月の岩戸

世界はキラキラおもちゃ箱・別館
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メンケント・4

2013-09-19 04:27:12 | 詩集・瑠璃の籠

夢の中の空は
まるで大きなフレスコ画のようだ
海は
たいそう荒れている
わたしは海辺を歩いている

わたしは
海の向こうの国に行きたいのだが
舟も 橋もない
潮騒は 湯のように暖かいが
わたしを 冷たく
向こう岸からひきちぎる

これは何のすべもないなあ
と思いながら
海のはるか向こうを見ようとするのだが
そうすると
まるで白い幕が落ちて来るかのように
風景が見えなくなるのだった

目を覚ますと
寝床の中にいた
わたしはしばらく床の中で
ぼんやりしていたが
何かふと 不安を感じて
起き上がった
なんだろう
何かとても
寒い気持ちがする
目をこすりながら
小窓の方を見ると
瑠璃の籠の中に
プロキオンがいなかった
わたしは驚いた

あわてて窓辺に近寄って
小窓の向こうをのぞいたりしたが
プロキオンの姿はない
わたしは扉の方に向かい
和室の中をプロキオンを探してめぐろうと思ったが
プロキオンがいないと
迷子になってしまうことを思い出して
やめた
なんてことだろう

小部屋に一人でいることは
わたしには何でもないことだったはずなのに
寂しさになど
とっくに慣れているはずだったのに
こんな風に 全く一人ぼっちになってしまうことが
つらいことだと思わなかった
プロキオンがいない

わたしは文机の前に座り
子どものようにおろおろと泣いてしまった
手で涙をこする自分が
あんまりに馬鹿みたいで
それでいっそう悲しくなって
また泣いてしまうのだった

ふと 猫の声を聞いた
見ると 机の上の蛸の文鎮が
星のように光っている
わたしは驚いて
文鎮を見つめた

硝子の中で
小さな炎がいくつか揺れて
それがくるくると小人のように
回りながら踊っている
そしてかわいい子猫のような声で
単調なメロディを歌うのだ

わたしは目をぱちくりさせながら
蛸の文鎮を眺めていた
そっと 手を伸ばして
文鎮に触れると
文鎮はまた 猫の声をあげる
にゃあ

ああ わたしは
わたしの白い猫のことを思い出した
かわいい猫だった
愛していた
もっとかわいがってあげたかったのに
もっとたくさんのいいことをしてあげたかったのに
できなかった
だきしめてあげたかったのに
いろんなものをあげたかったのに

そんなことを考えていると
蛸の文鎮が 不意に
ふふ と笑って
言うのだった

まったく あなたと言う方は
かわりませんね

わたしは驚いた
やわらかなメンケントの声が
また言う

ほんとうにあなたは
世話がやけますよ

わたしは 驚きながらも
答えた
ええまったく そのとおり
ごめいわくばかり かけています

ほんにあなたは
なにもかもを 正直にやりすぎますよ

ええ ほんとうに

わたしは 会話をしながら
いったいどういう仕掛けなのだろうと
蛸の文鎮を眺めていた
だが どうして文鎮から彼の声がするのか
もちろんわからない
けれども これが
メンケントの深い愛であることはわかった
わたしときたら
なんと馬鹿なのだろう
少しひとりぼっちになったくらいで
めそめそと泣くなんて

蛸の文鎮は
それから二言三言 ことばを交わすと
ネジが切れたオルゴールのように
ものを言わなくなった
それとともに 中で踊っていた
小人のような光も消えた
かすかに 潮の匂いがする

ちる という声がして
小窓を振り向いた
するとプロキオンが
瑠璃の籠に入ろうとしているところだった
わたしは立ち上がり
瑠璃の籠に近寄った

ああ 帰ってきてくれましたか
とわたしが言うと
プロキオンは少し
驚いたように
どうしたのですか
と言った

わたしはそのときはじめて
自分の顔が涙でたっぷりとぬれているのに気付いた
なんてみっともない

わたしは何も言えなかったが
プロキオンは何があったのか
わかったようだ
しばし ちるちると
やさしい歌を歌って
わたしをいたわってくれた

メンケント
あなたの愛が暖かい

わたしはプロキオンがいることに
安堵を覚えながら
また寝床に入っていった
最近はとにかく眠たくて
ずっと眠ってばかりいる

寝具の中に
横たわりながら
わたしは猫を抱くように
メンケントがくれた
暖かな愛を抱きしめるのだった



コメント (1)
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