弁理士の日々

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新司法試験知的財産法問題(2)

2008-09-26 21:41:03 | 知的財産権
真珠湾攻撃の話題を一時中断し、きょうは新司法試験の話題です。

9月9日に、今年の新司法試験で選択科目知的財産法で出題された問題について話題にしました。

問題文に「乙は,甲発明の特許権について,・・・甲から,専用実施権の設定を受け」と書かれているのに対し、専用実施権の登録が行われている場合と行われていない場合を場合分けして答案に記述することが求められているか否か、という議論でした。

ははさんからもご紹介があったように、法務省の平成20年新司法試験の結果についてというサイトで論文式試験出題の趣旨(pdf)が公表されました。

公表された出題の趣旨では、登録の有無について場合分けして記載することが求められていないことが判明しました。

受験界では、「場合分けすべきである」という意見の人が多かったらしく、その根拠が、中山信弘「工業所有権法 上 特許法」の記載にあるらしいのです。

「工業所有権法 上 特許法」(弘文堂)第2版の433頁には、
「専用実施権のほとんどは契約によって成立しているが、遺言によっても成立しうるし、また職務発明の場合は勤務規則等によっても成立しうる。そして、登録が効力発生要件となっているが、それは登録をしなければ特許法に規定されている専用実施権としての効力が発生しないというだけのことである。」
と記載されています。以下、上記に含まれる2つの文をそれぞれ、「上記第1文」「上記第2文」と呼びます。

この記載から、「専用実施権は契約すれば未登録でも成立している。登録しなければ効力が発生しないというだけである。」と読むというのです。「成立と効力発生は別」と読みます。その帰結として、「専用実施権の設定を受け」は未登録の場合も含む、と読むわけです。

これが中山先生のお考えだとしたら、変なことを考えておられるものだと首をひねりました。そしてこの本をよく眺めた結果、以下のような結論に達しました。

上記第1文で言いたいことは、「専用実施権は契約すれば未登録でも成立している。」ということでしょうか。もっと大事なこと、「専用実施権が成立する起因となる事象として、契約が起因となることが多いが、遺言や勤務規則が起因となることもある。」と言いたいはずです。契約などはあくまで「起因」ですから、「契約があれば未登録でも専用実施権が成立する」などと言いたいのではありません。

そうすると、上記第1文と上記第2文はまったく異なる内容を言わんとする文章であることになります。
つまり、本来上記第1文と上記第2文は別の段落に分けて記載すべき内容なのです。接続詞も「そして」はふさわしくありません。


同じ中山先生は「注解特許法」という本も編著されています。「注解特許法」の特許法77条(専用実施権)は中山先生ご本人が執筆されています。そしてその内容を読むと上記の事情は一層明らかになります。(第3版813ページ)
「専用実施権の大半は特許権者と実施権者の間の契約による。遺言により専用実施権を設定することも・・・。また、職務発明については・・・勤務規則その他の定めにより、専用実施権を設定することもできる。
 なお、専用実施権は設定の登録によりその効力が生ずる。しかし、それは登録をしなければ特許法上定められた専用実施権の効力が発生しないということであり、独占的な実施権を付与するという合意が成立している限り、当事者間ではそれなりの効果が生ずると解すべきであろう。 差止請求権等を有する専用実施権は・・・未登録の専用実施権の設定契約は・・・。」

こちらでは「成立」との文言は使っておらず、第1段落の最後で「設定」を使っています。第1段落の「設定」は登録まで完了している場合のみを対象としているとしてもおかしくありません。そして「なお」以降は段落を改めています。

こうして対比してみると、「工業所有権法 上」の問題の記載は、「中山注解」の上記部分と同じことを述べているに過ぎません。それなのに、なぜ中山注解とは異なった誤解されやすい文章に変わってしまったのか、理解できません。司法試験受験生を惑わせてしまったことは明らかです。


ここまでで得られた解釈に従って、誤解がないように「工業所有権法 上」を書き直すと以下のようになります。
「専用実施権のほとんどは契約を起因として成立しているが、遺言を起因として成立しうるし、また職務発明の場合は勤務規則等を起因としても成立しうる。
 なお、登録が効力発生要件となっているが、それは登録をしなければ特許法に規定されている専用実施権としての効力が発生しないというだけのことである。・・・当事者間においては強行法規に抵触しない限り当事者の意思に近い効果が認められてしかるべきである。たとえば契約による専用実施権設定契約を締結したが未登録である場合、当事者間では独占的な実施権を付与するという合意は成立しているのであり、独占的通常実験としては扱われるべきである。・・・」

つまり、「なお、登録が効力発生要件となっているが、それは登録をしなければ特許法に規定されている専用実施権としての効力が発生しないというだけのことである。」の部分は、それよりも前の文章とつながるのではなく、それよりも後の文章とつながってはじめて意味を持つ文章だったのです。

未登録の場合を論じるに際しては、ちゃんと「設定契約」という文言を使い、「設定」とは分けています。

以上のように考えると、今回の騒動において、「専用実施権の設定を受け」は未登録の場合も含むと解釈したのは、決して中山先生が唱えている説ではなく、中山先生の(誤解しやすい)記載から生じた誤解であった、ということになりそうです。
コメント
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