ドイツ博物館シリーズは、前回のバイキング船に続いて、今回は第二次大戦中にドイツが開発・実用化したミサイルのV1号、V2号です。
V1号はバルスジェットエンジン推進、V2号は液体燃料ロケットエンジン推進で、ともに無人のミサイルです。ロンドン市街の爆撃に用いられたことで有名です。
V1号は、巡航速度が当時のプロペラ機でも撃墜できる程度の速度であり、ほとんどが撃墜されましたが、安価に製造できるメリットがありました。
V2号は、撃墜不可能な速度を有していましたが、ロケット4機で爆撃機1機が製造できるほど高価でした。
ともにドイツ軍の戦果としては大きなものはありませんでしたが、V1号は後の巡航ミサイルの元祖となり、V2号は後の弾道ミサイルの元祖となります。
また、V2号の技術、実物、技術者を米ソが競い合って獲得し、戦後の米ソにおけるロケット開発の基礎となりました。
ドイツ博物館には、V1号が天井からつり下がっています。本物なのか、実物大模型か、縮尺模型か、判然としません。実物は全長7.9mとのことです。
Deutsches Museum
そしてドイツ博物館には、V2号も展示されているのです。こちらは本物のようです。全長14mのロケットが直立し、博物館の2階から4階までを突き抜ける小穴の中に配置されています。そのため、全体を遠望することができません。2階から4階までらせん階段を上がりながら、部分部分をながめていきます。
① 弾頭部 ② 燃料ポンプ
③ ロケットエンジン
Deutsches Museum
V2号は、液体酸素と液体燃料をタンクに搭載し、これらは燃料噴射ポンプを経てロケットノズルを冷却した後にノズル内に噴射され、ロケット推進します。慣性誘導装置を備えていました。このように、原則的なところでは後のアポロ計画に使われたサターンロケットと同じ構造をすでに具備しているのです。このV2号を参照できたからこそ、第二次大戦後の米国とソ連は急速に宇宙開発とミサイル開発に成功したのでした。
そのような由緒あるV2号の実物を間近に見ることができたのは、今回の旅行の成果でした。
ドイツのロケットV2号、そのV2号を作りだしたフォン・ブラウン博士は、私が小学生の頃は科学少年にとって著名でした。
ドイツを占領したアメリカとソ連は、それぞれ競い合ってV2号の知識を奪い取ります。そしてその知識は、ソ連による世界初の人工衛星であるスプートニク1号として結実します。フォン・ブラウン博士は米国に渡り、米国の宇宙ロケット開発の中心を担ったようです。
第二次大戦後の冷戦及び米ソ宇宙開発競争にとって重要なエポックとなったV2号、そしてV1号を自分の目で見ることができるのがドイツ博物館です。連合国にとっては憎い破壊兵器の筈ですが、それでもこのようにきちんと展示しているのですね。
その他、飛行機関係で撮った写真を載せておきます。
メッサーシュミット戦闘機 ユンカース輸送機
第二次大戦中の世界初ジェット戦闘機 戦後アメリカのF-104ジェット戦闘機
Deutsches Museum
V1号はバルスジェットエンジン推進、V2号は液体燃料ロケットエンジン推進で、ともに無人のミサイルです。ロンドン市街の爆撃に用いられたことで有名です。
V1号は、巡航速度が当時のプロペラ機でも撃墜できる程度の速度であり、ほとんどが撃墜されましたが、安価に製造できるメリットがありました。
V2号は、撃墜不可能な速度を有していましたが、ロケット4機で爆撃機1機が製造できるほど高価でした。
ともにドイツ軍の戦果としては大きなものはありませんでしたが、V1号は後の巡航ミサイルの元祖となり、V2号は後の弾道ミサイルの元祖となります。
また、V2号の技術、実物、技術者を米ソが競い合って獲得し、戦後の米ソにおけるロケット開発の基礎となりました。
ドイツ博物館には、V1号が天井からつり下がっています。本物なのか、実物大模型か、縮尺模型か、判然としません。実物は全長7.9mとのことです。
Deutsches Museum
そしてドイツ博物館には、V2号も展示されているのです。こちらは本物のようです。全長14mのロケットが直立し、博物館の2階から4階までを突き抜ける小穴の中に配置されています。そのため、全体を遠望することができません。2階から4階までらせん階段を上がりながら、部分部分をながめていきます。
① 弾頭部 ② 燃料ポンプ
③ ロケットエンジン
Deutsches Museum
V2号は、液体酸素と液体燃料をタンクに搭載し、これらは燃料噴射ポンプを経てロケットノズルを冷却した後にノズル内に噴射され、ロケット推進します。慣性誘導装置を備えていました。このように、原則的なところでは後のアポロ計画に使われたサターンロケットと同じ構造をすでに具備しているのです。このV2号を参照できたからこそ、第二次大戦後の米国とソ連は急速に宇宙開発とミサイル開発に成功したのでした。
そのような由緒あるV2号の実物を間近に見ることができたのは、今回の旅行の成果でした。
ドイツのロケットV2号、そのV2号を作りだしたフォン・ブラウン博士は、私が小学生の頃は科学少年にとって著名でした。
ドイツを占領したアメリカとソ連は、それぞれ競い合ってV2号の知識を奪い取ります。そしてその知識は、ソ連による世界初の人工衛星であるスプートニク1号として結実します。フォン・ブラウン博士は米国に渡り、米国の宇宙ロケット開発の中心を担ったようです。
第二次大戦後の冷戦及び米ソ宇宙開発競争にとって重要なエポックとなったV2号、そしてV1号を自分の目で見ることができるのがドイツ博物館です。連合国にとっては憎い破壊兵器の筈ですが、それでもこのようにきちんと展示しているのですね。
その他、飛行機関係で撮った写真を載せておきます。
メッサーシュミット戦闘機 ユンカース輸送機
第二次大戦中の世界初ジェット戦闘機 戦後アメリカのF-104ジェット戦闘機
Deutsches Museum
第二次大戦後に米ソが争って入手したドイツの技術は、ロケット技術の他、超音速飛行機用の三角翼もありましたね。
信念を持って我が道をひたすら突き進むドイツ人の研究者気質を、我々も見習うべきと思います。
ハイテクマニアさんに教えられたバイオエタノールなどの話は、まさに現在の世界で話題になっていることですね。
知り合いがドイツ旅行記をまとめていました。
http://blog.goo.ne.jp/mitsuto1976/e/42203e22a65a736763b347b49b3da895
今後の旅行のご参考に、いかがでしょうか?
V2号ロケットの本当のふるさとを訪問した旅行記ですね。
旅行先の決定は私一人ではもちろん決められず、一緒の旅人の意向を汲まなければ成りません。そうすると、V2号のふるさと訪問は、優先順位がずっと下がりそうです。紹介いただいた旅行記でも、訪問したV2号のふるさとはいかにも寂しそうでかつ寒そうでした。
フォンブラウンとコロリョフを描いた本(的川泰宣著「月をめざした二人の科学者」)を読み直し、紹介いただいた旅行記と対比し、訪問した気になることにしましょう。