昨年の今日(久し振りの雨(Today, I walked in the park.))

2018年11月08日 18時54分52秒 | 気候
 
久し振りの雨(Today, I walked in the park.)
Today, I walked in the park.The wind was a little strong.The leaves were falling down ......
 

 

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俳句には人生を前向きにする力がある~致知出版社の「ご縁メール」より

2018年11月08日 09時09分24秒 | 伝統

今朝の致知出版社の「ご縁メール」より

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辛口の添削でテレビでもお馴染みの俳人・夏井いつきさん。

本日は、『致知』最新号(特集:『古典力入門』)に
ご登場の夏井さんの記事の一部をご紹介します。


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私たち俳句を詠む人間にとって吟行(ぎんこう)は日常の一部です。

仲間と一緒のピクニックなどはもちろんですが、
例えばタクシーに乗っている時もご飯をつくっている時も、
その心持ちさえあればすべてが吟行です。

目や耳など五感から入ってくる情報で
アンテナに触れるものがあれば、
すぐに掬い取って句帳にメモし、
その五感を頭の中で変換し文字に変えていきます。

(中略)


俳人の世界ではよく
「生憎(あいにく)という言葉はない」といわれます。

「きょうは生憎の雨で桜を見ることができない」。

これは一般人の感覚ですが、俳人たちは
「これで雨の桜の句を詠める」と考えます。

雲に隠れて仲秋の名月が見えない時には
「無月(むげつ)を楽しむ」、
雨が降ったら「雨月(うげつ)を楽しむ」と捉えます。

これは日本人ならではの精神であり、
俳人の心根にあるものなのかもしれません。

その精神で俳句を続けていくと、
個人的な不幸や病気、悲しみ、
憎しみなどマイナスな要素のものが、
すべて句材と思えるようになるのです。

私たちの仲間でも、病気や家庭の事情などを抱えながら
頑張って生きている人がたくさんいます。

引きこもっていた人が俳句に出合って外に出歩けるように
なったとか、視覚障害を得て落ち込んでいた人が
元気になったとか、大切な家族を亡くされた人が俳句仲間に
支えられて立ち直ることができたとか、
そういう例は枚挙に遑(いとま)がありません。

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 今日の歌

 吟行に(句作りに)  生憎と言う  言葉なし

~ここまででもいいのですが、続けるなら・・・~

   すべて恵みの  句材となりて

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