再び金素雲『こころの壁』より
釜山の街の屋台店で,私が日本語を使った。主人は半生を満州で暮らした六十がらみの老人,おかみさんは片言も韓国語を知らぬ日本婦人である。避難民でゴッタ返している動乱さ中のある日,親分とか,兄貴とかいわれる種類の,威勢のいい男が一人,この屋台店で私の日本語を聞き咎めて食ってかかった。
「お気に障ったかね」
私が穏やかにそういうと,その男は眼を怒らしながら昂然と言い放った。
「あっしゃあ日本に怨みがあるんでね」
「バカヤロウ!」と私が大喝した。
「どんな怨みか言ってみろ。お前の顔に書いてあるぞ,日本が旭日昇天の頃,尻っぽがチギレるほど振りましたと。どうだ。おれの占いは当たるだろ」
呆気にとられて「愛国者」は返事がない。シンから腹が立つと楽な口が利ける。私はつづけてエンゼツをぶった。
「怨みを知るほどの人間なら,敵が大怪我をしてブッ倒れたとき,土足で踏んづけるような真似はせんもんだ。相手の弱り目につけ込むような,そんな卑劣なヤツが,もともと怨みなど知るわけがないじゃないか。どうだ,〈敗戦日本〉を見下しながら仇呼ばわりをするのはいい気持ちだろ。なにしろ相手がピンピンしているときは尻っぽを振るので忙しかったからね」
何か犬のような呻き声を一つ残して,その勇ましいアニさんは屋台店から姿を消した。彼にも一片の廉恥はあったのである。(略)
間違っても私は日本びいきのせいで啖呵を切ったわけではない。そうした手軽な処方で愛国者がつくられてゆく自分の国の出鱈目さに腹が立ったのである。もとより日本を憎むに値する人の,正当な理由による憎しみを私はとやかくいうのではない。しかしながら真に怒りを知り,怨みを知る者は,敗戦日本を相手に旧債を取り立てることに汲々としないであろう。韓国にも韓国の良識はあってよいのである。
(金素雲『こころの壁』サイマル出版会,1981年)
この金素雲の義憤は,高史明のお父さんの義憤と共通し(→リンク),にわか愛国者への立腹は咸錫憲の慨嘆と通じます(→リンク)。
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日本語を聞いて咎める方もそうですが、初対面の人に馬鹿野郎とは。
韓国在住の女性のブログには、日本語を話しながら歩いていたら、いきなりおじさんに叩かれた話しがありました。
普段からイライラしている人が日本より多いのかな?