パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

あれこれ考えてしまった昨日のこと

2023年03月29日 09時57分40秒 | 住民投票・市庁舎・リコール・市政

昨晩、新城市文化会館の301号室で
問題になっている給食の共同調理場の説明会が
教育長、学校教育課のメンバー出席で行われた

市議会では、行政は共同調理場の決定過程とか、様々なトラブル
心配される物事の説明を丁寧に市民に対して行うように!
とする議案が可決されていたが、今まで行われていなかったので
しびれを切らした市民の一部が説明会の開催を計画したのだった

100名が入る会議室だったが、来場者はキャパの半分くらいで
よく見かける顔が揃った
告知は知り合いがチラシを手渡す形で行われたので広がりはなかった
多く知ってもらうには新聞折込が現実的だが費用の面
折込可能かどうかなどの問題でそれは実現されなかった

確かに今回の共同調理場にいたる経過には問題が多かった
共同調理場の予定地が市の所有している場所と思いこんでいたが
実は一部県の所有する土地が含まれていて、計画が頓挫したのだった
(なぜそんなバカバカしい失敗が起きてしまったのか?)

給食は各校でそれぞれ作る自校式が、子どものためにも良いと考える人が
少なからずいて、給食室の老朽化、アレルギー対策、調理人の人手不足、
食材の調達の不安等の解決のため共同調理場建設を選択した市の方針には
不満をもっていたし、その決定が知らないところで行われていたようなところも
気に入らなかった

最初の30分間は決定過程などと、予め市側に手渡された質問に
答える形で説明がなされた

会場にはいろんな人が来ていたが、その人達の現状把握はかなり差がある
それぞれが自分が理解している範囲内での良し悪しを語る
それらは、少しばかり正確でないことも少なくない
(食材の調達方法とか献立は市が行うということ
 運搬車は委託業者が自前で揃えるということなどを知らない人が多かった)

共同調理場の建設は大まかに言えば、現状の自校式が今後継続できなくなる
との想定で解決策を講じたものだ
それは現場を一番良く知っている校長という人々が
校長会という会議を経て市に要望したらしい
この校長会の希望(共同調理場)をすんなり受け入れるか
やるべきことをしていないで安易に進めている
と考える人が出てくるのは仕方ないことだ
ただ自分としては現場の声として、それがでてきたのはわからないではない
(近くの小学校の教頭先生も、、もう無理かな、との声を聞いたからだ)

こうして市の説明のあと疑問点の質問となったのだが
やはりというか仕方ないとも思うが
手を上げて質問に登場した人の多くは質問なのか
それとも思いの丈(あるいは怒り)を述べているのかが
わからないようなものになった
(給食の話から違う方面に話が飛んで、話が長くなって
   話のポイントが何だったのかがわからなくなった)

こういう話の進め方は難しい
話が逸れないようにするために事前説明を過度に行うと
人はその範囲内での思考しかできなくなるので
説明に沿った意見にとどまりがちだ

つくづく会議の進め方とか会議の機能というものは
慣れていない人には難しいと感じるのだった

会場では「民主主義」という言葉が何回となく出てきた
ただここで出てきた民主主義は「直接民主主義」の色合いが濃いもので
市民の声を反映するのが正しい民主主義と思い込んでいるようだ
だから共同調理場の可否も市民が直接選択する機会が欲しいような
ニュアンスが感じられるものだった
だが日本は間接民主主義の国で、決める人を選挙で選ぶシステムになっている
それは現実的に時間とか手間の省略になり
一歩間違うと暴走する大衆の選択を防ぐことにもなっている
選挙で決める人を選ぶことは、相反する意見の人同士の戦いにもなって
一方的な意見の反映にはならないで済む

つまりは選挙で首長を選ぶということは、
その人物に財布の中身の使い方を一旦任せるということだ
選挙で選んだ人の選択(お金の使い方)を、市民がそれは違う!
と言って押し戻すことはどうなのか?と考えることもある

だが話を現実に戻すと、決める人の選択も実は自分を応援してくれる
人(後援会)の意見に左右されるということだ
間接民主主義はこうしてある矛盾を含んでいる
だからそれを補正するためにいろんなシステムが考えられる
住民投票もその一つだろうと思う
(新城市は8年前、住民投票を行ったが、この時は選択肢がひどかったが
   住民投票が行われたことは良いことだったと思う)

現在あるシステム、制度の中で、できるだけうまくいくようにすることは
(それぞれ持ち場の人にある程度任せるというシステムは)
なかなか難しいものだと感じた次第

昨晩は(心配した)荒れる会議にならなくて良かった
だが市は「安心してください!」
という実感を来場者に与えるまで与えるまでは
行っていなかったと思う

次もあるとの話だが、、さて

※相変わらずまとまらない話






コメント
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