ソウル最後の夜は、今まで足を踏み入れたことのないディープスポットを探検しました。
案内人は例によって、ソウル在住19年のK氏。前日の夜、ご一緒した3人のうちY氏はこの日の昼に帰国、金某氏と私の会社の駐在員、そして韓国人職員1人の総勢5名で待ち合わせをしました。
場所はモレネシジャン。モレは韓国語で「砂」、ネは「小川」のこと。「砂川市場」となりましょうか。モレネ市場は、延世大学後門のあたり。最寄り駅はカジュア(가좌)。カジュアと言ってもソウルっ子でも知っている人は少ない。なぜなら地下鉄の駅ではなく国鉄の駅だからです。
新村に、地下鉄の駅ではなく国鉄の駅があり、駅舎がしゃれていることは知っていましたが、ほとんど使い道のない路線なので、私がソウルに11年間住んでいた間、この路線には一度も乗ったことはありませんでした。
私とK氏は地下鉄の「梨大後門」駅で待ち合わせてタクシーで現地に向かいます。現地集合の金某氏がまだ来ていなかったので、市場をしばらく探索。
薄暗い市場の路地には「血」の匂いが立ち込めています。野菜や魚以外に肉市場もあり、そこには犬肉も並んでいる。いわゆる「在来市場」です。私が市場で犬肉を見たのはヨンドゥンポ市場以来です。
K「こっちにちょっと怪しい一角があるんですよ」
K氏に促されて路地を進むと、ピンク色の薄暗い照明のついた小部屋が並んでいる。部屋の中は外から見えるようになっていますが、店内(?)はただのオンドル部屋。普通の家の部屋のようです。店によっては布団が敷いてあって、そこには60歳前後と思われるハルモニが横になっていたりする。
K「なんの店なのかわからないんですよ」
犬「雰囲気からすると風俗店だけど、中にいるのはハルモニだからなあ…」
もしかしたら遣手婆なのかもしれません。一回りして市場の入り口に戻ったころに金某氏と合流。お目当ての「タクネジャンタン」の店に入りました。タクは鶏、ネジャンは内臓、タンは湯(鍋物)。つまり鶏のモツ鍋ということになります。
店は狭くて非常に庶民的。オンドルと椅子席がありましたが、椅子席のほうにしました。会社の同僚二人は仕事があって遅れるということで、とりあえず3人で始めることに。
メニューは3つ。タクパル、タクネジャンタン、ソホパタン。タクパルは鶏の足。ソホパタンは牛の肺鍋。そのすべてを一つずつ頼みました。
まず出てきたのがタクパル。透明で薄手のビニール手袋(換気扇掃除のときに使うようなやつ)がいっしょに供されます。鶏の足を甘辛く煮込み、足の骨の周りの皮の部分を食べるもの。昔、別の店で食べたタクパルは最初から骨を除いてありましたが、この店のタクパルは足がそのままの姿で出てくる。箸では食べにくいので、ビニール手袋をして手づかみで食べます。手袋をして料理を食べるのは初めての経験です。味はかなり辛いですが美味。
そしてタクネジャンタン。鶏の内臓といえば砂肝が思い浮かびますが、入っていたのは、細く刻まれた断片。肝なのか腸なのか、はたまたそれ以外の臓器なのかよくわからない。卵の黄身のようなものがいくつか入っていましたが、これは雌鳥の体内にある、産卵前の卵なんだそうです。味は犬鍋に似て、薄い味噌味。そこにケンニプ(エゴマの葉)が入っていて、臭みをおさえます。
犬「なかなかいけますね」
K「この前よりおいしいような気が」
金「日によって味が違うようですね」
K氏と金某氏は少し前にも同じ店に来たことがあるそうです。最後に出てきたのがソホパタン(牛肺鍋)。テーブルが狭いので、まだ少し残っている鶏内臓鍋を下げてもらおうとすると、アジュンマはその残り汁を、無造作に牛肺鍋の中にぶちこむ。
(おおっ)
アジュンマ「マシトッカッタヨ(味は同じだから)」
(そうなんだ。同じなんだ…)
確かに食べてみると、素材は違うけれども味は似たようなもの。値段も同じでした。
そこへ到着したのが私の会社の同僚二人。日本人駐在員と朴某氏です。店に入った瞬間、とまどいと後悔の表情が浮かんだのも私は見逃しませんでした。この二人は、必ずしも「ディープソウル」探検に興味があるわけではない。ただ、今回の短い出張で一度も私と夕食をともにする機会がなかったので、最後の夜は是非ということで、合流したのでした。
駐在員氏は韓国語がそれほどできないので、会話はここから日本語になります。
駐「これ、中国のアヒルの足に似てますね」
氏は中国語が堪能で、中国には何回も行ったことがある。辛いものが好きな氏はタクパルが気に入ったようでした。
5人でソホパタンを平らげたあと、タクネジャンタンを再注文。朴某氏はネジャンタンをひっくりかえしながら、
朴「鶏肉は入ってないんですか」
犬「内臓だけですよ。ネジャンタンですから」
朴「そんな。肉はどこに行ったんですか。捨てたんですか」
と憤慨する。鶏をつぶして内臓だけを取り出すというより、普通の鶏料理屋で捨てる部位をタダ同然で仕入れてくるんでしょう。
話は弾み、焼酎も4~5本空いたでしょうか。なにしろメニューが三つしかなく、そのすべてを頼み、その味にも飽きたので河岸を変えることにしました。前日私が出したので、この日はK氏と金某氏が計算(勘定)してくれることに。
この一画を発見したのはK氏。実はK氏、この近くに10年暮らしながら存在を知ったのは最近だったとのこと。
食事前に私とK氏が歩いた同じ道を今度は全員で探索しました。10時過ぎの市場はすでに店仕舞いして真っ暗。さきほどの怪しいネオンが暗闇の中で輝きを増しています。そしてさっきは空室が多かった店のほとんどにハルモニが控えている。店によっては酒の料金が書かれていることから、おそらくは飲み屋なのでしょう。ピンクの暗い照明のともる、布団の敷かれたオンドル部屋で、ハルモニといっしょにお酒を飲む? 想像を絶する世界です。
犬「どんな人がお客さんなんだろう」
金某「80歳のハラボジ(おじいさん)なら、60歳のハルモニを若いと思うかも…」
みな、めいめいにおぞましい想像を膨らませます。路地を通り抜けて、少し広い道に出る。こんどは、ちょっと違う雰囲気の、やはり怪しい店が並びます。こちらはオンドル部屋ではなく洋風。やはりピンクの照明のともった店の中に、こんどは40歳ぐらいのアジュンマがいて、われわれが通り掛かると、
アジュンマ「オッパー、ノルジャ(お兄さん、遊びましょ)」
と黄色い声を掛けてくる。金某氏がこころみに料金を聞くと、ビール一ダースが基本で30万ウォン! 5人で行けば、1ダースは瞬く間に空いてしまい、たちまち追加、追加でつごう3ダース、100万ウォンなんてことになりかねない。ということで、暗黙の全員一致のもと、素通りします。
まだ梅雨の明けていない韓国、雨が降りしきるなか、探すのも面倒なので、手近なポジャンマチャに入ることに。
ポジャンとは漢字で「布張」。マチャは馬車。つまり「幌馬車」のことですね。漢字を知らない韓国人はポジャンが「包装」だと思って、「ビニールで包まれている馬車」とか、あるいは「舗装」だと思って「舗装道路の脇にある馬車」と思っている人もいるらしい(K氏談)。布張も包装も舗装も、韓国語では同音異義語、ハングル表記はすべて同じです。
ここで注文したのは、よく覚えていないけれどオデン(おでん風のスープにさつま揚げ、ネギなどが入っているもの)、コムチャンオ(ヌタウナギ)、その他。駐在員はマッコルリが好きなので頼んでみると、「ない」という返事。「じゃ、この近くで売っている店は?」と聞くと、アジョシが雨の中、ひとっ走りして買ってきてくれました。
このときには相当に酔っぱらっていて、何を話したかおぼろですが、それぞれが知っているコリアンジョークを披露し、おおいに盛り上がったことは覚えてます。
そのうちの一つ、済州島の日米韓首脳会談での会話。済州島の風光明媚な景色を見て、
ブッシュ「ワンダプル!」
小泉「ビューティプル!」
ノムヒョン「サンコップル!」
という話をしてくれたのは、K氏だったか、整形外科医の金某氏だったか…。解説すると、サンコップルとは、韓国語で二重まぶたのこと。ほとんど意味がない語呂合わせなのですが、ノムヒョンのあきらかな二重まぶた手術跡を揶揄した小話です。なお、韓国人は「フル」の発音ができず、「プル」となってしまうので、三つの言葉が韻を踏んでいることになるわけです。
時間の経つのを忘れて飲むうちに、時刻は12時過ぎ。金曜日とはいえ、私は翌日の8時40分金浦発便で離韓するので、6時前に起きなければならないため、お開きにすることにしました。ここは、駐在員と朴某氏が払ってくれることに。つまりこの日、私は一銭も払わずに楽しく酔っぱらうことができました。ありがたいことです。
しかし、ソウルは奥が深い。ソウルについては相当に詳しいと自負していた私にも、まだまだ知らないディープスポットが残っているのですね。次回はどんなディープなソウルに出会えるか、今から楽しみです。
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>とまどいと後悔の表情が
笑えましたw
そのときまたよろしくお願いします。