風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル @サントリーホール(10月20日)

2017-10-23 02:11:10 | クラシック音楽




いいリサイタルでしたねえ。。。

今年はこういう切なくて温かい気持ちになる後味のコンサートが多いなあ。
フレイレ
チェコフィル
ポゴレリッチ
生演奏からしかもらえないものだよねえ。

しかし本当にポゴさんのリサイタルは感想を書くのが難しい・・・。
昨年の演奏会で受けた天と地のような極端な印象は今回も同じではあるけれど、全く同じではない。この人は変わり続けているのですね。今回のリサイタルで一番強く感じたのは「今この瞬間」。そのエネルギーの強烈さでした。

仕事を1時間早退したのにバスが混んでいてなかなか乗れず、六本木一丁目に着いたときには軽食がせいぜいな時間で。
金曜夜のせいかどこも人がいっぱいで、空席のあったDEAN&DELUCAでハムチーズのパンとアールグレイの紅茶をお腹に入れ(高いだけあって美味しかったわ。紅茶は熱すぎて半分しか飲めなかった)。
30分前に会場に入ったら、昨年のデジャヴのようにステージ上でポゴさんがポロポロ弾いてて。昨年と違うところといえば帽子にボンボンが付いていないこと、開演10分前にスタッフに呼ばれてもまだ弾き続けて5分前に再び声をかけられて奥に引っ込んで、今から着替えて間に合うのかなと思っていたらやっぱり開演が7分遅れたことくらい。
昨年同様にまだざわめいている客席に時折視線をやりながら場違いなほどに綺麗な音でポロン・・・ポロン・・・。あのざわめきの中でもはっきり聴こえるpppの透明な美しさ。今日の客席の空気をはかっているような、リサイタル前にピアノと戯れの対話をしているような。この時間はポゴさんにとってどんな意味をもつ時間なんだろう。でもきっと必要な時間なんだろうな。
今回は満席ではありませんでしたが、8、9割は埋まっていました。


【クレメンティ: ソナチネ ヘ長調 op.36-4】
【ハイドン: ピアノ・ソナタ ニ長調 Hob.XVI-37】
【ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 op.57 「熱情」】

今夜は昨年よりも床への楽譜の置き方が丁寧で、ポゴさんの空気もどことなく穏やか。
譜めくりの女性にニッコリ笑いかけるのは昨年と同じ(天然のたらしな笑顔だな、と感じたのも昨年と同じ笑)。

一曲目のクレメンティは、意外なほど普通の演奏(普通にいい演奏)で、音もテンポもほぼ普通。曲が曲なので他に演奏しようもないのかもだけど、こういう演奏もするポゴレリッチにちょっと吃驚。ってどれだけ変人の印象なのか

次のハイドンで、
昨年の違和感を一年ぶりに思い出す。
ポゴさんのハイドン、曲のせいもあるかもしれないけど、まだ拙い小さな子供が弾いているように聴こえて…。決していい意味ではなく。この演奏はどう受け止めればいいのか…、私にはちょっと良さがわかりませんでした。2楽章などは悪くないと思ったけれど、そういう良さならペライアやシフのハイドンの方が私には遥かに素晴らしく感じられ…。

その感覚はベートーヴェンでも続いて。三楽章などはっとさせられた瞬間は確かにあったけれど、正直なところ、この演奏を聴くために私はS席13000円は払えない、とこの時は感じていました(あくまでクラシック超ど素人な個人の感想なので失礼をお許しくださいね)。どんなに美しくて味がある瞬間があっても、少なくとも私にとって今日のここまでの演奏はそれだけの価格設定の演奏には思えなかったんです(ちなみにシフは12000円、フレイレは6500円でした。今回と同じKAJIMOTOさん招聘で)。もっとも今夜の私の席は5000円で(笑)、あの開演前の音だけでもその値段の価値は十分にありましたが。まあそういうことが頭に浮かんでしまう隙があるくらいにはまだ私は演奏に入り込めていなかったわけです。

とはいっても、時々本当にすごくいい音をだすんですよねぇ…。弱音はもちろんだけど、低音のゾクゾクする暗さや縦に揃った和音の硬質な響きなど無比の素晴らしさで。今夜は最後まであの挑発的に聴こえる汚い響きの強音は殆どなかったし(もっともあれもポゴさんには表現の一つなのでしょうけれど)。
それでね、「じゃあそういう私はなんなのだ?」と思ったんです。今この瞬間にここでこういう演奏をしているポゴさんと、その演奏を聴いて色々思っている私。そんな私という人間は一体なんなのだ?と。私なんかよりずっとポゴさんの方が立派だしえらい、と思った。少なくともポゴさんは「今この瞬間」をちゃんと見つめて生きているではないか。
そして、演奏を聴いてこんなことまで考えさせる時点でポゴさんの演奏ってやっぱりすごいわ、と思ったり笑。

でもこの気分では元気に「Happy Birthday」は歌えないよぉ・・・とこのときはちょっと困っておりました。そういう気分にはまだなれない、と。
そう、今夜の演奏会は、入口でこんな紙↓が配られていたんです。ポゴさん59歳の誕生日のバースデーサプライズ





(20分間の休憩)

【ショパン: バラード第3番 変イ長調 op.47】
この演奏を聴いて、昨年のポゴさんのインタビューのpulseの話を思い出しました。
このゆっくり速度が今のポゴさんのpulseなのだな、ポゴさんが一番心地のいい状態なのだな、と感じた。なので完全に作曲家であるショパンの影は薄れ「ポゴさんのショパン」になっているし、そういう意味では前半のハイドンやベートーヴェンだって同じだったのだけど、なぜかこのショパンはいい演奏だと感じたんです。ポゴさんは芸術家なのだから自分の弾きたいように弾くのが一番いいのだな、と感じられた。やっぱりポゴレリッチとショパンって特別な何かがあるのだろうか(昨年のショパンも今聴くとよく聴こえたりして。うーん、どうだろ^^;)。
ようやくポゴレリッチのピアノの魅力がわかってきたような気がしました。

【リスト: 超絶技巧練習曲第10番/第8番「狩」/第5番「鬼火」】
もっともこちらも人間なので演奏に対して好き嫌いはあるわけだけど、このリストも、よかったな。youtubeにも上がってるけど、今夜の演奏と同じではないけれど、ポゴさんのこの曲の演奏が好きなんです。独特の艶とカッコよさがあって、なにより音楽的で。昨年、ラフマニノフの良さをポゴさんから教えてもらったけど、リストの良さもポゴさんに教えてもらえた気がする。このショパンとリストの時点で、「私、Happy Birthday歌える!」と思った笑。

【ラヴェル: ラ・ヴァルス】
「ポゴさんでしか聴けないラ・ヴァルス」でしたねー。私はとてもいいと思いました。終盤もうめちゃくちゃだったけど(曲が意図しているであろう以上に)、それでいい。めちゃくちゃでもポゴさん自身は安定していたように感じられました(たぶんね)。
地の底から響いてくるような最初の低音、ゾクゾクした。そしてあの深みと暗さと歪みと華やかさと官能と爆発。ポゴさんの音だよねぇ。天国と地獄の音だけど、でもやっぱりこの地上の音なのよね。それがポゴさんの音の最大の魅力じゃないかな。
そしてポゴレリッチの演奏って抽象画みたいだな、と感じた。親切じゃないのよね。でも聴衆の一人一人の感性を刺激して、色んなイメージを喚起させてくれる。それは私がよくピアノ演奏から感じる「風景が見える」というようなものではなくて、もっと根源的な感性の部分で、そういうところも抽象画ぽい。だからこそこの演奏を聴いて一人一人感じるものが全く異なりうる。今回のネットの感想を読んでいても、皆さんこの曲から受けたイメージがバラバラで、でもそれは決して悪いことではないのだと感じられるのでした。
私はといえば、遠くから微かに、でも確かに垣間見えるワルツの旋律にポゴさんがこれまで生きてきた時間を、そして最後には「今この瞬間ここにいる」そのことの意味を痛烈に肌で感じた「ラ・ヴァルス」でした。
昨年のアンコールのシベリウスもそうだったけど、この人のワルツは耳と脳にいつまでもこびりついて離れない危険な中毒性がありますね。
はぁ、、、、。こういう演奏をされちゃうと、好きとか嫌いとか言えなくなるよね、もう。。。
※追記:この曲のポゴさんの演奏時間を計っていらした方がいて、なんと20分超えだったそうです。へ~、私にはあっという間に感じられました。

アンコールは今夜は2曲。
【ラフマニノフ:『楽興の時』より第5番】
【ショパン:ノクターン ホ長調 作品62-2】
今回も前後左右に律儀にお辞儀。だけど昨年よりやっぱり穏やかに見えたな(昨年は仕草や笑顔がちょっと表面的に見えたの)。ポゴさんは仕草が優雅ねぇ。
ラフマニノフとショパン。清らかで温かくて美しく、そして少し切ない二曲。こんな温かさをポゴさんの演奏から感じるとは…。この世のものとは思えないほど美しい、でもまぎれもないこの世の音。音楽ってこれほどのものを見せられるのかと、音楽の力を感じた。ちょっと泣きそうになった。しかしポゴさんの弱音はほんっっっと綺麗だなぁ。ポーンってまっすぐに空間を抜ける感じ。そして最後にふわっと余韻を残して膨らむ響き。

そして舞台袖からケーキが運ばれ、客席全員でHappy birthday to you ~。ポゴさん、驚いてパっと笑顔。おお、なんて嬉しそうなお顔。正直この瞬間までポゴさんがこの怖いもの知らずな企画にどんな反応をするのかドキドキだったのでひと安心^^;。そんな顔で笑ってくれたらもう大きい声でHappy Birthday歌っちゃうよ!きっとみんな同じ気持ちでしたよね。すごく温かな合唱だったもの。皆さんすばらしい~、と歌いながら幸せな気持ちになれました。59歳、おめでとうございます!来年は60歳記念の来日公演ですって

ところでKAJIMOTOさんは、もうそろそろ宣伝に「復活」の言葉を使うのはやめてはいかがだろう。復活という言葉には「以前の状態に戻る」というニュアンスがあるでしょう。これからポゴレリッチがどういう方向に向かっていくのかはわからないけれど(良い方に向かうのか悪い方に向かうのかもわからないけれど)、彼が少なくとも昔に戻ろうとはしていないことだけはわかる。未来に向かって今を生きているでしょう。ポゴさんの演奏に「復活」という言葉は似合わないと思う。

そして私も、お金や時間や健康や、様々な条件に(とりあえずは)恵まれているからこうしてサントリーホールにいられる。ここにいられる「今」に感謝しないと、ね。

Ivo Pogorelich .."HAPPY BIRTHDAY !!" in Tokyo ..October, 20 ..2017 ..




ポゴさん嬉しそう



演奏会前日のKAJIMOTOさんのツイより。穏やかな笑顔

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