hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

宮下奈都『誰かが足りない』を読む

2013年03月07日 | 読書2

宮下奈都著『誰かが足りない』(2011年10月双葉社発行)を読んだ。

「誰かが足りない」という気持ちを持つ客たちが、10月31日午後6時に、評判のレストラン「ハライ」で偶然一緒になる。彼らの心持ちをさらりと、しかし丁寧に描いた6つの短編集。

6人の主人公たちは、優しく、不器用で、歯車がどこかずれていて、生き難さを感じている。
別れた彼女との思い出にしがみつき、定職につけない青年。認知症が始まった女性は、家族から試す質問を度々受けて不機嫌になり、夫がまだ健在と思えてしまう。母を失い、妹と2人残された青年は引きこもり、ビデオカメラを通してしか会話できない。

しあわせな記憶がこの人を支える。
思い出せるしあわせだけではない。思い出せない無数の記憶によっても人は成り立っているみたいだ。しあわせだったり、そうでなかったり、うれしい思い出も、悲しい欠片も。

「失敗自体は病じゃないんだ。絶望さえしなければいいんだ」


ハライとは、どこかの国の言葉で「晴れ」の意味だという。

『小説推理』掲載に加筆修正して単行本化。


私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

心の中の何かを失ってしまった人たちが、さらりとさわやかに描かれていて、静かに心にしみこんでくる。「誰かが足りない」という人々が席を空けたまま集まるレストラン「ハライ」という構成も面白い。

各々の疎外された人の心がよく汲み取れているが、とくに認知症になった女性が、過去が現在になってしまったり、ときに正常になったり、混乱する様子が手に取るように書けている。

しかし、逆に、ひとつひとつの話は、分量もないので、そこそこおもしろいのだが、突っ込みが浅く、習作といった感じで物足りない。したがって、読後感もいまひとつすっきりしない。

出だしなどの情景描写は見事だし、文章も読みやすい。あえて言うと、全体的にさらりと書けているのに、ごく一部に、わざわざ追加しないほうが良いと思える箇所が散見された。例えば、難病物と勘違いして『死に至る病』を買ってしまった話や、
美果子が結婚すると聞いて、僕の身体にひびが入った。ぴきん、というその音が実際に聞こえた気がする。どこにひびがはいったのだろうと思って身体じゅうをくまなく探したけれど、見当たらなかった。危険だ、と思った。ひびを知らずに・・・

などは書きすぎではないだろうか。



宮下奈都(みやした・なつ)
1967年福井県生れ。 上智大学文学部哲学科卒。
2004年、「静かな雨」が文學界新人賞佳作に入選、デビュー。
2007年『スコーレNo.4』がメディアで絶賛され、ヒット。
その他、『遠くの声に耳を澄ませて』『よろこびの歌』『太陽のパスタ、豆のスープ』『田舎の紳士服店のモデルの妻』『メロディ・フェア』。
(私は、この著者をまったく知らなかった。「作家の読書道」に経歴などが書かれている)

3人目の子供がお腹にいる頃に「今書かなかったら一生書かないんだろうな」と思ったんです。・・・『文學界』の締切が6月30日で、子供が生まれたのが7月1日で。それでもうダメだとは思わなくて、授乳しながら手書きで書いて、パソコンで清書して、次の12月31日の締切には間に合いました。それが佳作になったのでラッキーでした。
(これが「静かな雨」)



以下、メモ

予約1:
故郷の北の町を出て、この町で大学を出てそのまま就職して8年。アルバイトからそのままコンビニで働く若者。恋人はゼミで同期の男と結婚すると噂で聞く。恋人と評判のレストランのハライに行くことを夢見る。

予約2:
「最近、どんなニュースがありましたか?」と息子も、誰もかも人を試す質問をする。不快だ。まだらボケの女性は、かって家族の中心だった過去を忘れられない。夫の死を受け入れられず、
おとうさんという言葉で、父か夫か混乱し、未だ夫とハライに行くことを夢見る。

予約3:
係長になって、同僚達の尻拭い要員として遅くまで働かされる彼女。幼馴染みのヨッちゃんが失敗続きで帰ってきた。2人でハライを予約しようか?

予約4:
引きこもりで、ビデオカメラ越しにしか人と関われない兄。今を生きて欲しいと願う妹は、表情を変えない不思議な友人と3人でハライを予約しようとする。

予約5:
ホテルのレストランのオムレツ係になった彼は、ようやくたどり着いた係。お客の彼女が好きになった彼は、トントン拍子に彼女と知り合い、ハライを予約しようとする。

予約6:
幼いころから他人の「失敗の臭い」を嗅ぎ分けることができる女性。10歳時の体験からこの能力を恐れてきた女性が出会った青年と・・・。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする