大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 4月22日 営業

2014-04-22 18:08:41 | B,日々の恐怖




    日々の恐怖 4月22日 営業




 俺は小売業で、いわゆるバイヤーをやっていた。
簡単に言えば、メーカーから品物を安く仕入れる仕事だ。
仕入れ値が安ければ、その分儲けは多くなる。
 簡単な理屈だが、メーカーも儲けの為にはなかなか仕入れ値は下げない。
そこを何とかあの手この手で下げさせるのがバイヤーの手腕であり、俺も随分メーカーの営業を泣かせてきた。
これだけ仕入れてるんだから、お宅以外にも取引先はたくさんある、この値段で出せないならもう取引停止だ、等などかなり強気にやってきた。
 そんなやり方だったから、俺と商談する営業の中には体を壊したり、精神を壊したりする奴も結構いた。
担当が替わるたび、新しい担当がオドオドした目で俺を見てくるのが不愉快でもあり、苦痛でもあった。
 そんな中、唯一俺の強気な商談にも、いつも調子良く答えてくれるTという営業がいた。
他社が逃げ出すような値段でも、ちょっと考えただけで 、

「 わかりました!」

と快諾してくれるTは、俺にとっても非常に有難い存在だった。
そして、Tとの付き合いは、仕事を離れて飲みに行ったり、互いにお中元、お歳暮など送りあったりと良き付き合いをしていた。

 そんなTが、あるときこんな事を言った。
取引先メーカー内で、俺の存在が日に日に煙たくなっていると。
Tは長い付き合いもあってか俺に同情的だったが、担当がコロコロ替わっている他のメーカーは、俺のやり方にもううんざりしていると。
 俺は、日ごろから言われている事だ、と笑い飛ばしたが、商談の最後にTが神妙な顔で気をつけた方がいいですよ、と俺に言ったのが印象的だった。

 それから程なくして、実害が出始めた。
俺の家に嫌がらせの張り紙や、無言電話がかかってくるようになった。
妻は社内結婚ということもあって、俺のやり方はわかっており、それに対する嫌がらせだということもわかっていたので、張り紙をはがし、無言電話は無視するかすぐ切るという冷静な対応をしてくれた。
 だがある夜帰ると、妻の顔色がすぐれない。
ポストを見てきて、と微かに震えた声で言う。
何事かと思いポストを見ると、血の塊が入っている。
何かの内臓のような肉片だった。
 俺は、嫌がらせにしては度が過ぎると思い、次の日出社すると、片っ端から取引先に電話をした。
営業たちは慌てて否定していたが、犯人がこの中にいることは明白だった。
信頼のおけるTにも内容を話し、取引先同士の横のつながりから、犯人の目星をつけてもらうよう依頼した。
Tも乗り気で、探偵ごっこみたいで楽しそうですね、などとのんきなことを言っていた。
 電話口で、全員に対して犯人扱いをし、金輪際こんな嫌がらせはするな、ときつく言い放った俺だったが、その後も嫌がらせは終わる気配が全くなかった。
毎日のように商談で俺に会いにくるTの方も、手がかりは掴めていないようだった。

 業を煮やした俺は、玄関に小型のビデオカメラを設置した。
植え込みに隠すように設置し、テープの時間目いっぱいまで録画した。
映っていればしめたもの、動かぬ証拠として犯人を呼びつけてテープを見せつけてやるつもりだった。
 そして、カメラを設置した翌日、録画されたテープを再生していた俺は、信じられないものを見た。
顔はよく見えないが、見覚えのあるネクタイが映っていた。
そのネクタイは、その日の商談でTがしていたものだった。
歳の割りに若いデザインで、もう若くないんだぞ、とからかった記憶がまざまざと甦ってくる。
 信じたくない気持ちと、裏切られた気持ちで俺はTとの商談を迎えた。
Tは変わらずいつもの調子で笑いながら、

「 手がかりはまだつかめない。」

などと言っている。
 俺はこらえきれず切り出した。
ビデオカメラを設置していたこと、人影が映っていたこと。
ネクタイに見覚えがあったこと。
 Tはそれらを聞いたあとも、いつもの調子を崩すことなく笑っていた。

「 そうですか」と。

俺はその様子にたまらなく不気味なものを感じ、Tをそれ以上問い詰めることができなかった。
 Tの上司から俺に今回の件についての説明をするように、と言うのがやっとだった。
Tは笑いながら、

「 わかりました。」

と答え、去っていった。


 それから2週間、Tとは音信不通になった。
Tの上司が、後任と思われる若い営業を連れ、菓子折りを持ってやってきたのは3週間後だった。
上司は、俺との挨拶もそこそこに土下座した。

「 大変申し訳ありません。」と。

 俺はまだTに裏切られたショックが癒えず、激昂する気力もなかったので、ただ説明を求めた。
何故Tは俺に嫌がらせをしたのか、毎日のように顔を合わせていて、それなりに信頼関係もあったはずなのに。
そして上司の口から説明をするよう求めたのに、3週間も待たされたのは何故なのか。
 これらの事を話していると、みるみる上司の顔色が変わってきた。
後任の営業も言葉を失っている。
訝しげにその様子を見ていると、上司は、

「 これから話すことは、的外れかもしれませんが・・。」

と前置きした上で話し始めた。
その内容を聞いているうち、俺は気が狂いそうになった。


 そもそも、Tは3ヶ月前に俺の担当を外されていた。
そして後任の営業が決まり、社内での引継ぎも終わり、あとは俺への挨拶だけ、というところまで行っていたが、Tは頑なに後任を俺に会わせようとはしなかった。

「 お前じゃあいつの相手はできない。
あいつは人の皮を被った悪魔だ。」

と、Tは後任に言っていたらしい。
 そしてTは毎日のように無断で外出を繰り返し、2ヶ月前には停職処分となっていた。
停職となった後も、Tは後任に電話をかけ、俺の元に行かないように念を押していた。
後任もTのあまりの気迫と異様な執着を不気味に感じ、俺に会いに来れなかった。
 そして1ヶ月前、自宅で首を吊っているTが発見された。
Tの社内では大騒ぎになったが、俺への連絡は後任に任され、後任は後任でまだ俺への挨拶も済ませていない手前、いきなり、

「 Tが自殺しました。」

と言い出すことができず今日に至ったと。
 Tは担当を外されても何故、俺の元へ毎日のように来ていたのか。
1ヶ月前に死んだTが、何故3週間前に俺の家に嫌がらせをし、翌日の商談に現れたのか。
今ではもう知るすべはない。
 霊なんて信じちゃいないし、例え3週間前に現れたTが霊であったとしても、それは些細な問題だ。
俺が一番怖かったのは、人間の情念と、建前と本音の落差だ。
表面上の付き合いをうまくやれる奴ほど、その反動として裏の顔が凄まじいものになる。
 俺は程なくして会社を辞めた。
今でも最後に会ったときのTの無機質な笑顔をふと思い出す。









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