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煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

背中に手榴弾!

2021-11-18 19:19:17 | 健康・病気

2021年11月のメディカル・ミステリーです。

 

11月13日付 Washington Post 電子版

 

Medical mystery: Back pain plagued her for 30 years. A recurring clue sparked a delayed diagnosis.

メディカル・ミステリー:彼女は背中の痛みに30年間苦しめられた。繰り返しみられた手がかりによって遅れていた診断が前進した。

 

By Sndra G. Boodman, 

 Charlene Gervais(シャーリーン・ジェルベーズ)さんは、当時16歳、高校バレーボールの花形選手だったので、長くバスに乗っていることで腰にその影響が及ぶことをとりわけ恐れていた。ミネソタ州北部の遠征試合に参加することは、バスが田舎道を1時間以上ゴトゴト揺られながら走ることを意味しており、そういった遠出は彼女に凝りや痛みをもたらした。プレーを始めると背骨や殿部の痛みは減弱したが、自宅に戻る時には増悪してしまうのだった。そして明らかな誘因なく痛みが増悪することもよくみられた。

 現在54歳、シカゴでブランド戦略コンサルタントをしている Gervais さんは、周期的に襲ってくる、しばしば予測できない背部の痛みは遺伝的運命であると思っていた。彼女の父親が同じ症状で悩まされていたからである。

 Gervais さんは、何年もの間診てもらっていた医師やトレーナーから、椎間板ヘルニア、骨棘、脊椎の下方にある仙腸関節の機能障害など、様々な診断名を告げられてきた。しかし、彼らが推奨するどの治療も彼女の痛みや凝りを長期に渡って軽減できなかった。

Charlene Gervais さんは、殿部や背部の繰り返す凝りの治療として何年間もカイロプラクティック手技や運動療法を受けてきたが不成功に終わっていた。予測できない痛みはあったが、彼女は世界を広く旅行しパイロットの免許も取得した。しかし小さな飛行機の乗り降りが難しいこともあった。

 

 そういった症状に対処するために Gervais さんは次善策を編み出した。彼女は、腰を前に曲げるのを避けるため、ペン、タオル、衣類などの物を、足の指で拾い上げる術を身につけた。前屈みの運動は、彼女の腰を固まらせ、強い痛みをもたらし、背筋を伸ばせなくなる可能性があったからである。

 彼女が治療方針を変える必要があると考えたのは、Gervais さんが“tipping point(転換点)” と呼ぶ事態、すなわち9ヶ月間の耐えがたい痛みの頂点を経験してからのことだった。彼女は何年間分ものカルテをコピーし、それらをすべて読み、繰り返し問題として上げられていた単語に興味をひかれた。

 その発見はすぐさま、思春期のころから Gervais さんを悩ませていた症状への新たなアプローチにつながった。その成功に至った速さを目の当たりにした彼女は、自身の役割にもっと関っていれば何年にも及ぶ苦悩を短くできていたのではないかと考えた。

 「私は多くを人任せにするのです」と彼女は言い、長い間『医学的なことを Google で探すこと』を苦手にしていたことも付け加える。

 「私は専門家を見つけると、彼らがきっと仕事をしてくれるはずだと信じてしまうのです」と Gervais さんは言う。彼女は自分の専門領域ではその方法が彼女に有効であったと信じているが、自身の医療については逆に障害となっていたのである。

 

Misaligned spine? ずれている脊椎?

 

 10代の頃、Gervais さんは背中の痛みのためにカイロプラクター(脊椎ヘルスケアの専門家)にかかっていた。「両親が大ファンだったのです」さらに彼女の家庭医も、脊椎の痛みを緩和させるための脊椎の徒手整復術をはじめとするこの治療の支持者だった。

 Gervaisさんによると、そのカイロプラクターは彼女には spinal misalignment(脊椎のズレ)があると説明したという。時折彼女は背部痛が強いためバレーボールの練習を休んでいた。しかし大概は、試合から外されることを恐れてその症状を気にしないよう努めていた。

 「パターンはそれほど多くはないようでした」と Gervais さんは思い起こす。彼女の症状は朝目が覚めた時が一番悪い傾向にあったが、あちこち動くと改善することに気づいた。時には何ら痛みのない状態が数ヶ月続くこともあった。

 成人してからも Gervais さんは、身体を強化する運動、ならびに痛みをコントロールする治療を勧めてくれているのだと信じていたカイロプラクターと個人的なトレーナーにかかり続けていた。ジムで真剣に汗を流すあまり、繰り返し無理をしていたことを覚えている。

 「私は負けず嫌いなので、セーブすることをしないで自分自身を何度も痛めつけてしまうのです」そう彼女は思い起こす。

 これまで100ヶ国を訪れてきた熱心な旅行者である Gervais さんによると、背中が悪いことで自身の活力を落としたくないという決意を持ち続けていたという。約15年前、彼女はパイロットの免許を取得したが、小さな飛行機の乗り降りが困難なことがあった。

 40歳代前半まで何年もの間、自身の健康以外の事に集中してきていたが、見て見ぬふりをしてきた自身の戦略につまずきが生じ始めていることが明らかになったと Gervais さんは言う。「私のやり方は、ただただ勇往邁進することでした:自分自身を救うことに多くの時間を割いてこなかったのです」

 一度、彼女の背中が動かなくなり彼女のオフィスがある5階までの階段を運んでもらわなければならないことがあった。くしゃみは、彼女が床の上で胎児のように丸くなっていない限りひどく辛かった;その姿勢でなければそれは“手榴弾が背骨に大きな打撃を加えている”ように感じたのである。Gervais さんによると、座っている姿勢から立ち上がろうとするには、転がってソファーから落ち、家を這いまわってから立ち上っていたこともあったという。時には、ベッドで寝がえりを打つことすら不可能なこともあった。

 薬物治療は概ね無効だった。抗炎症薬は効かなくなっており、オピオイド(麻薬)は痒みとイライラ感をもたらした。

 Gervais さんがかかりつけの古くからの内科医は同情の念を抱いた。

 「彼女は私を多くの専門医に紹介してくれました。しかし誰も私の助けにはなりませんでした」と Gervais さんは言う。彼女は一人の整形外科医と数人の理学療法士にかかるとともに、時折カイロプラクターの世話にもなった。Gervais さんは歩行を改善するための歩行訓練と、疼痛を緩和させるための鍼治療を試みた。そして個人的トレーナーのもと定期的トレーニングを続けたが、あるトレーナーはあまりに積極的過ぎたため Gervais さんが痛みのあまり泣いたこともあった。

 「筋肉の凝りだと思っていたのでそれが有効だろうと信じていました」と彼女は言う。「彼らが自分のことを専門家だと言えば、私は彼らを信じてしまうのです。そして、私は疑わしいことでも善意に解釈するのです。私は強い忠誠心を持った人間なのです」

 しかし、仙腸関節の固定術を勧めた整形外科医の提言についてはさすがに彼女はこれを拒絶した。

 「こんな風に彼は言ったのです。『うん、たぶんこれで良くなるよ』と」そう Gervais さんは思い起こす。さらに彼女はコルチゾンの注射というアドバイスも、副作用の可能性を恐れて回避した。

 

Common as a cold 風邪と同じくらいありふれた

 

 自分のカルテを読み通したところ、一つの要点が当時46歳のGervais さんの目に止まったという:それは彼女の関節について繰り返し言及されていた点である。そこで“ doctors who fix joints(関節を修復する医師)”でオンライン検索してみたところ、関節、筋、骨および免疫系を専門とするリウマチ専門医、内科医、あるいは小児科医についてのウェブサイトが見つかった。Gervaisさんはそれまでリウマチ専門医にかかったことがなかったため、かかりつけの内科医に、シカゴにある Northwestern University’s Feinberg School of Medicine(ノースウェスタン大学フェインバーグ医科大学)の内科学準教授の Arthur M. Mandelin(アーサー・M・マンデリン)氏への紹介を依頼した。

 2012年6月の彼女の最初の受診予約は「それまで経験した中で最も徹底した診察」だったと Gervais さんは言う。

 Gervaisさんは、Mandelin 氏が投げかけた一連の質問に対して、はいと答えたことを覚えている:長い時間座った後に立ち上がるのが難しいですか?症状は歩行後に軽減しますか?「そういった的を得た質問をされたのは初めてでした」と彼女は言う。

 Mandelin 氏は、Gervais さんの病歴と理学的検査に基づき、彼女が ankylosing spondylitis(AS, 強直性脊椎炎)ではないかと考えていると告げた。これは、硬直と背部痛を起こす慢性炎症性の脊椎炎の一型である。身体の他の部位も侵す可能性がある AS は脊椎椎体間や仙腸関節の炎症に起因する。本疾患は一般に思春期後期から若年成人に発症するが、その原因は分かっていない。しかし、環境因子と遺伝的要因の両者に起因すると考えられている。

 ASの重症度は様々である;高度な前屈姿勢を起こす人もいれば、椎体が癒合しているために脊椎が動かなくなってしまう“bamboo spine(竹様脊椎)”の状態になる人もいる。

 本疾患は主として男性が罹患すると考えられてきたが、最近の研究では、女性で見逃されている可能性が示唆されていると Mandelin 氏は言う。治療として、薬物治療、運動療法、そして時に手術が行われる。

 Mandelin 氏によると、ASの診断の遅れは通例となっているが、Gervaisさんに要した30年というのは長い方であるという。

 「背部痛というのは骨格筋疾患における風邪症状のようなものです」と Mandelin 氏は言う。多くの原因があるためそれらを選別するのは大変であると彼は言い、原因を特定しようとする際に Gervais さんの長い病歴が助けとなったと付け加える。

 医師らはASを意識していなかったために Gervais さんのケースでそれを考慮してこなかった可能性がある。

 「私自身の研修から学んだ教訓があります:『頭が知らないことを目で見ることはできない』というものです」そう彼は話す。

 ASの患者の中には治療を求めるのが遅れる人たちがいる。それは、当初は市販の抗炎症薬が有効なためだが、その後、痛みを抑えるには不十分となり結局仕事を辞めることになる。

 「私が注意を惹かれたことは、彼女の背部の痛みにこれらの炎症性の特徴がみられていることです。彼女は朝の最初の行動がむずかしいが、動いた後は改善していたのです」と Mandelin 氏は言う。もし彼女の痛みが損傷の結果であるとすれば逆のことが当てはまることになる:つまり安静が疼痛を緩和するのである。

 「そして外傷など誘因となるできごとがありませんでした」と彼は言う。

 本疾患では早期の診断と治療が重要であり、「早期の積極的な介入がこの病気をコントロールし、その結果、脊椎や身体の他の部位への障害を減じる絶好のチャンスとなります」と Mandelin 氏は言う。

 診断確定を補助するために Mandelin 氏は HLA-B27 をはじめとする血液検査を行った。HLA-B27 は白血球細胞の表面に認められるたんぱくで、ASを発症するリスクを増加させるが、スクリーニング検査にはなっていない。

 Gervais さんはその検査は陰性だったが、とりあえず暫定的な診断を受けられたことを大いに喜び、indomethacin(インドメタシン)という強力な抗炎症薬が始まって間もなく、さらに満足感が得られたのである。

 「それは文字通り人生が変わるものでした」と彼女は言う。数日のうちに「私は正常の人のように前かがみになれたのですから」

 その薬剤に対する彼女の“驚異的な”反応が Mandelin 氏にとって決め手となる証拠となった。「それは印象的でした」と彼は言う。「リウマチ学において、金字塔的に信頼できる血液検査はほとんどないのです」

 しかし、Gervais さんにはその薬剤によってめまいと精神的混乱が生じたため内服を続けることができなかった。「知らないうちに完全な霧の中で自分の机を見つめているだけの自分に気づいたりしていました」と彼女は思い起こす。飛行機を操縦することなど論外だった。

 代わって彼女は隔週に Humira(ヒュミラ)の注射を受けることになった。この薬剤は免疫系を抑制するため、他のタイプの関節炎や Crohn’s disease(クローン病)の治療に用いられる。後者はしばしば AS を合併する。

 「私たちは炎症を抑えた状況を保てる薬剤を求めています」と Mandelin 氏は言う。この薬は Gervais さんに有効であり、これまでのところ副作用を経験していない。彼女の状態はこの10年間安定を保てていると、現在も6ヶ月毎に診察している Mandelin 氏は言う。

 Gervais さんによると、彼女は現在難なく動けているという。彼女は毎日5マイル歩いており、痛みなく週に3度ジムで運動している。

 「今、順調です、実に良好です」と彼女は言う。数ヶ月前にガーデニングをしたことで短期間の炎症の増悪がみられたとき、かつて何年もの間自身がどのようにして切り抜けてきたのだろうかと彼女は不思議に思ったという。

 「私の経験で浮き彫りになったのは、的確な診断が得られないということに対する途方もない失望感です。誰もきちんと診断できなかったのはなぜなのでしょう?」と彼女は言う。

 

 

強直性脊椎炎(ankyolosing spondylitis, AS)の詳細は

下記のサイトをご参照いただきたい。

公益財団法人日本リウマチ財団のサイト

 

難病情報センターのサイト

 

 

ASとは、主に脊椎・仙腸関節(脊椎下部の仙骨と骨盤の間の関節)、

及び四肢の大関節を侵す慢性進行性の炎症性疾患である。

多くは30歳前の若年者に発症し、頸部・背部・腰部・臀部、

さらには肩、股、膝、肩関節など全身に炎症性疼痛が拡がり、

次第に各部位の拘縮や強直を生じる。

このため、身体的だけでなく心理的・社会的にもQOLの

著しい低下を招き、就学・就労の大きな障壁となる。

重症例では全脊椎が前屈位で骨性に強直して運動性が消失し、

前方を注視できない、上を見上げられない、後ろを振り向けない、

長時間同じ姿勢を維持するのが困難になるなど、

日常生活に大きな支障が生じてくる。

さらには、脊椎骨折やこれに伴う脊髄損傷などを来しやすく、

外傷による後遺症の危険性も高まる。

 

本邦におけるASの患者数は欧米に比べ極めて少ない。

(白人では全人口の0.5%、日本人ではその10分の1以下と

考えられている)

患者の発病時期は、思春期、青年期に多く、

45歳以上での発病は稀である。

医師の間でも本疾患が十分に周知されていないため

診断は遅れがちとなり、発症から診断までに平均9.3年を要する。

 

原因

ASは遺伝性の病気ではないとされている。

原因は不明だが、

ヒト白血球抗原 HLA の一型であるHLA-B27との強い関連性が

みられ、ASの患者にはこの型を持つ例が多い。

(海外ではASの患者の90%以上で HLA-B27陽性)

そのような遺伝的要因が背景にあり、

腸管の細菌感染など後天的要因による免疫異常が生じた結果

ASを発症するのではないかと考えられているが

未だ確証は得られていない。

 

症状

仙腸関節炎や脊椎炎による腰背部痛や殿部痛が

初発症状となることが多いが、

早期には一般的な腰痛症や坐骨神経痛との区別は容易ではない。

疼痛が運動により軽快し、安静や就寝により増悪するのが

特徴である。

夜間や朝方に痛みが強くみられることが多い。

また、症状に波があるのも特徴で、激痛が数日続き

その後は痛みがほとんどなくなることもある。

アキレス腱の付着部である踵部をはじめ、身体各所の

靱帯付着部の炎症徴候(疼痛・腫脹)がしばしば見られ、

時に股、膝、肩など四肢の大関節の疼痛や運動制限も生じる。

進行に伴い脊椎や関節の可動域が減少し、

重症例では運動性が完全に消失する。

骨関節症状以外では、

まれに失明を招くぶどう膜炎(虹彩炎)が約1/3に併発し

視力低下を来す。

その他、貧血や消化器病変(炎症性腸疾患)、

循環器病変(弁閉鎖不全症、伝導障害)、

呼吸器病変(肺線維症)などを合併することがある。

 

診断

若年者で、徐々に進む腰痛があり運動で良くなるような場合には、

本疾患を疑う。

血液検査では、炎症を反映するCRPの上昇がみられることが多い。

関節リウマチでみられるリウマトイド因子は陰性である。

画像検査として、仙腸関節や脊椎のX線検査や、

CT、MRIなどの検査を行うが早期の診断は困難なことがある。

 

治療法

根治療法はなく、薬物療法、及び理学療法・運動療法などの

対症療法が中心となる。

症状軽減には非ステロイド性抗炎症薬が有効である。

ステロイドの長期間の内服は、効果に乏しく

副作用が懸念されるため推奨されていない。

関節リウマチに汎用される抗リウマチ薬(メトトレキサート、

サラゾスルファピリジンなど)の有効性は証明されていない。

ただ、関節リウマチに用いられる

生物学的製剤(TNFα阻害剤)の適応が2010年に承認され、

60%以上の患者でその有効性が証明されている。

TNFα阻害剤にはインフリキシマブ(商品名レミケード)や

アダリムマブ(商品名ヒュミラ)がある。

またASにおける関節の炎症において、

サイトカインの一つであるインターロイキン17A(IL-17A)が

関与していることが示唆されることから、

抗IL-17A遺伝子組換えヒト型モノクローナル抗体も

本疾患の治療薬として昨年本邦でも承認された。

これらは非ステロイド性抗炎症薬の効果不十分な患者に

対して用いることが推奨されている。

高度の脊柱後弯変形(前屈変形)に対しては脊柱を伸ばして

固定する脊椎矯正固定術が、

また股関節・膝関節の破壊・強直に対しては

人工関節置換術が施行されることがある。

 

予後

病状は数十年にわたり徐々に進行し、広範囲の強い疼痛に加え

脊椎や四肢関節の運動制限により、

日常生活動作が著しく制限されるようになる。

約1/3の患者で、全脊椎が棒のようになる強直

(bamboo spine, 竹様脊椎)に進展する。

併発する臓器病変や長期の薬物治療の影響も加わって、

一般人より平均余命は短いが、

病状の進行の程度には個人差がみられる。

また、骨粗鬆症の抑制や骨折の予防が重要である。

 

海外に比べ本邦ではかなり頻度の低い難病だが、

主として若年者を苦しめるこの疾患の存在を

しっかりと頭の片隅に置いておくべきである。

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