乾ルカ著「あの日にかえりたい」2010年5月、実業之日本社、発行を読んだ。
北海道を舞台に、時を超え「あの日」へ帰る人びとの、小さな奇跡と一滴の希望を描く、どれも死の気配が色濃く漂う感動の6篇。2010年の直木賞候補作だ。
「
真夜中の動物園」
いじめられっ子の僕は、お父さんとお母さんに成績が悪く怒られて、夜、家を出た。動物園のフェンスの破れから中に入り、飼育係のおじさんに会う。やさしいが、帽子のツバで顔が隠れていて、何か不思議なおじさんとのひと夏の交流。実際は寂れた動物園が、夢?の中では、「ほっきょくぐまの島」「ぺんぎんの遊び場」など楽しい場所になっている。モデルは旭山動物園だ。
「
翔(かけ)
る少年」
小学生の元(はじめ)は地震に遭い、お父さんと新しいお母さんと山へ逃げる。しかし、気がつくと、公園でおばさんに出会い、おでこの傷の手当をしてもらい、麦茶やちらし寿司をもらい将棋をする。この地震は、奥尻島を中心にした北海道南西沖地震で、実際、津波で大きな被害を出した。
(元と義母が時を経て、時を越えて初めて気持ちが通じ合うなかなかいい話だ。)
「
あの日にかえりたい」
「わたし」はボランティアで施設に来るが、なぜか孤独な80歳の老人は、彼女だけには心を開いた。彼は、一発逆転を狙い続け、よく出来た妻に迷惑かけどうしだったことを悔いている。老人は「できることなら、俺はあの日に帰りたい。帰りたいんだ。帰って女房を・・・」とつぶやく。なぜ、彼は彼女だけに心を開いたか。
「
へび玉」
仲良しの高校ソフトボール部の5人は最後に花火を楽しみ、15年後に同じ場所で花火をしようと約束した。今は冴えない生活を送っている由紀恵は花火を持って、誰も来ないだろうその場所へ向った。再会した4人は・・・。
「
did not finish」
子どもの時に大人にほめられた言葉を信じて、競技スキーに人生を賭け、今は落ち目のダウンヒル・プロスキーヤー。しまったと思った時にはコースアウトし木立に激突する。過去のことが次々と思い出される。
滑降競技についてやけに詳しくこの著者は競技スキーをやっていたのかと思ったが、巻末にアルペンスキーのテクニックに関する本があげられていた。
「
夜あるく」
札幌に転勤した亜希子は満開のハクモクレンのもとで、帽子をかぶった老女と出会う。老女はかって生徒の自殺から意欲を失った教師であったとき、モクレンの下で腕が血まみれの少女に出会う。少女は言う。「おばさん、気づいていないの?」「ここがどこか。」・・・「そうか、おばさんは自分から来たんじゃないから、分からないんだ」
「おばさんは、生きてて良かったって思ったことあるんですか?」と聞かれ、一度だってなかったのに、思わず反射的に答える。「トランプだって、伏せられたカードが配られているときが一番わくわくするでしょう?」「保証がないから、分からないからこそ、明日までいきてみるのもいいんじゃないかしら。」
初出は、「夜 あるく」が書き下ろしだが、他5編は月刊誌「ジェイノベル」に掲載。
実業之日本社のHPに乾ルカが「
私にとって『あの日』」として、デビューするまでの話、この短編集をまとめるまでの苦しみを書いている。
収録されている短篇は、いずれも北海道が舞台となっている。なおかつ『広い意味でのタイムトラベル的な要素』が加味されている。
なぜそういうことになったかというと、ジェイノベルに掲載していただいた一作目が、たまたまそのようなテイストを含んだ内容だったからである。いずれ単行本化するときに・・・、各作品に共通する設定的なものがあったほうがいい、と担当編集者からアドバイスされたのだ。
乾ルカ(いぬい・るか)
1970年札幌市生まれ。銀行員や官庁の臨時職員を経て、
2006年「夏光」でオール讀物新人賞受賞
2007年短編集『夏光』で単行本デビュー
2010年本書『あの日にかえりたい』で直木賞候補
ほかにホラー長編『プロメテウスの涙』、連作短編集『メグル』
産経ニュースでの著者インタビューによると、
ペンネームは犬好きで「家にいぬ(犬)がいるから」つけた。
1年前、勤め先が業績悪化で「雇い止め」となり、ハローワークでの職探しに苦しんだ。「でも、ありがたいことに今年はなんとか(ペンだけで)食べていけてます」
私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)
一つ一つの話は工夫されていて、面白いのだが、著者が言うように、どれも「『広い意味でのタイムトラベル的な要素』が加味されている」となると、読み始めてすぐ、これも何何なんじゃないかと疑ってしまう。
暗い話が多く、ネクラの私は、過去と真正面から向きあうということは、後悔から暗い話にならざるを得ないのではと思ってしまう。しかし、闇の中にかすかな光が見える話が多く、ほっとする。
直木賞候補作というと、著者自身も言うように、ウ??、となってしまうが、才能あることは間違いない。売り出す新人女性作家に必須の
美人顔でもあるし。