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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽◇エネスコのバッハ:無伴奏バイオリンソナタとパルティータ

2008-10-16 12:06:04 | 器楽曲(ヴァイオリン)

バッハ:無伴奏バイオリンソナタとパルティータ

ヴァイオリンジョルジュ・エネスコ

CD:PHILIPS(日本フォノグラフ)25CD-925~6

 ジョルジュ・エネスコ(1881年-1955年、ルーマニア語でジョルジェ・エネスクと表記される場合もある)は、我々にとってはルーマニア狂詩曲の作曲者として知られているが、バイオリニスト、指揮者、ピアニスト、音楽教育者としても一流の腕を持っていた、今で言うならオールラウンドプレーヤーといった存在であった。特にバイオリニストとしては、クライスラー、ティボーとともに20世紀前半の三大バイオリニストの一人に数えられているほどだ。バイオリンの教育者としても卓越したものを持っていたようで、門下生からは我々にお馴染みのユーディ・メニューイン、アルテュール・グリュミオーなどを輩出している。活躍の場はフランスが中心で、それに第2次世界大戦中にはアメリカに渡っている。「バイオリニストとしてのエネスコは広いレパートリーを持ち、そのほとんどを暗譜で演奏した。彼の音は“エネスコ・ヴィヴラート”と呼ばれるほど幅広く、豊かであった」(高橋昭=ライナーノートから)という。とりわけエネスコはバッハに対して大変深い敬愛の念を抱いていたが、これは1948年に録音されたレコードを基に、ノイズを取り除いて聴きやすくした無伴奏バイオリンソナタ第1番~第3番/パルティータ第1番~第3番を収めたCDである。もちろん音は古いが、鑑賞に耐えられるレベルとなっており、特にノイズがほとんどカットされているので心地よく聴くことができる。

 このCDの演奏内容は「即興性に富んだ自由自在な表現の中に、バッハに対する深い洞察がうかがえる名演奏で、バイオリン演奏史上さん然と輝く大バイオリニストの至芸」(同CDの腰巻から)そのものである。このくらい精神的に集中してバッハを引き込んだ演奏はこれまで聴いたことがないし、ひょっとすると今後、精神性の高さでこれを凌駕するCDは出てこないのではないかとさえ思えるほどだ。もし私が最後に10枚だけCDを持つ自由が許されたとするならば、必ずその中の1枚(2枚組みだが)に入っているCDである。ただただバイオリンの音そのものの飽くなき追求と、バッハが五線譜に書き残した音楽に対する強い共感とがこのCDには込められている。この意味でこのCDは他のCDとは同列には扱えないような、次元が違うCDとすら思えてくる。

 私が私淑する盤鬼・西条卓夫氏の遺した著作の一冊「名曲この一枚」(1964年7月、文芸春秋新社刊)にこのCDの基となったレコードについての評論が6ページにわたって書かれてるので紹介したい。「LPの最初期、私は、シュワンのカタログでこのレコードの存在を知り、文字通り戦慄した。・・・『生きていて良かった!』とつくずくおもったものだ」「エネスコは、ティボーとともに今世紀(20世紀)前半のフランス・バイオリン楽派を代表する不世出の名匠であり、ティボーに次ぐ私の愛好バイオリニストでもある。オーソドックスなパリ音楽院型だが、根はルーマニア人なので、非常に渋い。『光沢消しのティボー』ともいえよう」。そして最後に「ともあれ、このように貴重な文化的遺産は、そう、ザラにあるものではない。録音企画の起死回生的なホーム・ランの一つとして、心からの拍手を送る」と結んでいる。西条卓夫氏は発売されたレコードはめったに褒めないことでも知られていたが、その氏が手放しで賞賛していることからもこの録音の存在意義が裏付けられよう。

 この本の中で西条氏はエネスコの「回想録」の一部を紹介しているが、ここでエネスコはこんなことを言っている。「バッハ演奏については、誰も指導はしてくれなかった。独学で、とにかく、ここまで来たのだ」「バッハも、いまでは、スターの作曲家となった」と。バッハは死後長く忘れ去られ、メンデルスゾーンが再評価したことで有名だ。エネスコが若かったときはバッハを教える先生もあまりいなかったことが分かる。そしてようやくバッハがスター作曲家になり始めたころに遭遇している。今でこそバッハはクラシック音楽の神様的存在になっているが、バロック時代はドイツの片田舎の一作曲家としての位置づけであり、必ずしも神様的存在ではなかった。我々はこれからクラシック音楽を聴く際に、本物の作曲家、本物の演奏家を聞き分ける感覚をもっともっと養わなければならないのではないか、などと余計なことをついつい考えてしまう。(蔵 志津久)


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