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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇2008年に解散した名ピアノ三重奏団「ボザール・トリオ」のモーツァルト:ピアノ三重奏曲全集

2016-07-12 17:11:15 | 室内楽曲

モーツァルト:ピアノ三重奏曲第1番 K.254
                                     第2番 K.496
                                     第3番 K.502
                                     第4番 K.542
                                     第5番 K.548
                                     第6番 K.564
               
                 三重奏曲断章 K.442

ピアノ三重奏:ボザール・トリオ

CD:日本フォノグラム(PHILIPS) 30CD-831~3

 モーツァルトは、歌劇、交響曲、協奏曲、ピアノソナタのほかに、室内楽の分野でも多くの傑作を残している。弦楽四重奏曲、ヴァイオリンソナタ、ピアノ四重奏曲、弦楽五重奏曲、クラリネット五重奏曲などがそれらであり、演奏会などでもしばしば取り上げられている。ところがピアノ三重奏曲第1番~ 第6番については、あまり聴かれる機会も少なく、CDの種類も多くないのが現状だ。それでは、この6曲からなるピアノ三重奏曲が魅力に欠けるのかと言うと、そんなことは少しもなく、如何にもモーツァルトの作品らしく、明るく、快活な曲ばかりだ。ただ、モーツァルトの他の室内楽曲に比べると、強烈な個性に欠ける面があるためなのかもしれない。例えば、弦楽四重奏曲なら「春」とか「不協和音」などという愛称が付けられており、そのためもあり一度聴くと印象に強く残る。これに比べ6曲からなるピアノ三重奏曲は、特別にに愛称は付けられいないこともあり、強い印象が感じられないのかもしれない。

 モーツァルトが第1番のピアノ三重奏曲を発表したのは、1776年であったが、その頃はピアノ三重奏曲という曲は、まだ発達途上のジャンルの曲であったようである。しかし、その後10年~20年もすると、かなり普及を見せ、徐々にピアノ三重奏曲に対する需要が高まっていった。このため、交響曲をピアノ三重奏曲に編曲して出版されるようなことも起こったらしい。ハイドンの交響曲「ロンドン・セット」のピアノ三重奏曲版の出現や、ベートーヴェンなどは、自ら交響曲第2番をピアノ三重奏曲用に編曲したほどだった。これらは、アマチュア音楽家たちが、自宅で家族や友人たちと演奏する需要が創出され始めたために起こった現象である。作曲家たちは、そんな新しい需要に対して敏感に反応して、ピアノ三重奏曲を競って作曲した。その中の一人が、ウィーンにいたモーツァルトだったのだ。当時、モーツァルトは貧困に苦しめられていた。モーツァルトは、他の室内楽曲に見られる深い精神性や高度な技巧は、ピアノ三重奏曲には最初から盛り込まずに、あくまでアマチュア音楽家に楽しんでもらうことが念頭にあったのだろう。

 ピアノ三重奏曲第1番 K.254は、 1776年、ハフナーセレナードの1か月後にザルツブルグで作曲された。チェロはピアノの低音部をそのまま演奏しており、一部を除き、ヴァイオリンも真の意味での独立性は持たされていない。 第2番 K.496は、第1番から10年後に作曲された。ここで、初めてヴァイオリンとチェロがピアノから独立し、3つの楽器が対等に扱われている。第3番 K.502は、1786年に作曲された。ここではヴァイオリンとチェロに、新たに協奏曲的な役割が与えられるようになった。第4番 K.542は、1788年に書かれた。この曲はモーツァルト自身、かなりの自信作であったようだ。特徴はホ長調という調性。ショパンは、この曲をかなり気に入っていたという。第5番 K.548は、1788年の夏、第39番と第40番の交響曲の間に作曲された。この曲には、モーツァルトが大衆の趣味を念頭に置いていた節が見られる。第6番 K.564は1788年10月に作曲された。この曲は最初ピアノソナタとして着手され、途中からピアノ三重奏曲となった。しかし出来上がった作品は見事3つの楽器が独自性を持ったピアノ三重奏に仕上がった。以上のほか、このCDには、三重奏曲断章 K.442が収録されている。これは、断片として別々に存在していた楽章を合わせ、ケッヘル番号が付けられた作品。

 このCDで演奏しているボザール・トリオは、米国のピアノ三重奏団。残念ながら2008年の「ルツェルン音楽祭」でのコンサートを最後に解散してしまった。しかし、ピアニストのメナヘム・プレスラー(93歳)だけは、未だに現役のピアニストとして活躍している。同トリオは、1955年にピアノのメナヘム・プレスラーによって結成され、初代メンバーはヴァイオリンのダニエル・ギレとチェロのバーナード・グリーンハウスであった。その後、メナヘム・プレスラー以外はメンバーが変わっていった。全盛時代は、年間に120回以上のコンサートをこなしたという。レパートリーは幅広く、その録音は、ピアノ三重奏曲の名曲はほとんど網羅していたと言ってもいいほど。ピアノのメナヘム・プレスラーは、1923年にドイツのマグデブルクで生まれ、ナチスによる迫害を逃れて米国に亡命。17歳の時、サンフランシスコで「クロード・ドビュッシー賞」を受賞。以後、国際的な演奏活動を開始。2012年はドイツに帰化いる。このCDでのボザール・トリオの演奏は、モーツアルトの明るく、快活な曲の特徴を最大限に引き出すことに成功している。あたかもアマチュア演奏家が自宅で楽しみながら演奏しているような雰囲気がリスナーにひしひしと伝わってきて、楽しいことおびただしい。ただ、ケッヘル番号が重なるにつれて、単なる明るさに加えて、徐々にモーツァルトが後期に見せる、孤独さがほんの少し顔を覗かせるところは聴きどころなのかもしれない。それにしてもボザール・トリオの完璧な演奏ぶりには、ため息がでるほど。他のピアノ三重奏団がモーツァルト:ピアノ三重奏曲を録音しようとすると意欲を削がれるのではないかと余計なことを考えてしまうほど、完成度の高い演奏内容である。(蔵 志津久)


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