駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

求む諭吉と鴎外

2023年07月31日 | 世の中

                  

 

 諭吉と鴎外には日本にない西欧のモノやコトに新しい日本語の造語を作りだす才能があったと聞いている。百数十年前の文明開化の時代とは異なるが、二十一世紀に新しい造語が必要だと思う言葉がいくつかある。

 人間や性の多様さを受け入れようとする動きが皮相に留まっているのではないかと感じるのは言葉に対する無神経さだ。以前から他の言葉を作ったほうがよいと思っているのは「隠し子」と「子なし夫婦」だ。

 子供に責任はなくお子さんのいらっしゃらないご夫婦にも様々な事情があるだろう。挙げた二つの言葉には微かだがどこか底意地の悪さを感じてしまう。世の中善人ばかりではないのは千も承知しているが、視点を変えれば100%善人という人物も居ないわけで、内に潜む悪に気付く力が差別格差を少なくすると申し上げたい。諭吉や鴎外に及ばなくても今も新しい言葉を作り出せる人は居ると思う。

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蝉の声の主は

2023年07月30日 | 自然

               

 

 梅雨が明け夏の日差しが降り注いでいるが蝉の声にもう一つ元気がない。十年くらい前までは朝中学校の脇を通ると猛烈な蝉の声で頭がくらくらしたのだが、数年前から騒がしいなくらいでがんがんと耳に響くことはなくなった。以前にも書いたのだが、聴力が弱ったのか、本当に蝉の声が小さくなったあるいは数が減ったのかよく分からない。

 しずけさや岩にしみいる蝉の声 

 斎藤茂吉がこれはアブラゼミだと書いて論争が起き、実証的に立石寺に赴きニイニイゼミということになったらしい。しかし、何度も書くが私は茂吉支持でアブラゼミだと感じる。頭がくらくらするような音声こそ炎天下岩にしみいる。尤も、アブラゼミでもニイニイゼミでもない、ヒグラシだと主張する人も居るようで、さまざまな連想を呼ぶ句だ。もとより結論などでない論争だが、美的感覚には大いにかかわる問題で、アブラゼミというのが宇宙的感覚と書いておきたい。

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コマーシャルの心

2023年07月29日 | 世の中

             

 

 過大広告というものがあり、実際に事実を調べて過大広告と判定されれば消費者庁が規制懲罰に動くようになっている。しかし印象操作の達人が繰り出す広告のどこからが過大か判定は難しい。健康関係の広告も多いが、それほど効くなら医療が不要ではないかと思わせるものもある。一生に一度の買い物のような分譲地が二十五年経ったらゴーストタウンになり、分譲した会社は手を引いて空いた場所に太陽光発電の会社が進出では辛いものがあるだろう。先のことは分からない嘘は言っていないと言い逃れるのだろうが、先のことは分からないとは宣伝していなかったと思う。

 まあしかし夢と嘘は実際には中々鑑別が難しい。辛い人生、夢がなくては生きられない。 

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雄星八勝目

2023年07月28日 | スポーツ

              

 

 ブルージェイズの菊池雄星投手が自己最多の八勝目を挙げた。よくやったと言ってやりたい。BSのMLB元司会の奥様深津瑠美さんのファンなので雄星を応援している。雄星は心技体の心に問題があり、自分で崩れてしまうところがあるのだが、今期はホームランを打たれても力まず焦らず投げられている。監督同僚奥様の支援と本人の努力自覚もあって、精神が落ち着いているのだろう。十二、三勝挙げられるのではないか、頑張って欲しい。東北内陸出身なのでトロントの街にも合っているのかもしれん。

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あばたもえくぼ?

2023年07月27日 | 人生

                        

 

 記憶だから間違っていたり変形したりしているかもしれないが、昔パラパラと読んだ植島啓司の「生きる力」に年を取った方が異性を好きになりやすいというようなことが書かれていた。この「生きる力」は中々為になる?本で悩みが和らぐことが書いてあったが、どうもこの点は違うのではないかと思う。確かに人の良さを見付ける力人の嫌なところに目をつむる力は年を取った方が着くかもしれないが、結婚したいと思いこむ力は年を取ると減るような気がする。まあ、この人で十分という気持ちには成れてもこの人こそ運命の男運命の女と思う力は弱る気がする。あばたもえくぼと目が眩むのは、年を取ってからは難しい気がするがどんなものか。

 人類は男と女が大体同数(僅かに女が多い)なので一夫一妻は遺伝子的に支持された組み合わせで自然な成り行きらしい。まあ恋愛から結婚が現実的にどの程度の割合だったか知らないが、遠い昔からロミオとジュリエットが居たのは間違いない。

 少子化が問題になっているが、果たして経済的なことだけだろうかという気がしている。どうも分別が着いてから結婚というのはひょっとしたら面倒になってずるずると二の足を踏んでしまうのではないかと推測する。目が眩んで勢いがないと結婚は難しいというのが爺の回想だ。

 

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