元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ハクソー・リッジ」

2017-07-03 06:30:01 | 映画の感想(は行)

 (原題:HACKSAW RIDGE )戦場の残虐な描写を受け付けない観客を除けば、できるだけ幅広い層に観てもらいたい映画だ。戦争の真実を伝えるだけではなく、その切迫した状況においても自らの信念を貫いた主人公の孤高の人間性を過不足無く描き、大きな感銘をもたらす。今年度のアメリカ映画の、収穫の一つだろう。

 ヴァージニア州の田舎町で生まれ育ったデズモンド・ドスは、弟と一緒に野山を駆け回る活発な少年だった。しかし、優しかった父トムは第一次世界大戦に従軍して以来、心に傷を負って酒に溺れ母バーサとの諍い絶えなくなっていた。ある日、兄弟喧嘩で相手に大けがを負わせた彼は、聖書の“汝、殺すことなかれ”という教えに共鳴し、以後信仰に生きるようになる。

 やがて第二次大戦が勃発し、デズモンドの周りの者達も次々と出征する。婚約中のデスモンドも何とか国に奉仕したいとの思いで志願するが、決して銃に触れないという自らの姿勢を崩すことはなかった。そのために周囲との軋轢は大きくなるが、やがて軍当局も彼のスタンスを認め、彼は衛生兵として前線に出ることになる。1945年5月、沖縄の激戦地である“ハクソー・リッジ”こと前田高地に赴いたデスモンドはあまりの惨状に驚く。だが、信念を曲げない彼は部隊が撤退した後の現場に一人残り、重傷で動けない兵士達を出来るだけ助けようとする。

 沖縄戦で75人の命を救った、実在の米軍衛生兵を題材にした作品だ。主人公の子供の頃、そして入隊して紆余曲折の末にやっと彼の主張が受け入れられるまで、つまりは戦場以外のシーンがかなり長い。しかし、これらは決して余分なパートではない。それどころか、デスモンドが最前線でどうしてあのような行動を取ったのかを裏付ける意味で、必要不可欠の製作上の処理であることが分かる。

 軍に入っているのに戦闘訓練を受けないというのは不都合極まりない。そんなのが実際に戦場に出たならば、周りの足を引っ張るかもしれない。除隊させて当然だ・・・・と誰しも思う。しかし、映画はそういうアクロバティックとも言える設定を観る側に違和感を抱かせないように、ありとあらゆる方策を講じる。少なくとも“実話なんだから、納得しろ”という不遜な態度とは無縁だ。

 特に偏屈だと思われた父親が予想しないような大きな働きをするあたりは、感動的である。そして、主人公のような考え方を持っている者を従軍させることは、一見理屈に合っていないように見えて、実は軍の体制を整える上で有益であることも示されている(彼がいなければ75人もの無駄な犠牲者が出ていたのだ)。

 久々に演出を手掛けるメル・ギブソンの仕事ぶりは力強く、一点の緩みも無い。戦闘シーンの臨場感は圧倒的で、まさに観客を激戦地の只中に放り込むような凄みを感じる。主役のアンドリュー・ガーフィールドは好演で、線は細いが強靱な精神力を持った男を上手く実体化している。サム・ワーシントンやルーク・ブレイシー、リチャード・ロクスバーグといった脇の面子も良いが、父親役のヒューゴ・ウィーヴィングの味わい深さと婚約者に扮するテリーサ・パーマーの可憐さが特に印象に残る。サイモン・ダガンによるカメラワークとルパート・グレッグソン=ウィリアムズの音楽も要チェック。

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