私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ロジャバ革命は死んでいない(4)

2018-08-19 23:31:38 | 日記・エッセイ・コラム
 7月の末にロバート・フィスクが「シリア紛争の最終戦」と呼んだ戦闘が今や始まろうとしています。シリア北西部、トルコ国境に接するイドリブでの戦いです。イドリブ県は今やシリア反政府勢力の「最後の砦」ともいうべき地域になっています。

https://zcomm.org/znetarticle/are-we-about-to-see-the-final-battle-of-syria/

イドリブの北に位置するアフリンをトルコに占領されたロジャバのクルド人軍事勢力YPG/YPJ(クルド人民防衛隊)は、今もアフリン奪還のゲリラ戦を展開していますが、彼等(彼女等)がシリア政府軍のイドリブ攻撃に参加しようとしているという報道がしきりに行われています:

https://southfront.org/1300-kurdish-fighters-will-participate-in-upcoming-attack-of-syrian-army-in-aleppo-report/

https://syria360.wordpress.com/2018/08/14/alliance-between-syria-and-ypg-deepens-ahead-of-idlib-offensive-provoking-an-unpredictable-turkey/

上の記事に見られるように、シリア北西部を実質的に侵略支配しているトルコの対米、対ロシア関係の複雑さを思うと、イドリブでシリア政府軍が勝利することでシリアをめぐる争乱が円滑に終息に向かうとは到底思えません。最大の問題は米国です。米国は戦争を続けていたいのです。IS(イスラム國)が固有の国土の確立を求める過激宗教思想集団などではなく、実質的に米国が操る傭兵軍団であることは、現在、米国がSDF(シリア民主軍)を傭兵地上軍として占領した地域の中でISの支配地区(ポケット)が米国によって温存され、支持され続けていることで、否定の余地なく明示されています:

https://www.globalresearch.ca/un-report-finds-isis-given-breathing-space-in-us-occupied-areas-of-syria/5650819

 現在、米国が米軍とSDFの軍事勢力によって占領支配している面積はシリア国土の約四分の一(約三分の一という見積もりもあります)に及び、米国の今後のシリア政策の選択肢の一つとして、その地区を事実上独立させて米国の支配下にとどめて地域内の米軍基地を今のまま保持し続け、シリアの分解を試みることが考えられます。これにはイラク戦争終息後のイラク・クルド人自治区とその自治政府の先例があります。しかし、もし米国がこの選択肢を選ぶとなれば、これに対して、ロジャバの革命勢力は強い反対行動に出るだろうと私は考えます。
 1984年8月15日、クルド労働者党(PKK)はトルコ政府軍に対して武力抗争に蜂起しました。それから34年目の記念日を機会に、PKK幹部の発言が目立ちます:

https://anfenglish.com/features/karasu-august-15-changed-the-destiny-of-middle-eastern-peoples-28975

https://anfenglish.com/features/pkk-s-kalkan-tells-how-15-august-1984-actions-were-planned-28973

https://anfenglish.com/features/kck-s-altun-turkey-us-crisis-is-very-serious-29085

PKKが武装蜂起に踏み切ったのは、クルド人に対するトルコ政府の極端な暴力的同化政策に反抗してのことでしたが、今日までに、クルド人側の損害は死者数4万人に及んでいます。しかし、34年のPKKの武力闘争の故にこそ、「クルド問題」は単にローカルな中東問題としてではなく、世界的な問題となったのであり、その闘争の成果は、トルコの政変という形で近い将来に挙げられるとして、PKKの士気は高く、刮目すべきものがあります。しかし、ここで忘れてならないポイントは、トルコのエルドアン大統領が権力を失っても、トルコ東南部のクルド人たちは、現在のイラク北部のクルディスタン自治政府が試みたように、トルコ東南部にクルド人の独立国家を樹立しようとはしないであろうということです。現在のPKK(クルド労働者党)は、オジャラン/ブクチンの革命思想を奉じて、原則的に国民国家のイデオロギーを否定しますが、現実の世界情勢に鑑みて、まずは、現在のトルコの国土の枠内で、一定の自治権を保有する共同社会連合体の樹立を目指すことになるでしょう。つまり、シリア北部、北東部で今ロジャバ革命勢力が達成しようと努力していることと同じです。少し、クルド人人口の復習をしておきます:クルディスタン(クルド人の地)と一般に呼ばれている土地はトルコ東部、イラク北部、イラン西部、シリア北部にまたがり、クルド人の総人口は2500万を越えるとされています。トルコ(総人口約8000万)には約1500万、シリア(総人口約1800万)には約150万のクルド人がいます。
 7月26日に、アサド政権側とMSD(シリア民主評議会)の正式会合がシリアの首都ダマスカスで行われたことは、先日の記事『ロジャバ革命は死んでいない(2)』で報告しました。その第2回目がダマスカスで行われたという報道が8月15日に現れました:

http://syrianobserver.com/EN/News/34634/Syrian_Democratic_Council_Holds_New_Talks_with_Assad_Regime

シリア民主評議会(MSD、英語綴りではSDC)の代表は、今回は、Ryad Derar (Riad Dararとも綴る) です。このニュースのソースは The Syrian Observerという反政府系の報道機関です。短いので英訳全文を掲げておきます:
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The joint head of the Syrian Democratic Council (SDC), Riad Darar, said that the council had held a second meeting in Damascus with officials from the Assad regime, saying that they focused on the concept of “local administration, the possibility of their participation, and the future outlook for the concept of decentralization.”
On Tuesday, Darar told the pro-regime Al-Watan newspaper that delegations from the SDC, which is the political wing of the Syrian Democratic Forces (SDF) militia, of which the Kurdish People’s Protection Units (YPG) are the biggest part, said that “all discussions which are now underway are to learn the other’s view on the issues that can be implemented.”
Darar said that the Assad regime in his opinion started with the subject of local administrative elections “by virtue of the fact that there is a trend toward decentralization and how it can be implemented, and this requires understandings about how this can be implemented in these areas.”
In an indication that there are many issues around which the SDC and the regime had not reached agreement, Darar said: “There are discussions which will require a great deal of attention before decisions are to be taken, and therefore they were left for other meetings.”
The discussions between the SDC and regime have raised questions about American policy in Syria, especially given that Washington is one of the SDF’s biggest backers, as well as the fact that American forces are deployed in SDF-controlled areas.
The Assad regime had previously raised the prospect of using force against the SDF and has called the American forces which support them “occupying forces,” and demanded that they leave Syria.
The SDF controls about 28 percent of the country’s territory, making them the second strongest power on the ground after the Assad regime and Iran-backed militias.
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ここに報道されていることが真実でしたら、シリアの近未来に希望が持てます。

藤永茂(2018年8月19日)

ロジャバ革命は死んでいない(3)

2018-08-10 21:46:50 | 日記・エッセイ・コラム
 米国政府はクルドの軍事勢力YPG/YPJ(クルド人民防衛隊)を主力とするSDF(シリア民主軍)とその政治的翼であるMSD(シリア民主評議会)を対シリア政策の最重要のカードとして使っているのが現状ですが、私が最も知りたいのはロジャバ革命を推進しているクルド人たちが米国とのこの関係をどう考えているかということです。
 SDF/MSDは米国がクルド人民防衛隊を事実上の傭兵地上軍として使うことを決めた2015年10月に結成されましたが、ロジャバ革命全般の推進を目指すTEV-DEM(民主的社会運動)という諸派連合体組織は2011年年末という早い時期に結成されました。結成当初から今日までTEV-DEMを代表する人物はサレフ・ムスリム・モハメド(Salih Muslim Muhammad)、普通、英語表現でSalih Muslimとされています。シリア政府によって数回投獄された経験もあり、トルコ政府は、最近、訪欧中のムスリム氏を逮捕してトルコに送還させようとしたほどの“危険人物”です。この人物の過去の発言で、私の脳裏に焼き付いている発言があります。2013年8月21日、シリアの首都ダマスカスの近くの反政府軍の支配地区に対してロケットによる化学兵器(サリン毒ガス)攻撃が行なわれ、多数の一般市民が殺されました。死者数は初め約1300人だとマスメディアは報じました。これについては、事件当初、このブログで二回取り上げました:

『もう二度と幼い命は尊いと言うな』(2013年8月30日)
https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/c5df1fe276fd37c2c6ac057af2b17ad8
『8月21日にサリンを使ったのは』(2013年9月23日)
https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/29ab3b8c1be60e92767852c02f545eae

9月23日付の記事の冒頭で、私は
「8月21日、シリアの首都ダマスカスの郊外で、サリンを使って千人以上の一般市民を殺したのは、政府側か、反政府側か。日本を含めて世界の主要メディアは政府側を示唆する口ぶりですが、私は反政府側だと確信しています。その判断は9月20日付けのロバート・フィスクの報道記事(ガーティアン紙)で、私としては、決定的なものになりました。」
と書きました。このフィスクの記事中に反政府側が使ったという決定的証拠が示されていたのではなかったのに、「やったのは反政府側だ」と私が判断を下した理由については、上掲の記事を読んでください。ところで、上に「この人物(ムスリム氏)の過去の発言で、私の脳裏に焼き付いている発言があります」と書いたのは、時と所のメモを失ってしまいましたが、「サリンを使ったのはアサドだ」という宣伝を米国側(反政府側)が猛烈に展開している最中に、このサレフ・ムスリム氏は「サリンを使ったのは反政府側だ」と発言したのです。ごく短い発言でしたが、私の記憶に突き刺さって、今に至っています。反政府勢力側の人間であるのに、この発言を敢えてする人物は只者ではないと思ったのです。その彼が、イルハーム・アフマドのシリア民主評議会とアサド政府とのダマスカスでの会合の4日後に、ANFNEWSのインタビューで、会合について大いに語っています:

https://anfenglish.com/features/muslim-we-want-to-expand-the-democratic-system-to-all-of-syria-28611

サレフ・ムスリムはシリア紛争には平和的、民主的解決が重要であることを強調して「我々はすでに将来のモデルとなるべき生活共同体とそれを守る正当な防衛兵力を持っている。これが、政府側が我々に耳を傾けざるを得ない理由だ。どれだけシリアとその政権が変化するかは、我々の側のプロセスに依存する。‘我々は24時間のうちに、あるいは一年のうちにこれこれをします’とは言わない。そんな状況ではないのだ。もし話会いが始まるとすれば、諸々の委員会がロードマップを作ることから始まるだろう」と語っています。以下に、ANFの質問とサレフ・ムスリムの回答から重要なポイントを取り出します:
 ロジャバのクルド人勢力はシリア紛争で形式的には確かに反政府側に属し、その性格は、米国軍との連携が強くなった2015年後半から、より鮮明になりました(例えばその勢力圏内に多数の米軍軍事基地が建設された)が、SDF(シリア民主軍)とシリア国軍との直接戦闘は殆ど生じていません。サレフ・ムスリムは、この点について、「我々はアサド政権を打倒してシリアを分割するために戦っているのではなく、シリアの国土を保全しながら、その中で革命を推進して、シリア全体を変えてしまいたいのだ」と答えています:「The forces that call themselves opposition have no intention of change and only fight for power. Our fight is not like that. We represent a real revolution on both a mental and a social level. We are a part of Syria. We have never gone beyond Syria's unity, we have always thought of Syria as a whole. But we have our model. We have seen that this model works and it is the best choice and want to spread it.」
ここでサレフ・ムスリムのいうモデルとは、ロジャバ地域(アフリン、コバニ、ジジーラの三つのカントン)で、過去6年間に成長実現したコミュナリズム的社会を意味します。この地域はもともと4百万人前後のクルド人が集中的に住む地域ですが、現在は、米国の支援を得て、ISテロ勢力の排除という名目のもとに、SDF/MSDの支配地域は、クルド人が少数派であるシリアのユーフラテス河東部に拡大されて、その総面積はシリア全土の約23%を占めています。ロジャバ革命勢力はクルド人が多数派でない新しい支配地域でも、革命の理念に基づいたモデル社会の設立拡大の努力を、シリアの将来を見据えながら、懸命に続けていることがサレフ・ムスリムの言葉から読み取れます。
 「アサド政府との接触について米国の了解を得ているか?」というANFの質問に対してサレフ・ムスリムは「我々の政治的意志は何者にも属しない」と答えます:「The Americans are here. But we have never tied our political will to anyone. Our political will lies in our hands. We have not lent anyone our political will, the will of the peoples and the structures we represent. When we have talks, we do that out of our own will. Be it the Russians, be it the Americans, if the international forces really want, then they will know what we have done and what we are trying to achieve.」
 私が信頼するベテラン・ジャーナリスト、ロバート・フィスクは、シリア北西部のトルコ国境に近いイドリブがシリア紛争の終焉を画する戦場になると論じています:

https://zcomm.org/znetarticle/are-we-about-to-see-the-final-battle-of-syria/

過去3年間、ロシア空軍の強力な援護で力付いたシリア政府軍は、主に首都ダマスカスの東部と南部で、米国、イスラエル、NATO諸国、トルコに支持された反政府勢力を次々に制圧し、降伏して武装解除に応じるか、さもなければ、シリア北部の反政府勢力の拠点として残っているイドリブへ移動せよ、という選択肢を与えたので、その結果、イドリブは、フィスクの言葉では、‘the dumping ground for all of Syria’s retreating Islamist militias’ になったのです。アサド政府とクルドのロジャバ革命勢力にとって、イドリブとそのすぐ西のアフリンを占領している反政府勢力はあくまで排除殲滅すべきテロリスト勢力であり、特にロジャバ革命勢力にとっては、不倶戴天の敵ですから、アサド軍とクルド軍の軍事的共闘の可能性の問題があります。実際、この秋に予想されるアサド政府軍のイドリブ総攻撃にSDF側から共闘の申し出が行われているという報道が流れていますし、サレフ・ムスリムもそれを否定していません:

https://southfront.org/kurdish-forces-will-support-syrian-military-attack-in-idlib-if-it-helps-them-retake-afrin/

http://syrianobserver.com/EN/News/34557/SDF_Official_Reveals_Content_Meeting_With_Regime

ロジャバ革命の成功を願う私としては、国外から支持されているテロリスト勢力に対するプラグマティックな軍事協力から始めて、水道、電力、通信、など市民生活のためのインフラ整備などの分野で、双方の協調関係が広められて、やがて、シリア全土について政治的な妥協点が見出されることに大きな望みをかけています。
 しかし、このプロセスがやすやすと進行するとは思われません。7月26日のダマスカス会合について、クルド人側からは数多の公式報道や論説が発表されていますが、アサド政権側は、今までのところ、ほとんど沈黙の状態です。アサド政府は、単独でイドリブの最終決戦に勝利を収めることに自信を持っていて、ここで不必要な借りを作るのは得策でないと踏んでいるのでしょう。
 一方、ロシア政府もアサド政府とロジャバ革命勢力との協力関係の進展を重視して、各種のクルド人政治団体との接触を開始しているようです:

https://southfront.org/russia-intensifies-contacts-with-kurdish-groups-amid-rapprochement-between-damascus-and-ypg/

 アサド政府とロジャバ革命勢力の関係の今後について、著名なシリア人ジャーナリスト、Ibrahim Hamidi、による否定的なシニカルな見解も発表されています:

http://syrianobserver.com/EN/Commentary/34587/Damascus_the_Kurds_Mutual_Delusions

イブラヒム・ハミディはアサド政府によって投獄された経験を持っています。この練達の士に言わせれば、ロジャバ革命に託す私の夢のような話は、儚いデリュージョン(妄想、思い違い、勘違い)に過ぎないかもしれません。しかし、今、ユーフラテス河の東に広がる、シリア国土の4分の一を占める、地域の少なくとも百万人のオーダーの住民がオジャラン/ブクチンの革命思想を奉じて日々の生活に励んでいるという事実に、私は興奮を禁じ得ません。パリ・コミューンのバリケードに立てこもった人々、ジョージ・オーウェルが讃歌を捧げたアラゴン高原につどった人々の数はせいぜい数万人、それを思えば、今シリア北西部で起こっている事態は、誠に画期的な、真に革命的な事態なのです。シリアという舞台で繰り広げられている諸国間の権謀術数のドラマにはもう飽き飽きです。

藤永茂(2018年8月10日)

ロジャバ革命は死んでいない(2)

2018-08-06 23:14:00 | 日記・エッセイ・コラム
 2017年10月30日付の記事『ロジャバ革命の命運(7)』で私は
「2015年12月に発足したシリア民主協議会(Syrian Democratic Council, MSD)はSDFの政治活動担当機関です。コバニの攻防戦は2014年9月から2015年1月までの5ヶ月の死闘でしたから、米国は、ほぼ一年をかけて、ロジャバのYPG/YPJをアサド政権打倒の最も有効な軍事政治勢力として育てたことになります。MSDの代表的発言者として知られるのはIlham Ehmedという名の女性で、ワシントンにも出かけて米国政府との連絡の任にあたっています。ネット上で彼女の発言の多くを読むことができます。例えば、次の発言はロジャバ革命の支持者にとって誠に喜ばしいサクセス・ストーリーですが、私には何処かワシントンの匂いがします」と書きましたが、まず英語略記について:(Syrian Democratic Council, MSD)のMSDはクルド語に基づく表示で、英語表示ではSDCが普通ですが、以下では、MSDと略記することを続けます。また日本語訳はシリア民主評議会が普通かもしれません。次にIlham Ehmedという女性についてワシントン寄りという私の勘ぐりは誤っていたようで、ロジャバ革命の成就を願う私は、喜んで私の犯した誤りを訂正したいと思います。
 2012年7月19日、クルド人民防衛隊(YPG)はコバニの市街を占領してその支配下に置きました。以来、7月19日はロジャバ革命の記念日とされています。ロジャバ革命は7年目に入ったというわけです。ロジャバ革命勢力は、現在、米国の軍事的支持のもとにユーフラテス河の東岸に広がるシリアの主要油田地域を含む総面積でシリア国土の約23%を支配下に収めています。ダマスカスを首都とするアサド政権の支配地域の広さは約60%です。
 今年の7月に入ってから、アサド政権とMSD(シリア民主評議会)が話し合いをしているという噂が流れ始めました。7月16日から3日間、MSDの第3回会議が“政治的解決と非中央集権化した民主的シリアの建設を目指して”というスローガンを掲げて、ラッカ県タブカ市で開かれ、270人の評議員や各種客員が集まりました。MSDという組織については下記の記事に記述されています:

http://hawarnews.com/en/haber/on-the-eve-its-3rd-conference-what-did-msd-achieve-for-syrian-peoples-h2556.html

これまでの評議会共同会長はIlham Ehmed(女性)とRyad Derar(男性)でしたが、今回新しくAmina Omar という女性がIlham Ehmed と入れ替わり、Ryad Derar は再選出されました。この交代の政治的意味はよくわかりませんが、Ilham Ehmedという女性が今もMSDの中で指導的地位を保っていることは確かなようです。このタブカ市のMSD会議の際にアサド政権側とMSD(シリア民主評議会)との接触が行われ、7月26日に双方の正式会合がシリアの首都ダマスカスで行われました。MSD側の代表団の長を務めたのはIlham Ehmedでした。会談を報じる簡潔な記事がありますので訳出します:

https://anfenglish.com/features/msd-statement-after-the-meeting-with-the-regime-28566

 MSD(シリア民主評議会)の代表団は、7月26日、ダマスカスで、シリア政府と会合を行なった。会合についてのMSDの声明は以下の通り;
「シリア政府の要請により、シリア民主評議会とシリア政府の代表団は2018年7月26日ダマスカスで会合を行なった。会合の目的はシリアの危機とその他のすべての問題の解決のための広範な対話の基礎を形成することである。この会合の前に双方からの小規模の委員会がタブカ市で話し合いを行い、そこでは公共サービスの面での議論が行われた。
ダマスカスでの会合の結果として、対話と交渉を展開して、シリアの人々と社会を危機にさらしている暴力と葛藤の終息を確実なものとし、非中央集権化した、民主的なシリアを目指すロードマップを形成するために、あらゆる分野で委員会を立ち上げることが決定された。」
 これはシリア紛争にとって極めて重大な事態の展開です。このシリア政府とロジャバ革命勢力との会合は前回のブログの冒頭で紹介した朝日新聞の『内戦終結見据えアサド政権協議 クルド人勢力と』という報道記事に対応しますが、「クルド人勢力は連邦制による自治権獲得を目指している」というこの記事の結語からは、この会合(協議)が行われたことの意義の重大さは到底読み取れません。
 この7月26日の注目すべきダマスカス会合については多数のニュース記事が飛び交っていて、アルジャジーラなどは「ロジャバ革命勢力は現在支配下に置いている地域(シリアの全面積の約4分の1)をそっくりアサド政権に提供している」などと書いていますが、MSDの代表団長として、Ilham EhmedはANFNEWSに彼女の見解を詳しく述べて、これをはっきり否定しています:

https://anfenglish.com/news/msd-s-ehmed-meeting-with-syrian-officials-was-positive-28638

この記事は、Ilham Ehmedtという人物についての私の危惧、つまり、彼女は魂をワシントンに売ったのではないかという危惧を払拭するのに大いに役立ちました。オバマ政府に招待されてワシントンに赴き、ロジャバの人民防衛隊YPG/YPJを主兵力とするSDF(シリア民主軍)を全面的に米国軍の援助統率の下に置く交渉をしたのはIlham Ehmed その人だったと思われます。それ以来、SDFが実質的にシリアにおける米国の傭兵的地上軍事勢力として行動してきたことはまぎれもない事実です。2015年の暮あたりから、私はIlham Ehmedという人の言動をかなり注意深くフォローしてきたつもりですが、ロジャバ革命を米国政府がどう考えているかについての彼女の発言に接したことはありません。しかし、上掲のANFNEWS上での彼女の語り口から、私は彼女が米国政府に魂を売ってしまったのではないことをほぼ確信することができました。上掲の記事の最後の節の英訳原文とその和訳は以下の通りです:
 'The meeting was positive'
Ilham Ehmed said that the opinion on the meeting was positive but added: "It won't be wise to channel all our hopes towards this meeting. These talks will be the beginning to find some solutions. Undoubtedly we are the key and the real power for solution."
İlham Ehmed pointed out that some parties and media were not reflecting the truth about the meeting, talking about possible deals on SDF liberated areas. "This discourse and claims are false. There is no question of the liberated areas being handed to anyone".
‘会合は建設的なものだった’
イルハーム・アフマドは会合について肯定的に評価すると言ったが、それに加えて“我々の希望のすべてをこの会合に向けるのは賢明ではあるまい。これらの談合は何らかの解決方法を見出す初期段階となるだろうが、疑いもなく、我々こそが解決のための鍵であり、真の力である”と付言した。また、ある種の党派やメディアはSDFが解放した地域について何らかの取引が行われたかのように語っているが、それは今回の会合についての真実を反映していない、とイルハーム・アフマドは指摘した。“こうした話しや主張は嘘っぱちだ。解放された地域が誰かに手渡されるなどということは決してありえない”」
Ilham Ehmedのこうした語り口から、彼女はOKだと感じます。
 今回のアサド政府とロジャバのクルド人勢力との接触について、勿論、彼女の発言以外にも、注目すべき発言が数多くなされています。次回にはそのいくつかを紹介して、ロジャバ革命の近未来についての私見を述べることにします。

藤永茂(2018年8月6日)