弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

2009年初詣

2009-01-01 16:09:07 | 杉並世田谷散歩
明けましておめでとうございます。本年もこのブログをよろしくお願い申し上げます。

わが家では今まで、毎年元旦に大宮八幡(東京杉並区)に初詣に出かけていました(去年一昨年)。
今年は、わが家から北の方角に足を延ばし、妙法寺(東京都杉並区堀ノ内)に出かけました。

   1月1日の妙法寺祖師堂
つい先日、ご近所の火消し八番組の頭のお宅についてコメントしました。その後の調べで、わが八番組が属する第九区が、妙法寺に火消しゆかりの石碑を建てていることが分かりました(第九区のあゆみ)。そこで今回は、妙法寺で火消しゆかりの品々を探すのも目的の一つです。

目的の石碑は、仁王門(山門)のすぐ左に見つかりました(左下写真)。
  
第九区の一番組から十番組までの纏(まとい)の図案が石碑に刻まれています。上記第九区のあゆみにいう「昭和58年(1983)10月に妙法寺山門前に建立した「纒十本」の石碑」がこれでしょう。
右上写真は、先日、ご近所の八番組の鳶の頭宅で見せていただいたものです。まさに、組ごとの纏が対応しています。

同じ説明には、「石碑の裏に歴代の幹部の名前が刻まれている・・・。建立時期の会員全員の名前が刻まれている。」と記載されています。
石碑の裏に廻ると、上段と下段に多くの人の名前が刻まれています。
  
    上段                 下段
上段には、組頭、副組頭をはじめとする役名が付記されているので、建立当時の会員の名前でしょうか。とすると、下段の名前が歴代の幹部の名前ということになりそうです。
八番組について見ると、歴代幹部の筆頭に内山徳治さんが挙がり、建立当時の組頭が山内武雄さん、副組頭が内山直治さんとあります。組頭は代々同じ家が世襲で嗣ぐのではなく、組の中でその時々の最適任者が就任しているということでしょうか。
また、組の纏を保管しているのは、組頭の家のみであるのか、それとも複数の纏が何軒かの幹部宅に分かれて保管されているのか、そのあたりがよく分からなくなりました。

上記第九区のあゆみには以下の記述もあります。
「昭和56年頃 八番組が妙法寺額堂にまねきを奉納(合計42名)」
妙法寺内を見て回ると、八番組に関連して以下のものが見つかりました。
  
左が、上記「まねき」に該当するのでしょうか。右写真はよく意味が分かりませんが、紋所と名前が記されたうち、右下の3つは火消しの纏を意味しており、「内山広」が八番組、「曳行」が九番組、「内藤」が十番組を表しているようです。

ところで、昨日このブログを訪問された検索キーワードで「次原悦子」が急増していました。次原さんに関して何かホットニュースがあったのでしょうか。
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2 コメント

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Unknown (田中かおり)
2020-08-15 21:24:34
突然のコメント、失礼いたします。

私の祖父は山内武雄です。
記事にして下さりありがとうございます。
江戸消防記念会第九区八番組 (snaito)
2020-08-16 11:44:56
田中かおりさん、コメントありがとうございます。
「昭和58年(1983)10月に妙法寺山門前に建立した「纒十本」の石碑」によると、お祖父さまの山内武雄さんは、石碑建立当時に八番組の組頭でいらしたのですね。鳶の頭をされていたのでしょうか。
2008年に私が杉並の内山さん宅を拝見したときには、おうちに纏が飾られていました。山内武雄さんのお宅には纏はありましたでしょうか。
鳶、火消しに関してお祖父さまのお話が伺えるとうれしいです。

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