バンクーバー・オリンピックも終わりが近づいた。
今回も色々な場面で感じるのだが、
たかがオリンピック、という風に割り切ることは
できないものか。
国母選手のドレス・コードの問題もしかりだが、
ことフィギュアスケートにおいては異様なまでの
敵対心?興奮…
日本、韓国両国の威信をかけて…とは、大げさな。
結局、キム・ヨナ選手が順当に金メダルを獲得。
喜びの涙のキム、くやし涙の真央。
日本人にとって今オリンピック唯一の興奮は終わった。
今はただ、浅田選手の健闘を称えたい。
ところで、常々感じていたのことだが、
フィギュアスケートで演技を終えた選手が採点を待つ
あのブースからのあの映像はいかがなものか。
少なくとも日本人の好みに合ったシーンではないと思う。
このブース、
日本でもマスコミに用いられているのを時々耳にするが
『kiss-and-cry area(キス&クライ・エリア)』と
呼ばれているらしい。
演技に失敗した選手に対する徹底的なズーム・インは
残酷だ。
さらに選手のつぶやきを一言一句聞き漏らさじと、
高感度マイクで集音する。
他の競技と違って、フィギュア・スケートには
視聴率獲得を目的としたショー的要素が
あまりにも強すぎるように感じられる。
これも北米的エンターテインメント魂の表れと
見るべきなのだろうか?
After Skating, a Unique Olympic Event: Crying スケート演技が終わった後で…独特なオリンピックのイベント、号泣
左から、ロシア Yevgeny Plushenko 選手、カナダ Anabelle Langlois 選手と Cody Hay 選手、アメリカ Evan Lysacek 選手
By JULIET MACUR
ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー発
純粋なスペクタクルとして、オリンピックは開会式、閉会式、ならびにその間多くのメダル授与式を見せてくれるが、どこかわだかまりを感じさせられるものに、オリンピックのキス&クライ・エリア(悲喜こもごもの場)がある。木曜日、男子フィギュア、フリー演技後にキス&クライ・エリアで待つ米国の Evan Lysacek 選手
演技終了後、フィギュアの選手たちは採点結果が出るまで、時には数分間、リンクのすぐ脇にある場所に彼らのコーチとともに待機する。カメラは彼らの表情を捉え、マイクはすべての音を拾うが、他のいかなるスポーツで見ることのない、不安、涙、歓喜、あるいはそれらすべてに満ちた光景が展開される。
そのキス&クライ・シーンの生々しい激情があまりに人を惹きつけるため、演技の場所以外ではめったにお目にかかれない一定レベルの演出が要求される。先週、男子のショートプログラム後の Evan Lysacek の涙の会見に観衆は釘付けとなったが、このショートプログラムでは、2日後の金メダルの演技のお膳立てとなる失敗のないスケートを披露した。
「『やめろ、やめるんだ』とずっと言いたかった」と、彼のコーチである Frank Carroll 氏は言う。「私はある意味大変冷静で、お行儀がいいのかもしれない。スキージャンプの選手が勝っても、泣き出すことはないでしょう。あえてこういう言い方をしてみたいのです。フィギュアスケートの選手にも泣いてほしくはないと。」
しかし、そういったケースでは、今回の冬季五輪の月曜日のフリーのアイス・ダンスや木曜日の女子のファイナルを放映する予定のNBCなどの放送局は喜んでその瞬間を捉えようとする。明らかに、それはオリンピックにおいて、視聴率の稼ぎ頭としてのフィギュアスケートの地位確保に一定の役割を果たしてきた。
「スケート選手にとって、それは苦痛な数分間となる可能性があります」と、NBCのオリンピック放送の上級プロデューサーで、同ネットワークのフィギュアスケートのディレクターである David Michaels 氏は言う。「私たちにとっては都合が良いのですが」
「今や、それは我々の放送の中できわめて重要な部分なのです。それは青いカーテンや傍らのバケツ一杯の花からプラスチック製の氷像やばかげたセットまですべて重要です。みんなが必死になって考え出そうとしている大きな企画要素になっています」
このキス&クライ・エリアの企画を担当しているのはイベントの主催者だが、NBCはそういった企画を見直してきていると Michaels 氏は言う。同ネットワークはしばしばその場をより写実的に、またテレビのセット然とならないよう照明を調節していると彼は言う。さらにNBC のカメラ一台を小さなクレーンに取り付け、そのキス&クライを上方から覗きこむようにしているそうである。
1960年代に初めてオリンピックが世界中にテレビ放映された時、セットははるかに簡素なもので、選手がスコアを待つための正式な場所もなかった。レポーターやカメラマンはしばしば、選手がリンクから出てくるところで彼らを捉えていたものだった。
ニューヨーク州 Lake Placid で行われた1980年の冬季オリンピックではリンク外の区域が木の葉で飾られたと、プロデューサーたちは言う。1984年のサラエボ大会でベンチ付きの正式の場所が登場した。1988年のカルガリー大会では意図的な背景と照明を備えた立派なセットが登場した。
様々なプロデューサーたちには、キス&クライ・エリアがその名を得るに至った様々な思い出があるが、そのポイントについてあるテレビ局の一人は次のように言う:『そこは、選手たちがキスをする場所であり、スケーターたちが泣く場所だ。だからこそ、キス&クライなのだ!』と。90年代前半までに、その呼び名は定着した、と Doug Wilson 氏は言う。彼は40年以上にわたってABCのフィギュアスケートの放送を指揮してきた同局の古くからのプロデューサーかつディレクターである。
フィギュアスケートを劇場に仕立て上げることは売り上げに直結する、と Wilson 氏は言う。
「キス&クライそのものの価値は最小限のものです。果たしてターゲットが何なのかを見出さなくてはなりません」と、彼は言う。「真の価値は、気を緩め隙を見せている人間が見られるということです。きわめて特別な時間なのです。ほとんどの人はそれについて考えませんが、もしキス&クライにかける総放映時間をスケーティングの時間と比べてみると、それは大きな割合となっているのです」
ファンから投げ込まれたぬいぐるみをつかみ、茫然としているように見える選手もいる。この上なく幸せに、あるいは少なくともそんなふりをしているものもいるが、彼らはきまり悪そうにカメラに向かって手を振り、自宅でテレビを見ている人たちにあいさつをする。またある者は秘密のしぐさで友人や関係者にメッセージを伝える。あるいは、固く噛みしめた歯のすき間からぶつぶつと独り言を漏らすことを覚え、それによって微笑んでいるように受け取られている選手もいる。
自分自身に語りかける者もいる。1993年、プラハで行われた世界選手権では、米国の Nancy Kerrigan は出来の悪かったフリーの演技の後、色々なやり方で、自身の感情を表に出した。起こったことが信じられないと言いながら。最後に「死んでしまいたい」と言って独り言を終えた。
時には、事態があまりにも緊迫することになってコーチと選手がお見合いデートでうまくいかなかったような関係になることもある。選手がリンクを後にしても演技は終わらないのである。
10回のオリンピックでコーチを務めてきた71才の Carroll 氏は、マイクがいたるところに備え付けられているので選手には話しかけないようにしていると言う。
「自宅にいる友人から、もっと笑顔でいるべきだと言われますが、私は何を言えばいいというのでしょうか?おお、すばらしい、彼女は国内選手権を落とした、とでも?つまらないことです」と彼は言う。「何が良くて何が悪いかを話したいところでしょうが、結局は意味のないことを話してしまうのです」
所属のスケーターにキス&クライのトレーニングを行っている国内のスケート連盟がある。ペア演技でAmanda Evora と滑る Mark Ladwig は米国フィギュアスケート訓練プログラムに参加したが、そこで模擬的キス&クライに参加したと言う。
「そのビデオはそわそわし、口を巧みに動かしている人を示していたり、こんなふうに下品に座っている女性が誰なのかを示していました」と、Ladwig は自分の股を開きながら言った。「Amanda と私は栄えある米国チームのメンバーのように見えることを確信しています。私たちのスポーツはきわめて技術的ですが、美的なスポーツでもあるのです」
Ladwig や他のスケーターたちは、キス&クライの場で何を語るべきか、あるいは何を語ってはいけないかについて指図されることはないと言うが、いかなる時にも見られているということを肝に命じるよう言われている。恐らく、2度米国チャンピオンになった Jeremy Abbott ほどそのことを痛感している人はいないだろう。
2008年の国内選手権では、彼は自分のスコアを見て悪態をついた。翌年の同選手権での演技の後には、彼はさらに、カメラと自分の頭に向けて銃を撃つしぐさをした。そして、こう叫んだ。『カンフー大好き』と。なぜなら、彼は映画『カンフー・パンダ』に触発されていたからである。
「私は単に悪趣味な男だったとは思いますが、非礼などを働こうとするものではありませんでした」と Abott は言う。「クレームがあるということを米国フィギュアスケート協会から通告され、私は静かにしていなければならなくなりました」
2度オリンピックで優勝し、長い間スケートのコメンテーターをしている Dick Button は、キス&クライはそういった台本のない瞬間を求めて作られたと言う。
「それがテレビというものです、皆さん、頑張ってください!テレビを制作するとはそういうものだということです」と、Button 氏は言う。
韓国国民は、キム・ヨナの金メダル獲得に加えて
日本を打倒したことでその喜びもひとしおだろうが、
あどけない表情やしぐさの浅田真央は彼らにとっても
決してにっくき敵(かたき)ではなかったことだろう。
残念ながら、今回のキス&クライでは
浅田選手の喜び一杯の笑顔を見ることはできなかった。
4年後のソチ・オリンピックでこそ、
私たち視聴者に最高のキスをいただきたいものである。