朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

五百羅漢

2012-03-26 | 中国仏教寺院2012
智者塔院を出て、また山道を歩いて下りました。舗装された狭い車道にマイクロバスが待っていましたが、その場所には「智者塔院入り口」との標識も何もなく地元のガイドがいないと決してたどり着けません。秘境です。

車で山を下ってしばらく行くと、渓流沿いの大きなお寺が現れました。



高明講寺。



ここは、五百羅漢の像が並んでいました。



等身大に近いリアルな羅漢さんが、1階と2階の大きな部屋に500体も並んでいました。





この手の長い羅漢さんの理由も説明をしてもらったのですが、・・・忘れました。

お経と法話の説法だけでは、仏教思想は伝わりにくいので、この様な「マルチメディア」が使われるのでしょう。

このページの最初の写真のお堂ですが、まだ真新しい。これ以外にも布袋さんや四天王の覆い堂を建築していました。

こうした資金はだれが寄付しているのでしょう。取り立てて観光寺とは思えません。

中国国内で事業に成功した篤志家か、海外で華僑として金持ちになったこの地の出身者が寄進したのでしょうか。

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智者塔院

2012-03-25 | 中国仏教寺院2012
マイクロバスを降りて20分ほど山道を下って着いた場所は、このお寺でした。



天台教学を確立した天台智者大師智の墓があるお寺です。



本当に不便な車では直接たどりつけない場所。



やはり聖地ですね。かなり古い時代の石碑が残っていました。石の碑文は簡単には消えないけれど、時代が変わるとその価値がわからなくなり、単なる石材として建築や塀の材料となってしまい、実質的に消滅するこtになります。

そういえば、エジプトのロゼッタストーンも、ナイル川河口のとある城塞で石垣の石として再利用されていたのを、フランス将軍ナポレオンの部下の兵士に発見されたのでした。

僧職の方々はここで読経をされました。



梅の花がちらほらと咲いていました。



霧が濃くなってきて、



竹藪がやや不気味になっていました。

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山村の道を歩く

2012-03-24 | 中国仏教寺院2012
滝を見物した後、マイクロバスでしばらく走り、小高い村の突き当たりで下車しました。



歩いて、次の目的地に向かいます。



茶畑を目前に眺めます。日本の茶畑と異なり機械化されていないのでしょう。木のの姿勢がまちまちです。つまり茶摘みが手作業ですね。



霧が中腹に漂っていました。



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石梁飛瀑

2012-03-22 | 中国仏教寺院2012
天台山のホテルを朝早くマイクロバス2台で出発しました。

山道が狭いので大型バスが通行できません。



山地に入ると斜面に茶畑が広がりました。

雨が止んで、虹が現れました。揺れる車中なので写真は失敗。

1時間ほど走って、バスを駐車して、石畳の道をあるきました。





連日の雨で増水した滝が現れました。



川底の岩のくぼみに流れが押されて飛び上がり、馬の尾のような水流が見られます。



大きな岩があると、文字を彫り込むのが好きな人たちです。




滝壺に近づきます。



この滝の上には、自然に形成された石の橋が残っていてその下を水流が流れ落ちているのです。

かつては、この滝のほとりにある寺院の僧が毎朝仏前の水をくむためにその石橋を渡ったと聞きました。

現在は通行禁止です。

雨期、水量が多く、大きな音が伝わって大変な迫力がありました。



滝を守るお寺に参詣しました。



蝋梅がきれいに咲いて雨に濡れていました。

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天童寺

2012-03-21 | 中国仏教寺院2012
寧波の町の東30kmにある天童寺は、禅宗寺院。
バスを駐車した場所は、なんと、田舎の新しいテーマパークの様な雰囲気でした。



入り口に電子式の入場ゲートがあり、その内側には電気自動車が待っていてお客を乗せて広大な敷地をゆっくり走り、最後に坂道を駆け上がって古いお寺の門前に着きました。

時間の都合でこの門前にあるローカルな食堂に飛び込んで昼食となりました。参詣客のグループに食事を提供する一般食堂。



料理は、野菜の種類が多くて意外に美味でした。ツアー会社のガイドが、元々の予算で注文したようでいつもの1倍半くらいの品数が次々に運ばれてきて、でも結構皆さんほぼ完食しました。

弱点は、新しいお皿がまだぬれていたりして衛生的な不安感があったこと。



こんな石段を登って、



大きなお堂が平行にいくつか並んでいます。そこには、定番の布袋さん、カラフルな四天王などが鎮座しています。
禅宗でも、このお堂や仏像の形式はほぼ同じの様に思えました。



奥のお堂では多くの僧侶と信者さんたちが読経のお勤めの最中でした。



曹洞宗開祖の道元や臨済宗開祖の栄西もかつてここで仏法を学びました。



この額に入っているのは、大変貴重ななんとか(?!)です。何だっけ。

このテラスから小雨に煙る寺院の屋根を眺めました。





鳩が並んで止まっていました。



門前で、焼き芋、焼き卵などを売るおじさん。



シンプルな調理法ですが、素材の味で美味でしょう。

帰りも電気バスに乗って戻ってくると、そこには突然、モダンなお土産売り場が出現。



地域振興に協力して、ローカルな酒や水を購入しました。

またバスに乗り、高速道路をひたすら南西方向に走りました。



こんな高い山が雲の上に見えてきて、



野建て看板に曰く「天台山」とか、



高速のサービスエリア「天台」でしばしの休憩をとりました。

高速を降りて、天台の町を抜け山の麓にある近代的なホテルに到着。

その日の夕食です。



毎日、中華料理ですが、大変においしくて飽きませんでした。

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阿育王寺 初期仏教を保護したインドのアショカ王

2012-03-20 | 中国仏教寺院2012
普陀山島で宿泊した翌朝、船の都合で早朝7時に一番でホテル食堂で朝食をとって7時半にロビー集合。
ところが、海上が濃霧のため船が出航延期となってしまいました。



無為にホテルロビーで時間待ちをしていたところ、旅行社の代替アレンジと交渉が功を奏して、もっと近い別の港に向かう船とそこからのバスの手配ができたとのこと。急遽、港に駆けつけました。



乗船場待合室には、電気釜がずらっとならび、おかゆの朝食を売っています。一杯5元、約70円。



来るときよりは大型の船に乗り込みます。改札口から桟橋まで、ほとんどのお客が我先にと駆け足で進みました。

このあたりは、舟山列島と呼ばれて多数の島があります。最も大きな島へ橋が架かっている隣の島までは15分くらいの乗船時間でした。ちゃんとその港には別の貸し切りバスが待っていました。このあたりの臨機の変更は中国観光業者の進歩とケータイ電話のおかげでしょうか。

普陀山の観光売店で買った地図は古くて、道路橋や新設道路が書いてありませんが、その港からは道路と橋で寧波までつながっていました。

次に向かったのは、阿育王寺。



門前には、物売り、音楽演奏で寄付もらい、乞食も数人いました。普陀山ではゼロだったけれど。



江澤民が書いた寺の額が堂々と掲げられています。

中央政治が承認していることのアピールでしょうか。

インドで仏教を保護したアショカ王が、紀元前232年頃、世界各地に8400もの舎利殿を建て釈迦のお骨を納めたと伝えられていて、中国には19基があったそうです。現在残っているのはこのお寺だけです。アショカの名前を中国語に翻訳して、阿育王寺。



境内に入ってまず目をひくのは、この塔でした。奈良時代、日本へ渡来した鑑真、日本から留学した道元、雪舟も滞在したと記録されています。その雪舟の残したこの寺の絵には、この塔が三基描かれています。そこで最近、三つ目の塔が復元されました。



これが最新の塔。



釈迦の生涯を描いた大きなレリーフも新しく作られています。



ここでも参拝する人は盛んに長い線香に火を付けていました。



指さしてお堂の屋根を眺めている人々。



屋根の上に丸い鏡が取り付けられていて、それが光るのが見えると御利益があるそうです。



仏舎利を納めているお堂です。





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中華の精進料理

2012-03-19 | 中国仏教寺院2012
普陀山で宿泊した夜、中華の精進料理なるものを初めて食しました。

ここは聖なる場所ですから。



材料に肉も魚も使わない料理です。ですが、日本の精進料理とは、全く異なります。

野菜や大豆、のりなどを使用して、「チキンカツ」もどき、「うなぎ蒲焼き」もどき、「魚肉」もどきなど偽物料理が並びました。
そこまでして、偽物肉やもどり魚介を作らなくても、シンプルに野菜料理とすればよいと思うのですが。

考えようによっては、彼らなりに付加価値を付けて販売価格を上げようという意図でしょう。中国の商売人精神に喝采。



現地ガイド(中国人)はこの日は、ビールや紹興酒の注文を通すことに抵抗していました。(でも無理に注文しましたが)

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普陀山4

2012-03-18 | 中国仏教寺院2012
この島は、確かに、中国仏教の聖地ですが、一方で娯楽、観光の要素も多分にあると思いました。
現代日本のように、多種多様な娯楽がある状況とは異なり、江戸時代のお伊勢参りや、日光参拝と同様に、現代中国の中産階級の人々がおおっぴらに友人や職場に触れ回っても理解される「信仰娯楽旅行」なんでしょう。



一番高い山の頂上には「佛頂山」と名付けられたお寺があり、ロープーウェイがありますが、延々と30分以上も並んで乗りました。この機械設備はオーストリア製なので欧州や日本でも見慣れた形です。



頂上は雲の中で、濃い霧でした。

参詣の仕方に特徴があります。

竹ひごに香料を塗りつけた長い線香を数本持って、火を付け、両手で持ちまずは本殿に向かって深く礼をする。同じ動作を、東西南北と四方に向かって繰り返します。



金属製の灯籠に触れると御利益があるようで、みながそれをこすっていました。



それでこのようにピカピカになります。

~~~~

今日から、アメリカに10日間ほど出かけてきます。
その間、しばらくは中国のテーマを事前投稿していきますが、もし米国のホテルなどでネット環境が得られれて、時間があれば、現地報告を載せることができるかもしれません。



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普陀山3

2012-03-17 | 中国仏教寺院2012
台湾からも参詣団体が来訪するようです。



こんな赤い横断幕が、「熱烈歓迎 台湾長老一行」と表現していました。



寺境内の池のほとりで、金魚を売っています。この金魚を買って、池に放してあげると功徳が得られる。
・・しかも、その池では早朝に網で金魚を捕まえてまた鉢にいれて売れば、地元民にも得がまわるというわけです。



門前には、多くの小店が並んでいて、線香、数珠、仏具、おみやげなどを販売しています。



僧侶専門の法衣、マントや袋を販売している店もありました。



魚や貝の干物を売っている店もありました。



このお寺の壁は鮮やかな青を使った幾何学模様で、美しいと思います。


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普陀山2

2012-03-16 | 中国仏教寺院2012
江南春雨といって、浙江省ではこの季節はほぼ毎日雨が続きます。農民にとって恵みの雨ですが、われら参詣客にとっては不自由でした。

 ※江南とは、長江の南の地域のこと。長江とは、その下流域が揚子江とも呼ばれていて、上海(しゃんはい)の北で東シナ海に流れ込んでいます。



オレンジ色の人々が写っています。この島では、この色の雨合羽がもっぱら使われていました。オレンジ色(あるいは黄色)が仏教のシンボルカラーなのでしょうか。



この壁は、「紫竹林」というお寺の入り口です。やはり黄色が多く使われています。

黄色は、中国では皇帝やお寺にしか許されていなかった高貴な色のようです。ゴールドもその感覚なのでしょうか。



こんな軽快な瓦壁もありました。われらには、黄色の壁よりもこちらのほうがきれいに感じます。



ゴールドの羅漢さんたち?



高弟、高僧たちの像も金色と原色の衣装です。供えてある花も鮮やかで、場合によっては原色の造花です。
そういえば、昔、ホンコンフラワーというプラスチック製の造花が流行ったことがありました。



これは、白い大理石の像です。ギリシャ彫刻風の姿勢でもあります。

恐らく、文化大革命が終結して、小平が経済成長路線に転換して人民の精神安定の一助として仏教を暗黙的に推奨し始めた以降のものだと思います。



でも、多くの信者には、こちらの観音さんのほうが御利益がありそうでしょう。





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