初日,前回の出張時に「遊んでいた」というアガシに連絡してみると,今回は新しいお店で「イルハゴイッタ」(仕事をしている)ということなので,二次会に行ってみました。
ソウルの友人二人を誘うと,幸い空いているというので現地で合流。再会を喜びました。
場所は世宗文化会館裏のビルの地下。この界隈のビルの地下は飲み屋街になっていて,小さなお店が何十軒も集まっている。かつて,江南がまだ発展していなかったころは,こちらがソウルの中心街だったので,公務員を含むサラリーマンが多く,飲み屋が発展したのでしょう。その後,時代の流れとともに,やや「場末化」しているのは致し方ない。
入った飲み屋は,伝統的なカフェで,流行遅れというより,もはやレトロ化している。カウンターの奥には,いまや日本では骨董品ともいえるLPレコードが並んでいます。
出されたメニューからウイスキーを注文しようと,いくつかスコッチの銘柄をあげましたが,いずれも今は在庫なし。あるのはスコッチブルー,ディンプルなどといった韓国のお酒。
「シーバスもないの?」
「ちょっと切らしちゃって。でも,これスコッチよ」
「デュアース? 聞いたことないなあ」
500ccで12万ウォンと,ちゃんとしたスコッチよりは安めなので,これを注文しました。
(まずい…)
同行の出張者と顔を見合せます。
しばらくして,待ち合わせた友人二人がやってきました。出張者も含めて,全員がアガシとは懇意なので話が弾みます。
「自分の店をもとうと思って,いま物色中なのよ」
これまでアガシとしていろいろな店を転々としてきた彼女も,今年韓国の歳(数え年)で40歳。若く見えるとはいっても,アガシとしてやっていくには無理がある。これまでいろいろ騙されたりしてきたらしいので,今回はうまくいってほしいものです。
「そういえば,この前漢南洞で見つけた日本語の通じるママのいる店どう?」
「ああ,あそこ,店はありますけど,ママは代わりましたよ」とSさん。
「それは残念」
これで漢南洞で知っている店は皆無になりました。
「あれ,あのアガシもなんか見覚えあるなあ」
「そうよ。Jカクテルにいた子。私が誘っていっしょに働いているの」
一度,お店がひけたあと,みんなでノレバンに行った記憶が蘇ります。そのときのことはこのブログにも書いたはずですが,もう探せない。
この日は出張の初日だったので,二次会でお開きに。
二日目の夜は,クルジョンを食べたあと,出張者と会社の韓国人職員を連れて,昔ときどき行っていた武橋洞のカフェに向かいました。自由人という名前で,50過ぎのママさんと,その娘,そしてアガシが2人でやっている店でした。
「最近,出張に来るたびに知っている店がつぶれているんですよ。まだあるかなあ」
近くまでくると,見慣れない大きな建物がある。
「あれ,確かこのへんだったけど」
なんと,その巨大ビルはまさにその飲み屋があった場所にそびえていました。その一画がまるごと再開発されたようです。
しかたがなく,そこから少し離れたもう一軒のカフェに向かいます。私が知っている店の中でもっとも冴えない店の一つですが,10年ほど前にソウルにいたある駐在員が,ここのママに入れ込んでいたので,一時期,足しげく通いました。
行ってみると,まだあった。店の様子はほぼ当時のまま。ただ,壁一面が落書きで埋めつくされているのが違います。
「こんなだったっけ」
「3年くらい前に誰かが落書きを始めてね。それからみなかき込むようになったのよ。犬鍋さんもなんか書いていって」
「そういえば,Hさんは来ますか」
「ええ,一年に一度くらいは来ますよ」
「そうなんですか。ぼくとはもう音信不通です」
そこで,Hさんに向けたメッセージを残すことにしました。いつかこの店に来たときに見てくれることを祈って。3人はめいめいにメッセージを書き込みましたが,韓国人の職員は,来月結婚する予定で,「いま幸せです」みたいなことを書いていました。
夜も更けたので,11時過ぎにはお開きに。最後は,ホテル近くの飲み屋にちょっと挨拶し,今回の出張の飲み屋めぐりは終了したのでした。
ソウルの友人二人を誘うと,幸い空いているというので現地で合流。再会を喜びました。
場所は世宗文化会館裏のビルの地下。この界隈のビルの地下は飲み屋街になっていて,小さなお店が何十軒も集まっている。かつて,江南がまだ発展していなかったころは,こちらがソウルの中心街だったので,公務員を含むサラリーマンが多く,飲み屋が発展したのでしょう。その後,時代の流れとともに,やや「場末化」しているのは致し方ない。
入った飲み屋は,伝統的なカフェで,流行遅れというより,もはやレトロ化している。カウンターの奥には,いまや日本では骨董品ともいえるLPレコードが並んでいます。
出されたメニューからウイスキーを注文しようと,いくつかスコッチの銘柄をあげましたが,いずれも今は在庫なし。あるのはスコッチブルー,ディンプルなどといった韓国のお酒。
「シーバスもないの?」
「ちょっと切らしちゃって。でも,これスコッチよ」
「デュアース? 聞いたことないなあ」
500ccで12万ウォンと,ちゃんとしたスコッチよりは安めなので,これを注文しました。
(まずい…)
同行の出張者と顔を見合せます。
しばらくして,待ち合わせた友人二人がやってきました。出張者も含めて,全員がアガシとは懇意なので話が弾みます。
「自分の店をもとうと思って,いま物色中なのよ」
これまでアガシとしていろいろな店を転々としてきた彼女も,今年韓国の歳(数え年)で40歳。若く見えるとはいっても,アガシとしてやっていくには無理がある。これまでいろいろ騙されたりしてきたらしいので,今回はうまくいってほしいものです。
「そういえば,この前漢南洞で見つけた日本語の通じるママのいる店どう?」
「ああ,あそこ,店はありますけど,ママは代わりましたよ」とSさん。
「それは残念」
これで漢南洞で知っている店は皆無になりました。
「あれ,あのアガシもなんか見覚えあるなあ」
「そうよ。Jカクテルにいた子。私が誘っていっしょに働いているの」
一度,お店がひけたあと,みんなでノレバンに行った記憶が蘇ります。そのときのことはこのブログにも書いたはずですが,もう探せない。
この日は出張の初日だったので,二次会でお開きに。
二日目の夜は,クルジョンを食べたあと,出張者と会社の韓国人職員を連れて,昔ときどき行っていた武橋洞のカフェに向かいました。自由人という名前で,50過ぎのママさんと,その娘,そしてアガシが2人でやっている店でした。
「最近,出張に来るたびに知っている店がつぶれているんですよ。まだあるかなあ」
近くまでくると,見慣れない大きな建物がある。
「あれ,確かこのへんだったけど」
なんと,その巨大ビルはまさにその飲み屋があった場所にそびえていました。その一画がまるごと再開発されたようです。
しかたがなく,そこから少し離れたもう一軒のカフェに向かいます。私が知っている店の中でもっとも冴えない店の一つですが,10年ほど前にソウルにいたある駐在員が,ここのママに入れ込んでいたので,一時期,足しげく通いました。
行ってみると,まだあった。店の様子はほぼ当時のまま。ただ,壁一面が落書きで埋めつくされているのが違います。
「こんなだったっけ」
「3年くらい前に誰かが落書きを始めてね。それからみなかき込むようになったのよ。犬鍋さんもなんか書いていって」
「そういえば,Hさんは来ますか」
「ええ,一年に一度くらいは来ますよ」
「そうなんですか。ぼくとはもう音信不通です」
そこで,Hさんに向けたメッセージを残すことにしました。いつかこの店に来たときに見てくれることを祈って。3人はめいめいにメッセージを書き込みましたが,韓国人の職員は,来月結婚する予定で,「いま幸せです」みたいなことを書いていました。
夜も更けたので,11時過ぎにはお開きに。最後は,ホテル近くの飲み屋にちょっと挨拶し,今回の出張の飲み屋めぐりは終了したのでした。
週末に近所にできた酒屋に行ったら、マッカランカスクストレングスが一瓶だけ置いてありました。でも値段は7千円台。買いませんでした。
うまい!
ネットで1リットル瓶を6000円ぐらいで買ったと思います。
7000円も,750ミリだったら高いけれど,1リットルなら許せるのでは。