元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「潜水服は蝶の夢を見る」

2008-03-04 06:37:44 | 映画の感想(さ行)

 (原題:Le scaphandre et le papillon)この映画の見所は、健常者(観客)と障害者(主人公)との間の壁を取っ払っている点である。もちろん、実際には健常者にとって障害者の本当の気持ちなんか分かるはずもない。しかし、本作は映像面であたかもそれが可能であるかのように見せている。それだけこの映画のヴィジュアルのヴォルテージは高い。

 脳梗塞のために左目以外の全てが麻痺した状態となった主人公。冒頭、カメラは彼の左目の視線と同化し、意識ははっきりしてはいるものの言葉を発するどころか身体も動かせない彼の苦悩と映像がシンクロする。ただそれだけならば“単なるアイデア”に過ぎないだろう。ところが、カメラは彼の内面にまで踏み込んでゆく。

 身体が不自由になっても、記憶と想像力だけは死にはしない・・・・そう言い切る彼のモノローグに重なるように、自由闊達な無限大のイマジネーションが全面展開する。しかもユーモアを決して忘れはしない。このあたりは撮影監督ヤヌス・カミンスキーの独擅場と言うべきか(舞台となる南仏の風景・空気感も美しく捉えられている)。ファッション誌「ELLE」の編集長として活躍していた男が、発作の後に20万回のまばたきだけで自伝小説を綴った実話の題材を映画的興趣として見事に昇華させている。

 本作が「海を飛ぶ夢」とか「ミリオンダラー・ベイビー」とかいう似たような題材の映画と決定的に異なる点は、底抜けに人間というものを信じているところだ。障害から逃れるための安楽死をいわば“礼賛”し、深遠な考察をも捨象してお涙頂戴や市民運動みたいなものに結びつけようとする安易な姿勢は微塵もない。そんな“図式”に持って行く前に、もっとやるべきことあるだろう。この映画のように、もっと人間の実存に迫り、強靱な求心力を発揮させてほしかった。

 ジュリアン・シュナーベルの演出は「バスキア」「夜になるまえに」の頃と比べて格段に進歩している。特に、主人公以外の登場人物のちょっとした仕草やエピソードで直ちに内的な屈託をも、最低限のショットで描出させてしまう手腕には舌を巻いた。

 マチュー・アマルリックは最高の演技。マリー=ジョゼ・クローズやマックス・フォン・シドー、エマニュエル・セニエといった脇のキャスティングも抜かりはない。ポール・カンテロンによる音楽がまた素晴らしく、既成曲の使い方も含めて、万全の仕事ぶり。結びのストイックさも捨てがたく、これはオススメの映画である。

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