまだらとなっている。

 彼女は地域短期大学に入学したが課題の提出を忘れて退学した。これは、集中力があり勤勉だった高校時代の彼女とは著しく対照的だった。そして、彼女は映画館や地方市場での仕事も指示を覚えることができなかったことから解雇された。

 「それには非常に動揺しました」と Chloe さんは言う。

 母親は、自身がヨガをやっていたことから、ヨガで娘の気分が高まるのではないかと考えた。しかし、両手、両膝で床上に四つん這いになる基本姿勢においても Chloe さんが不安定でふらつくようであることに彼女は気づいた。彼女の不安定性は、思春期早期に始まっていた新たな身体的変化だった。彼女は歩行時にどちらかの方向にそれてしまう傾向があり、そばにいる人に誰彼構わずぶつかった。階段を上るときに踏み外すこともあった。Chloe さんはスキーが上手だったが、13才のころ頻回に転倒するようになり最終的にスポーツをあきらめた。

 「高校時代を通して私は真っすぐに歩くことができないという問題がありました。しかしそれは冗談みたいな話になっていたのです」と Chloe さんは思い起こす。

 さらに彼女は周期的に気を失っていた。2018年の初め、彼女は失神を起こし救急車で ER に運ばれていた;原因はわからなかった。心配するAlison さんに小児科医が追い打ちをかけたのは、その医師の返答が「何度も気を失う人もいますよ」だったことだと彼女は言う。

 

The unraveling ほころび

 

 2018年の暮、Alison さんのセラピストの友人から Chloe さんが attention-deficit/hyperactivity disorder(ADHD:注意欠如・多動症)なのではないかと言われた。検査によって重度の不安を伴った軽症例であることがわかった。

 しかし心理療法や様々な組み合わせの薬物治療にもかかわらず Chloe さんは悪化するようだった。2019年、双極性障害を思わせる症状を彼女は経験した。睡眠をとらず、速くしゃべり、柄にもなく攻撃的だった。一度、二日間行方不明になったことがあった。

 またある時には、母親にしがみつき、幼い子供のように家中を何時間も母親について回った。双極性うつの治療薬を処方していた彼女の精神科医は Alison さんに、娘さんには derealization(現実感喪失)の徴候もみられると説明した。これはしばしば外傷に関連する病状で、患者が周囲のことが現実ではないと捉える状態である。Chloe さんは、作曲家をしている父親や母親が自分の親ではないのではないかという疑いをあらわにした。

 「有効な手立てはなにもないようでした」と Alison さんは言う。

 2020年の夏の初め、Alisonさんは二人で散歩するときに時々 Chloe さんが右足を引きずっていることに気づいた。

 「あまりに多くのことが起こっていたので、もし私が医師のところに行ったところで彼女が足を引きずらなけば意味があるのだろうか?と考え続けていました」と Alison さんは言う。結局それは精神疾患悪化の新たな徴候であろうと彼女は考えた。

 秋までに Chloe さんは、活動することなく居間のソファーの上で何日も過ごすようになっていた。彼女は入浴することや歯を磨くことも忘れた。一度、母親の車に乗っているときに尿を失禁したことがあった。両親が2人目の精神科医に相談するとその医師は彼女には入院が必要であると彼らに告げた。9月、彼女は集中的心理療法を行う施設に入院した。

 「私は、足を引きずること、尿失禁したことなどすべて彼らに説明し、すべての情報を提供しました」Alison さんは長時間に及ぶインテイク・インタビューについてそう思い起こす。「彼らは彼女の奇妙な歩行に気づいていると私に話しました」入院して数週間後、母親との一時間の面談中に Chloe さんがパンツを濡らしたので、Alison さんはそのことをスタッフに伝えた。

 「彼らはこう言いました。『まあ、たぶん彼女は UTI(urinary tract infection:尿路感染症)かも』」そう言われたと Alison は言う。しかし検査で Chloe さんが尿路感染症ではなく、その問題は終わりとなったようだった。

 彼女の6ヶ月間の入院で両親には18万ドル(約2,070万円)の費用がかかった。「それは私たちの貯蓄と彼女の大学資金の一部を当てました」と Alison さんは言う。「私たちは剝ぎ取られただけに終わりましたが、どんな選択が私たちにあったでしょう?もしこれで効果がなかったら、これから何をすればいいのかわからないと考えていたことを覚えています」

 

Stunning omission 驚くべき見落とし

 

 Mitchell 医師によるERから Alison さんへの最初の電話は簡潔だった。その医師の話では、彼女の娘さんは1時間離れた精神病院に移送される前に診察を受けているところだということだった。

 それから2時間以内に、彼女は驚くべき知らせを伝えるために再び電話をかけた。Chloeさんは生命の危険がある状態であり、Mitchell 医師はそれを「これまで見てきたなかで最も重篤な hydrocephalus(水頭症)」と表現した。彼女は予定できる限り早急に脳の手術が必要であり、Cedars-Sinai の neuro-ICU(神経集中治療室)へ転送されていた。

 一般に“脳の水”として知られる水頭症は脳室と呼ばれる脳内の空洞に脳脊髄液が貯留することで生じる。脳の衝撃を和らげる脳脊髄液は多種多様な脳の機能にきわめて重要である。再吸収ができなくなっていた過剰な髄液は、記憶、意思決定、および情動に関与する脳の前頭葉を Chloe さんの頭蓋骨の内面に押しつけていた。水頭症は、生下時から存在することも人生の晩期に起こることもあるが、治療されなければ脳の損傷、昏睡、あるいは死をもたらす可能性がある。

 Alison さんは水頭症について聞いたことがなかった。そして Chloe さんが脳の画像診断を受けたことも全くなかったと彼女は Mitchell 医師に伝えた。

 Mitchell 医師は、医学部で学んでいた水頭症診断の記憶法について語る;それは『wet, wobbly and wacky(尿を漏らす、歩行が不安定、頭がおかしい)』である。Alison さんが、その多くが数年間遡ってみられてきた水頭症の紛れもない症状を的確に述べていたので信じられない気持ちだった。それらの症状とは、平衡障害、歩行障害、人格変化、精神錯乱、意識消失、記憶力の低下、そして尿失禁である。

 「誰もCT検査を行わなかったことは信じられません。それが大変奇妙に思われることです」と Mitchell 医師は言う。

 「私たちが気づいたことはいくつかありましたが、それらを考え合わせることをしなかったし、医療者もそうしなかったのは確かです」と Alison さんは言う。

 MRI検査で Chloe さんの水頭症が、脳室間の通路の狭窄が通過障害をもたらす aqueductal stenosis(中脳水道狭窄症)によって引き起こされていることが確定した。生下時に存在した通過障害が完全ではなかったため、もはや不能となるまでは脳が代償していたと、Cedars-Sinai で彼女を治療した神経外科医 Ray M. Chu(レイ・M・チュー) 氏は言う。

 もし Chloe さんに、水頭症の症状で起こりうる頭痛、複視、嘔気がみられ、あるいは数ヶ月に渡って持続的に彼女に症状がみられていたならば、彼女はもっと早期に診断されていた可能性があると Chu 氏は考えている。

 「もし何か特異なことが続いて存在していれば脳の画像検査を受けない理由はなく水頭症が明らかになっていたでしょう」と Chu 氏は言う。彼は、年余に及ぶ診断の遅れを“非常に稀なこと”と表現する。

 「これは訓戒的なケースです」と Chu 氏は指摘する。「もし精神科的診断を受けていたら精神病であるという固定観念を持たれてしまいます」

 Chu 氏は endoscopic third ventriculostomy(内視鏡的第3脳室開放術)を行った。これは頭蓋内圧を下げ、脳脊髄液が適正に排出されるように永続的な経路を造設する侵襲の少ない手技である。

 手術翌日、Alison さんは、24時間前には支離滅裂だった Chloe さんからの電話を受けた。「彼女はこう言いました。『ねえ、ハーイ、ママ。何冊か雑誌など持ってきてくれる?本当にここは退屈なんだから』それは奇跡の様でした」ただし一部の患者ではそれほど幸運ではない;水頭症は不可逆的な脳の損傷を起こしうるからだ。

 Chloe さんは5日間の入院後、自宅に戻った。6月に彼女を診察した Chu 氏は彼女を“完全に別人”と評した。彼女は運転を再開しており Nordstrom(ノードストローム:有名な高級デパート)で働き、サンフランシスコの大学を目指していた。

 Chloe さんは今も精神疾患の内服を続けている。医師らは、彼女の精神症状の全てが水頭症に関係しているかどうかは判断できないと話している。「私は気が狂ってはいません。『どうしてこんなことが私に起こったの?』って感じです。今はそれを乗り越えています」と彼女は言う。彼女は最近、大学の一学期を終了し、現在は休みで自宅で過ごしている。

 Mitchell 医師には特別に感謝しているという Alison さんは、今回の苦しい試練で精神的に衝撃を受けたと感じている。違うことをするのであれば、何をすべきだったのだろうかと彼女は繰り返し考えてきた。そして、「大きく流れを変えることになっていたかもしれないのに」、Chloe さんが足を引きずり始めた時に医師のもとに連れて行かなかったことを後悔している。

 「私はひどく打ちのめされました」と Alison さんは言う。「私は彼女の生活が消えてしまうのを目の当たりにしましたし、彼女を救うために何をすべきかを知ることに関して全く無力であると感じていました。私はそのことや、彼女が経験しなければならないことを巡って多くの悲しみを感じています。そしてもちろん、今回のことで経済的にどれほど多くの費用がかかったかということに対しても」

 Mitchell 医師は、あのCT 検査が行われなければ Chloe さんの未来がどんな風になっていたのかについて思いをめぐらしてきた。「痙攣が起こるまで彼女は鍵がかけられた精神科施設に入れられることになっていたと思います。そして誰かがそれを明らかにしてくれていただろうと願うばかりです」と彼女は言う。「でもその確信はありません」

 

 

水頭症についての詳細はビー・ブラウンエースクラップのサイト

参照いただきたい。

ビー・エースクラップのHPより

 

水頭症とは脳脊髄液(髄液)の循環障害によって脳室に髄液が貯留し

頭蓋内圧が上昇したり、拡大した脳室によって大脳が頭蓋骨内面に

圧迫されることで、数々の脳の障害を引き起こす一連の病態を指す。

髄液には、外部の衝撃に対する脳保護、頭蓋内圧のコントロール、

脳の老廃物の排泄、栄養因子やホルモンの運搬などの様々な役割があると

考えられている。髄液は、脳室の中にある脈絡叢(みゃくらくそう)から

産生され、側脳室→第3脳室→第4脳室と移行、

その後脳及び脊髄の表面を循環し、頭頂部にあるくも膜顆粒や

脳や脊髄実質の毛細血管から吸収されると考えられている。

髄液は1日に約450mLが産生されほぼ同じ量が吸収される。

普通の髄液の総量は成人で約150mLであることから

髄液は1日にほぼ約3回入れ替わっていることになる。

 

何らかの原因で髄液の流れが悪くなると、脳室内に髄液が貯留し

脳室の拡大が生じ脳を圧迫することで様々な症状が引き起こされる。

水頭症の原因としては、髄液の生産過剰、髄液循環路の閉塞、

髄液の吸収障害などが挙げられる。

 

水頭症は『非交通性水頭症』と『交通性水頭症』に分類される。

髄液の通路の狭窄や閉塞が原因となる場合は『非交通性水頭症』といい、

小児に発症することが多く、頭蓋内圧が上昇する。

症状としては、乳幼児では頭囲拡大が見られる他、

頭痛・嘔吐・意識障害などが見られる。

髄液の通路が先天的に狭窄している場合や腫瘍等の病変による圧迫で

髄液の流れを妨げられた場合に起こる。

 

一方、脳表のくも膜下腔での髄液の停滞や、髄液の生産・吸収に

問題がある場合は『交通性水頭症』という。

成人・高齢者では、頭蓋内圧は正常範囲であることが多い。

足が上がらない、小刻みで不安定な歩行、動作緩慢、物忘れ及び無気力、

尿失禁などが典型的な症状となる。

頭蓋内圧が正常範囲の水頭症を正常圧水頭症と呼ぶが、

このうち、くも膜下出血や腫瘍、頭部外傷などの後に続いて

発症する場合を続発性正常圧水頭症といい、

原因が特定できない場合を特発性正常圧水頭症という。

 

本記事のケースでは髄液路の完全な閉塞はないものの、

第3脳室と第4脳室をつなぐ経路である中脳水道に狭窄が

あったことから非交通性水頭症に分類されると考えられる。

この場合、頭蓋内圧の上昇を伴い、集中力欠如・人格変化・

嗜眠状態のほか、頭痛・嘔吐・意識障害など急速な症状の増悪が

みられることがある。

 

水頭症の治療は手術が主体となる。

拡大した脳室にカテーテルを挿入し髄液を他の体腔(心房・腹腔)に

流すシャント手術や内視鏡的第三脳室底開窓術が行われる。

後者は脳室内に内視鏡を入れそれを覗きながら第三脳室の底に穴をあけ、

脳室内と脳表くも膜下腔との間を交通させる手術である。

脳室内の髄液は作成した交通路を通過し正規の循環路に入り

吸収されるためカテーテルの留置の必要がない。

中脳水道の通過障害など吸収障害のない非交通性水頭症が適応となる。

 

水頭症そのものの予後は、髄液が適正に排除され、あるいは、

正常な髄液循環が得られた症例では多くの場合脳機能が回復し

症状も改善する。

 

それにしてもこの記事の患者は気の毒過ぎる。

精神病院送り一歩手前まで一度も脳の検査をしていないなんて、

アメリカではそんなことが結構起こりうるのだろうか?

(日本ではまずあり得ないだろう)

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