権現?
どこかで聞いた事はあるが、行った事はないって言う人がほとんどかも~?
でもそんなことないんですよ。実は明治維新の時に「明神」とか「権現様」とかそれまで親しまれていた呼び名を禁じ、●●神社という呼び名にマイナーチェンジしてしまい、かつての呼び名を知らないだけになっちゃったんですよ。
さて、根津界隈散策と言うと、絶対ハズせない「根津神社」です。
明治の文豪の作品では、権現様として出て来るそうで…。
実はここ今年2度目の訪問です。
4月の下旬?や、5月だったか、名所のつつじ苑へお邪魔しました。
その時、唐門が修理中でしてね。なんとも趣きのある唐門で、ぜひ覆いのかかってない姿が見たかったので、修繕が終る時期を禰宜の方にお伺いしていたのですよ。
トップ画像がその唐門です。お化粧直しを終え、あでやかです。
ん?
神社の由来の看板発見。
うおっ!!
古っ!!
なんと、『根津神社は今から1900年余り昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉納している』
でた!太田道灌!!
江戸の地を散歩していると、あちこちで見かける名前なんだよなあ…。
そりゃもう、同人誌の1冊位もう出来る程出合ったよ…。
う~ん、こりゃ伊勢原にも行っといて太田道灌所縁の地をコンプリートしとくべき?
まあ、ヤマトタケルという日本の古代史の超ビッグネームが登場した訳ですが、こっちは中々に信じがたいんですけど~。
ホンマか!?
『江戸時代には5代将軍徳川綱吉が世継ぎが定まった際に現在の社殿を奉建』
ふむふむ。江戸時代も大事にされてた神社だったのね。
御祭神は須佐之男命他2神。
…スサノオを祀ってるんだ…。へえ~。
社殿です。
国の重要文化財です。
綱吉が天下普請で作りました。江戸の神社建築としては最大規模を誇る『権現造建築』です。
どうですか~?京都奈良など西の神社と比べてどの辺りが変ってるの?
社殿の一部アップです。私の大好きな狛ちゃんと…あと、何?象??
あと歴史好きのお薦めの見所は、この境内はかつて徳川綱重公の下屋敷がありました。
なので、徳川家宣公の産湯井戸とか、徳川家宣公の胎盤を納めた塚などが残っています。
いつかつつじの季節につつじの花越しで麗しい唐門の画像を写してみたい。
あ、変なんめっけ!
これ、江戸時代の街道沿いにあった道祖神を集めたものですね。
かつてのお役御免となった道祖神はひっそり根津神社の片隅で余生を送ってらっしゃいます。
場所は乙女稲荷から駒込稲荷へ向う途中です。根津神社の境内ですよ~。
さて、次行ってみよう~。
根津から千駄木へ向う道筋は、東京大学が近いこともあり、明治の文豪所縁の場所が点在しているのですよ。
さ~て、一番目はどこだ?
どこかで聞いた事はあるが、行った事はないって言う人がほとんどかも~?
でもそんなことないんですよ。実は明治維新の時に「明神」とか「権現様」とかそれまで親しまれていた呼び名を禁じ、●●神社という呼び名にマイナーチェンジしてしまい、かつての呼び名を知らないだけになっちゃったんですよ。
さて、根津界隈散策と言うと、絶対ハズせない「根津神社」です。
明治の文豪の作品では、権現様として出て来るそうで…。
実はここ今年2度目の訪問です。
4月の下旬?や、5月だったか、名所のつつじ苑へお邪魔しました。
その時、唐門が修理中でしてね。なんとも趣きのある唐門で、ぜひ覆いのかかってない姿が見たかったので、修繕が終る時期を禰宜の方にお伺いしていたのですよ。
トップ画像がその唐門です。お化粧直しを終え、あでやかです。
ん?
神社の由来の看板発見。
うおっ!!
古っ!!
なんと、『根津神社は今から1900年余り昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉納している』
でた!太田道灌!!
江戸の地を散歩していると、あちこちで見かける名前なんだよなあ…。
そりゃもう、同人誌の1冊位もう出来る程出合ったよ…。
う~ん、こりゃ伊勢原にも行っといて太田道灌所縁の地をコンプリートしとくべき?
まあ、ヤマトタケルという日本の古代史の超ビッグネームが登場した訳ですが、こっちは中々に信じがたいんですけど~。
ホンマか!?
『江戸時代には5代将軍徳川綱吉が世継ぎが定まった際に現在の社殿を奉建』
ふむふむ。江戸時代も大事にされてた神社だったのね。
御祭神は須佐之男命他2神。
…スサノオを祀ってるんだ…。へえ~。
社殿です。
国の重要文化財です。
綱吉が天下普請で作りました。江戸の神社建築としては最大規模を誇る『権現造建築』です。
どうですか~?京都奈良など西の神社と比べてどの辺りが変ってるの?
社殿の一部アップです。私の大好きな狛ちゃんと…あと、何?象??
あと歴史好きのお薦めの見所は、この境内はかつて徳川綱重公の下屋敷がありました。
なので、徳川家宣公の産湯井戸とか、徳川家宣公の胎盤を納めた塚などが残っています。
いつかつつじの季節につつじの花越しで麗しい唐門の画像を写してみたい。
あ、変なんめっけ!
これ、江戸時代の街道沿いにあった道祖神を集めたものですね。
かつてのお役御免となった道祖神はひっそり根津神社の片隅で余生を送ってらっしゃいます。
場所は乙女稲荷から駒込稲荷へ向う途中です。根津神社の境内ですよ~。
さて、次行ってみよう~。
根津から千駄木へ向う道筋は、東京大学が近いこともあり、明治の文豪所縁の場所が点在しているのですよ。
さ~て、一番目はどこだ?
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