私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ルワンダの霧が晴れ始めた(3)

2010-07-21 11:23:44 | 日記・エッセイ・コラム
 ルワンダ・ジェノサイド(Rwanda Genocide)については英語版、日本語版のウィキペディアの詳しい記事があり、その中に、多数の文献が挙げてあります。日本人著者による日本語の単行本として、私は次の二册の近著を読みました。
(1) 武内進一著『現代アフリカの紛争と国家 ポストコロニアル家産制国家とルワンダ・ジェノサイド』(明石書店,2009年2月)
(2)  大津司郎著『AFRICAN BLOOD RARE METAL -94年ルワンダ虐殺から現在へと続く「虐殺の道」』(無双舎、2010年4月)
まず(1)の武内氏の著作は、461頁の本格的な学術書で、2007年度に東京大学大学院に提出された博士論文に加筆し、修正を加えたものとあります。そのカバーには「アフリカの紛争は、今日の国際社会にとって喫緊の課題である。-本書では、アフリカの紛争の根本的な原因を、独立後に現れた「ポストコロニアル家産制国家」の特質から捉える理論的枠組みを提示する。この枠組みと、植民地化以降の長期的な社会変容の分析を組み合わせ、人類が経験した直近のジェノサイドであるルワンダの悲劇に至る過程を解明する」と印刷されています。この著作を含む武内氏の数々の論考は、ウィキペディア(日本語版)の項目『ルワンダ虐殺(Rwanda Genocide)』の脚注と参考文献に多数引用されていて、日本でルワンダについての最も権威のある知識源とみなされていると思われます。日本アフリカ学会という組織を中心に多くの方々が専門的にアフリカの研究をされている状況のもとで、私のような門外漢が専門家の著作や論考の内容に異を唱えることは、軽々しく行なうべきことではありません。専門的訓練の不足、資料へのアクセスの不足、研究時間の不足、同僚との討論の不足、などなどが、門外漢の見解や主張の欠陥のもとになります。しかし、一方、「傍目八目」という言葉もあります。「木を見て森を見ず」という言葉もあります。専門家がアクセスし依存する多数の資料の個々の信憑性について、門外漢の素朴な“勘”が専門家のそれに勝る場合がないとは限りません。
 上に掲げた(2)の著者大津司郎氏は1970年代からアフリカに熱い関心を持ち続け、造詣を深めているベテランのフリー・ジャーナリストです。武内氏の著作(1)を読んで、ルワンダのことを理解しようと思われる方々は、是非とも大津氏の著作(2)も読んで頂きたいと思います。(1)は学術書、(2)は一般書、スタイルは勿論違いますが、違いはそれだけではありません。最も大きい違いはルワンダ大虐殺をめぐってのアメリカ合州国の関与についての言及の量の違いです。(1)ではアメリカの関与はほとんど論じられていませんが、(2)では重要な話題として取り上げられています。両著の間に存在する決定的な相違は、(2)の“アフリカン ブラッド レア メタル”
というタイトルに如実に現れています。問題の核心は、近くはルワンダの隣国コンゴの、遠くはアフリカ大陸全体の資源争奪の戦いにある、という立場です。
 (2)のエピローグのおわりに近い所(375~6頁)で、アメリカの“アフリカ作戦本部”AFRICOM(Africa Command)について、次のように書いてあります。:
■ 創設への批判もあったが2008年10月1日、正式発足した。しかしアフリカ諸国内に設置を断られたため、現在、本部はドイツに置かれている。兵員、スタッフ約1600人。
 AFRICOMは明確に、増大する中国の脅威の抑制を挙げた。
 アメリカAFRICOM対中国ソフト・パワー(外交、援助、投資)+PKO部隊、武器売却を含む軍事ビジネスの交錯と激突。今,東コンゴのヤマ(鉱山)では中国語が飛び交っている。
 一つだけ気になることがある。そうした世界の存在、利害がぶつかり合うアフリカ、世界の最前線に、日本の存在がほとんど見えないことだ。たしかにJICAを中心としたODAの果たす役割は一定の評価はできる。だが、資源の争奪を含めた戦いの最前線、さらにアフリカ各国政府、大衆が強く求めているのは、必ずしもそうしたきれい事だけではない。時に血と涙の交じり合ったビジネス投資、往来、居住。
 つまり人間である日本人自身のアフリカへの関心と挑戦だ。中国やアメリカのやり方を言葉だけの“平和”論から批判するのは簡単だ。しかし自ら参与し関わることなく、遠くからものを言うのは人間的説得力に欠ける。
 そうした日本を尻目に今、アフリカにはアジアを含めた世界からのビジネス投資、人間が殺到している。■
 (1)によると、武内信一氏は、現在、日本貿易振興機構アジア経済研究所アフリカ研究グループ長で、JICA研究所客員研究員でもあります。(2)によれば、大津司郎氏は、1970年代後半から現在にいたるまでアフリカ関連テレビ番組のコーディネーターを勤め、1992年からは、自らビデオカメラを持ちアフリカ紛争地の多数を現地取材し、また、アフリカ・スタディ・ツアーなどの企画なども行なっておられます。こうしたアフリカの専門家の方々を前にして、私のような人間に何が出来るでしょうか。私のこれからの発言は、「中国やアメリカのやり方を言葉だけの“平和”論から批判するのは簡単だ」という大津さんのお言葉で、すでに、釘を刺されてしまっているとも言えますが、それを自覚するからこそ、ルワンダ問題に関心のある方は(1)だけでなく、(2)も是非読んで下さいと申し上げているのです。
 しかし、私のように行動力に欠けた素人が出来ることは「言葉だけの平和論的批判」に限りません。どのような立場の人の発言にもそれぞれのバイアスがかかっています。具体例を一つ挙げましょう。著書(1)の311頁に
■ 虐殺後、国際的な人権NGOであるアフリカン・ライツ(African Rights)は、虐殺の被害を逃れた人々からの聞き取りに基づいて、殺戮の実態と責任者を示す膨大な資料を発刊した[African Rights 1995a]。■
と書いてあり、著書(1)の研究内容はこの膨大な資料に全面的に依存しています。もし、このロンドンを本拠とする人権NGO「アフリカン・ライツ」の学問的信憑性、中立性に疑問があるとなれば、これは重大な問題です。
 アフリカン・ライツの理事長(Director)Rakiya Omaarは英国国籍を取得したソマリア人女性ですが、彼女がルワンダのカガメ大統領と密接な関係にあり、その政府から厚い支援を受けていることはほぼ確実な事実と思われます。私がそう考える根拠は幾つかありますが、その一つは、映画『ホテル・ルワンダ』でツチ族1200人を虐殺から救うフツ人のホテル副支配人のモデルとなった実在の人物ポール・ルセサバギナの証言です。彼はルワンダ・ジェノサイド後、一度カガメ大統領支配下のルワンダに迎えられたのですが、カガメを批判して大統領の逆鱗に触れ、いまは祖国を逃れてベルギーに住んでいます。ルワンダに帰ることでもあればたちまち逮捕投獄されるでしょう。ベルギーに亡命していても生命の保証はありません。NGO「アフリカン・ライツ」の発表したルワンダ大虐殺関係の資料の信憑性に表立って疑問を投げかけたアフリカ専門家がいたとしたら、彼/女はルワンダで学問的聞き込み調査をしようとしても、ルワンダ当局の協力が得られないどころか、多分、入国も許されないと考えられます。
 7月14日、ルワンダ南部のブターレで、ルワンダ民主緑の党の副総裁Andre Kagwa Rwisereka が死体で発見され、また、ルワンダ国際刑事裁判所(ICTR, International Criminal Tribunal for Rwanda)の弁護人で大学の法学部教授であるJwani Mwaikusa も自宅から出たところで射殺されました。 両者とも、カガメ大統領の政府に対して批判的であったことが、殺された理由と考えられています。ルワンダでは、この8月9日に大統領選挙がありますが、三つの野党勢力は選挙から全く除外されてしまうことは明らかです。これでは、始めから民主的選挙ではありません。ヨーロッパ連合は選挙監視団を送らないようですが、米国と英国は、事実上カガメ大統領当選確実の選挙を積極的に支持しています。ルワンダ問題の中核は、1994年の大虐殺事件にではなく、ポール・カガメという人物に焦点を合わせることで見えてくると思われます。

藤永 茂 (2010年7月21日)



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2 コメント

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はじめまして。 (TM)
2010-07-22 00:04:01
はじめまして。
私も武内氏の本に対して若干の違和感を抱きながら読みました。先生と同じで、本書にはアメリカの動向が全く出てこないからです。

今やルワンダはアメリカの「属国」となった感すらあります。ではいつからそうなったのでしょうか。私の直感ですが、この問題を解く鍵は、94年の「ジェノサイド」を終わらせることになる、RPFの勝利プロセスの実態解明にあると思います。もっといえば、RPFに対するアメリカの支援はどのようなものだったのか、ということを解明してはじめてルワンダの「属国化」のプロセスがわかってくると思うのです。

ルワンダの「ジェノサイド」後の物語には、もしかしたら、フィルケンシュタインの『ホロコースト産業』が描いたものと同じ論理、すなわち同胞の不幸を利用して、アメリカと手を組みながら権力を掌握していく「ルワンダ人エリート」の物語が織り込まれているのかもしれませんね。あくまでも直感ですが…。
久しぶりです。ルワンダにおけるシャーロックホー... (池辺幸惠)
2010-07-24 23:05:49
久しぶりです。ルワンダにおけるシャーロックホームズばりの解明を期待しています。
 たとえば9.11のやらせの映画がいろいろありますが、アメリカは、自らが3S政策を地でいってますよね。
 先日も3S政策を知らないが2人もいたので、ちょっと驚きました。(スポーツ・セックス・スクリーン)+スピード・スリル・サスペンスだとわたしは言ってますが。
 つまり、アメリカは故意に捏造したストーリーの映画をつくって大衆を洗脳するのです。ウソも100回言えば本当になるを国家ぐるみで実践しているのがみえみえです。(ひょっとしてアポロの月面着陸だって^^)
やらせの犠牲になっている英雄たちは、さぞや居心地がわるいことでしょう。誤解されて悪人になっている人たちもさぞ口惜しいことでしょう。
 だから、ルワンダ虐殺の映画も見ましたがアメリカにつごうよく作られているんだろうなと、わたしは思っています。なにが彼らをそうさせたのか、ほとんどの映画はその本質から目をそらさせるために政策されているかのようです。当の本人たちもそこに気づかされないままに殺し合いをさせられているのです。これまでの戦争はいずれもそうです。いつも殺られるばっかりのわたしたち庶民は、どうすればそんな支配者たちの魂胆から抜け出せるのでしょうか、どうぞご教示くださいませ。

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