朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

バンコクへ

2010-10-31 | 外国の風物
関空からバンコクに飛んできました。

iPadから画像をこのウェブに送信する方法が解らないので、写真は後日追加します。

タイ航空の深夜便に搭乗しました。半分くらいはタイの人々のようです。子どもたちを連れた家族もちらほら。日本に観光旅行するアジアの人が増えてきたことを実感します。機内は満席、航空業界の不況など信じられません。確かに航空運賃の価格は下がっていますが。





お父さんはくたびれてしまいました。

この子達が18歳になったら日本の大学に留学してほしいと思いました。


~~
写真を追加しました。

バンコクでの日本文化、それも過去の遺産ではなくて、現代の日本料理(いわゆるB級グルメと寿司、すき焼き)、アニメ、ファッション、日本企業製品(とその経営?)、日本観光客マナーの良さ、仕事の誠実さなどがリスペクトされていると感じます。
(つづく)

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樹齢数百年の台杉

2010-10-30 | 京都の文化(秋)
宗蓮寺から百メートルくらい南東に行った山の斜面に、すばらしい台杉の巨木がありました。



もう年数もはっきりとは分からないくらい古くからある杉です。それも、台杉の育成方法の初期、すなわち江戸時代から。その頃、北山杉の需要が急増して、まっすぐで質の良い磨き丸太を生産するために優良な親木の根元を残して脇の枝を垂直に伸ばす方法が取られました。

その親の木です。この隣に同じくらい古く大きな台杉がもう一本ありました。

平成天皇が皇太子の頃、昭和41年頃、美智子妃殿下と一緒にここを訪問されたそうです。それ以前の天皇も何人も訪問された歴史があるそうです。地元の方が親切に教えてくださいました。そうでなければ、見過ごしてしまうところでした。

今の皇太子さんもお妃さんが回復されてここまで訪問されるといいですね。

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宗蓮寺の秋明菊

2010-10-29 | 京都の文化(秋)
三尾の北、中川に出かけた理由はこのお寺の秋明菊を見るためでした。



ひっそりした本当に静かなお寺でした。入山料やお布施払うことなく参詣することができます。



つわぶきの濃い黄色の花も咲いていました。



足元には、やぶこうじの赤い実が。



古くから、数百年間、この地域の特産品である北山杉に感謝して「杉塚」の石碑があります。



その隣には、こんな杉の幹があって実に見事です。



ゆっくりと境内を拝見していたら、警官が現われて「質問」を受けました。

最近、このお寺に大変無礼な見学者が時折現われていて、挨拶もなく境内に入り、パチパチと写真を撮り、それだならまだしも住職さんが丹精込めて育てている秋明菊を取っていく人がいると通報があったとのこと。そんなことが続くとお寺さんは檀家以外には解放しなくなるかもしれないとの事。

観光名所の寺ではないのに、どうやってここを知ったかとの職質。・・・インターネットのブログですと返答しました。

まったく。賽銭箱も置いていないので、境内の端っこにあった稲荷社の賽銭箱に、落ち葉が挟まっていましたが、寸志をお供えしてきました。
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北山杉の里、中川

2010-10-28 | 京都の文化(秋)
紅葉で有名な京都高雄からもっと奥地に行くと、山の斜面一杯に杉が植林された場所があります。

山城中川。かつては「みがき丸太」の名産地として名をはせ、数寄屋造りなど和風建築にはなくてはならない材木でした。

その育成過程で副産物として、発明されたのが「台杉」。杉の根元に近いところから数本の枝が垂直に伸びて上部にだけ葉をつけています。台杉はその姿形が珍奇であるところから、京風庭園によく取り入れられています。



JRバスに乗って、この里に見学に行きました。バス停のすぐ横の急な坂道を登りきると、この生垣が現われました。



近くで農作業をしていた家主さんが話しかけてこられて、説明を聞くことができました。この杉の生垣は、一本だけ垂直の枝を残して剪定を続けてきた結果、40年かけてこの形になったそうです。



この方は本職の植木屋さんでした。かやぶき屋根の家はもう200年経っているとのことでした。

秋明菊が沢山植えられていて、赤、白、ピンク、一重、八重と花盛りでした。
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奄美大島の水害

2010-10-27 | もろもろの事
記録的な集中豪雨がこの島を襲い、道路、電気、通信などのライフラインが遮断されました。


引用:GoogleMap

2004年10月の新潟県中越地震でも山古志村が孤立しましたが、過疎地のライフラインの信頼性確保は経済的に難しい問題を含んでいます。道路、電気、ガス、水道、通信の確保には、複数のルートを平常時から用意しておく必要があります。人口密集地あるいは平野であれば周辺地域から供給が可能ですが。

今回の奄美での通信途絶は、固定電話も携帯電話も通じなくなり、地元のFM放送局が24時間放送で一方通行ではありますが、情報提供、はげましメッセージや個人的な呼びかけをおこなっているようです。

電話の通信ケーブルの多くは道路に沿って電柱を立てそこに張られています。今回はその道路自体が洪水で寸断されたようです。電力線も切れたので、ケータイ電話の基地局にある無線機の電源がなくなりました。多少の停電には蓄電池でバックアップしているでしょうが、長時間はもちません。また、基地局と電話局本体との中継線も道路沿いの電柱に頼っていますからこれも切断されたでしょう。(都会の基地局と電話局の中継線は歩道に埋めた光ファイバーケーブルが多い)

固定電話(家に設置しているもの)の通信線は、一軒ごとに2本一組の銅線が配線され電柱の上で数十軒ぶんをまとめて大きな束にした上で、電話局まで繋がっています。一軒ずつ区別して接続するので復旧工事も時間がかかります。その点では、無線技術を使う携帯電話のほうが復旧は早いでしょう。

携帯電話ネットワークは、災害時に大変に便利です。しかし今回のように途中の中継路や電源、もしかすると基地局を収容している鉄塔なども洪水で流されたのかもしれません。今回の災害で、規制当局の総務省や携帯電話会社も今後の対策を考えるでしょう。いまでも、臨時の移動式基地局を船に乗せて沖合いの持っていけば、利用者のケータイの電池に残量がある場合(車のバッテリーから充電するとかすれば)通信できます。


引用:ソフトバンクモバイルweb

すでに大きなイベントで人が集まるときの携帯通信確保のために、こんな装置があるのです。それを各ケータイ会社が防災用に備蓄するのが良いのでないでしょうか。
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秋の花いろいろ

2010-10-26 | 京都の文化(秋)
亀岡のコスモス畑には、他にも色鮮やかな花が咲いていました。



ケナフ、紙パルプの代用品種です。オクラのような花です。



千日紅。





カメラのテスト用素材みたいです。



うす曇の空でしたが、結構あざやかに写っていました。カメラのハイテクです。デジタルなので、フィルム代金を気にせずに何枚でも撮れます。



ノアサガオの突然変異亜種、「オーシャンブルー」。宿根草、さし芽で増やすと書いてありました。

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コスモス@亀岡

2010-10-25 | 京都の文化(秋)
京都の北西、嵐山から保津川を上流に行ったところに盆地があります。そこが亀岡(明治以前は亀山藩)。明智光秀が、織田信長から京都の北の守りを固めるためにこの地を封じられて築城しました。本能寺の変、信長の側近中の側近であった光秀が密かにクーデタを実行しました。その時に出動した将兵はこの丹波亀山城からでした。城を出発した時点ではまだ一握りの幹部以外には秘密。その前夜に、愛宕山の愛宕神社(京都と亀岡の境にある高い山)で開催した歌会で光秀の歌を知って、それを秀吉に内通した茶人がいたとか。



亀岡で、この季節にコスモスの大きな花畑が開放されます。休耕田を利用して、800万本のコスモス、20種類もあるそうです。



こんな筒状花弁のコスモスがありました。



「かかし」もどき作品のコンテストとその投票イベントもあり、写真ファンをねらったコンテストも開催中です。





華やかで、なにか西洋風な格好の花です。



コスモス園の外側には、地元のお店や農協のテントで物品販売や軽食、飲料の販売スペースがありました。



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万歩計の再生

2010-10-24 | もろもろの事
なんと、復活しました。



一度はあきらめたのですが、駄目もとと思ってボタン電池を買ってきて入れてみたところ、、、液晶の表示が現われました。

最近の電子部品自体は、多少の水に触れた程度では「浸水」しない構造になっています。また、以前に見たテレビ番組で古物商の人がテレビとかステレオの中古機器を拾ってきて、故障している機械に水道の水をホースでぶっ掛けて(もちろん電気は切っていて)しっかり乾かして、その結果かなりの品物が再生したことを見たのです。...ただし、この方法を良い子はまねをしないように!漏電して発火するかも知れません。

つまり、電子部品の耐水性は向上しています。配線基盤も乾けばOK。もっとも電池は水に触れるとショートしてしまい、電流が尽きてしまうと考えました。そこで、電池を取り替えてみました。(海水や汚水に落としたら部品や基盤が汚染して漏電するのでほとんど無理でしょう)

省資源、CO2節約に、ほんの少し寄与することができました。

領海侵犯した北朝鮮の「漁船」が海上保安庁の巡視船に追われて、銃撃戦の末に沈没した事件がありました。その後、船体が引き上げられて捜査されたのですが、その中に日本のケータイ電話機がありました。それを調べることで連絡を取っていた日本側のパートナーが分かったようです。その際も電話機の部品に記録された電話帳などが再現できたことでしょう。もっとも、その電話番号がわかれば電話会社の交換機には全ての通話先が記録されていて、ある期間のあいだは保持されています。
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クラウド・コンピューティング

2010-10-23 | もろもろの事
"Cloud comptuting"、あるいは「クラウド・サービス」。

「雲」を使って情報を処理することで、ここ数年来ICT(情報通信技術)業界での流行語です。



バズワード(Buzzword)です。

ジャーゴン(Jargon)と称される専門分野の仲間内だけで使われる隠語、「しゃれ」が出発点。定義がはっきりしないまま、あるいは意図的に定義を拡大して、多くの専門家が使用している用語で純な技術者は嫌いますが、マーケティングの要素が強い会合、記事や広告では頻繁に見ることが多くなりました。

意味は「インターネット等(この「等」が重要)のICTを使用して、情報処理能力をユーザーにネットワーク経由で提供する情報サービス」です。ネットワークの中で、どんなプロセッサ、ストレージやマネージメントシステムを構成しているかは、顧客には開示しません。同じネットワーク内のITリソースを多数の顧客で共有することで、コスト低下を図っています。サービス条件は、ハードウェア・ソフトウェアの構成方式で提示するのではなく、「機能」「性能」「価格」「保証」で規定します。

その「ネットワーク」を「雲」に見立てて、クラウドと言っているわけです。



米国のGoogle社やAmazon社が、当初、少ない資本金で事業を開始するために安価なPCボードとハードディスクドライブを多数組み合わせて、大規模な分散処理システムを構築しました。事業規模が拡大し、投資資金が集まるたびに、情報システムを拡張していき、その設置場所も家賃の安さ、運用要員の確保容易性、ネット料金、電力料金などの理由で、分散させました。能力を容易に拡大・縮小できることを「スケーラブルscalable」を呼び、現在の情報システムの設計には重要な条件になっています。

さて、いつごろから「クラウド」という用語が使用されるようになったか、興味がわきました。手元には、古い資料、特に打ち合わせ資料やノート、がほとんど残っていないので当面自分への宿題とします。1980年代は、OSIレイヤーモデルが全盛だったのですが、それに賛成しない人々(TCP/IP信奉者など)が複数のレイヤーをひとまとめにして、フリーハンドで雲の形を黒板に書いて議論していたような記憶があります。その後、MSのパワーポイント・ソフトの図形に雲形が組み込まれて、クラウドの作図が便利になったような気もします。雲の入りこんだカーブをPCで描くのは大変面倒ですから。



この図は、手書き黒板のソフトで描きました。


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経営努力

2010-10-22 | 食べること、レストランなど
昼間は、格安弁当を作って売っている広い道路沿いの売店が、なんと夜は「カレーうどん屋」に変身です。



立ち寄ってみました。



こんな風に、大変ダイナミックな盛り付けで、味も懐かしいカレースープ。大いに結構でした。



価格もリーズナブル。缶ビール程度は冷蔵ガラスケースで売っています。「うどん玉のかわりに中華麺もできる、結構いけますよ」とのPOPも張ってありました。

すぐ近くが賀茂川の土手なので、昼間、弁当を買って川岸のベンチで食べても風流(?)。PETのお茶は100円とこれまたサービス精神良好です。

デフレの世の中ではありますが、何事も地道な経営努力で道は開けるのではないでしょうか。
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