私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

老人の介護:米国とキューバ

2020-05-27 23:42:15 | 日記・エッセイ・コラム

 米国では、COVID-19による死者総数の、少なくとも20%が高齢者の介護施設で出ています。35%という数字も報告されています。その上、米国では、黒人やラテン系住民が多数を占めるような老人ホームでの死者が、白人が主な施設に比べて2倍以上多くなっています:

https://www.nytimes.com/interactive/2020/05/09/us/coronavirus-cases-nursing-homes-us.html

https://www.nytimes.com/article/coronavirus-nursing-homes-racial-disparity.html?campaign_id=2&emc=edit_th_200522&instance_id=18661&nl=todaysheadlines&regi_id=68146593&segment_id=28781&user_id=2d1907fb8ebe0dbc559d19a5da2f88a0

この状況をキューバのそれと較べると、その違いに驚かされます。次の記事は社会主義者のジャーナリストの筆になるもので;

https://libya360.wordpress.com/2020/05/16/socialism-and-dignity-seniors-are-not-roadkill/

老人介護の職場で働く人たちの苦境に議論の重点が置かれていますが、その後半だけを訳出します:

「米国の15,600の老人ホームの70%近くは民間所有で、営利目的で経営されている。営業を続けるために所有者は安全面で手抜きをすることになる。小規模の老人ホームはコロナにかかった患者を隔離する余地を持たない。

 公共の老人ホームの方はこれまで予算削減で苦しんできた。ほとんどの老人ホームの出費を払っているメディケイドは、何兆ドルという巨大なペンタゴン予算はそのままにしてあるのに、削減されることになるだろう。長寿は資本家の儲けとは折り合いが悪いのだ。

 資本主義の米国と違い、社会主義のキューバはその老人たちを祝福する。100歳以上の老人が2千人以上住んでいることを、キューバ人たちは誇りに思っている。

 世界銀行でさえ、キューバでは1960年から2017年の間に平均寿命が17歳伸びたことを認めている。この改善は米国の残酷な経済封鎖で医薬品の購入が大変困難になっているにもかかわらず、達成された。

 キューバでは1日あたりのコロナの新患者数は20人以下だが、5月12日には、米国では21,473 人の新患者が出た。これはキューバの社会主義的医療制度と米国の資本主義的医療制度の対比をまざまざと見せ付けている。

 キューバの青年共産主義者連盟のメンバー達は老人達を助けている。若者は、革命以前、米国の会社がキューバを略奪していた頃の生活がどんなものだったかを、老人から学ぶ。

 約90%のキューバの老人は家族と一緒か、家族の近くで住んでいる。老人達は社会の重荷ではない。

 社会主義革命は生活水準の向上を目指している。キューバ経済はトランプから制裁を受けていても、キューバの人々は威厳を持っている。彼らはキューバの医療制度要員が世界中の人々を助けていることを誇りに思っている。

 ニューヨーク市では2万人以上の子供達がホームレスだが、キューバにはホームレスの子供はいない。そして、キューバでは、路上で車に轢き殺された動物のように老人が扱われることは決してないのだ。

 キューバは我々が必要なものを持っている:社会主義革命。」(翻訳終わり)

 この記事はキューバの社会主義的医療保健システムのストレートな礼賛ですが、米国の政府もメディアもこのキューバの成功が甚だ気に入りません。新コロナ禍以前にキューバは2万8千人の医療要員を59か国に派遣していましたが、発生後はそれに加えて2千人の医師や看護師を23の国々に送り出しました。トランプ大統領はこれらの医療要員達をキューバ政府によって酷使される“奴隷達”と呼び、更には、その中の多数は医者ではなく、共産主義のウイルスを各国に蔓延させるための任務を帯びているとまで中傷誹謗しています。詳しくは次の記事をご覧ください:

https://www.thenation.com/article/world/cuba-doctors-covid-19/

また、私が時々引用する、かつては私の大のお気に入りだった、ニューヨーク・レヴュー・オブ・ブックスの記事の内容もなかなか示唆的です:

https://www.nybooks.com/daily/2020/05/15/pandemic-journal-april-13-20/

ここでは、キューバ国内での、政府の医療保健政策への批判が報じられています。勇敢な批判者として登場する Baró Sanchez という女性ジャーナリストの今後に注目したいと思います。

 新コロナとの戦いに成功している社会主義国といえば、ベトナムも注目に値します。サンフランシスコで出版されている黒人新聞San Francisco Bay View の次の記事によると、かつて大国米国を打ち負かしたこの小国は、この巨大パンデミックも見事に打ち負かし(5月1日時点で確認感染者270、死者0)、キューバと同様に他国にも援助の手を伸ばし、米国に対しても支援物資を送っているそうです:

https://sfbayview.com/2020/05/viet-nam-vs-covid-19-how-one-small-nation-defeated-a-global-enemy/#

 

藤永茂(2020年5月27日)


カルロス・クライバー、指揮者

2020-05-10 19:48:21 | 日記・エッセイ・コラム

 カルロス・クライバーというオーケストラ指揮者がいました(1930〜2004)。ご存知ですか? もしも、もしも、ご存知でなければ、家の中で閉じこもりの日々の憂さ晴らしとして飛切りのボーナスがここに待っています。

 前回のブログで、ウェブサイト「マスコミに載らない海外記事」にAndre Vltchek の記事『もはや我々は、好きなものを、見、聞き、読むのを許されていない』が訳出されているのでお読みになるようにと書きました。

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-021dfd.html

ここには「今我々は、とうとう、読書し、映画を見て、音楽を聴くための時間を得た。不本意ながら我々には時間がある。我々は考えて、考えて、考える、たくさんの時間がある。」とあります。 この意味で、今はまさに天与の好機です。

 長寿を授かったおかげで、多くの古典音楽指揮者を知ることができました。その最初はフリッツ・ライナーです。若手の物理学研究者として、1959年から2年間、私はシカゴ大学に滞在しました。その頃の米国は本当に輝いていました。私たちはシカゴ交響楽団のシーズン・チケットを一枚購入して、夫婦交代でシンフォニー・ホールに通いました。その当時の私たちとしては、二枚買って一緒に楽しむのは贅沢に過ぎることでした。当時のシカゴ交響楽団は専任指揮者ライナーの下でその黄金期を迎えていました。リハーサルでのライナーの楽団員の鍛え方はとても厳しいものであったようですが、本番の演奏での指揮ぶりは優雅でしかも切れ味鋭い感じのものでした。招待指揮者の中で印象に残っているのはピエール・モントーで、当時80歳の老軀で指揮台に立ち、ほんのわずかな手の動きで音楽を聞かせてくれました。古典音楽のファンでしたら、フルトベングラー、カラヤン、小澤征爾などなどの指揮ぶりをよくご存知でしょうし、また、カルロス・クライバーのまるで舞踏家のような指揮ぶりも先刻ご承知のことでしょう。しかし、私はそうではありませんでした。ほんの数ヶ月前まで知らなかったのです。

 私が初めてカルロス・クライバーの指揮ぶりを目にしたのは、歌劇『カルメン』のDVDでした。それはMAGIC MOMENTS OF OPERA という箱物のセットで有名オペラ10編が入っていて7千円という安値に惹かれて購入しました。一番に視聴したのがカルメンで、プラシド・ドミンゴがドン・ホセの役、1978年の録画です。テレビ放映を考慮して制作されたようで、オーケストラピットの指揮者の様子も通常のオペラのDVDより多く撮影されていますが、やはり舞台の映像が主ですから、カルロス・クライバーの指揮ぶりを満喫できるわけではありませんでした。しかし初見の私にも、そこには単に派手な身振りを超える何物かがあることを感知できました。クライバー指揮の音楽をもっと聞きたいと思い、ドイツ・グラモフォンの彼のセットを購入して、ベートーベンの第5から聴き始めて、その音楽にすっかり感心して、その指揮ぶりの動画を見たいと思い、YouTube で探して見ると、第5は音しかありませんでしたが、カルロス・クライバーの指揮ぶりを満喫できる動画がいくつもアップされていましたので、その中から一つだけ選んで紹介します:

https://www.youtube.com/watch?v=Ta8Tqjn7Suo&list=RDTa8Tqjn7Suo&start_radio=1&t=0

言葉はドイツ語ですが、英語のサブタイトルがついています。読みにくいので、一時停止して読むといいでしょう。とにかく、語られていることが十分わからなくても、ぜひ映画の終わりまで視聴し通してください。

 最後に、カルロス・クライバーとはあまり関係のない付け足しを致します。20世紀最高の指揮者とも呼ばれることのあるWilhelm Furtwängler (1886-1954) に Gespräche Uber Musik (英訳書Concerning Music )という本があります。私のような素人が読んでも大変面白い本ですが、つい先ほど、また読み返していると、先日(2020年2月8日)このブログで『植物人間』を書いた私にとって、とても嬉しい言葉が見つかりましたので、以下に引用しておきます:「バッハとベートーベンを比べるのは、樫の木とライオン、動物の命と植物の命を比べるようなものだ。( To compare Bach with Beethoven is like comparing an oak tree with a lion, animal life with the life of a plant.)」

藤永茂(2020年5月10日)


ワシントンのキューバ大使館が銃撃された

2020-05-03 22:36:02 | 日記・エッセイ・コラム

 4月30日の午前2時ごろ、ワシントンのキューバ大使館が自動小銃によって銃撃されました。建物の壁や柱に多数少なくとも30以上の弾痕が残っていますが、当時、内部にいた10人の大使館員は無事でした。マイアミ・ヘラルド紙

https://www.miamiherald.com/news/nation-world/world/americas/cuba/article242436251.html

によれば、市の警察当局は、Alexander Alazo 、42歳の男性、を犯人として拘束したとのことです。銃声を聞いた市民からの通報によって警官が現場に赴いたようですから、犯人は急いで逃げ去ることはしなかったと思われます。ホワイトハウスは勿論ご承知の筈ですが、何の沙汰も聞こえてきません。キューバ政府は正式に事件の解明を要求していますがマスメディアはほとんど全く無視しています。この事件を真剣に取り上げているのは、私のいつものご贔屓サイト:

https://libya360.wordpress.com/2020/04/30/shooting-at-cuban-embassy-in-washington/

です。キューバ共和国外務大臣ブルーノ・ロドリゲス・パリージャは同4月30日正午にはハバナの米国大使館から代理大使(女性)を呼びつけて、厳重抗議を行いました。その一部をコピーして冒頭部分を訳出します:

I stated our strongest protest for the grave terrorist attack perpetrated against the Cuban embassy. I asked her: How would the US government react to such an attack against any of its embassies? I remember the unfair actions and threats made by the US Government without a minimal explanation or evidence on the so call “acoustic attacks” supposedly against American diplomats.

It is the obligation of all States to take all appropriate steps to protect the premises of a diplomatic mission accredited to that country against any intrusion or damage and to prevent any disturbance of the peace of the mission or impairment of its dignity or its normal functioning, as established by the Vienna Convention about Diplomatic Relations of 1961.

I demand utmost cooperation from the US government authorities to clarify the facts and the assurances that such incidents will not happen again or remain unpunished, including this incident that has just occurred

This attack against the Cuban embassy in the United States has in any case been encouraged by the increasingly hostile rhetoric against our country that has both publicly and systematically involved the US Secretary of State as well as high officials of that Department in charge of relations with the Western Hemisphere, and even the US embassy in Havana.

It is impossible not to establish a connection between such action and the strengthening of the aggressive and hostile policy that the US applies against Cuba, or the tightening of the blockade, which includes non-conventional measures even in times of the COVID-19 pandemic, which affect the whole planet.

 ・・・・・・・・・・

(私はキューバ大使館に対して行われた由々しきテロ攻撃に対して厳重な抗議を通告した。私は彼女に問いただした:米国大使館に対して、それが何処にあるにしろ、このような攻撃が行われた場合に、米国政府はどのように反応するであろうか? 在キューバの米国外交官達に対して我々が行なったとされるいわゆる“音響的攻撃”に関して、最小限の説明も証拠もなしに米国政府がとった不当な仕打ちと脅かしの数々を、私は確と覚えている。)<翻訳終わり>

 上の“音響的攻撃”は普通「ハバナ症候群」と呼ばれています。例えば

https://www.asahi.com/articles/ASN365HQ7N35ULBJ00P.html 

を見てください。和文ウィキペディアにも出ています。エクサイトというニューズ・サイトには「キューバの大使館で働く外交官の脳が構造的に変化するという謎の症状。やはり音響攻撃によるものなのか?」という見出しの記事もあります:

https://www.excite.co.jp/news/article/Karapaia_52277418/

 私はこの事件の真相を追究しようとは思いません。しかし、一つの妄想を抱いています。「キューバの大使館で働く外交官の脳が構造的に変化するという現象」は、全く別の理由で起こり得るし、また、実際に起こっているのでは、という空想です。

 前回のこのブログで2016年の、やや古い、Andre Vltchek の記事を「マスコミに載らない海外記事」が翻訳して下さったことをお伝えし、一読をお勧めしました:

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-8c8b27.html

2016年といえば、最初に「ハバナ症候群」の発症が報道された年です。

「マスコミに載らない海外記事」には、これに続いて、キューバと米国との歴史的関係についての最近の記事の翻訳が掲載されています。これも是非読んでみて下さい:

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-98234e.html

 写真で見ると、ハバナの米国大使館は大きな建物です。そこで勤務する数多い大使館員の中には、しなやかな心を持った、あるいは、多感で鋭敏な若い人々も少なくないと想像されます。それらの男女は、去る4月22日付のこのブログの記事『キューバは奇跡です』で紹介したNHK番組『世界ふれあい街歩き』に描かれたキューバの街、キューバの人々の日常を目の当たり目撃し、Andre Vltchek が見たキューバの現実に肌で触れる機会がない筈はありません。米国大使館館員として着任前に米国内で頭の中に叩き込まれていたキューバという国、キューバ人という人間集団についての固定観念が、次第に崩れ、知性的にも、感情的にも、“脳が構造的に変化する”ことがあっても何の不思議もありません。これが「ハバナ症候群」についての私の妄想です。

 

藤永茂(2020年5月3日)