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煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

繰り返す鼻出血はなぜ?

2018-11-29 22:25:57 | 健康・病気

11月のメディカル・ミステリーです。

 

11月17日付 Washington Post 電子版

 

It was just a nosebleed caused by bone-dry air — or was it?

それは単なる乾燥した空気による鼻出血――果たしてそうなのか?


Zina Martinez(ジナ・マルチネス)さんと彼女の子供たちは鼻出血を起点に深刻な病気に苦しんだ。その病気の解明は家族にとって人生を変えるほどの意味があった。

 

By Sandra G. Boodman,

 問題の鼻出血が始まったのは 2番目の子供を妊娠し7ヶ月を迎えていた Zina Martinez(ジナ・マルチネス)さんがラスベガスの自宅のリビングルームに座ってアイスクリームを食べていた夜のことだった。

 22歳の Martinez さんは鼻出血には慣れていた。彼女が10歳のときからほぼ毎日起こっていたので、厄介な問題ではあったが、医師からはその都度、恐らく乾燥した空気が原因であるから大したことではないとして片づけられていた。

 しかし今回は違っていた。

 通常は滴る程度に過ぎない出血を止めようと Martinez さんが鼻をつまんで閉じたところ、血液が彼女の口からあふれ出したのである。夫が彼女を近くの緊急室に連れて行くと、そこの医師は鼻の中の静脈を焼灼し、それによって出血は止まった。

 彼女が原因不明の凝固異常に対して毎日アスピリンを内服していたことを知った耳鼻咽喉科医は内服を止めるよう彼女に言った:アスピリンは出血を引き起こす可能性があるからである。しかし、それまで何年も Martinez さんが受診してきた他の医師同様、彼もそれ以上の精査をしなかった。

 そして、鼻出血を実際に引き起こしていた原因を Martinez さんが知ることになったのはそれから6年が経過してからだった。その結果は、彼女の家族にとって人生を変えるほどの意味があり、その時までに3人の幼い子供たちもそれに巻き込まれる事態となっていた。

 「私には5歳のときから徴候や症状がありました」現在36歳になる Martinez さんは言う。「でも、実際に原因を調べられたことはありませんでした」

 

History of nosebleeds 鼻出血の病歴

 

 Martinez さんは、5歳の時、時々てんかん発作を起こしていたが、医師らは根本的原因を発見できなかった。有効な抗てんかん薬を2年間続けたあと、医師はその薬は必要ないと判断した。

 それから 3年後、鼻出血が始まった。Martinez さんによると、彼女の母親は小児科医から、乾燥した砂漠の空気と、彼女が鼻をつついている可能性とが合わさったことが原因として最も疑わしいと告げられたという。

 2003年、Martinez さんが20歳の時、息子の Daunte(ダンテ)くんを出産した。5週早産だったが、それ以外は健康だった。2番目の息子 Antonio(アントニオ)くんは2006年に生まれた。このとき彼女は鼻出血に加えて子癇前症を発症した。子癇前症は、妊娠によって引き起こされ、もし治療されなければ致死的となりうる高血圧である。しかし Antonio くんは健康に生まれた。3年後、彼女は再び、娘の Elliyana Meade(エリヤナ・ミード)ちゃんの妊娠中に子癇前症を発症した。この赤ちゃんは緊急帝王切開で生まれ、未熟児だったため新生児集中治療室で2週間近くを過ごすこととなった。

 2011年5月、Martinez さんが Elliyana ちゃんと自宅にいたとき、Daunte くんの小学校の看護師から緊急の電話を受けた。直ちに息子を迎えに来る必要があると Martinez さんは告げられた。7歳になる息子が激しい頭痛を訴え、その後嘔吐し始めたというのである。その看護師は、彼が運動場で転倒し、その際に頭部を打撲したかもしれないと考えた。

 Martinez さんは学校に駆けつけ、そこから病院に急行した。CT検査で脳振盪よりはるかに悪い状況が明らかになった。Daunte くんは動静脈奇形(arteriovenous malformation, AVM)と呼ばれる脳の血管の異常な塊が原因となって大きな脳出血を起こしていたのである。肺など他の身体部位にも発生しうるAVMは通常、生下時には既に存在しており、破裂しなければ全く症状を引き起こさないこともしばしばある。

 もし脳AVMが破裂すれば、脳卒中を起こし昏睡や死をもたらしうる。激しい頭痛がしばしば最初の兆候となる。Martinezさんによると、Daunteくんの生存する確率は五分五分だと言われたという。彼は数日間、医療的に人工的昏睡状態に置かれ、その後塞栓術を受けた。その手技は鼠径部の動脈から脳にカテーテルを通し、AVMに流れ込む血液の供給を遮断する目的で接着剤やその他の物質を詰めるものである。

 Daunteくんは病院に8日間入院したが、幸い脳の損傷はなかった。Martinez さんによると、彼の出血の重症度を考えるとこの状況はほとんど奇跡的なことだったと医師らが考えていたという。

 Martinez さんは、同じことが他の子供たちに起こることを心配して、繰り返し医師に質問を浴びせたという。彼らも検査すべきなのか?これは遺伝するのか?彼女によると、医師は脳のAVMは小児ではきわめてめずらしいと言って安心させたという。彼女は、他の子供たちにも AVMがあることは “百万に一つの確率”であり、そのようなスクリーニング検査は必要ではないと言われたことを覚えている。

 

'I want answers' ‘答えを知りたい’

 

 しかし、それから18ヶ月も経たないうちに、当時3歳だった Elliyana ちゃんが真夜中に目を覚まし、喉が渇いたと訴えた。Martinez さんが水を飲ませると、少女は強い頭痛を訴え、激しい嘔吐が始まり意識を失った。

 両親は彼女を Daunte くんが治療を受けた同じ病院に急いで連れて行った。Martinez さんは、ぐったりした娘の身体を抱えながら ER に駆け込んだことを覚えている。CT検査で恐ろしい事実が明らかになったのである:脳内の AVM が破裂していたのだ。そのときまでに 2回のけいれん発作を起こしていた Elliyana ちゃんは昏睡状態に陥った。

 Martinez さんは取り乱していたと言い、医師に怒鳴り散らしていたことを覚えている:「あなたたちは子供たちに検査を受けさせる必要はないと昨年言ったわね。答えを知りたいの、今すぐに。」

 数日後、Martinez さんと夫が娘のベッドサイドに座っていたとき、別の医師が入ってきた。

 「あなた方のどちらかに鼻血がおありですか?」彼女はその血液内科医がそう尋ねたことを思い出す。

 「『ワォ!どうして彼は知ってるの?』そう思ったことを覚えています」と Martinez さんは言う。「私は手を上げて、こう言いました。『ほぼこれまでの人生ずっと鼻血に見舞われてきました』」

 彼女によると、その血液専門医はこう答えたという。「なるほど、あなたの子供さんたちの脳が出血する原因はあなたです。あなたは HHT なんです」

 「それは何ですか?」Martinez さんはそう尋ねた。

 遺伝性出血性末梢血管拡張症(hereditary hemorrhagic telangiectasia, HHT)は正常に発達することのできない血管を特徴とする遺伝性の疾患である;中でも AVM の破裂がこの疾患の最も重要な合併症である。

 HHT の患者では、血管が、動脈と静脈との間に介在する微小な構造物である毛細血管を欠いた状態で形成される。これらの血管は通常脆弱で出血しやすい傾向にある。片親が HTTを持つ子供は、50%の確率でこの疾患を発症する。いくつかの遺伝子がこの疾患を引き起こすことが知られている。そのほとんどが、遺伝子検査によって検出可能である。

 HHT では、引き起こされる合併症に対して生涯にわたって観察と治療が必要である。根治的治療法はない。この疾患は稀であり、世界で約5,000人に一人にみられるが、重症度は様々である。通常、脳、肺、および消化管が侵されるが、HHT の90パーセントの人は自身にその病気があることを知らないでいると推測されている。

 普通小児に認められる最も頻度の高い症状は、再発性の鼻出血だが、その程度は軽度から高度まで様々である。しばしば輸血を要するほどの重症例もある。他の症状には、てんかん発作、貧血、息切れなどがあり、後者はしばしば喘息と誤診される。

 診断の遅れは例外的なことではなくむしろそれが通常であると UCLA の HHT Center of Excellence の共同所長でインターベンショナル・ラジオロジストの Justin McWilliams(ジャスティン・マクウィリアムス)氏は言う。平均的には、本疾患の患者は30歳代半ばで診断されている。

 「HHT は進行性の遺伝性肺疾患である嚢胞性線維腫(cystic fibrosis, CF)とほぼ同程度の頻度です」UCLA の放射線医学の准教授でもある McWilliams 氏は言う。「しかし CF と違って、ほとんどの医師はこの病気を耳にすることはなく患者にはこう言ってしまっています。『おや、鼻血ですね』。で、大抵無視されてしまう感じです」

 HTTTの診断は必ずしも複雑ではない。本疾患患者の大部分は、目で確認できる明確な血管拡張、すなわち、患者の手や、鼻腔や口腔内部に点在する小さな赤色斑を有している。しかしこれらの斑点はしばしば成人になるまで出現しない。

 頻回の鼻出血にそれらの赤色斑が組み合わさると、遺伝子検査が行われなくても、脳出血や脳卒中など悲惨なイベントが引き起こされる前に一部の医師では診断を行うことが可能となる。

 検査によって Elliyana ちゃんには脳に5ヶ所のAVMがあることが明らかになった;そのうちの一つに対してのみ早急な治療が必要だった。他の病変はとりあえず観察し、その後、手術と塞栓術で治療が行われた。Elliyana ちゃんは脳出血の後遺症で周辺視野が欠落したが、他の脳の障害は残らなかった。

 

A family rocked 家族の動揺

 

 Elliyana ちゃんの退院後、Martinez さんはインターネットを調べ、メリーランドに拠点を置く全国的な支援支持団体のホームページ Cure HHT を見つけた。この団体の支援、ならびにラスベガスの医師による推薦に基づいて、彼女は UCLA の専門医と連絡を取ることができ、Daunte くんと Elliyana ちゃんの両人を治療した McWilliams 氏に紹介された。

 彼女の真ん中の子で現在12歳の Antonio くんには HHT の合併症はみられていない。彼には AVM はなく、健康状態は観察中である。

 血管を調べるに超音波を用いる造影心臓エコー検査である“bubble study”で Martinez さんの肺に AVM が存在することが明らかになった。さらに彼女の脳の MRI 検査で過去に小さな脳梗塞があった証拠が示された。2013年、彼女は UCLA で McWilliams 氏の手によって肺AVMの治療を受けた。

 彼女のどちらの親に HHT があったのか Martinez さんには分かっていない;二人とも検査を受けていなかったからである。彼女によると、父親には何年も医学的に問題があったが、ベトナム戦争中に使われていた枯れ葉剤 Agent Orange が原因だと家族は考えていたという。

 彼女は、自分の子供全員がこの疾患を受け継いでいたことにショックを受けていて、HHT を彼らに伝えたことに強い後ろめたさを感じているという。

 子供たちの緊急入院というトラウマによって引き起こされた「重度の不安とパニック発作が私たち全員にみられます」と Martinez さんは言う。現在この家族はそれらに対応するために治療を受けている。「私の子供たちが経験したことについては今でも自分を責めています。もし私に HHT があることを知っていたなら、決して子供を持つことはなかったでしょう」

 彼女の信仰、そして、彼女の親族や医師たち、中でも McWilliams 氏の支援が、彼女の忍耐の支えになっていると彼女は言う。

 McWilliams 氏は、Martinez さんが後ろめたく思うべき理由はないが、彼女は“特別に多難な道”を歩んできていると言う。問題の遺伝子を受け継ぐ確率は五分五分だったにも関わらず彼女のすべての子供たちがこの病気を持っていること。さらに、HTT の患者の約10%にしか脳の AVM は認められず、それも多くは一度も破裂しないにもかかわらず、2人は深刻な脳出血を起こしている。また家族の厳しい試練は、彼らの健康保険の補償範囲の問題でさらに深刻化している。

 現在、国内に HHT の治療を専門とするセンターは20数ヶ所あるが、認識の欠如がいまだに厄介な障害になっていると McWilliams 氏は言う。

 早期診断こそ Martinez さんの家族に襲いかかった様な深刻な結果を回避する最善の道である。

 「医師がもっと深く考えて、鼻出血も、単なる鼻出血以上でありうることを認識することが重要です」と彼は言う。

 

 

本疾患については以下の HP を参照いただきたい。

小児慢性特定疾病情報センター

NPO 日本オスラ―病患者会

難病情報センター

 

遺伝性出血性末梢血管拡張症

(hereditary hemorrhagic telangiectasia, HHT)は

オスラー病(Osler-Weber-Rendu disease)ともよばれ、

本邦では難病に指定されている。

皮膚・粘膜・消化管の毛細血管拡張病変からの反復する出血、

多臓器(脳・脊髄・肺・肝臓)の動静脈奇形を特徴とする

常染色体優性の遺伝性疾患である。

男女差はなく、5,000~10,000人に1人の頻度でみられる。

国内には約15,000人の患者がいるとされている。

 

本症の責任遺伝子として血管新生に関係する

3つの遺伝子変異が知られている。

ENG(Endoglin)遺伝子、 ACVRL1( ALK-1 )遺伝子、

および SMAD4 遺伝子があり、

このうち ENG異常によるものを HHT1、

ACVRL1 異常によるものを HHT2 と呼ぶ。

本邦では、HHT1がHHT2の約2倍の頻度となっている。

脳と肺の病変は、HHT1に多く、肝臓病変はHHT2に多い。

HHT1の方が、HHT2 よりも若年で発症する。

患者の80~90 %はこのいずれかの遺伝子変異で起こるが、

残りの患者にはそれ以外の未知の遺伝子の関与が

推定されている。

 

HHT の症状には以下のようなものがある。

鼻腔の粘膜病変による反復性の鼻出血・貧血。

脳の動静脈奇形による脳出血・痙攣、脳梗塞。

脳動静脈奇形は HHT 患者の10~20%に認められる。

肺の動静脈奇形による呼吸不全・肺出血・喀血、心不全。

また肺動静脈奇形の存在が原因となって

脳膿瘍(脳内に膿がたまる状態)を発症することがある。

肺病変は HHT 患者の30%に認められる。

肝臓の動静脈奇形による肝機能障害・肝性脳症。

消化管の粘膜病変による貧血・吐血・下血。

脊髄の動静脈奇形による下肢麻痺・四肢麻痺。

そのほか、頭痛、手指や口腔粘膜・口唇・舌からの出血、

などが認められることがある。

上記症状のうち鼻出血の頻度が最も高く HHT 患者の90%に

認められる。

また HHT の患者の50%に、脳、肺、肝の少なくとも一つに

病変があるとされている。

 

診断には遺伝性出血性末梢血管拡張症の

Curaçaoの診断基準が用いられる。

 

a) 繰り返す鼻出血

b) 皮膚粘膜の毛細血管拡張病変(口唇・口腔・手指・舌)

c) 肺・脳・肝臓・脊髄の動静脈奇形

 消化管の毛細血管拡張病変

d) 一親等に同疾患の家族歴

 

このうち3項目以上が該当すれば確診(define)、

2項目が該当すれば疑診(probable or suspected)、

1項目以下では、可能性が低い(unlikely)とする。

小児期では症状が揃わないことが多く、10歳以下の症例では

この診断基準で確診・疑診となりにくくなっている。

 

画像診断は以下が行われる。

脳病変に対しては MRI 検査。

肺病変に対しては単純CT検査や造影心エコー検査。

肝病変に対しては超音波検査や造影CT検査。

脊髄病変に対してはMRI 検査。

そして消化管病変に対しては内視鏡検査が行われる。

HHT の家族歴があれば、小児の場合には無症状であっても、

遺伝子検査で否定されない限り、その可能性は否定できない。

遺伝子診断も行われるようになってきたが、

遺伝子座の多様性や臨床への応用の困難さという課題が

残される。

 

HHT そのものに対する治療はなく、

病変の見られる臓器それぞれに対し治療が考慮される。

鼻出血に対しては内科的な治療以外に、凝固療法、レーザー焼灼、

鼻粘膜皮膚置換術(皮膚を鼻腔内に移植)、鼻腔閉鎖術などが

行われる。

脳の動静脈奇形には、外科的摘出術、血管内治療、

定位放射線治療が選択されるが、病変が 1cm以下の場合には

経過観察されることも多い。

てんかん発作が見られる場合には抗てんかん薬が投与される。

肺の動静脈奇形では、栄養動脈の径が 3mm以上ある場合に

治療適応があるとされ、コイル塞栓術が第一選択で行われるが

外科的切除も行われるケースもある。

肺動静脈奇形を有する女性の場合には妊娠前の治療が推奨される。

肝臓の動静脈奇形には、保存的治療が選択されることが多い。

脊髄の動静脈奇形は、塞栓術や外科的治療の適応となる。

消化管出血に対しては内視鏡的止血術が行われる。

鼻出血や消化管出血から高度の貧血を来たした場合には

鉄剤の投与や輸血療法が行われることもある。

罹患した臓器により予後は異なるが、死亡率は2~4%とされている。

小児期に鼻出血や脳出血などで発症した場合、本症の可能性を

考慮する。

またHHT の家族歴がある場合には、スクリーニング検査により

病変の発見に努める必要がある。

 

上記のように HHT は様々な症状を呈することから、

単科受診では見逃されてしまうことが多いようである。

早期診断のためには、やはり各科医師がしっかりと

本疾患を認識しておくことが重要である。

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