朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

バラ園

2014-05-31 | 国内各地の風物
バラの花が咲く季節になりました。



近江富士に登った日、その東側山麓にこんな素敵な公園がありました。



近江富士花緑公園、丁寧に色々なバラを育てています。



バラ園ではとてもいい香りが漂っていました。











黄色



西洋の花の女王様です。



公園の一角にあるカフェで、ソフトクリームを食べました。実においしい。



しゃくなげ園があります。「滋賀県の花」だそうです。



根本から幹が何本も分かれている珍しい樹形の松を発見。



ウツクシマツ(美松)だとのこと。記録のため掲載しておきます。(撮影:2014-05-24)

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カーネーション椿、郁子

2014-05-30 | 国内各地の風物
鎌掛谷のほんしゃくなげ見物の帰り道は、シャトルバスに乗らずに谷間の遊歩道を歩いて下りました。

行きのバスの窓から、とても濃い赤の椿の花が見えたのでそれを探しに行きました。



樹の下に花がたくさん落下しているのですぐ発見出来ました。このあたりの何本も大きな椿の木があります。説明書が掲示してあり「カーネーションツバキ」だそうです。



近づくとこんな花弁になっていて、なるほどカーネーションの形です。



とてもめづらしい椿だと思います。



渓流の中にも花が落ちて流れていました。

ここは、隠れた名所ですね。・・鎌掛谷の入り口の料金受付になにも案内はしてありませんし、日野町の観光パンフレットにも触れてありませんでした。

~~

日野町の祭り見物のときに、こんなかわいい花に気が付きました。



郁子(むべ)です。アケビの仲間のようです。



元写真館を利用して商工会が無料休憩所を開設していました。
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ほんしゃくなげ群落

2014-05-29 | 国内各地の風物
滋賀県日野町にある鎌掛谷には、シャクナゲの自生地があり4月下旬から5月上旬に開花します。



GWの休みを使って見物に行ってきました。車で日野町に入ると、まずは藤の花のお寺、ダリア園の牡丹苑お祭り日野商人館と寄り道しながら、午後にこの谷間に到着しました。(5月3日)

谷間の林道は狭いので入り口に駐車場があり、入場料を払うとそこから貸し切りのバスが往復していました。

バスに5分位乗り、その先は山道となって10分くらい登ります。



本来、シャクナゲは高山に生える木だそうですが、標高350mのこの場所に群生しているのは珍しいため天然記念物となっています。



栽培品種ではないので素朴なピンク色ですが、谷間の斜面に大きく茂っている景観は見事でした。



展望できる小屋とテラスが作ってあって、そこからのパノラマです。


(クリックで拡大)



手軽なハイキングと自然観察ができるので、ファミリーに人気の場所となっていました。

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翡翠冷麺

2014-05-28 | 食べること、レストランなど
暑くなってきました。

散歩を兼ねて、少し遠くまで歩いて町の中華屋さんでランチしました。



名物の「翡翠麺」、冷麺にして出してくれます。きれいな緑色ですね、この色はほうれん草の絞り汁を練り込んであるようです。

これからの季節、さわやかな外観のデザインとマッチして美味しくいただけます。



こちらはランチセットのあんかけ焼きそばです。小さな鶏唐揚げもついてきます。

学生街ですから量が多い。

1,2年前に百萬遍の近くの飲食雑居ビル二階の狭いスペースから、東山通を北に数百メートル引っ越してきて現在はきれいな新築ビルで客席数も倍増しています。

夜の料理メニューはまだ食べたことがないので、またいつか。(店名:華祥 (カショウ))

~~

お店の公式ホームページを拝見したら、大将(オーナー)は本格的四川料理店で修行し、大手ホテルの中華料理店で総料理長を経験したのちに、約十年前に独立開業、H20年厚生労働大臣賞・京都府知事賞(現代の名工)を受賞とあります。今は取り壊された「ホリデイイン京都」ホテルの中華店も開業時から関わったそうです。なるほど。

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近江富士(三上山)

2014-05-27 | 国内各地の風物
新幹線に乗って京都駅から東に向かい10分くらいすると、右手に均整の取れた三角形の山を見ることができます。



新幹線線路の近くの農道から眺望です。

東海道新幹線に乗るたびに気になっていたので、この日は登るために登山口を探してここにやってきました。



国道8号線に面した場所に、この御上神社があり、「みかみじんじゃ」と読みます。

この地域のは三上(みかみ)となっているのですが、神様と同じでは恐れ多いので別の漢字を当てたのでしょうか。それとも、集落と同じ名称では申し訳ないと敬称の漢字を神社に選んだのでしょうか。

神体山が「三上山」です。



8号線を渡って、田植えの終わったばかりの田んぼの畔を歩いていきました。

かきつばたの紫と黄色が爽やかでした。



少し前を、若い夫婦が小さい子どもを二人連れて歩いていました。登山をするようですが、3歳くらいの上の子は早くもお母さんにおぶられていて、下の1歳位の子はお父さんの背負子の中に座っていました。よほど山が好きなカップルで微笑ましい。



集落の家の間に表道がありました。イノシシが山から降りてくるのを防ぐため頑丈な鉄柵が作ってありドアを開けで入山しました。



すぐに急な山道になります。人気のあるハイキングコースなので、前方にも後方にも人の姿や人声が聞こえてきました。



この地点から山頂まで1.1kmで約35分と書いてあります。



道標がしっかりと整備されていますが、表示されている距離を足しても麓に書いてあった1.1kmより短いです。ま、いいですが。



中程には、割石と呼ばれている大きな岩が有り、人がどうにか通過できる割れ目があります。リュックサックを置いて、通り抜けてみました。身体を横にしても、背中と腹が岩に触れました。



このあたりから、登山道は岩の間や斜面を慎重に登って行きました。



モチツツジの花が満開でした。



展望所に到着しました。



野洲川を越える新幹線鉄橋が近くに見えていました。その先に琵琶湖、比叡山の山並みが広がっていました。



御上神社の奥宮が鎮座しています。

その少し奥に山頂広場があり、十数人の子どもたちの多いハイカーグループが休憩して食事していました。標高432m。

私もここのベンチでランチタイムをとりました。さすがにいっぱい汗がでたのでTシャツがびっしょりになりました。

奥宮の前に戻ると、麓の道で先に歩いていた若いお父さんが背負子を降ろして日陰で休んでいました。その背負子の中で幼児が気持ちよさそうに寝ていました。そこにお母さんと手をつないだ3歳児が登ってきて、「やった-」と喜んでいて両親に褒めてもらっていました。

ファミリーハイキングに手頃な山で人気があるようです。

下りは裏道を通りました。こちらのほうが傾斜は緩いと案内版に書いてあったのですが、路面が雨で流され荒れていて、あまり歩きやすくはありませんでした。

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カジュアルな和食

2014-05-26 | 食べること、レストランなど
友人ご夫婦との会食の機会があり、出町柳に近い桝形商店街に隣接するこの店に出かけました。(店名:出町ろろろ)



まずは前菜として各種取り合わせ。季節の野菜も多くの種類が出てきました。



まだ若い店主が一人で調理と接客を全てをやっています。以前来た時は、奥さんと思われる人が手伝っていた記憶がありますが。



ヨコワ、マグロの若い魚。

昼間はとても人気があって平日でも予約しないと席が取れませんが、夜は空いていました。





山菜のてんぷら、さくさくとしてあっさり、美味しい。



次々と、でももう個々のお皿を憶えていません、すいません。



デザートも美味しく頂いたのですが、まだ、少しお酒が残っていたので、



おまかせで、つまみを作ってもらいました。だし巻き卵が大変に結構でした。



出町柳駅から叡電に乗って帰宅しました。
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上醍醐2

2014-05-25 | 京都の文化(春)
西国三十三所十一番、深雪山准胝堂は2008年8月落雷によって焼失しました。



再建までの間、札所は下醍醐の観音堂に移されていて納経、御朱印は麓で受けられるそうです。

ここからまた少し登ると、薬師堂(国宝)です。



その先に五大堂がありました。正面に小さな隙間があって覗いてみたのですが、暗いことと飾り物のため仏像の台座しか拝見できませんでした。




本尊の五大明王は災難身代わりの霊尊として全国的に信仰されているとのことです。不動明王像を始めとする明王像はなかなか迫力のある姿でした。

このお堂も度々焼失しており、現在の建物は昭和15年に作られたものと案内板に書かれていました。



如意輪堂、慶長11年(1613)建立のもので本尊如意輪観音と共に脇の間に毘沙門天、吉祥天が祀られているそうですが、拝観はできません。



開山堂。慶長11年(1606)に豊臣秀頼によって再建されたもので、雄大な桃山時代の特徴をよく表した山上最大のお堂だと説明されています。



この先、ハイキング道は「笠取を経て岩間(西国12番札所)」となっているのですが、それらの地名を調べてこなかったので、その後の帰路が不明。来た道を戻ります。

開山堂の前から短い石段があり、きれいに整備された石鳥居と塚がありました。宮内庁の説明板がたっていて、白河天皇皇后藤原賢子ら、やんごとなき皇室の古いお方の陵墓でした。



開山堂の前にあったベンチで昼食休憩。むせ返るよ言うな青もみじ、秋の紅葉は素晴らしだろうな。



南西方向の見晴らしがよく、この方向に大阪が見えました。その左手には生駒の山々が。テッペンに並ぶアンテナがかろうじて判別できました。

あべのハルカスと思われる建物を、拡大してトリミングして見ました。通天閣や大阪城は、さすがにわかりません。(笑



下りはゆっくりと、二本ストックで膝の筋肉をかばいながら、登りと同じ位の時間をかけて降りました。

近くの食堂で、



小倉アイス、コンデンスミルク掛けをいただきました。おお、醍醐味なり!
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上醍醐

2014-05-24 | 京都の文化(春)
先日の週末は五月晴れが続いたので、かねてから念願の醍醐寺の奥の院、上醍醐に登ることにしました。



総門、ここから境内に入ります。拝観料は三つのエリアに分かれていて、別料金になっています。上醍醐はさらに別。



唐門。最近修理が終わって間がないので金箔が光っています。



仁王門。ここをくぐると拝観料が必要な区域となりますが、二三度来ているので今回は入場せずに右に折れて進みます。100m位行った角を左折(トイレの標識あり)、その後は塀にそって直進しました。



仁王門から入って、上醍醐に行く場合はこの回転ドアから出てきます。ここから入場はできません。



多少、道筋が不安になったころ、こんな標識がありました。ここから上醍醐まで、50-60分と表示しています。



この坂を上がると、



「女人堂」がありその受付で、上醍醐の拝観料600円を納めて入山します。ここまで、入り口の総門から15分かかりました。



なかなかの本格的な山道となります。



行程を示す石標ですが、山頂が何丁目なのか知らないので私には役に立ちません。



女人堂から約10分登ったところに「醍醐の花見」の説明板がありました。

豊臣秀吉が、北野茶会と並んで、1598年に一世一代の華やかな行事をおこなった場所ですが、結構山の中で、当時は山桜の花見だったのでしょう。・・と思ったら、調べてみると、700本の桜をこの宴会のために移植させたということです。

花見に招かれたのは近親者と配下の大名の女房女中衆約1300人もの女性ばかりで、秀吉・秀頼の他には唯一男は前田利家だけでした。

”宴会の席では、正室である北政所の次に杯を受けるのを淀殿と松の丸殿が争い、まつ(利家正室)がその場をうまく取りおさめたという話が伝わっている。”(引用:Wikipedia「醍醐の花見」)

秀吉は、この大宴会の5ヶ月後に亡くなってしまいます。



参道はさらに傾斜がきつくなり、疲れたところにこの「不動の滝」が現れました。ほぼ中間地点です。女人堂から約20分。ここで少し休憩をとりました。

どうにか坂道を登りきって、少し下り坂になったら正面に上醍醐寺務所が現れました。



この左手を抜けて、境内に入って行きます。



清瀧宮(せいりゅうぐう)拝殿(国宝)です。ここでも青もみじが眩しく光っていました。



醍醐寺発祥の地

”ここがまさしく聖宝・理源大師が山上に立てた隠遁場所です。大師は霊力によってこの泉を発見されました。今でもこの霊水を飲むことができます。”(引用:醍醐寺公式ウェブの上醍醐)



「醍醐味」のダイゴで、仏教の経典にある五味のなかで最も美味しいものを表現しています。原義からは牛乳を精製して作るバターに相当します。

この説明板によれば「心の糧として仏法が最高であることをいわんとしている」とあります。



水栓がありコップも備えられていて、冷たい美味しい水を飲ませて頂きました。

(つづく)
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比叡平、志賀越、山中

2014-05-23 | 京都の文化(春)
大文字山山頂を後にして、東の如意ヶ岳を目指しました。



好天に誘われて家を飛び出したので、地図をもって来きていません。スマホでGoogle Mapを開いてみたのですが、車道しか書かれていないのでハイキングには役に立ちません。



とはいえ、運動のための散歩ですから気楽に進んでいきました。

山道の歩行には、二本ストックを使っています。ノルディックウォーキングで薦めている道具です。
両手を交互に使って身体を押す感じで歩くので、水泳のような全身運動になります。
また、急な下り道では足元の少し先にストックを突くので、4点支持となってバランスが取りやすく、踝、膝や腰へのショックを和らげてくれます。



こんな道標があったのですが、如意ヶ岳の文字はありません。・・まあ、いいや。



林道と合流しました。左手、谷間のあたりから時々歓声が聞こえました。こんな山奥にグラウンドがあるのだろうかと。



林の奥に小さな社が見えたのですが、気に留めずに通過しました。今、改めてネットで調べてみると、この社(雨神社というらしい)のところから、如意ヶ嶽に登るハイキングコースがあったようです。



昨年かその前の台風で杉の若い木が多数なぎ倒されています。谷間の奥まったところなので風が集中したのでしょう。

このあたりで、もはや如意ヶ嶽はあきらめて、比叡平に下ることにしました。



池ノ谷地蔵には薬草園があって、林道の出発点はここです。ここから下界は普通の舗装道路となりました。

天気の良い土曜日の午後でしたが、山頂からここまでのコースでは誰にも出会いません。この薬草園の前で、初めて反対方向に歩く人と出会いました。



こんなところにも、携帯電話会社のアンテナが建っています。多くを調べたわけではないのですが、NTTドコモのアンテナは社名の標識がありますが、他社(多分KDDI)は無銘です。セキュリティ(破壊行為など)のため身元を隠しているのかなと思いました。

道路を淡々と下っていくと「比叡山グラウンド」の案内標識がありました。このあたりに大きなグラウンドがあるようです。もう歓声は聞こえませんが。



立派な住宅地(ニュータウン)に到着し、比叡平(滋賀県大津市)と書いてあります。この正面(北方向)が比叡山です。



標高が400mくらいあり、山間地に位置していて公共の交通機関はバスだけです。大津市内に行く路線と京都三条にいく路線がありました。

次の京都三条行きのバスには1時間近くあったので、もう少し歩くことにしました。



立派な家庭菜園を作っているお家もあれば、



放棄されて廃屋になっている建物もあります。

元々は高原別荘地として開発されたのが、経済バブル期に一般住宅地になり、一軒の敷地面積は大きい。道路が広いので散歩して気持ちのいい場所です。ただ通勤通学、買い物には不便でしょうね。



木下美術館がありました。著名な作家の作品もあるようですが、今回はパス。

どんどん歩いて、京都から比叡山ドライブウェイに行く道路、山中越えに出ました。



しゃも鍋屋の前を通過し、



志賀越の「志賀峠」標識のところから、バイパス道路を避けて旧道で「山中町」集落に入りました。



こんな堂々たるお屋敷があり、鯉のぼりがはためていました。



立派な石仏が鎮座しています。西教寺の阿弥陀如来坐像です。鎌倉時代末期の京都白川派の作風を伝えているといわれ、大津市の指定文化財になっています。

北白川の石仏と同様に旅人の平安を見守ってくれています。

思いがけず、仁丹歯磨の琺瑯地名看板を見つけました。



これはうれしい。

バイパスと旧道の分岐点にある山中バス停からバスで帰宅しました。大文字山山頂からの歩行時間は1時間45分でした。

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そうだ 大文字山、 行こう。

2014-05-22 | 京都の文化(春)
先週の土曜日、五月晴れの良い天気でした。窓の外を眺めると、こんな空が目に入りました。



先月サーポートが終了した「MS Windows XP」のデスクトップ背景(壁紙)をイメージさせる眺望(?)、手前のコンクリートが邪魔ですが。

突然思いついて、この山に登ってみることにしました。(5月17日)



登山口は、有名な銀閣寺の門のすぐ手前を左に折れます。



地元学校の生徒達でしょうか。もしかすると修学旅行生かもしれません、無理にお寺や神社をめぐるよりも汗をかいて大文字山に登ったほうが記憶に残るでしょうから。



ここから、渓流を渡って山道になりました。

京大のアメフト部は、毎朝、トレーニングでここを走って登ると聞いたような記憶がありますが・・



この一帯は、英国のナショナル・トラストならぬ、NPOの民間所有地になっています。



直前を登っていた5歳位の女の子、疲れた、もうだめと盛んに父親にぶーたれていました。その後すぐに休憩して家族で集まっていたところを見ていたら、妹がいて、その子はとても元気で「私は先に行く」といって母親と先行して行ってしまいました。



お盆の送り火に使う薪を運ぶリフトが作ってあります。大量の薪を人力だけで運び上げるのは大変ですから。



急な場所は石段となっていました。



ようやく、中心の火床に到着です。銀閣寺の前からほぼ30分でした。


(クリックで拡大)

市内が一望でしました。

手作りおにぎりと番茶で軽くお昼ごはんにしましたが、まだ時間があるので、三角点のある大文字山頂をめざしました。



ここまで、火床から約20分。標高465m、大文字山山頂です。

まだ元気が残っていたので、さらに東の如意ヶ嶽に行ってみることにしました。森見登美彦の「有頂天家族」に出てくる天狗の山なので、どんなところだろかと。

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